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役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 19

 土魔導が最も活躍するのは魔獣との戦闘ではなく、荒野や森の開拓、あるいは建設などの土木工事全般。歓迎会の会場づくりは魔導士のルーデシアに一任された。河原近くの平原に土魔導で直径一メートルほどの石の囲いを作り、ゴーレム魔導で集めた薪を囲いの中へ入れていく。木製のテーブルもベンチも、土魔導で倒した木から作り出したもの。

 ウルエはシャルクスの手解きを受けながら、河水で冷やされた猪を引き上げて捌いていた。サムルクとメアリ、フリッサが合流したのは一九時をすぎた頃。日が沈み、夜になる手前の時刻。山脈は刳り貫かれたように黒々として、山頂と地平線は薄く白んでいた。上空にいくほど濃紺の夜が深まり、息を呑むほどに美しいブルーモーメント。

 ウルエはベンチに座り、はるかな稜線を眺めながらぼんやりしていると、銀髪紅眼の女性が視界の端に映り込んだ。フリッサは一目で愛想笑いとわかるようなぎこちない笑顔を貼りつけて、ウルエに近づくと「あの、となり、いいですか」と遠慮がちに尋ねた。

 ウルエが頷いたのを見て、あいだに一人座れるだけの空間をあけて座り「今日はウルエの歓迎会なんですよね」と小声で尋ねた。パーティー入りの答えは保留にされたまま、とフリッサはウルエの横顔をちらりと窺う。

「シャルクスとルーデシアにも、許可を貰えたから」

「許可?」

 フリッサは身を乗り出して尋ねた。

 ウルエもフリッサのほうを向いて、思いかけず顔が近いことに驚いてフリッサは慌てて身を引いた。はじめての出会いは、フリッサから遠慮なく肩を組んだり、今日よりも断然近い距離で話していた。どうしたんだろう、と不思議そうにウルエは首を傾げる。

 フリッサは頬を火照らせて、恥ずかしそうに首を縮めて「……なんの許可ですか」と消え入りそうな声で尋ねた。

「仲間になるのは、僕とフリッサのあいだで交わした約束だから、他のメンバーにも許可を貰わないと駄目だと思ったんだ。シャルクスとルーデシアにも、仲間に入りたいと伝えて、許可を貰いました」

 ウルエが説明すると、きょとんとフリッサは目を点にして「なんだあー」と心底安心したように言いながら、ちからが抜けたようにテーブルに突っ伏した。しばらく時間をください、というのは仲間入りを保留されたのではなく、他のメンバーに許可を貰うための時間をください、という意味だったのだとフリッサも気づいた。

「わたし、嫌われてなかったんだ。よかったあー」

 ウルエは驚いて「フリッサを嫌いになんてならないよ」と大声をあげた。嬉しそうにはにかんだフリッサは、むくりと起き上がり「でも、ウルエに謝らなければいけません」と表情を引き締めた。

「わたしの人探しの依頼で、ウルエに多大な迷惑をかけてしまいました。……あとその、再会したときに、驚いて、他人のふりをしたことも。本当にごめんなさい」

 思い出して赤面したフリッサに対して、ウルエの顔は青くなり目から生気が抜けていく。

「股についてた、可愛いところの話よね」

「可愛いは褒め言葉ではないから。……でもあれは、ふふ。仲間に入るのを嫌がったのは、自信がないのも一因だろう。な、ウルエ」

 準備を終えたルーデシアとシャルクスも合流して、テーブルを囲むように左右のベンチに座り、ウルエとの出会いを思い出しながら微笑ましそうに語らう。

「でも、フリッサも意地悪よね。謝ると見せかけて、トラウマを掘り返すなんてさ」

「フリッサのは天然だと思うぞ。たまに無自覚で急所を突いてくるから」

 フリッサはハッとして、ウルエの表情を窺う。ウルエは口から魂でも吐き出しそうな虚ろな目をして「……あは、あはは。みんな、なんの話をしているんだろう。僕、わからないや」と現実逃避していた。

「あわわ、ごめんなさい、悪気はないんです。許してください」

 ウルエの腕をとり胸の谷間に挟むように抱き着いて、ひたすらに謝り泣きついた。先程までの他人行儀の距離とは違う、親しい人との距離。

「いきなり痴話喧嘩ですか」

「わたしたちは邪魔なようだ。食事前から胸焼けがするよ」

 メアリとサムルクは声を合わせて、あたたかい目で眺めながらベンチへ着く。シャルクスの横にメアリ、ルーデシアの横にサムルク。ウルエが正気に戻るまで、許してください、と繰り返しながらフリッサはウルエに抱き着いていた。

 歓迎会の料理は猪のフルコース。

 香草や調味料で味をつけて焼いたステーキは、丁寧に血抜きなどの処理をしていたため臭みはなく、雌の猪肉なので柔らかい。鹿肉よりも脂身が多く、熊肉のように独特の臭いもない。大型獣の中では一番美味しい。

 ルーデシアが持ち込んだ果実酒のオーク樽もあり、少量を拝借して猪肉を煮込んだり、日持ちのするように果実酒とハーブに漬け込んでから燻製にしたり、様々な料理にすがたを変えた。

 歓迎会が始まり、二時間ほど経つと「わたしたちは先に帰りますので、パーティーの親睦を深めてください」と、メアリとサムルクは肩を並べて立ち去り、残された四人は食べるよりも喋るために口を動かした。他愛もない話をしているうちに、話題は自然とベヒーモスとの戦いに流れた。

「そうそう、ウルエは三〇秒あれば倒せると言いましたよね。……何秒で倒したと思いますか」

 早く答えを言いたそうにうずうずしながらフリッサは質問して、予想より早く倒せたんだろうな、とウルエは見当をつけた。二五秒、二六秒、そのあたりだろうと口を開こうとして、

「一八秒で倒したんだ。しかも一五メートルのベヒーモスを」

 答えたのはシャルクス。

「どうしてシャルクスが答えるんですか。わたしから言いたかったのに。……シャルクスなんて、なーんにもしてないくせに」

 ベヒーモスを討伐したとき、シャルクスは囮になり気を引いていただけで、実質なにもしていない。もちろん囮がいなければ成り立たない作戦だけれど。

「倒したのは、わたしなのに……」

「一八秒なんて、凄いよ」

 意気消沈していたフリッサは、ウルエの一言で元気を取り戻した。

「本当に凄いですよね。ウルエの作戦のおかげですよ」

 褒められて、ウルエは照れ臭そうに頷いた。

 その時に、ぽとり、と滴がテーブルを濡らした。

「……あ、れ」

 雨でも降り出したのだろうかとウルエは空を見上げて、月明かりが水面に反射したように滲んでいるのに気づいた。雲は出ていない。指先で頬に触れると微かに濡れていた。テーブルを濡らした滴の正体は涙。

「どうしたのよ」

 心配そうにルーデシアが尋ねた。

 なにも悲しいことは無くて、でも仲間に入れてもらえて嬉しい涙なら、ルーデシアから合格を貰ったときに出るはずなのに。あのときに涙は出なくて、どうして今なのだろう。

 ウルエは涙を拭きながら、

「嬉しいんです、たぶん。嬉しいから」

 他の答えは思いつかない。

 知識の武器は魔獣討伐に役立つはずだ、と魔獣書籍を見つけた日から信じていた。仮想戦闘を繰り返していくうちに、パーティーを組んで魔獣と戦いたいと夢を抱いた。

 パーティーを組むのは、あくまでも魔獣と戦うための手段。

 ウルエだけで魔獣を倒せるなら、パーティーを組もうなんて考えなかった。

 ハルジオンの街で多くのパーティーを見ていくうちに、あんなふうに他愛ない話で盛り上がり、心を許せるような仲間が見つけられたら、と思うようになっていた。

 魔獣を倒すためのパーティーから、一緒にいたい仲間に――。

 本当に求めていたのは仲間とすごす時間で、今、こうして夢が叶えられたのだと実感したから、知らないうちに涙が溢れていた。そのことにウルエ自身は気付かない。

 肩を抱き寄せたフリッサの温もりが、乱暴に頭を撫でてきたシャルクスの大きな手が、涙を拭くルーデシアの指が、なによりも愛おしく思えた。

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