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役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 18

 狩りは近くの森。凱旋通りから街外れに出て、北に一キロメートルほどの森でおこなう。近くにはアイギス専用の訓練広場もあり、シャルクスとルーデシアには馴染みの場所だ。砂利道から外れて森の入口の草原に立つと、ルーデシアは合格条件を発表した。

「これから、ここの森で狩りをするわ。合格条件は、夕暮れまでに大型獣を仕留めること。わたしたちはウルエの指示に従うから、上手く使いなさい。気合入れていくわよ」

「はい!」

 相変わらず元気なウルエに対して、シャルクスは「へいへいほーい」となおざりな返事に磨きをかけていた。ウルエが先頭に立ち、シャルクス、ルーデシアの並びで数歩離れて歩いていく。森に一歩足を踏み入れると、土と草木の臭いが濃くなり、木漏れ日が柔らかな斑を地面に描いていた。

「ここに魔獣は出ませんよね」

「そうね、エーテル持ちは出ないはずよ」

 ウルエの質問にルーデシアはすぐさま答えた。

 魔獣と獣の違いは、体内にエーテルの蓄積があり魔導を使えるかどうかという一点のみ。使えるものを魔獣、使えないものを獣と呼称していた。大型獣といえば熊や猪、鹿などが該当した。魔獣の脅威度はエーテル量に比例するので、エーテルを持たない獣は大型でも脅威度は格段に低い。

 蔦や草をミスリルの短剣で払いながら、森を進んでいく。森の入口から五〇〇メートルほど進んで立ち止まり、ウルエはなにかを探すようにきょろきょろとあたりを見回し始めた。

「どうした」

 シャルクスに尋ねられて、ウルエは獣の習性について説明した。

「多くの獣は闇雲に森をうろつくことはなくて、決められたルートを通り、餌を探したり、喉を潤すんです。毎日のように通るから踏み固められて、自然と道が形成されていく。それを探しているんだけど」

「獣道のこと?」

 ルーデシアに尋ねられて「はい」とウルエは頷いた。

「わたしたちも探せばいいの?」

 ウルエは振り返り、ルーデシアを見詰めて「……でも」と言い淀んだ。いくら本人たちが了承していても、アイギスメンバーに気軽に指示なんて出せるはずがない。これは仲間に入るための試験だから、指示を出すことも試験のうちかもしれない、と思い直してウルエはおずおず口を開く。

「……お、お願いしてもいいですか」

「もちろんよ。わたしから提案してるんだから、畏まらなくていいわ。気軽に指示して」

 ルーデシアから友人のように笑いかけられたものの、ウルエは引き攣るような笑顔を返した。アイギス相手に畏まらなくていいといわれても、なかなか難しい。

 獣道を探しながら森を奥へ歩いていく。

「なかなか、見つかりませんね」

 と、ウルエは弱音を吐くが、それもそのはず。ウルエは身長が低く、群生した草木に遮られて遠くまで見えない。

 一番背の高いのはシャルクスで、すでに遠くに獣道を見つけていた。向こうにあるぞ、と教えるのもいいが、どうせなら本人に見つけてほしい。シャルクスは屈み込んで、手でひさしを作りあたりを見回していたウルエの股座に頭を入れると、そのまま立ち上がり肩車した。

 ふほおおお、とウルエは興奮して鼻息を荒くする。

 長身のシャルクスに肩車されたものだから、いつもの目線より二倍ほど高くなり、さながら巨人の視点だ。

「どうだ、ありそうか」

 目的を忘れて、肩車を堪能していたウルエは獣道を探した。

「ありました、見つけました。向こうにあります。ありがとう、シャルクス」

 ウルエは獣道のほうを指す。

 ルーデシアを先頭に邪魔なものを払いながら、肩車をしたまま歩いていく。獣道へ着くともとの目線に戻り、ウルエは少しだけ残念な心地になった。獣道は人がゆうに通れるだけの広さがあり、熊、猪、鹿のいずれかの通り道なのは間違いない。

「足跡か糞でもあれば、種類も特定できるんだけど」

 ウルエを先頭に歩きながら、今度は地面を眺めながら獣の痕跡を探した。

「ずいぶん、慣れてるわね」

 ルーデシアが感心すると、ウルエは照れ臭そうに「知識だけですよ」と苦笑した。獣の知識も一通りあるとはいえ、魔獣ほど詳しくない。

 獣道を歩けば、道の主の獣と鉢合わせしてもおかしくないため、慎重に歩いていく。程なくして、楕円形を二股に割るような足跡を見つけた。熊の足跡とは明らかに違い、猪か鹿のどちらかだ。

 猪と鹿の足跡はとてもよく似ているため、一瞥しただけでは分からない。唯一の違いは、猪のほうには足跡の後ろに小さな副蹄のあとが穴のようにつくけれど、鹿のほうに副蹄はない。

 どちらの足跡だろう、と身を屈めようとしたところで、視線を感じて顔を上げると足跡の主がいた。猪だ、と認識した瞬間には、すでに眼前まで突進してきていた。

 猪は本来臆病な性格だけれど、至近距離で遭遇したことにより興奮状態になり、突進してきたらしい。獣道から草藪に飛び込んで回避しながら「気をつけて」とウルエは注意を促した。

 次の瞬間、どん、と腹に響くような音がした。

 音の発生源はアイギスメンバーのいるあたり。ウルエの思考は一瞬、白一色に染められた。仮想戦闘で鍛えた思考は、一瞬の停止から立ち直ると、今、すべきことを弾きだす。

 猪の突進を避けきれずに衝突したのは間違いない。怪我、運が悪ければ骨折。ウルエは脳の引き出しから応急処置の知識を探り、怪我の程度を確認しようと振り返った。

「ええー……」

 ドン引きするようなウルエの声。

 猪の突進をシャルクスが受け止めていた。腰を落として、両手で頭部を抱えるように、逃れようと藻掻く猪を涼しい顔で締め上げていた。

 忘れていた訳ではないけれど、ここにいるのはアイギスメンバー。普段は上位の魔獣を相手にしているのだから、大型とはいえエーテルを持たない獣に苦戦するはずがない。

「ウルエ、悪いんだけど止めを刺してくれ。見ての通り両手が塞がっているんだ。首の頸動脈を短剣で刺せばいいから」

「あ、はい」

 シャルクスのもとに小走りで近づいて、ミスリルの短剣で頸動脈を狙う――が、猪は最後の抵抗とばかり暴れて、狙いが定まらない。

「ああ、すぐに大人しくさせるから」

 シャルクスの腕の筋肉が膨れ上がり、ごりい、と鈍い音が猪の首あたりから聞こえた。先程まで元気に暴れていた猪は、ぐったりと眠ったように動かない。

「ええー……」

 またしてもドン引きするようなウルエの声。

「ほら、今のうちに止めを刺すんだ」

 シャルクスは急かすけれど、どう見ても首の骨が折れて絶命していた。ぷすり、と首に短剣を突き刺して、狩りは二時間ほどで猪を仕留めて終了した。仕留めた猪を運ぶのはシャルクスの役目で、肩に担いで森から出ると河原まで歩いていく。

「あの、結果は……」

 河原で一休みしているときに、ウルエは緊張した声でルーデシアに尋ねた。

「ああ、合格よ。これから、よろしく」

 思わず表情が綻んだウルエに、釘を刺すようにルーデシアは言う。

「でも、わたしたちへの指示が全然駄目。遠慮があると思うんだけど。一緒に戦うなら、お互いの信頼がなにより大事なの。あなたの知識を信じてるから、ウルエもわたしたちを信じて勝てるように指示を出すこと。いきなりは難しいと思うけど、仲間になりたいなら遠慮しないこと」

 真剣に話を聞きながら「はい、はい」と小気味よく相槌を打つウルエの肩を、シャルクスが抱き寄せた。

「ルーデシアは難しく考えすぎなんだよ。はじめから、なんでも話せるような腹心の友になれるはずないんだから、お互い様。これから、これから」

 シャルクスの呑気で明るい声に、ルーデシアは「そうね」と答えてから、声音を柔らかく変えた。

「今日はウルエの歓迎会をするから。わたしたちアイギスと、アイギス担当のメアリ、あとはギルドマスターのサムルクにも声を掛けてみるわ」

 ウルエの返事もまたず、ルーデシアは凱旋通りに向けて歩き出した。

「アイギスとギルドマスターなんて、メンバーが凄いですね」

 ルーデシアの背中を見送りながら、苦笑してウルエは言う。ハルジオン最強のパーティーとハルジオンギルドの最高責任者。役立たずとパーティーさえ組んで貰えない日々から考えると、今の状況は信じられない。

「サムルクの爺さんとも、嫌というほど顔を合わせるようになるから。気さくな爺さんだよ。メアリは真面目なのが玉に瑕だが、ウルエとなら相性は悪くないかもな。……ところでウルエ、猪を捌いたことはあるかい」

「ありませんよ、そんなの」

 ウルエはすぐさま否定してから「簡単な手順くらいなら」と自信なさそうに説明していく。

「まずは血抜きをして、土などの汚れを落としてから、内臓を摘出します。冷たい水に半日ほど浸して、熱を取ります。熱が取れたら皮を剥いで、肉を捌いていく……ですよね」

 感心してシャルクスは手を叩く。

「凄いな、完璧だ。教えることはなにもなさそうだな」

 森で猪を見つけたときも闇雲に歩くのではなく、まず獣道を探して、痕跡から種類を特定しようとしていた。捌いたことがなくても、ウルエの説明した手順は正確。出会いからまだ一日程度だけれど、ベヒーモスを倒した作戦は、まぐれではなく深い知識に基づいていたのだとシャルクスは確信した。

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