役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 22
ぽつり、ぽつり、と消えかけた記憶の断片を拾い集めるように――魔獣書籍を見つけた日のことを、魔獣の知識を深めて仮想戦闘を繰り返していた日々のことを、ウルエは半生を振り返るように話した。
ある日、ティルターンゲリ王国の終焉を記した古書を見つけたこと、書かれていたことも含めて思い出せるかぎり話していく。
終焉をもたらしたのは、一頭の魔獣。
古代龍と命名された漆黒のドラゴンによりティルターンゲリ王国は滅ぼされた。白炎の魔導攻撃は、いともたやすく魔導壁を貫通して、魔導士ごと推定数千の人々を跡形もなく蒸発させると、王国の中心に一本抉るような魔導攻撃跡を描いた。
白炎の一撃で悪夢は幕をあけた。
街も城も砂で作られているように、美しく脆いからこそ壊したくなったのかもしれない。他の魔獣のように喰らうためではなく、どう壊して遊ぼうかと考えながら、漆黒のドラゴンは一国を滅ぼした。文明の痕跡さえ消し去るほどに、徹底的に壊し尽くした。
無邪気に、悪意すらなく。
幸運にも難を逃れた筆者。ウルエの祖先は思い出せるかぎりのことを書き記して、エンシェントドラゴンの正体はエーテル変色したドラゴンではないかと仮説を立てた。膨大なエーテルを蓄積しているため、天才魔導士の爪が黒く変色するように、鱗が漆黒に変化したのではないかと。
魔獣の脅威度はエーテル量に比例するため、魔獣の中でも最上位種のドラゴンにエーテル変色が起きたとすれば、気まぐれで国を滅ぼすことも可能だ。
寝転んで聞いていたフリッサは、話が終わると涙を一滴こぼした。
「……そんなものが、滅ぼしたのか」
静かな怒り。
一頭のドラゴンの児戯に等しい衝動で、ティルターンゲリ王国は滅びた。戦闘にすらならない虐殺は、身勝手な気まぐれで起きた。
魔獣は人を喰らう。人を喰らう魔獣を、人は殺す。人も魔獣の肉を食して、皮や骨を武具や装飾品などの素材にしていた。毛の一本すら無駄にしない。命の営みの中で起きた悲劇なら、涙も流れなかった。
フリッサは小さく口を開く。
「もしも」
寝転んだまま顔だけをウルエのほうへ向けた。ウルエは話していたときの三角座りのまま、ハルジオンの夜景をぼんやり眺めていた。
「もしもウルエが作戦を立てたら、漆黒のドラゴンに勝てるのかな」
魔獣書籍に書かれていた最強の魔獣。気まぐれで一国を滅ぼした脅威。どれほど強くてもウルエが一言、勝てるよ、と答えれば無条件でフリッサは信じていた。
でも、ウルエの口から出てきたのは、フリッサの望んでいない答え。
「エンシェントドラゴンの鱗はオリハルコンと同等の硬さで、弱点の眉間を攻撃しても刺さりはしたものの先に武器のほうが折れたそうです。人のちからでは弱点を攻撃したところで倒せない。蟻と人が戦うようなもので、そもそもの格が違う。倒すための道筋すら見えません」
フリッサは一度瞼を閉じてから、星空を見上げた。
「ウルエでも勝てないんだ」
確認するように呟くと、くつくつと喉の奥を震わせるように笑い始めた。
「どうしたの」
急に笑い出したものだから心配になり声を掛けると、フリッサは目もとを人差し指で拭いてから笑うような声で答えた。
「ううん、わたしが知らないだけで、でたらめな魔獣もいるんだね。ベヒーモスを四頭相手にして倒すなんて馬鹿なことは言うのに、ウルエが作戦を立てても勝てないような魔獣がいるの、信じられなくて」
一般的なドラゴンの脅威度はベヒーモスと大差ない。
ただのドラゴンであれば、ウルエの作戦があれば四頭同時に相手をしても勝てるだろう。エーテルの影響は変色だけでなく、鱗の硬さにも影響を与えているのかもしれない。弱点の眉間を攻撃しても、人のちからでは倒すまでに至らない。
寝転んでいたフリッサは上半身を起こして、ハルジオンの街明かりをぼんやり眺めた。
しばらく静かな時間がすぎて、フリッサは思い出したように話し始めた。
「わたしは、魔獣に殺されるんだろうな。アイギスに任命されてから、そんなことばかり考えていたの」
頬を撫でていく夜風のように、穏やかな声。
当たり前のことをウルエに報告するように、フリッサの声からは怯えも震えもなく、淡々と言葉にしていく。
「アイギスは、戦う魔獣を選べない。街に害を及ぼすなら、倒せない魔獣とでも戦わなければいけない。わたしが今もこうして生きていられるのは、運よく、倒せない魔獣が街の近くに現れていないだけ。それだけでしかないと思うから」
地位には責任がともなう。
アイギスの重圧なんてウルエにはわからないけれど、シグナキュラムを首にかけた瞬間から、死を身近なものに感じていた。首が取れた死体も、腐敗した死体も、シグナキュラムさえ残されていれば誰の死体か判別がつく。いつ死んでもおかしくないのが冒険者だ。
フリッサは起き上がり、穏やかに目を細めてはるかな街明かりを眺めた。
「わたしがローブで変装して街を歩いていたのは、知りたいからなんだ」
フリッサの声は温かく、語りかけるように優しく響く。
「知りたいから……?」
尋ねるように繰り返したウルエをちらりと見て「うん、知りたいから」と声を弾ませてフリッサは答えた。
「ハルジオンの本当のすがた、とでも言えばいいのかな。アイギスの肩書を脱いで、ひとりの平凡な冒険者の目から、ありのままのハルジオンを見て知りたいの。アイギスだから命を落としても街を守るのは当然だけど、でも、それならせめて、ありのままの街を知り、そこに暮らす人たちを知り、わたしの意思で守りたい」
フリッサはウルエに寄り掛かり、肩に頭を乗せた。
「アイギスの使命とかは関係なく、ひとりのフリッサとして、命と引き換えにしても守りたいものを見つけたくて。例えば、家族、恋人みたいに、守るためなら命さえ惜しくないと思えるようなもの。英雄になりたいんじゃない、大切なものを守るために戦いたい。今はまだ見つからなくて、ローブで変装して、街を歩いて探しているの」
フリッサの体は凍えるように小さく震えていた。
冒険者にとり死は身近なもので、自ら選んだ道だとしても、死ぬのが怖くない理由にはならない。ううん、本当に怖いのは、なんのために戦っているのかもわからないまま戦い死んでいくことなのだろう。
「アイギスなんて、引き受けるんじゃなかったー。そう思いながら死ぬのは嫌だからさ」
「死なないよ」
ウルエの一言に、強く抱きしめられたような気がした。
心の内側を優しく包むように、臆病な気持ちが消えていく。
思い返せば、弱音を吐くことなんて今までなかった。アイギスに任命されてからは、仲間にすら弱いところは見せていない。英雄は怖くても怖くないふりをして、戦いたくなくても剣を抜いて、みんなのために戦い死んでいくものだから。英雄も人であるかぎり完璧にはなれない。弱音を吐きたい日もあれば、死ぬのが怖いと思うこともある。気持ちを吐き出して受け止めてくれる人がいるだけで、こんなにも救われるものだなんて知らなかった。
「どんな魔獣が現れても、勝てるように作戦を考えるから。僕に出来るのは、作戦を立てることくらいだけど、絶対に勝てるように考えるから」
「漆黒のドラゴンが現れたとしても……?」
フリッサの意地悪な質問に、ウルエは「……う、うん。頑張るよ」と自信なさそうに返した。フリッサはくすくす笑いながら「頼りにしてるから」とウルエに擦りつく。
「ウルエ」
ふいにフリッサが呼んだ。背筋の伸びるような声。
フリッサの紅眼が心の奥底まで覗き込むように、ウルエの顔を見上げていた。
「一緒に戦うことは、命を預けることなの。命を預けるのに博打はいらない」
作戦を披露して、仲間に入りたいと話して断られたときとおなじ言葉。一度は冒険者の道を諦めさせた台詞。フリッサの声は真剣で、あのときの気遣うような優しさはない。
「わたしは、あなたに命を預けて戦うわ」
フリッサは離れるとネックレスを一本外した。ウルエの名が刻まれたシグナキュラムのネックレス。チェーンのところを握りしめて、こつん、とウルエの胸に押しつけた。
ウルエは受けとり、久々にシグナキュラムを首からさげた。シグナキュラムを重たく感じるのは、仲間の命の重みかもしれない。
フリッサ、シャルクス、ルーデシア。
大切な人たちの、命の重み――。




