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3.〈青海 流香〉の好きなひと


少女は水の中にいた。沈むこともない、浮かぶこともない。ただ、水の中にいるのだ。


視界はボンヤリとしていて頬を自分の長い黒髪が擽っている。少女は特に今の自分の状態が不自然だとは思わず。ただ、流れに身を任せ続ける。なんだか、色々とどうでもよい気分だった。何も考えたくはなかった。


だが、少女のどうでもよいという気分はひとつの〈青い光〉によって、突然に終わりを告げる。


なんだろうと思う好奇心が、少女のぼんやりとした視界をパッとはっきりとさせる。



同時に、少女は目を覚ました。


少女はそれが夢だと気付くのにしばらく時間が掛かった。

薄暗い見覚えのある自分の部屋。寝汗を掻いていたのか頬に自分の髪が貼りついていた。お気に入りの淡い水玉模様のパジャマもぐっしょりと濡れていた。

これは着替えないと寝られそうにない。

少女はベッドから降りて、タンスから替えの下着とランニングシャツを取り出し、寝汗を拭くためにバスタオルを取りに洗面所へと向かった。本当はお風呂にでも入りたかったところだが、さすがに近所迷惑。我慢をすることにする。


洗面所に到着し、バスタオルを確保。そのままパジャマを脱いで体を拭いていた時、何か違和感に気付いた。ドアひとつ隔てたバスルームからチャポンと浴槽に水が溜まっているような音がする。

おかしい。お風呂は最後に兄が抜いたはずだった。


少女は少し怖かったが、若干の好奇心に勝てず、バスタオルで体を隠しながら、そっとドアノブを回し、バスルームを開けた。


そこで少女は不思議なものを見た。






矢神学園 二年B組教室 昼休み




「そういえば高美。そのブローチどこで買ったの?」


「え?」


「ほら、その赤いやつ。最近よく着けてんじゃん」


南がすっ と高美の胸元を指差した。そこに赤い鳥の形をしたブローチがあった。


「え~と、これは、ね」


高美は迷った。これは別に買ったものではないし、経緯を話すわけにもいかない。さて、なんと答えようとちょっとだけ考え、パックのミックスジュースのストローをかじっと少しだけ噛んだ。

「その間は、もしかしてオトコからのプレゼントなの!?」


間の開きに鈴木がバッと指摘し、思わず手に力が入りミックスジュースを逆噴射してしまうところだった。


「こら、この前ので少し自重すんじゃなかったのかあんたは」


「う、ごめん」


間弓の言葉に、鈴木はショボンとする。高美を追いかけまわして軽いケガをさせてしまった事を気にしているようだ。


「んぐ。いや、そんな気にしなくていいよ。大したことなかったし」


口に少しだけ溜まったミックスジュースを飲み込んで高美は軽く腕を回して問題ないとアピールした。


「うん、でももうしばらくは自重する・・・・・・」

と、鈴木は言っているがおそらく自重期間の解禁はすぐに来そうだと鈴木以外の全員が思った。


「んん、それはともかくとして」


南が再びブローチを指差した。


「そのブローチはどこで買ったのよ?」


「え? えと、これは買ったわけではなく・・・・・・」


高美は頬を掻きながらさりげなく小声でブローチもといブローチに変身しているホークに囁いた。


(ど、どうしようホーク・・・・・・なんて言ったらいい?)


・・・・・・。


しかし、返事は返って来なかった。


(あれ? ホーク? ちょっと、ホーク?)


「なにブツブツ言ってんの?」


「え!?」


本人はさりげなくやっていると思っていても周りには気づかれていたようで。


「な、なんでだろ~」


ちょっと焦りながら惚けてみた。


「?? 急にどうしたのよ? もしかして、マジで鈴木の読みどおりにオトコからのプレゼント?」


「な! んなわけないでしょ!? プレゼントと言えばプレゼントかもしんないけど!?」


言ってしまったと思った。なんでいまプレゼントって言ってしまったんだろう。ホーク本人が変身しているので厳密にはプレゼントではないのでは。


「ん、つまりは誰かからのプレゼントて事は間違いないのね」


「「「誰から?」」」


友人達は何だか興味津々だ。南や間弓もプチ鈴木になっている気がする。


まずい、変な誤解はまずい。高美は速攻で頭をフル回転させて、思いついた言葉を声にした。


「ま、ママから! ママから貰ったの!! 掃除してたら出てきたやつを!? ほら、なんか少し古いデザインしょっ!?」


何だか苦しいような自然なような。友人達はうまく納得してくれるだろうか。


「なに、ママから?」


「なんだ、それならそう言えばいいのに」


「ふーん。まぁ、納得てことで」


何かあっさりと納得してくれた。良い友人達だ。


「いや、ハハハ、なんか恥ずかしかったんだよね。おさがりっていうのが」


高美は取りあえずほっとして、ダメだしにもっともらしい言葉を付けた。何だか胸元から多少の熱を感じるが。


「そう? あたしは好きだな」


「つか、そういうのっておさがりって言わないんじゃね?」


「どっちかと言えば、母から娘への嫁入り前の贈り物みたいな?」


「いや、そんなことは無いと思うんだけど・・・・・・」


というか実際はママからの贈り物ではないのだが。せっかくオチが着きそうだから、余計なことは言うまいと高美は心で口元を押さえた。ところで高美はひとり足りない事に気づいた。


「あれ? そういえば流香はどこにいったの?」


話の輪の中に幼なじみ 青海 流香が入って来ないと思ったらそもそもその場にいなかった。


「言われてみれば」

「どこいった?」


「ん? るかちーならたしか」


鈴木は何かを知っているようだ。チューとパックのコーヒー牛乳を一口啜る。


「なんか用事があるっぽいよ」


「用事って何だろう?」


「さぁ? でもはっきりしてるのはオトコ絡みじゃないね。あたしのセンサーがビビっとこなかったんだよね」


「誰も聞いてないよそんなことは」


はたして、間弓に一蹴された鈴木の予想は当たっているのだろうか?



さて、流香の用事とは・・・・・・。






「僕と付き合ってください!!」


そのころ流香は、告白を受けている最中だった。鈴木のセンサーは今日も絶不調のようだ。


「ええと」


流香は困り顔で空を見上げた。


(どうしましょう)


相手は一年生のちょっとカワイイ系の男子で、彼の声からは真剣の色がみてとれた。彼にとって一生一代の告白だった。

だから流香も、ちゃんと真剣に考えて、返事を返した。


「ごめんなさい。好きなひとが・・・・・・いるんです」


流香は頭を深々と下げて、彼の告白を断った。




彼には悪いことをしただろうか。考えてみても良かったかもしれない。

少し無理した笑顔で失恋を受け止めた彼を見ていて流香は少しだけそんなことを思った。

だけど、彼に期待を持たせるのもいけない気がした。流香に好きなひとがいるのは間違いなかったから、流香自身が失恋をしない限りは彼の想いは叶うことは無い。


(それにしても)


流香はさっきの彼を思い出しながら少し頬を染めた。


(あんなにまっすぐな告白は初めてかも知れないです)


友人達には気づかれていないが流香は何度も告白というものを中部に入ってから経験していた。軽いものもあればさっきみたいなまっすぐで真剣な告白もあった。


いずれも全て断ってきた。好きなひとができる前からずっとだ。特定の相手と恋人になることは凄く特別なことで、大切にしたい初めてのひとつ。できるなら流香は好きなひとと恋人になりたいと思っているが、それはとても叶わないだろうなと諦めている。好きなひとは自分の好意を知らないはずだから。それゆえに、さっきの告白に少し迷ったのかもしれない。あんなにまっすぐに好意を向けられるのはとても幸せなことだとも思えるから。


(あんなにまっすぐに、想いを告げられたら、私はともかく永くんはもしかしたら・・・・・・て、思っちゃいますね)


色々と考えていたら唐突に二番目の兄 永梧の事が頭に浮かんだ。兄 永梧は長らく片想いをしている。素直になれないために、関係を崩したくないためにズルズルと引っ張って、結局疎遠になりつある。数日前に、勇気を振り絞ったのだろう。ガチガチに緊張しながら、言付けを流香に頼んできたが、結局相手の都合が合わずそのまま宙ぶらりんな状態で、止まっている。

妹としては兄の恋愛は応援したい気持ちはあるが、このままの状態が続いたら〈彼女〉に好い人ができてしまうだろう。〈彼女〉はとても元気で可愛いから。


フゥ、と流香はため息を吐いて再び空を見上げた。







「高美ちゃんは好きなひとっている?」


「ブフッ!? い、いきなりなに!?」


放課後、流香と一緒に帰っていた高美は突然の言葉に買い食い中のたっぷり苺のイチゴクレープを吹き出しそうになった。


「んー、なんでしょう。なんとなく? 高美ちゃんとこんな話をしたこと無かったなって思って」


流香がニコリと笑ってハチミツたっぷりのハニークレープを上品に少しだけ口にした。


「なんとなくって・・・・・・いや、確かにしたことないけど・・・・・・ハグッ!」


話の内容に戸惑いがちに目を游がして、それを誤魔化すように高美は手に持ったイチゴクレープを豪快に口たっぷりに頬張って口に栓をした。イチゴソースと生クリームがほっぺたに付いた。



「ほっぺたに」


流香がクスッと笑って高美のほっぺたのクリームを指で拭うとパクッといたずらっ子ぽく舐めた。


「むむぅ・・・・・・」


高美はちょっと恥ずかしげに口をモゴモゴと動かして横目で流香を見た。


「なんでこんな話したいの?」


流香には敵いそうに無いと思った高美は観念して話に付き合うことにした。だが、その前になぜ流香が急に自分のコイバナについて聞きたいのかを高美は考えた。


「もしかして流香、好きなひとでもできた・・・・・・なんて、無いか」


流香とは子供の頃からの付き合いで、中部に入ってから綺麗になったなとは思うが、今までの流香を見ていると好きなひとができるのはまだ先だなと高美は思っていた。


「えっと・・・・・・高美ちゃんにはもう言っていいかなぁ」


だが


「います・・・・・・好きなひと」


「だよね、て・・・・・・エエエェェッッッ!!?」


幼なじみは高美の予想よりも随分進んでいたようだ。高美はあまりの衝撃に手に持ったイチゴクレープをグシャリとつぶしてしまった。


「うあぁ~、しまった。わたしのイチゴ~」


「大丈夫、高美ちゃん。はいハンカチ」

「あ、ありがとう流香・・・・・・て、それよりも!」


イチゴクレープを潰して落ち込んでいる場合ではなかった。高美はイチゴクレープの無事な部分を口に押し込んでモグモグと口を動かしてゴクリと飲み込んで、ハンカチで掌を拭きながら流香を見た。


「え、いつから? 全く気づかなかったんだけど!? わたしの知ってるひと!?」


「とりあえず、落ち着きましょ」


ちょっと興奮気味な高美を落ち着かせてから流香は少し照れながら答えた。


「えっと、誰かというのはちょっと言えないですけど」


「そうなんだ? えっと、どんなひとなの?」


流香は少し夢みる乙女のように瞳を輝かせる。


「そうですね・・・・・・凄く可愛くて、たまにワイルドなひとかな?」


「可愛くて、たまにワイルド?」


なんだか想像しづらい。


「出会ってからそんなに日は経ってないけど、私の全部をさらけ出せるひとです」


幸せそうに語る流香の姿を見ると、そのひとのことを流香は凄く好きなんだなってことが高美にも伝わってくる。ちょっと先を越されたような寂しさを感じつつ、高美は流香を祝福することにした。


「というより、私のことはいいんです。高美ちゃんはいないんですか? そういうひと」


「んん、わたしはそういうのはまだないかな?」


「そうなんですか? へ~」


流香は何だか意味深に微笑んでなにやら考え込んだ。


「どうしたの? てか、結局わたしの好きなひと聞くの何か意味あったの?」


「それは、秘密です」


「んむぅ?」


人差し指を鼻に当てるシー の仕草を見ながら高美は首を傾げた。


「あ、高美ちゃん。食べかけだけどハニークレープいります?」


「え、いいの!」


「イチゴクレープ台無しにしちゃいましたから」


「うわぁ、ありがとう!」


高美は喜んでハニークレープを受け取った。


「ふふ、それで喜んでもらえてよかったです。」


「うん、これもちょっと食べてみたかったんだ」


高美は小さな子供のようにハニークレープにパクついた。流香はそれを見てニコニコしながら横を通り過ぎる自販機を眺めて、急に思いついたように立ち止まった。


「ん? どったの流香?」


「はい、ちょっと」


流香は言って鞄から財布を取り出し、その中から小銭を自販機に投入し、ペットボトルのサイダーを購入した。


「あれ? 流香って炭酸苦手じゃなかった?」


「いえ、これは私のではなく」


取り出し口からサイダーを取り出すと流香はニコリと微笑んでサイダーを軽く揺らす。


「おみやげです」


「おみやげ?」


いったい誰のおみやげだろう? 永くんかみなにぃのかな?

高美は首を傾げてポニーテールを揺らした。








「ただいま」


流香はスイミングスクール「イルカコミュニケーション」の裏側にある自宅のドアを開け、靴を脱いで玄関を上がる。

両親はスイミングスクールの仕事の真っ最中。二人の兄、「水喜」〈みなき〉と永梧もまだ戻ってきてはいないようだ。この家にはいま流香しか。いや、この家にはもうひとりいる。


流香は少し弾むように二階の自室へと駆け上がり、そのまま滑り込むようにドアを開いてにこやかに笑った。


「ただいまです。〈シャード〉くん」


彼女の声にベッドに横たわっていた青いイルカのヌイグルミが突如起き上がり、大きな瞳を流香に向けた。


「おかえり、ルカ」




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