役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 21
フリッサが案内したのは、凱旋通りを出てから南に二キロメートルほどの小高い丘。
フリッサは繋いでいた手を名残惜しそうに離して振り返り、ウルエも釣られるように来た道を振り向いた。
ハルジオンの喧騒もはるか遠く、ここまでは届かない。無数の明かりが街の形に瞬いていた。美しい夜景から視線を上げると満天の星が煌めく。夜空の器から星が溢れているように縦に一本星屑の線を引いて、地平線の向こう側へ流れるように消えていた。
「いいところでしょう」
夜景と星空に見惚れていたウルエは、フリッサの自慢気な声で我に返り、声のしたほうを向く。フリッサはフードを脱いで、夜風になびく銀髪を手で押さえていた。
「はい、とても」
満足したように、フリッサは歯を見せて屈託なく笑う。今のフリッサは、街で最強のアイギスメンバーではなく、年相応の少女に見えた。
と、ふいにフリッサが歌いだす。
「空白の一日が、山の麓で目を覚ました。未来の向こうを描くために」
どこまでも届いていくように透明な歌声で、ウルエは聴き入るように目を閉じた。
「奇跡は、目覚めた瞬間解けてしまった。翼は、青空の記憶ごと消えてしまった」
はじめて聴く歌なのに、どこか懐かしい。曲調や歌詞ではなく、心の奥底に呼びかけるような懐かしさ。忘れていたなにかを思い起こさせるように。
「美しい世界でも、そこに君がいないなら。奇跡も翼も必要ない、君と繋ぐ手があれば。ティルターンゲリ、歩いていこう」
ティルターンゲリの歌詞を聞いた瞬間に、ウルエは息を詰めて驚きに目を見開く。
ティルターンゲリは、ウルエの祖先が暮らしていた王国の名前だ。魔獣の研究をしていたらしい祖先の遺した魔獣の古書を読み込んで、アイギスに認められるまでの知識をつけた。
「ウルエはティルターンゲリ王国の知識を受け継いだ、わたしは歌を受け継いだ。わたしたちのルーツはおなじ、ティルターンゲリ。だからウルエは特別というわけ」
フリッサは説明しながら座り、ウルエも肩を並べるように土のうえに腰をおろした。
祖先がおなじティルターンゲリ王国に暮らしていたなんて運命的かもしれない。いつものウルエなら運命のような偶然を素直に喜んでいた。でも今は眉を寄せて難しそうな顔をしていた。
「どうしたの」
心配そうに尋ねられて、ウルエは一度フリッサのほうを向いた。一呼吸のあいだ見つめ合うとウルエは俯いて、ぽつり、と言葉を落とす。
「……漆黒のドラゴン」
「漆黒のドラゴンがどうしたの」
ウルエの呟きに、フリッサはすぐさま尋ねた。
ウルエは顔を上げて、取り繕うような笑顔で「なんでもないです」と。フリッサは訝しがるように眉を寄せて、逃がさないとばかり身を乗り出して近づく。離れようと仰け反り、仰向けに倒れたウルエにフリッサは覆いかぶさった。銀髪が流れてきて頬をくすぐり、ヘリオトロープをポプリにしたような香りが鼻先を掠めた。フリッサの香り。憧れの人と至近距離で見つめ合い、恥ずかしさのあまり、こてんとウルエは横を向く。
「ティルターンゲリ王国と関係あるんでしょう」
耳に息を吹きかけるほど近くから、フリッサの声がした。
「答えてくれないなら、悪戯するよ。……ふぅー」
かと思えば、本当に息を吹きかけてきた。耳から全身に広がるように、ぞわりと鳥肌が立つ。ウルエは小さく身震いして「話す、話すから」と裏返った声で叫んだ。
「よろしい」
フリッサは満足そうに言うと体を戻した。ウルエは大きく溜息とついて起き上がり「でも、あまり面白い話でもないよ」と前置きした。
「魔獣の話で面白いものなんて、はじめから期待してないから。どうしても血生臭くなるもん。でも、知りたいの。祖先の暮らしていた王国のこと」
「……わかりました」
ウルエは観念したように呟いて、瞼を閉じた。




