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5.〈約束〉と〈混乱〉の〈緑〉

――「神輪町」住宅地 アパート「メゾン・ド・縁」〈めぞん・ど・えにし〉十三号室 玄関



「ただいまー、帰ったぞ」


デニム生地の作業着らしき服を着たボサボサ無造作ヘアーの少年が買い物袋を下ろしながら自分の帰宅を家族に伝える。


「ひーちゃぁ。おかえりー!」


すぐに三歳の妹が元気にお出迎えをしに走ってくる。


「お、ただいま。みー。良い子にしてたか」


舌っ足らずな妹 真美香〈まみか〉のお出迎えに少年はワシャワシャと頭を撫でて返す。真美香はキャイキャイと喜んだ。


「ん~? 「真彦」〈まさひこ〉はどうした? まだ友達の家か?」


「んーん」


真美香が違うよと首を横に振る。


「かえってぅけど。まさちゃぁまたかってにひーちゃぁのへやからまんがとっていてよんでうの。みーはまたおこらえるよってちゅういしたのにきかないの」


事細かに真美香が少年に伝える。

少年はポンポンと真美香の頭を優しく叩くと


「またかあのやろう」


十歳の弟 真彦のいると思われるリビングへと歩いていった。

そっとリビングへと音も無く滑り込む。 真彦は何も気づかずに勝手に調達した漫画を読んでいた。背後には既に捕獲者がいることにも気づかずに。そして今まさに


「こぉらあぁっ!!」


「ウオアァッッ!!」


捕獲が開始され、ガッチリとヘッドロックが決まる。真彦さ大絶叫の後、「グッ!」と短い声を挙げた。


「また俺の部屋に勝手に入ったんだってなぁ」


「か、帰ってたのかよ・・・・・・」


真彦はバタバタと手を動かし逃れようとするが、完璧に決まったヘッドロックはその行為を全くの無意味にしていた。


「何を読んでた」


少年は読みかけの漫画へと目を向ける。そこには昔にヒットを飛ばした成り上がり系の不良漫画があった。少々お下品な内容な漫画である。


「小学生にこれはまだ早いんだよ!!」


ヘッドロックの力を一気に強めた。


「ギャアァッ! ギブギブギブ!!?」


その痛みにギブギブを繰り返し、何度も腕にタップを叩いた。


「たく、どっから引っ張り出しやがった。押し入れか?」


自分の部屋に漫画を戻して、真彦の頭をゴツンと小突いた。


「テェッ! なんだよ自分だって去年まで小学生のくせに。横暴だよ!」


頭を擦りながら真彦はブーブー文句を言う。


「うるせぇ、問題はそこじゃなくて勝手に人の部屋に入んなって事だ。それに、あれは父ちゃんの漫画だ。俺は読んだ事も無いの!」


あまり反省の色が見れないのでもう一度軽く小突いておこうと手に軽くスナップを効かせた時、真美香がお腹を押さえながらリビングに入ってきた。


「ひーちゃぁ。みーおなかすいた~。」


「お、悪い悪い。すぐご飯にしような」

少年は言うと真彦を軽く小突くのを忘れずに玄関の買い物袋を取りにいった。


「きょうごはんなぁに~」


「ん、今日は残り物のカレーをだな」


「げ! これで三日目じゃん! やだよ俺は安直なカレーうどんなんて」


「ばかやろう。カレーは作ると大量に余るんだよ。ちゃんと食いきらないと勿体ねえだろうが」


「ちぇ、やっぱ横暴だよなぁ」


「はいはい、ちゃんと工夫してやっから文句言わない」


そう言って買い物袋をゴソゴソとまさぐり、特売品の玉子ととろけるチーズを取り出した。


「工夫って、期待してもいいのかよ」


「おう、シェフの腕を舐めんなよ」


少年は不適に笑うと狭い台所へと移動した。





「おら、お待ちどうさん」


「おわぁ~!!」


「すげ、別もんじゃん」


テーブルの上に並べられた本日のメニューに真美香は目を輝かせて、真彦は関心の声を挙げた。

そのメニューは特売品の玉子と冷蔵庫の肥やしになりそうな冷やご飯と残り少ないバターを駆使して作り上げたバターライスと半熟の卵焼き。それに余ったカレーをふんだんに上から掻けて、その上に余熱でじっくり蕩ける特売品のとろけるチーズをトッピングした。


「特製オムカレー!!」だった。


「どうだ、美味いか?」


コクコクと頷く素直な真美香と「まぁな」と少しひねくれた真彦が少年に美味いという事を伝えた。

少年は満足気に頷くと自分も自信作を口に運ぶ。我ながら大成功なできだと、とろけるチーズをクルクルとスプーンで絡めとりニッと笑った。

そんな満足気な少年に弟妹達は彼らなりの最高の表現で誉めた。


「ひーちゃぁ、いつでも〔お嫁さん〕になれるね~!!」


「ま、ここだけは〔女らしい〕要素だよな〔ひー姉〕は」


その言葉に少年、否、少女はスプーンを置くと一言いった。

「お前ら、一言が余計だっつうの!」





〔少年〕は〔少女〕だった。とても見た目が活発な〔男らしさ〕に満ち満ちていたが、れっきとした少しひとより背が高い〔女子中学生〕だった。


彼女の名は「緑葉 久真」〈みどりば ひさま〉。男前という言葉がしっくりとくる。若葉の如き十四歳の「八神学園」中部新入生。今回の主人公である。





「ねえひーちゃぁ。かーちゃぁきょうおそいのぉ?」


食事が終わり、洗い物をしていた久真の服をくいくいと引っ張りそんなことを聞いてきた。


「うーん。今日はかーちゃぁはな」


久真はエプロンで手を拭きながら目線を真美香に合わせて母がいつ帰るかを答えた。


「今日はとーちゃぁのとこによってから帰るからみーが起きてる時には帰れないかもな」


久真の父は仕事中の事故で入院中である。幸い、命に別状は無く。保険と労災で入院費と生活費で家庭に負担が掛かることはほとんど無いのだが、たまに母がパート帰りに母が身の回りの世話をしに見舞いに行ったりしている。そのため子供達には少々負担を掛けていた。

久真はそれほど負担にも感じていなかったが、まだ幼い真美香は少し寂しい思いをしていた。口には出さないがおそらく真彦も寂しいと感じているかもしれない。


「そっかぁ、おそいのかぁ」


真美香はやはりシュンとなってしまった。最近、パートのほうも忙しいのか遅くなる事が多くて真美香はいつも以上に寂しい思いをしているのだろう。まだまだ甘えたい年頃。きっと母と一緒に寝たかったのだろう。


「みー、今日はひーちゃぁと一緒の布団で寝るか?」


ポンポンと真美香の頭を久真は優しく叩いて「どうだ?」と聞いた。


「ほんと!!」


真美香はパッと沈んだ表情が明るくなる。最近、ひとりで寝ることが多かった真美香は凄く嬉しかった。


「ああ、好きな絵本持ってこいな」


「ひーちゃぁだいすき!!」


体当たりで久真の胸にぶつかって嬉しさを表現する真美香。そんな真美香を見ていると久真も嬉しくなる。いつもは寝るまで一緒にいてあげるだけしかしてあげられなかったからこれだけの事で喜んでくれる真美香が久真はとても可愛くてたまらなかった。


「まさちゃぁもいっしょにねる?」


ちょうど真彦が冷蔵庫から麦茶を取りだそうとしていたようで、真美香は「んん?」と小動物みたいな表情で聞いてみた。


「俺、いい」


麦茶を注ぎながら真彦は素っ気なく答えた。


「ひー姉の布団に入る趣味なんてねえし」


「お前はほんと最近は可愛いげないな」


「俺、男だし、可愛いげなんていらねぇ」


真彦は一気に麦茶を飲み干してドライな事を言った。

つい最近までは自分の後ろを付いてきたものなのにと思いながら久真は軽く溜め息を突いた。


(真彦も難しい年頃だもんな)


「ようし、まさちゃぁはほっとこうなぁみー。ひーちゃぁを独り占めだぞぅ~」


鼻と鼻をグリグリとぶつけながら久真は真美香に言った。


「きゃっ! おひにゃが~」


潰れた鼻声でキャッキャッと真美香は喜んだ。


「そうだ、ひーちゃぁ。おねがいあるにょ」


「ん? お願い?」


「うん」


鼻のごっつんこを終わらせると突然真美香がそんなことを言ってきた。


「なんだ、みーの言うことならなんでも聞いてやるぞ?」


真美香が久真にお願いをすることは珍しかった。お願いをされるのは素直に嬉しかったので久真はつい何でもと言ってしまった。


「ほんと! じゃ、ちょっとまってぇね!!」


凄く嬉しかったのか真美香はバンザイをしながらテトテトとリビングを出ていった。


(いったいどんなお願いだ?)


絵本をいっばい読んで欲しいのか と思いながら久真は真美香を待った。


それほど時間は掛からずに真美香は何かを引っ張り出してきた。


「ん、それ・・・・・・まさか」


真美香が手にしたものには見覚えがあった。

それはピンク色のワンピース。これは母が久真のサイズに合わせて仕立ててくれたワンピース。母が男っぽい娘に女の子らしい恰好をして欲しいと願って仕立てた。しかし、もっとも自分に似合わないと思うピンク色のため、着ることを拒否した服。死ぬほど嫌いなスカートの服。


そんなものを持ってきて真美香は何というつもり何だろうか。


「あのね」


邪気の無い笑顔で服を前に出し、真美香はお願いを言った。


「このふくきてほしいの」


脳天をぶち抜かれるような衝撃が久真を襲った。


「おい、みー? なんでこれを?」


「うん、ひーちゃぁとおそろいだってかーちゃぁがみーにもこれつくってくれたの!!」


「・・・・・・」


「だからみーとおそろいできてほしいの!!」


「そ、そうか・・・・・・」


恐らくこれは母の策略だろう。真美香はピンク色が大好きだ。それをお揃いで作ったときたら一緒に着たくなるはず。そして、久真は真美香に弱い。久真に女の子らしい恰好をさせるという目標を達成させるつもりではないかと。


「あのなぁ、ひーちゃぁには似合わないと思うんだ・・・・・・他のお願いじゃダメか?」


とりあえずの抵抗を試みるが


「ひーちゃぁ。なんでもっていったよ? みーはこれがいい」


真美香の意思は固そうだった。


「これでいっしょにおさんぽいくの!!」


しかも要望の難度が跳ね上がっていた。ピンク色のスカートで外に出るなど久真にとって自殺に等しかった。ただでさえ学校にも制服の上着を羽織ってジャージで登校をしている程だというのに。


「良いじゃん。着てやれば」


「はぁっ!?」


突然、会話に乱入してくる声。言うまでもなく弟の真彦である。なんだかニヤッとしている気がする。

「俺もひー姉の〔女装〕には興味ありかなぁ。超楽しそう」


「このやろ・・・・・・他人事だと思って」


絞め殺してやろうかとブルブルと久真は拳を振るわせて真彦を睨んだ。


「ひー姉。みーのお願いなんでも聞くって言ったじゃん」


「グッ!!?」


確かに言った。言ってしまっている。


「ひーちゃぁ。だめなの~」


真美香が悲しそうな表情になる。


「あ、あのな」


「大丈夫だぞみー。ひーちゃぁは〔絶対〕に嘘はつかないからな!」


「お、おぉまぁえぇはぁぁっっっ!!」


「ひーちゃぁ。ほんと?」


「あ・・・・・・と」


「ひーちゃぁ~」


「その・・・・・・時間掛かっていいんなら」


時間という条件を貰って、久真は折れた。凄く期待している妹を裏切らないために、弟妹に嘘をつかない所を見せるために。

ただ、恐ろしく似合わないだろうと久真は思った。

恐ろしく時間が掛かりそうだとも。










「マジでヤベェことになりやがった・・・・・・」


下校しながら久真は頭を抱えていた。昨日の真美香のお願いの事を朝からずっと考えている。正直、今日は一日なにをしたかも覚えていない。


「ピンク・・・・・・スカート・・・・・・ダメだ」


自分のスカート姿を想像すると気持ち悪くなる。久真はそれほどスカートが好きではなかった。

男の子が欲しかった父親から男っぽく育てられた久真はスカートには物凄い偏見を持っていた。


「あんなヒラヒラしたもんは男の履くもんじゃねぇ!」


と、小学校の中頃までは力説していたし、真彦が生まれてから母が女の子らしい恰好をさせようと試みたものの当時四歳ながら久真は


「こんなのちがう! いらない!!」


暴れに暴れて突っぱねて、つい最近の八神学園の入学式もスカートが嫌で、当日熱を出して欠席してしまった程だ。

普段の学校生活も「ジャージは俺の正装」といい、生活指導を呆れさせ、無理矢理納得させてしまったのだ。

クラスの同級生以外は久真の事を本当に男子だと思っている生徒も少なからずいる事だろう。


それほど徹底したスカート嫌いだが、今回はどうにもまずかった。久真がどうにも甘くなってしまう妹自身からのお願いだ。しかも久真がこの世で最も似合わないと思っているピンク色だ。一生袖を通すことは無いと思っていたワンピースなのだ。


「マジで・・・・・・挫けそうだ・・・・・・」


足どりが重い。真美香が凄く期待している。無邪気に瞳を輝かせている。やっぱり、やめないかなんて口が裂けても言えない。やるしかないのだ。


「とりあえず、先ずはリハビリの一歩を踏み出してみるか・・・・・・」


やりたくない。凄くやりたくないが前には進まなければならない。とにかく、誰にも見られずに実行してみよう。


色々とブツブツ呟きながら思い詰めた表情で歩く姿は周りの人が道をあけるほどの迫力と怪しさを醸し出していたが、本人はまるで気付かずに、入学祝いに父が買ってくれたiPodの電源を入れていた。

ブツブツと呟きつつ、久真は人気の無い森林公園へと迷い込んでいた。普段はあまり通らない場所だが、考えごとをしている間にいつもの道からずれていたようだ。久真はまだ道から外れているのを気付いていないようだが。


「終われば・・・・・・OK、耐えてやる。俺は、耐えて」



グッと握り拳を固めた時。


「むぎゅっ」


何やら妙な感触と妙な弱々しい声を聞いた。さすがにそれには久真も気づき、足元を見た。


「・・・・・・」


妙に生々しい感触の緑色の物体を踏んづけていた。久真はそれを持ち上げていた。


「ふあ~」


それは妙な声を挙げる。見た感じは緑色のヌイグルミだった。


「なんだ? タヌキのヌイグルミか? 誰か捨てていったのか?」


フルフルと振ってみるとそれは


「を~、を~、お~」


と訳の解らない声を挙げる。


「最近のおもちゃか? センサーで反応すんのかな?」


試しにデコピンをしてみた。


「ムニッ!」


ペシンと良い音を起てて、ガクンと首が揺れ、それはゆっくりと目を開けた。


「え?」


その目の奥に深い森の中にいるようなビジョンが一瞬見えて、それはカッと目を見開いて久真を見て


「こんにちはだノ」


緑色のフワフワとした片手を挙げて挨拶をした。


「・・・・・・」


目をパチパチと見開きを繰り返し、久真は呟いた。


「・・・・・・寝ぼけてんな、俺」






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