役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 16
その頃、ウルエは舘を見上げていた。
ハルジオン広場の東南の通路は、街長、ギルドマスター、大商人、高級娼婦など高名な人々の暮らす区画で、一戸建ての舘が並ぶ。そんな東南の通路を二〇〇メートルほど入り、ウルエは地図と舘を交互に見ながら「ここだよね」と、何度も確認していた。
はじめて恋人の家を訪ねるときと同じくらい緊張していたウルエは、深呼吸してから「よし」と小声で気合を入れて、ノッカーリングに手を伸ばす。重たい金属の音を二度立てて「ウルエです」と、上擦り声で挨拶した。ここに住んでいるのは、一介の冒険者からしたら雲上人だ。
「はーい、よくきたな。すぐにズボンを穿くから」
中から気さくな青年の声が聞こえて、ウルエの緊張がいくぶん和らぐ。
三〇秒ほどして、扉が開いた。
「おはようございます、シャルクス様」
「様は止めてくれよ、シャルクスでいいから。おはよう、ウルエ」
ラセットブラウンのストレートヘア、にこやかな笑顔の好青年はアイギスメンバーのシャルクス。重戦士だけあり、上半身の筋肉は天然の鎧のようだ。なにより目立つのは、越えてきた死線を数えるように刻まれた傷痕。……そう、上半身になにも着ていない。
「はい、シャルクスと呼びますね」
シャルクスは上出来とばかりウルエの頭に手を置いて乱暴に撫でた。
「シャルクス様、お客様ですか」
女性の声がした。
部屋の奥。ベッドから人影が起き上がり、ブランケットがずり落ちていく。白い肌が露わになり、女性特有の丸みを帯びた体の曲線が現れた。……そう、上半身になにも着ていない。
ウルエは目を逸らして、外の通路のほうを向いた。
「お取込み中でしたよね、ごめんなさい。出直してきます」
逃げようとしたウルエの服の襟首を掴んで「いつも取り込んでるから、出直さなくてもいいよ。……用事があるんだよな」とシャルクスは言う。
「用事はあるんだけど」
シャルクスへ向き直り、身長差があるため逞しい胸筋と見つめ合い、ウルエは慌てて青年を見上げた。大きく息を吸い込んで、真剣な目でシャルクスを見上げながら、
「僕を仲間に入れてください」
フリッサにパーティーに誘われても保留にしていたのは、シャルクスとルーデシアに許可を貰うため。昨日までシャルクスとルーデシアの二人とは面識すらなかった。命を預けて戦う仲間だからこそ、きちんと二人からも許可を貰いたい。
シャルクスは首を傾げて、しばらくして訳知り顔になるとにんまりと嫌らしく笑い「仲間に入りたいみたいだよ。どうしようか」とベッドの女性に尋ねた。
無関係なのに、どうして女性に尋ねたのだろう、とウルエが不思議そうにしていると、
「そちらの少年も一緒に、相手をすればいいんですよね? シャルクス様が仰るなら、わたしは構いませんよ。……あ、でも、上乗せしてくださいね」
「だそうだ。よかったな、ウルエ」
シャルクスの腕が肩にまわされて、部屋へ引きずり込まれていく。
相手をするとはどういう意味だろう、と考え込んでいたウルエは、ようやく正解にたどり着いた。これからここで、三人一緒に大人の交わりをするのだと。
「ちが、違いますから!」
悲鳴のようにウルエは叫ぶ。
いずれ経験するにしても、今すぐ見知らぬ女性と、これからパーティーを組むかもしれない青年と一緒に、なんて特殊な状況でしたいわけじゃない。
「僕は、シャルクスと一緒に、魔獣と戦いたいんです。仲間に入りたいんです」
大声で訂正したウルエを、ぽかんと口を開けて女性は見ていた。
訓練ならいざ知らず、アイギスの仲間になりたいなんて、世間知らずもいいところだ。シャルクスと顔見知りのようだけれど、一蹴されるだろうな、と女性は内心馬鹿にしていると、
「なんだ、そういうことか。もちろん、歓迎するよ。ベヒーモスを倒した時点で、ウルエを仲間に入れるのは決定していたんだ。……というのに、君も律儀だな。ルーデシアの許可は?」
「ありがとう、シャルクス。ルーデシア様の許可は、これから貰います」
「なら、今から貰いにいこう。あと、助言しておくけど、ルーデシアと呼び捨てること。もしもルーデシア様なんて呼べば、嫌がらせでウルエ様と三日くらい呼ばれるよ。ルーデシアも君のこと、もう仲間だと思ってるから」
「呼び捨てにして、機嫌を損ねたりしませんか」
「呼び捨てにしなくて、機嫌を損ねるよ。不安なら、呼び捨てにしろと命令された、とこちらに責任を押しつけてくれていいから」
「あ、はい、それなら」
虫も殺せないような少年をシャルクスは上機嫌で仲間に入れると明言していた。あまりに予想外の出来事に、もしかして夢だろうかと女性は思う。
シャルクスがウルエと呼んでいたこと、フリッサが血眼になり探していた金髪碧眼の少年の名前もウルエだと思い出したのは、娼婦館に戻り、世間を騒がせていたフリッサの個人依頼が達成されたという知らせを聞いたときだ。




