役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 01
街の入口からハルジオン広場を繋ぐ大通りは、手を広げた大人が五人並べるくらいに広く、左右の建物は仰け反らなければ空が見えないほど高く聳えていた。
昼間はまばらな人の往来も、夜になれば喧騒で溢れた。
店先に吊るした布看板にオーク樽を描いた酒場、ナイフとフォークを描いた食事処、女性の横顔を描いた娼婦館。タペストリーを目立たせるために魔獣油を染み込ませた松明を焚いて、あちらこちらで威勢のよい客引きの声が飛び交う。
そよそよと夜風になびくタペストリーは、大通りの入口からハルジオン広場まで、およそ二キロメートルのあいだ絶えることはない。
昼よりも夜に活気があるのは、魔獣討伐に出掛けている冒険者の多くが夜に戻るからだ。命懸けの一仕事を終えた彼らを、まるで祭りのような活気が出迎えた。
仲間と肩を組んで「次は、どこの店にしようか」とアルコールの息を吐く者、金貨を指で弾きながら「今日はおれの奢りだ」と友人を引き連れて歩く者、しなを作り「最近、ご無沙汰じゃないの」と馴染みの客を連れ込む娼婦まで、みんな一様に笑顔を浮かべている。
ただひとり、小柄な少年――ウルエをのぞいては……。
ウルエは三歩先の靴底を眺めるように、石畳の道をとぼとぼ歩いていた。大き目のチュニックは膝丈まであり、灰色ズボンも片側に両足入りそうなほどぶかぶかだ。首にかけたネックレスの先、認識票はチュニックの中へ入れていた。
ズボンを引き摺るように歩いていたウルエは、どん、と誰かとぶつかり弾かれたようによろめく。首と服のすきまからシグナキュラムが飛び出して、慌てて手を伸ばす。無事に掴んで握りしめると、安心して息を吐いた。
「わりぃな」
ソードベルトに帯剣した戦士の青年が足を止めて振り返り、右手をあげて軽い口調で謝った。
並んで歩いていた厳つい髭もじゃの戦士、りゅうとしたローブを纏う妖艶な女魔導士も一拍置いて振り向く。なにしてんだ、と声に出さない文句を込めて青年戦士を睨みつけたのは厳つい戦士。女魔導士は弟に話しかけるような気軽さで「痛くない?」とウルエを心配した。
三人とも、ネックレスのシグナキュラムが胸もとで輝いていた。握りしめたままのウルエのシグナキュラムとおなじもの。楕円の金属プレートに名前と出身地、登録ナンバーが記されたシグナキュラムは冒険者の証だ。
「大丈夫です。僕のほうこそ、ボーっとしてました。すみません」
シグナキュラムを見られないように握りしめたまま、ウルエは頭を下げた。黄金色の髪がふわりと、空気を含むように柔らかく弾む。
「悪いのは、こいつだ。気にすんな」
と厳つい戦士は青年戦士の脇腹を肘で小突いて、がはは、と腹の底から響くような声で笑う。目尻にしわが寄り、一気に優しそうな顔立ちへ変わった。
「礼儀がいいのね、君」
女魔導士も温かな微笑みをウルエへ向けた。
「どーせ、おれは無作法者ですよーだ」
いじけるように肩を落とした青年戦士の背中を、厳つい戦士が音を立てて叩く。「いてぇよ」と呟いた声は、厳つい戦士の太い声にかき消された。
「拗ねんな拗ねんな、てめえが礼儀正しくしても似合わねえからな。無作法者同士、とことん飲んで暴れようぜ」
背中を叩いた手を気さくに肩へまわす。
「……だな。飲んで暴れるか」
「暴れないでよ、出禁になるから」と呆れ顔で女魔導士は釘を刺した。
「なら、店の酒樽を空にしてやろうぜ」
「金が足りなくて、どのみち出禁になりそう」
「違いねえ」
戦士二人は肩を組んで、馬鹿話で盛り上がりながら歩き始めた。取り残された女魔導士は「じゃあね」とウルエの肩をポンっとひとつ叩いて「あんたら、どっちも酒弱いでしょーが」と仲間の背中へ飛びつく。
彼らが酒樽を空にするのは困難だろう、とウルエは思いながら背中を見送り、小さく笑う。自然と口もとに手をやり、先程まで握られていたシグナキュラムが胸もとで左右に揺れた。
「いいなあ。あんなパーティーに入れてもらえたら、楽しいんだろうな」
目を細めて羨ましそうに眺めていたウルエは、自らの言葉でハッとした。はじめから入れてもらえないと決めつけて諦めていたと気付く。
ウルエは手を握ると、三人の背中めがけて走り出した。
迷子の子供が、親の背中を必死で追いかけるように、人波の向こうへ消えていく三人を夢中で追いかけた。足が絡まりそうになり、ネックレスのチェーンが金属特有の高い音を鳴らす。
三人の行く手に回り込むと、
「おう、どうした」
厳つい戦士が声をかけてすぐ、三人の冒険者はウルエのシグナキュラムに気付いた。
「……君、冒険者だったの?」
シグナキュラムは冒険者の証、それでも確認せずにいられない。とてもそうは見えない少年が、本当に魔獣と戦う冒険者なのか、と。
ウルエは膝に手をついて息を整えながら「はい」と返事した。
落ち着いたところで背筋を伸ばして三人と向き合い、大きく息を吸う。
「僕を仲間に入れてください!」
精一杯の声で叫んだ。
あたりはしんと静まり、一〇秒もしないうちに元の喧騒を取り戻す。
僕を仲間に入れてください。半月前にはじめて声に出した言葉、半月のあいだに百回を超えるほど繰り返した台詞。はかばかしい返事を貰えたことは一度もないのだから。
周りの喧騒を見えない壁が遮断しているように、和やかな空気は掻き消えて、少年と三人のあいだに見えない糸が張り詰めていた。
「……仲間、ね」
呟いた女魔導士は、見極めるような視線をウルエへ向けた。
(エーテルを聴いているんだ)
ウルエは気付くと、耐えるようにこぶしを握り込む。
魔導士は体内に蓄積された魔素を導いて――火を熾して、風を呼び寄せて、土を自在に操り、様々な魔導を駆使して魔獣と戦う。少量のエーテルを他人に浴びせて、相手のエーテル反応を調べることで、体内に蓄積されたエーテル量を大まかに調べられた。
エーテルの蓄積量が多いほど魔導士の才能があり、少なければ魔導は使えない。魔導士のなかでも一〇〇〇人に一人くらいの天才になれば、豊富なエーテルの影響により、爪、髪、目などの色素が変化する。エーテルの蓄積量を調べることを便宜上エーテルを聴くという。
エーテル反応を調べ終わり、女魔導士は静かに瞼をおろして肩を竦めた。
「駄目ね、聴こえないわ」
エーテルは聴こえない。魔導士の素質はない。
「剣も扱えそうにねえよな」
帯剣していなければ、体は華奢で剣を振れるかもあやしい。
「剣も駄目、魔導も駄目。……ふん、なにを武器に戦うつもりなんだか」
厳つい戦士は呆れているのを隠そうともせずに吐き捨てた。剣も魔導も使えない、純然たる事実だ。ウルエの武器は、それじゃない。
「僕の武器は知識です」
明瞭な声で答えた。
戦えないのに冒険者と胸を張ることができず、シグナキュラムを服の中に入れて隠していた。でも今は、ウルエの胸もとで主張するように輝く。
「僕には、だれにも負けない魔獣の知識があります。作戦を立てることも、指示を出すこともできます。僕自身、魔獣を倒すことはできなくても、役に立つと約束します。だからどうか」
捲し立てて、深々と頭を下げる。
「僕を仲間に入れてください」
しばらくして頭上に三人の軽蔑の眼差しが注がれるような気配がした。けれども、顔は上げない。答えを貰えるまで諦めたくない。
「……ねえ、君」
女魔導士は呼びかけながら、ウルエの視線の先へ屈み込んだ。
「魔獣の知識なんて、そんなものが役に立つと思うの」
背筋が凍るほどに冷たい声。
氷よりも冷たいナイフで心臓を一突きにするような音吐に、ウルエは身を硬くした。歯形がつくほど強く唇を噛み、溢れそうな涙をどうにか堪える。女魔導士はどこ吹く風と言葉のナイフを緩めない。振りかざす。一欠けらの優しさも躊躇いもなく。
「君が作戦を立てる? 安全なところから命懸けで戦う仲間に指示をだす? それだけしかしてないのに、みんなとおなじ報酬を受け取るつもり?」
容赦ない女魔導士の言葉に、握り込んだ拳が震えて、噛んだ唇の歯の当たるところから血の味がした。ウルエは悔しそうにしながらも、一言も反論しない。作戦を立てて、攻撃にさらされにくい後衛から指示をだす。ウルエの役割は、まぎれもなく女魔導士の言葉通りだから。
「寄生しようなんて、図々しいんじゃないの」
女魔導士の目が汚らわしいものでも見るようにウルエを見ていた。
僅かな可能性を信じていた心から希望の燈火が消えていく。乾いてひび割れた荒野のような虚しさが、胸のうちへ広がった。
「……そう、ですよね」
ウルエは呟いてから顔を上げると「図々しいですよね」と悪巧みを見破られたように、わざとらしく笑う。取り繕うような笑顔は、泣くのを我慢しているようにも見えた。
「そういうことだから、さようなら」
別れの言葉に温度はなかった。
歩き出した三人の背中は、人波の向こうへ消えていく。
大通りは相変わらずの喧騒。店先に吊るされたタペストリーがずらりと並んでいて、仲間と冗談を言い合う声があちらこちらから聞こえていた。タペストリーを目立たせるために焚く魔獣油の松明は、噎せ返るほどに獣臭い。ひどい臭いなのに、すれ違う人々は一向に気にしていない。仲間と一緒に歩いていれば、魔獣油の臭いなんて些細な問題になるのだろう。周りを羨ましく思うから、小さなことに難癖をつけたくなるのかもしれない。




