役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 11
「うひひ、金貨が一〇〇〇枚、金貨が二〇〇〇枚。大金持ち、うひひひひ」
歓迎会も二時間ほどがすぎて、プルワーは幸せな寝言を呟きながら、口の端からとろりと夢の欠片をこぼしていた。個人依頼の報酬は依頼人が自由に決めるため、金貨一枚なら驚くほど高額。ドワーフの腹鼓の給料に換算するなら、二〇日働いてようやく金貨一枚だ。
間引き野菜の塩炒めしか注文できない貧乏人のプルワーは、果たして金貨を見たことあるのだろうか。
「うへへ、ゴドルフは二割、プルワーは四割、おれも四割だからね。大金持ちだよ、うへへへへ」
ノゴティブも大金持ちの夢を見ているらしく、とても幸せそう。
ゴドルフはウルエの果実酒を用意して席に戻ると「見かけによらず、強いんだな」とテーブルに置いた。コップ五杯目。今日の主賓だから、とノゴティブとプルワーから勧められて、二人のほうが先に潰れた。……とはいえ、ウルエの瞼も今にも落ちそうだ。
「そろそろ控えないと、明日の仕事に……明日も、大忙しだから。ドワーフの腹鼓は、いつも繁盛大盛況」
酔いが回り、口が勝手に喋りだす。
とろん、と眠りに落ちそうな青色の目は、柔和なゴドルフの微笑を映していた。いつも不愛想で不機嫌な、不器用に優しい店主のゴドルフ。でも、今のゴドルフは微笑の裏に悲壮を滲ませているようで、痛々しくて見ていられない。
「なら、それだけ飲んでしまえ」
「あーい」
いつもに増して気の抜けるような返事をしたウルエは、ごくごく、と喉を鳴らした。四杯目よりもアルコールの臭いが強く、その向こうに微かな苦味を感じた。四杯目までは感じなかった違和感。安酒に変えたのかな、と思う程度でウルエは大して気にしない。
「おまえには、将来の夢とかないのか」
おれには夢があるから尋ねてほしい、とそういう響きを内包してゴドルフは訊いた。
ウルエは働かない頭で数秒考えてから「ありますよー」と呑気に答えた。
ドワーフの腹鼓で働き始めてからも、暇を見つけては仮想戦闘を繰り返していた。これまでと違うのは、メンバーが固定されたこと。軽戦士のフリッサ、重戦士のシャルクス、魔導士のルーデシア、作戦の立案から戦闘中に指示をだすウルエを入れた四人組パーティー。
今は仮想戦闘でも、肩を並べて戦う日がくると信じて。
「そういうマスターには夢がないんですか。……そうですね、壊れかけのタペストリーを直すとか、美人なパートナーを捕まえるとかさ」
「お世話がでけえよ」
笑うような声で窘められた。
酔いの手伝いもあり、ゴドルフ相手にも軽口を叩いてしまう。いつもなら怒鳴られそうな話題も、やんわりと笑ながら返してくれた。
「……でも、夢はあるんだ」
食い散らかされた料理を眺めるように視線を落として、ひとり言のようにゴドルフは呟く。
「今日の料理、正直どう思った。ウルエ、正直な感想を聞かせてくれ」
顔を上げたゴドルフは縋るような目でウルエを見据えて尋ねた。真剣というよりも鬼気迫る様相のゴドルフに、しばらく考えてから答えることにした。
瞼を閉じて、歓迎会の料理を思い出しながら「美味しかったです、凄く、これまで食べたどんな料理よりも」と前置きしてから、
「食材自体がいいのもあるけど、香辛料で誤魔化すわけでもなくて、食材本来の美味しさを引き立てているように思いました。でも、なんだか庶民に向けた料理というより、舌の肥えた人たちを満足させるような。そういう味というのかな。美味しいけど、僕たちなら香辛料の味で満足しちゃうから。そういう味に満足できない人も、今日のような料理なら満足するのかな。……なんて」
長々とウルエが語ると、ゴドルフは目をぱちくりと瞬かせて驚いていた。
「あ、いえ、すみません。素人のくせに偉そうにして」
「いや、構わねえよ。素直な感想を頼んだんだからな。いい舌をしてると思うぞ」
褒められて、ウルエは照れたように髪に手をやり、ふいに眉根を寄せた。いい舌をしているというのは、ウルエの推測が当たっていたということ。ウルエたち庶民を満足させるためではなく、ここに居ない誰かを満足させるための料理ということだ。
今日の料理は、一体誰のために作られたものなのか。
「どういうことですか」
ゴドルフは、ふふ、と小さく声をあげて「勘もいいな」と答えた。
認めたのだから、話してくれるのだろう。歓迎会の料理を、本当は誰に食べさせたいのか。急に歓迎会をしようとした理由も。
「ウルエの勘が冴えてるのは、いつものことだな」
「誤魔化はないでくらはいよ」
酔いのせいか、舌が上手く回らない。
ふいに、ゴドルフの顔が一瞬だけ緩んだ。探しものを見つけたような安心した表情は、朝霧のようにすぐに消えて、ゴドルフは四角くて強面な顔を真剣に作りかえ、真正面からウルエを見詰めた。
「近いうちに、ドワーフの腹包を閉めようと思うんだ」
まるで頭から冷水を浴びせられたように、一言でウルエは酔いから醒めた。
「……ろうひて」
酔いは醒めたはずなのに、相変わらず舌は回らない。
どうして、こんなにも繁盛しているのに……。閉店してどうするんですか。夢と関係あるんですか。尋ねたいことは山のようにあるのに、ぱくぱくと口を開閉するだけで声が出ない。
「料理人の一番の夢は、王都に出店することなんだ。ネモフィラの小さな食事処で終わりたくねえ。王都で出店して、食通どもを唸らせたい。おれの料理がどこまで通用するのか知りたいんだ。でも、ほとんどの料理人は、夢を叶えられない。王都に出店するためには、一生暮らせるほどの大金が必要だからな。いくら繁盛しても、ここの儲けではとても届かないと諦めかけていた」
今日の料理を王都で出すつもりなんですね。あの料理なら、王都でも通用します、絶対に。僕は、マスターの夢を、応援します。また、食べさせてくださいね、マスターの料理を――。
話したい、励ましたい、応援したい。
それなのに言葉を喉の奥に閉じ込めたように、まるで声が出ない。無理に出せば、獣のうめき声のように醜く汚い音だけが漏れた。
「ようやく、出店の目処がついたんだ。馬鹿でかい儲け話が舞い込んできたからな」
酔いは醒めたはずなのに、意識を根こそぎ奪い取るように遠のいていく。ゴドルフの声が幾重にも反響して、耳鳴りのように聞こえた。
「だから、ウルエ。恨んでくれて構わない」
意識の糸が切れるまえに聞こえた声は、懺悔のように悲壮な決意を湛えていた。
ああ、あの苦味は、薬だったんだ、とウルエは今更気づいた。アルコールを強く感じたのも、薬の味をわからなくするため、度数の強い果実酒に変えていたんだ。眠り薬、あるいは痺れ薬の類だろう。……なぜ、どうして。なにもわからないからこそ、もしも眠りについたら二度と目覚めないのかもしれない。そういう可能性すら頭をよぎった。
薬を盛られて平穏無事に朝を迎えられると信じるほど、楽観的になれない。
消えゆく意識の中でぼんやり思う。もしもフリッサが約束通り迎えに来ても、天国までは来ないでほしいな、と。全ての原因がフリッサにあるとも知らず、ウルエはそんな健気なことを考えながら眠りについた。




