役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 12
ベヒーモスを倒してから二五日、つまりウルエを探し始めてから二五日経過していた。
ギルドからの依頼でもないかぎり、アイギスメンバーは所属の街を離れてはいけない。自ら探しにいけないことを歯がゆく思いながら、フリッサは実に効率的な手段でウルエを探していた。自ら探しにいけないなら、他人を利用して探せばよい。出来るだけ多くの人を利用して。
午前一〇時、フリッサはギルドマスターの部屋の応接ソファーに座っていた。対面のソファーに、どことなく居心地悪そうなギルドマスターのサムルクと、とても機嫌が悪そうなアイギス専属スタッフのメアリが並んで腰かけていた。
「……で、メアリ。わたしはどのような用件で呼び出されたのでしょう」
フリッサを呼び出したのはメアリで、彼女は資料らしき羊皮紙を抱えていた。
「フリッサ様も存じているとは思いますが、近隣の街で誘拐事件が多発しているそうです」
「ええ、物騒なものです」
フリッサが他人事のように返すと、ぴくりとメアリの眉が跳ねた。
「こちらの資料に目を通してください」
メアリは抱えていた羊皮紙をテーブルへ並べていく。誘拐事件の一覧を書き出した五枚の羊皮紙には、発生日時、場所、被害者の特徴、犯人の特徴などが記されていた。
はじめの事件が起きたのは二〇日前。ハルジオンから歩いて一日程のミズキヒの街で、一四歳の金髪碧眼の少年が誘拐された。翌日に少し離れた街、ハゼンで一六歳の金髪碧眼の少年が誘拐された。
ハルジオンの街に近いほど多発して、近頃は日に一〇件を超えるのも珍しくない。
「狙われるのは共通して金髪碧眼の少年、犯人は全員ハルジオンで捕らえられています。当局は犯人に悪意がないと判断しているようで、少年に迷惑料を払うことで解決しています。金髪碧眼少年連続誘拐事件について、フリッサ様はなにか心当りはありませんか」
ありますよね、すべての原因はあなたですよね、とメアリは仄めかす。
「金髪碧眼の少年といえば、わたしが個人依頼を出して探している人と、偶然にもおなじ特徴ですね」
「偶然なものですか!」
滅多に感情を露わにしないメアリが叫んだ。
ばしん、と音を立ててテーブルに叩きつけたのは一枚の羊皮紙。八つ当たりのようにテーブルへ叩きつけられた羊皮紙は、個人依頼板に貼られていたフリッサの依頼だ。そこには、こう記されていた。
人探しの依頼
・氏名 ウルエ・ナ
・年齢及び性別 正確な年齢はわかりませんが、見た目は一五歳くらいの少年です。
・外見 金色の髪、青色の瞳
・出身地 イニステイル地域、ノーランスフィン
・報酬 金貨八〇〇〇枚
・依頼人 ハルジオンの楯 フリッサ・エンゼ・ルミナージ
・備考 本人確認のため、ハルジオンの街まで同伴願います。ウルエ本人であると確認が取れた後に、報酬の金貨八〇〇〇枚を支払います。報酬の支払いは生存にかぎります。
「メアリ、人の依頼を勝手に剥がすのは感心しません。あとで貼り直してくださいね」
依頼を剥がすのは、依頼人が撤回したときと解決したとき。ウルエと再会を果たせていないのだから、まだ有効な依頼を勝手に剥がしたということ。
ハルジオンに住んでいながら、この依頼を知らない者はいない。ただし、依頼内容がそのまま広まるのではなく、次のような形で広まっていた。いわく、手当たり次第にパーティーに入れてくださいと声を掛けていた少年がフリッサの逆鱗に触れて、フリッサは凶悪犯も逃げ出すほど高額な報酬を懸けて、血眼になり探している、と。ハルジオンの街は今、この話題で持ちきりだった。
「フリッサ様」
「なんです」
低く静かな呼びかけに、フリッサは普段通り返した。
「ベヒーモスの討伐報酬は、どの程度ですか」
「討伐パーティーに入るのは、合計で金貨一〇〇〇枚程度でしょうね。前回は一五メートル級で一五〇〇枚の報酬でした」
討伐困難な魔獣が出現したさいに、いきなり討伐依頼を出すのではなく、はじめに情報収集の依頼を出す。寄せられた情報から、ギルドは行動範囲、大きさなどを割り出して討伐依頼を出す。魔獣が大きければ報酬も高くなるのだが、魔獣の死骸からどの程度素材が取れるのかを試算して報酬額が決められていた。
「では、フリッサ様の人探しの報酬はいくらですか」
フリッサは不思議そうに首を傾げた。
「きちんと報酬のところを見てください。金貨八〇〇〇枚と書いてありますよ」
「きちんと報酬のところを見ましたよ。……ええ、それはもう、なにかの間違いじゃないのかと穴が空くほどに」
フリッサは目を細めて「穴が空いては困りますね」と呑気に笑い、メアリは大きく溜息を吐いた。なんなら、穴が空いて報酬額のところだけ見えなくなればいいのに、とすら思う。
「ただの人探しが、ベヒーモス討伐報酬より高額なのは、どういうことなんでしょうね。金貨八〇〇〇枚なんて、わたしの給料二〇〇年分なんですよ」
メアリの給料が低いということはなく、むしろ特殊な職務ゆえに他のギルド職員より高額だ。
「……はあ、そうなのですか」
給料の話をされても困るとばかり、フリッサは気のない返事をした。
討伐依頼を含めても、ここまで高額な依頼が出されたことは過去になく、個人依頼なら金貨八枚でも目を剥くほどに高額だった。フリッサの依頼は、八枚ではなく、八〇枚でもなく、八〇〇枚ですらない。八〇〇〇枚なのだ。
でも、依頼自体に問題はない。
正規の手続きを踏んで依頼されたもので、いくら報酬が高くても、個人が報酬額を決めるという原則に則り、報酬の金貨八〇〇〇枚にプラスして依頼達成手数料の金貨八〇〇枚もギルドに預けているので問題ない。国中のギルドに配布するために必要な全発布依頼金の金貨二〇枚の支払いも済ませているので問題ない。
メアリがテーブルに叩きつけた人探しの依頼の羊皮紙とおなじものが、国中のギルドに貼られているということ。
「給料を上げてほしいなら、わたしではなく、ギルドマスターに相談してみては」
メアリの横に腰掛けていたサムルクは、こちらに振らないでよ、と迷惑そうに眉を寄せた。
「フリッサの個人依頼を達成したら、ギルドにも多額の手数料が入りますから。給料を上げるのは難しいですが、ギルドの全職員に臨時報酬を出すと約束しましょう。はい、解散解散」
ばしん、とメアリはテーブルを叩く。
「解散ではありません。だれも給料の話なんてしてませんから」
「……はあ、そうなのですか。では、本題はなんでしょう。個人依頼のことで、わたしも忙しくて。ここのところ、日に一〇回くらい、ウルエ本人か確認してほしいと頼まれるんですよ。名前も出身地も確かめない人が多くて困るんですよね」
哀愁の溜息を吐くフリッサに、溜息を吐きたいのはこちらだ、とメアリは頭を抱えた。ここまで答えが出ているのに、どうして依頼と事件を結びつけて考えないのだろう。報酬に目が眩んで、誘拐事件が多発しているというのに。
「フリッサ様の個人依頼のせいで、誘拐事件が多発しているんですよ」
呆れ声でメアリは言う。
誘拐事件の真相はこうだ。
ある日、目を疑うほどの高額報酬の依頼がギルドに貼られていた。文字を読めない者も、人探しであること、報酬額程度は読めるので「この依頼は、だれを探しているんだ」とギルド職員に尋ねる。ギルド職員は口頭で説明するが、内容をすべて覚えきれない。覚えられるのは、金髪碧眼の少年、ハルジオンに連れていく、金貨八〇〇〇枚。面白いネタを仕入れたから、仲間にでも教えてやろう、とあくまでも話題のひとつで名前や出身地までは覚えないし興味もない。そこへ、金髪碧眼の少年が現れたとしたら。もしかしたら金貨八〇〇〇枚の少年かもしれない、と少年を攫い、目を離したすきに逃げられたり横取りされるのを恐れて、一直線にハルジオンを目指す。
ギルドに名前と出身地を確認すれば済むけれど、目を離すのは怖くて、依頼の貼られているギルドに少年と一緒に入るのも論外だ。金髪碧眼の少年を連れてギルドに入り、ギルド職員に依頼内容を読み上げさせて確認するなんて馬鹿なことはしない。もしも依頼通りの少年と判明したなら、誘拐した少年を誘拐されてしまう。ギルドに居合わせた人たちに誘拐されてしまうのだ。
フリッサは穏やかな声で反論した。
「ええ、そのようなことは承知の上ですよ。……承知の上で、なにか問題がありますか」
開き直るようなフリッサの態度に、メアリは顔を顰めて説明した。
「問題しかありません。ただの冒険者の依頼ならともかく、フリッサ様はハルジオンのアイギス。このような馬鹿な依頼を出して、誘拐事件を誘発するなんて、ハルジオンの恥です。当局員の友人からも、フリッサ様に撤回して頂けないかと相談を受けています。フリッサ様にも考えがあるからとフォローしていますが、このままではフリッサ様の信頼まで損ねてしまう。今すぐにでも撤回すべきです」
フリッサは、ふん、と鼻を鳴らして「つまらない用件で呼び出してくれましたね」と冷たく吐き捨てた。
「では、メアリに尋ねます。ウルエ・ナという名前の金髪碧眼の少年で、イニステイル地域ノーランスフィンの出身者はどれくらいいますか。外見の特徴が一致しているだけで誘拐事件を起こすのと、依頼を出したわたし、咎められるべきはどちらですか」
尋ねているのではなく、この程度のことは理解しているでしょう、という確認だ。
「メアリの顔を立てて撤回しても構いませんよ。代わりに、今すぐアイギスに、いいえ、わたし個人に、ウルエを探すように依頼を出してくれるなら。無報酬で構いません。どうですか、サムルク」
ギルドマスターのサムルクは話にならないと肩を竦めた。
「人海戦術は賢いとはいえないが、効果的ですから。個人で探すより、よほどね」
「だ、そうです。……メアリ、話は終わりですね」
立ち上がろうとしたフリッサに「まだです」とメアリは鋭く言う。
「街を守るための楯、アイギスは人々の信頼なくして成り立ちません。多くの人から、フリッサ様の依頼のせいで大変な思いをしていると苦情がくるんです。今まで、模範的な振舞いをされてきたのは、街の人々を不安にさせないためですよね」
模範的な振舞いをしてきたのは、メアリの指摘通り。今回のことも長い目で見れば、ハルジオンの利益になると信じていた。あの日、フリッサは確信したのだから。剣と魔導とは違う強さが確かにあり、知識の武器は魔獣との戦いに革命を起こす。
フリッサは座り直して、淡々と説明していく。
「もしも、どうしても見つけたい人がいて、わたしはここから動けないとして、わたしの答えは全財産に近い金額で人探しの依頼を出すことでした。ありふれた金額、次の日に忘れてしまうような依頼では意味がないから。国中の人々が報酬に目が眩んで、わたしの代わりに探してほしい。ここへ連れて来てほしい。そういうことです」
メアリはフリッサの心の奥底を覗くように真正面から見据えて尋ねた。
「なぜ、そこまで、執着するのですか。作戦を立てたことは評価しますが、ベヒーモスを倒したのは、アイギスです。これまで築き上げた信用を犠牲にしてまで、探す価値があるとは思えません」
疑問の全てを投げかけた。
ウルエの価値が、フリッサとメアリのあいだで大きく違う。そこの擦り合わせをしなければ平行線のままだろう。
「ベヒーモスの討伐は、最短でも三日必要でした。三日で終わらせていた仕事を、ウルエの助言のおかげで一八秒で終わらせられたんです。メアリ、あなたはどちらを評価しますか。助言をしたウルエですか、それとも仕事をしていたメンバーですか」
メアリは口を噤んで答えない。どう考えても、評価されるべきはウルエのほうだから。
「戦いの勝敗は、対峙した時点で決まります。なのに、緻密な作戦を立て、戦いへ臨むような冒険者はいません。魔獣の知識がないから、役に立つと知らないから。知識の武器は、わたしたち冒険者の在りかたを根本から変えるものです。死を遠ざけて、無数の命を救うものです。ウルエの価値を考えれば、金貨八〇〇〇枚で探し出せるなら儲けもの。まして、わたしの評価など言うに及ばす」
今現在の、ウルエに対して嘘偽りのないフリッサの客観的評価。ここまでフリッサが言うのなら、もうしばらく我慢してもらうように掛け合おう、とメアリは思う。ハルジオンは冒険者がいなければ成り立たない街。フリッサの言葉を伝えて、ウルエが必要なことを理解してもらえれば、人探しの依頼を疑問視する声も少なくなるはずだから。損な役回り、と思いながらメアリは覚悟を決めたのだが、フリッサの次の言葉で思い違いをしていたのだと気付く。
「なにより、わたし自身が求めているんです。今度こそ、ウルエに命を預けて戦いたい。代わりにウルエの見ていた世界の断片をわたしにも見せてほしい」
もちろん先に話したような理由もあるのだろうけれど、一番の理由は乙女らしい純粋な好意だとメアリは思い込んで微笑んで手を合わせた。俄然、やる気がでた。
「なるほど、そういうことなんですね」
上から目線のあたたかい目でフリッサを見詰めて、
「名声も財産もすべて捨てて、恋した君に会いたいなんて、フリッサ様は健気ですね」
「は?」
予想外の言葉すぎて、思わず変な声がでた。
フリッサは目を点にして、反論しようとしたけれど、口をぱくぱく動かすだけで言葉は出てこない。あまりの動揺に、違います、の一言さえも。蒸気でも噴き出しそうなほど赤面したフリッサの反応は、まさしく図星を指された恋する乙女そのもので――。
「そういう事情なら、もう煩いことは申しません。むしろ応援しますよ、フリッサ様」
テーブルに広げていた資料を鼻歌まじりにメアリが集めているあいだに、フリッサは深呼吸を繰り返して、どうにか落ち着いたところで反論した。
「……こ、恋とか、違います。変な誤解をしないでくだちゃい」
噛んだ。
誤解が増長しそうなところで噛んでしまった。
「可愛らしいですね」
「必死で誤魔化そうとするところが特にね」
メアリとサムルクの息を合わせた口撃に、フリッサは恥ずかしさのあまり泣きたい心境だ。フリッサが羞恥に喘いでいるときに、部屋にノックの音が響いた。
「フリッサ、本日三組目の誘拐犯だよ」
「違うでしょう。賊の頭領みたいな四角い顔の髭面と、気弱そうな男女の三人組のお客様よ。ウルエ本人か、確認してほしいってさ」
扉の外からシャルクスとルーデシアの声がして、フリッサは「はい、すぐに」と立ち上がり、逃げるように退室した。




