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2.誕生! 〈炎〉の翼 〈ヴァルファイアス〉!!

 高美の目の前の〈炎〉のように赤い鳥はピクリとも動かなかった。


 「生きてるかな?」


なんだか心配になって、近づいてみる。


やはり、ピクリとも動く様子は無かった。


 「うーん、このままって訳にもいかないよね」


高美は少し迷ってからそっと赤い鳥を両手で包むように収めた。生きてないならどこかに埋めてあげようと思った。こんな綺麗な鳥が、野良犬や猫に食べられてしまうのは、あまりにも不憫だと思ったからだ。


 そっと高美は赤い鳥の翼を撫でた。


 手の上でピクリと微かに震えるのを感じた。


 「よかった! 生きてる!!」


高美は赤い鳥が反応を示した事に喜んだ。 だが、かなり衰弱しているように見える。近くに動物病院はなかったかと高美は頭を巡らしながら走ろうとしたとき


「う・・・・・・ぁあ」


何か苦しそうな呻き声が耳に届いた。


「え? 誰かいるの?」


高美は辺りを見回す。かなり近い所で声は聞こえた。まるで、高美の手の中のこの赤い鳥が


「う・・・・・・ぅ」


「え?」


一瞬高美は耳を疑った。これは、本当に

「シャ・・・・・・ド・・・・・・ベルア」


赤い鳥が人の言葉を喋っていた。


 「え・・・・・・なにこれ!?」


思わず高美はその場に立ち尽くして、赤い鳥を見つめた。

 赤い鳥は低く声を漏らし、寝息を起て始めた。


 「ど、どうしよ・・・・・・」




 夜・午後八時 赤星家 「カフェ・ライジングサン」二階 高美の部屋



 「まだ寝てる、かな?」


夕飯を済ませて高美は自分の部屋へと戻った。机の上のダンボールを覗き込む。白い布生地と脱脂綿をを敷き詰めたその中で赤い鳥が寝息を立てていた。


 結局高美はこの赤い鳥を家に連れて帰って来てしまった。

 人の言葉を話すこの鳥を動物病院に連れて行くわけにもいかず、取りあえず自分で保護し、見よう見まねで簡易ベッドを作り、机の卓上ライトを調節して高美なりの応急措置を試みた。相変わらず、起きる気配は無いようだが、たまに脱脂綿をミネラルウォーターで湿らせた物をクチバシに近づけてみる。


 変わらずあまり反応は無い。少しだけ開くクチバシにちょっとだけ力を入れて水を搾る。クチバシが濡れ、パクパクと動く。

 これを少しずつ高美は繰り返していた。


 「う~ん、なんて鳥なのかなぁ」


鳥類図鑑を片手でパラパラと捲る。どんな種類の鳥かが解ればいまよりもまともな処置ができると思ったのだが、どこにもそれらしい鳥はどこにも載っていなかった。

 少し似てるかなと思った〈鷹〉や〈鷲〉の可能性も考えてみたが、やはり違うような気が高美はした。そもそも大きさが違うし、色も違う。なんというかこっちはデフォルメされたヌイグルミのような印象が強い。目も閉じられているが開いたらとても大きいのかなと思えた。


 (言葉みたいなの話してたから思わず連れて帰っちゃったけど、やっぱり専門家に見せたほうがよかったかなぁ・・・・・・)


よく考えたら言葉を話す鳥なんて自分が思ってるよりも珍しく無いのかも、オウムや九官鳥等は言葉を教えれば同じ言葉を繰り返すと言うしテレビの投稿番組では歌を歌うカラスというのを見たことあるし・・・・・・。

 そう考えてから高美はいやいやと頭を振る。やっぱりこの鳥とそれらの鳥はなにか違う気がした、赤い鳥は人の声を漏らしていたと思うのだ。他の鳥のようなしゃがれた音ではなくてもっとはっきりとした大人の男性の発する音で。


 「・・・・・・う~ん、そんなことあるのかなぁ」


もしかして、あの時聞いたのは自分の空耳なのでは? そちらのほうが納得できるのだが・・・・・・。


 「まぁ、それはこの子が目を覚ましてからでもいいよね」

高美は考えるのを止めた。なんだか頭が痛くなってきたからだ。それよりも今を考えよう。


 「そういえば、この子はなにを食べるのかな?」


鳥の食べるものといえば


芋虫・・・・・・ミミズ・・・・・・。


 「う、ぇ・・・・・・ペットショップの鳥のエサでいいよね?」


これも考えるのを止めた。高美は自分で真っ先に思いついた物を想像して少し気持ち悪くなってしまった。


 「それにしても・・・・・・起きないなぁ」


もしかしたらこのまま起きないで・・・・・・と心配になってくる。あの時、翼を撫でたあとはまったく声を発しなくなってしまった。あの時この赤い鳥は少しだけ意識を取り出していたように思う。なにをしたらああなっただろうか? 高美は何気なく自分の手を見た。


 (まさかね・・・・・・)


あの時そっと翼を撫でたから? それはあまりにも現実離れしている。


 けど、この赤い鳥の存在が既に現実離れしているのではないだろうか?


「えっと・・・・・・物は試し・・・・・・よね?」


高美は側にあったミネラルウォーターを一口、ゴクリと喉を鳴らして飲み込み喉を湿らすと恐る恐る右手を赤い鳥の翼に這わすと。そっと、なぞるように撫でた。


 「・・・・・・」


・・・・・・・・。


・・・・・・・・。



 特に、変化は無かった。


 「や、やっぱりねぇ~。こんだけでなにか起きたら〈魔法〉だもん」


少し期待をしていなかったと言えば嘘になるが、やはりそんなことで起きるわけは無いという現実感がちょっとだけ高美の心を安堵させる。

 「あ、もう九時になるんだ。そろそろ寝る準備しておかないと」


明日こそはゆっくりとした登校にしたい。愛用の目覚まし時計と携帯の目覚ましアラームをセットしようと高美は手を伸ばした


「・・・・・・む・・・・・・ぅ」


「・・・・・・え!?」


呻き声のようなものを聞いて高美は動きを止めた。


 「ぉ・・・・・・う」


間違いなく聞こえた。男性のような呻き声、目の前から聞こえる。

 高美はガバッと顔を赤い鳥へと近づけた。目を丸くして、無意識に吐息をはいていた。せの吐息が赤い鳥の顔をくすぐった。


 そして、赤い鳥がゆっくりと目を開いた。

 アニメ漫画のように大きな瞳を開いた。その瞳に燃え盛る〈炎〉が吹き出したように高美は見えた。同時に体の奥がカッと熱くなった気がした。


 「!!?」


高美は迫ってくる炎の錯覚から逃れようと後ろに仰け反り


「え・・・・・・きゃっ!?」


バランスを崩して椅子ごと床に思いきり倒れてしまった。


 目をパチパチと瞬かせ、高美は呆然とした。体の痛みなど感じなかった。

 ぼう~っとした瞳に真上のダンボール箱から何かが顔を覗かせる。


 「・・・・・・すまない」


それはあの赤い鳥。男性的な低音で彼ははっきりと人の言葉でこう言った。


 「なにか、〈食べるもの〉は無いだろうか?」


「・・・・・・はい」


高美は呆けたまま応えた。





 「あの、こんなのしか」


高美はベッドの横のお菓子用の小物入れの中にひとつだけあった袋を開け、中身をひとつふたつ手の上に乗せて赤い鳥に差し出した。


 「か、〈かりかり小梅〉食べれる?」


鳥がかりかり小梅を食べるなど聞いたこともないと思いながら差し出したわけだが


「ふむ、初めて見るが・・・・・・」


赤い鳥は少しの間かりかり小梅を見つめると、パクリとひとつ口にした。カリカリとしばらく音を起てて食す。


 (歯も無いのにどうやって噛んでんのかな?)


と、高美は思いながら赤い鳥を見つめる。

 赤い鳥がコクリと喉を鳴らすような動きをすると高美を見る(アニメのように大きな瞳に先ほどの〈炎〉は灯っていなかった) 彼? は目を優しく細めて高美に頭を下げた。


 「ありがとう。とても美味い木の実だ。こんな木の実は初めて食べた」


「あ、いえ、こちらこそお粗末な物を・・・・・・」


高美はなんだか不思議な気分だ。普通に鳥と話してかりかり小梅をごちそうしている。驚く暇も無いというか、驚きは既に通り越している気がする。彼? が妙に落ちついた男性的な声のせいだろうか?


「いや、お粗末などととんでもないな。程よい固さと酸味はワタシの中の木の実の常識を覆された」


(木の実・・・・・・)


確かに、原材料は木になる実なのだが・・・・・・。


 「? なんだか難しい顔をしているね? ワタシはなにかまずいことを言ったのかな?」


「ううん、なんでもない!?」


切なげな上目遣いで首を傾げる彼? の仕種がとても愛らしくて、少しキュンとなったので、そんな事はどうでもよくなった。


 「ぜ、全部食べて良いよ!? かりかり小梅!?」


「ああ、ありがたくいただくよ」


彼? は目で微笑み、高美の手に盛られたかりかり小梅をしばらく食し始めた。


 (う~ん、なんか動いてる姿を見れば見るほど)


完全に普通の鳥で無いことが解る。言葉を話すこともそうだが、動いている姿は精巧なヌイグルミが生きているようでまるで教育テレビのアニメのようだ。

 彼? は何者なのだろう? 鳥の姿をした人? 人の心を持った鳥? 唯一わかるのは彼? が悪いものでは無いということだった。


 やがて、彼? は満足したのか食事を終えると再び高美の目を見て


「君は、ワタシを救ってくれたようだね。改めて礼を言うよ。ありがとう」


頭を下げた。高美は少しこそばゆい気分だった。自分ではそんなに大したことをしたとは思ったからだ。


 彼? は頭を上げると目で優しく微笑みながら片翼を自身の胸に当てた。


 「ワタシの名は「ホーク・マスター」恩人である君には名乗って置きたい。〈ホーク〉と呼んでくれ」


彼? ホークは自身の名を高美に告げた。その名を聞いた高美は。


 「え、ほおく? てことは、貴方はやっぱり鷹や鷲の仲間なの?」


妙な所で反応していた。


 「タカ? ワシ? いや、ワタシの仲間にそんな名前の者はいないが?」


ホークはいきなりの事に目をパチパチと瞬かした。その姿が妙におかしくて高美は少し吹き出してしまう。


 「やはりワタシはなにかおかしいことを言ったのだろうか?」


ホークは胸に翼を当てた常態で首を傾げる。


 「あ、ごめんなさい。あのね、きみがこの動物に似てる気がしてね。君と同じホークって呼ぶ国もあるの」


そういってホークに鳥類図鑑の鷹のページを見せた。ホークは思案顔でそれを眺める。


 「ワタシは、こんな恐ろしげな表情をしているのか?」


「ううん、どっちかというとカワイイかなきみのほうは。あ、わたしの名前にも字は違うけど〈たか〉は付いてるよ。なんかいきなりぽいけどわたしは高美。赤星 高美」


「アカボシ・・・・・・タカミ? うん、憶えておこう」


「けど、カワイイよりもきみの声はイケメンだよね。アニメの声優さんが吹き替えてるみたいな」


「イケメン? アニメ? セイユウ? フキカエ? なんだ、知らない言葉が次々と・・・・・・会話は問題ない筈なのに。それらはいったいどういう意味を持つ言葉なんだい?」


「え、ええと、意味は・・・・・・」


高美はひとつひとつの言葉の意味をしどろもどろにホークに教えた。





 「ふむ、つまりこれがイケメンという類いに分類する種族というものかい?」


「うん、そうだよ。人によって違いはあると思うけど」


高美は雑誌の特集ページを使って〈イケメン〉についてホークに教えた。ややずれた感覚で納得しているようにも思えるが。


 「ところでタカミ。なぜこのイケメンは腰元にベルトのような物を巻いているんだい? あまりにも不自然に思えるのだが?」


ホークが不思議そうに特集ページを覗き込む。


 「ベルトって言葉は通じるんだ。えっとね、この人は変身ヒーロー物でブレイクした役者さんで」

「変身、ヒーローモノ?」


「うん、これはちょうど変身途中の写真」


「・・・・・・このベルトの意味は?」


「えっと、だからそれは変身に必要なアイテムで・・・・・・それでこうバシッ!!と無敵のヒーローに変身できちゃうのよ」


「無敵に、変身」


「うん。けど、ドラマの中でだけだよ?」


「なるほど・・・・・・彼もこの世界の〈勇者〉なんだね」


「ええと、ドラマ。作り話・・・・・・わかってんかなぁ」


高美は説明にドッと疲れて、ミネラルウォーターを喉を鳴らして飲みながらホークを見た。


「・・・・・・あれ?」


高美は自分の目を擦った。


「どうしたんだい?」


ホークが不思議そうに覗き込む。


「う、うん、ちょっときみの目が」


〈火〉が燃えているように見えて


「・・・・・・なんだって」


「ちょっと疲れてるのかな。さっききみが目を覚ました時もそんな気がしたんだけど・・・・・・きっと気のせいだと」


「タカミ・・・・・・キミは〈炎〉が見えるのかい?」


「え?」


「だとすれば、キミはとても心の〈炎〉が強いんだな」


「ええっと・・・・・・」


ホークの言っている意味が高美にはよく解らなかった。



 「ああ、すまない。よくわからないようだね。そうだね、心の〈炎〉とは――」


ホークは高美に心の〈炎〉について教えた。


 「人は誰しも心に強い何かを持っているんだ。そのひとつが心の〈炎〉真っ直ぐな心に反応して生まれる熱い力。普通は見えないものだけどね」


「う~ん・・・・・・つまりはどういうことなの?」


「そうだね。簡単にすると、体の力は限界と思っているけど心はまだいけるはずだと真っ直ぐに思うことで体に振り絞った力が上乗せされるものかな?」


「それって、底力の事?」


ホークの説明で高美が想像したのは〈火事場の底力〉。これなら自分にあってもおかしくないと思った。なにしろほぼ毎朝の全力疾走で底力は出しまくっているのだ。


 「ソコヂカラ? この〈世界〉では〈炎〉の事をそう言うのかい?」


「うん、だと思うけど・・・・・・ん?」


ホークの言葉を聞いて高美はあれ? と思った。


 この〈世界〉?


「ねぇ、きみ、ホークはどこから来たの?」



ホークと話していると彼はとても人間のように思えた。この〈世界〉というホークの言葉をそのままの意味で取るならば


「ワタシは、〈エレメンテ〉というこことは違う別世界から来たんだ」


やはりホークは別の世界から来たようだ。


 「へー、じゃぁホークは異世界人? ん、異世界鳥? なのかな?」


「あまり、驚かないんだね?」


「うん、逆に納得できてスッキリ。というか、ホークを見た時のインパクトと比べたら今さら過ぎるかなって思っちゃって、うん」


「そんなにワタシの姿は、この世界ではおかしいのかい?」


「ホークみたいに人とまったく同じに話しができる鳥はいないかな?」


「そうか、ならワタシはこれから気をつけなければいけないな。ワタシの〈パートナー〉が見つかれば話はまた違うのだが・・・・・・」


ホークは急に真面目な色を瞳に宿し、なにか呟いた。


 「ね、〈パートナー〉てなに?」


興味が湧き、高美は椅子に座り直して少しワクワクする気持ちでホークを見た。


 「うん? ああ、そうだね、恩人であるタカミには話してもいいかも知れないな」


ホークも翼を畳み直してから高美に話し始めた。


 「ワタシが〈エレメンテ〉から別の世界に来たのは、ある目的のために仲間と共に〈パートナー〉を探しに来たんだよ」


「仲間って、ホークの他にも鳥みたいな姿のひと、とり? がいるの?」


そういえばホークは最初、なにか言葉を呟いていた。あの言葉はもしかしたら仲間の名前だったのかも知れないと高美は思った。


「いや、彼らとは種族は近い存在だが、ワタシとは全く違う外見だよ。彼らにはワタシのような翼は無いし、ワタシにも彼らのような〈セビレ〉や〈毛皮〉は存在しない」


高美はホークの仲間をなんとなく〈カジキマグロ〉とモコモコ毛の〈羊〉を想像した。少し、ホークの姿よりもカワイイイメージで。


 「ワタシは〈炎〉のパートナーを探しているんだ。彼らはまた違うパートナーをね」


「〈炎〉のパートナー?」


「そう、タカミのように心に〈炎〉を宿らしたパートナーをね。強い心の〈炎〉を持つ人はワタシの中の〈炎〉を視認する事ができるんだ。さっきのタカミのようにね」


「わぉ、なんか凄そうな話だ。そういう人はいっぱいいるんだ」


「いや、〈炎〉を視認できたのはタカミが初めてだ。〈炎〉を持つ人はたくさんいるが、強い心の〈炎〉は一握りのひとだけだ。だからワタシの幸先は良いのかもね」


「え? もしかしてわたしがホークのパートナーとか!?」


驚いて高美は自分を指差す。だが、ホークは首を横に振った。


 「残念だが、タカミはワタシの求める〈炎〉を持っているわけじゃないんだ。ワタシが求めるのはもっと強い〈炎〉。そうでないと、ワタシの使命に意味が無くなるんだ」


ホークは神妙な面持ちで語ったあと、にこやかな瞳で翼を広げた。


 「さて、ワタシはそろそろ行かなければ。助けてくれて本当にありがとう。感謝している」


「え? 行くって、どこに行くの? まだ休んでたほうが良いよ!」


「ありがとう。でも、あまりのんびりもしてはいられないんだ。もしかしたらワタシの求める〈炎〉はこの世界にはないかも知れないからね」


「そう、なの?」


「ああ、可能性が強いだけだけどね。それに、仲間との合流もなるべく急ぎたい。タカミ、キミとキミの世界の幸せを願うよ」


そう言い残し、ホークは暗闇の夜に赤い体を溶け込まし去っていった。


「あ・・・・・・ホーク、大丈夫かな」


その少しだけよろけたように見えた背中を窓から高美はしばらく見つめていた。


時刻はもう十一時に近かった。







 翌朝――



「やっぱりほっとけない」


高美は意を決してベッドから飛び起きた。結局ホークの事が気になって一睡もできなかった。

 今は朝の六時。今から捜しに行けば学校を遅刻することもないはずだ。ギリギリまで粘ってみよう。決意を胸に着替えを済ませる。あまりにも早く起きすぎて両親に驚かれたが、なんとか適当に掃除当番を忘れてたと言って納得させた。

 昼はさすがに弁当が間に合わないのでパンを買うことにして家を出た。


 



 「ホーク・・・・・・いるかな?」


とりあえず高美はホークを見つけた夢見高台へとやってきた。必ずいるとは思えなかったが、闇雲に捜すよりはマシだと思って来たのだが。


「う~ん、いないなぁ。ホーク? いるなら返事して」


茂みや木の上、空を見上げても見たが、ホークの姿は見えなかった。それどころか、自分以外は誰もいなかった。


 「はぁ、もうちょっと捜してから、他の場所を捜そうかなぁ。ホーク~、いないの~!!」


大きな声で叫んでみたけど、やはり返事は無かった。


「むぅ」


ここにいなくて残念だなとちょっとだけ唇を尖らせた時。


 「ねー、キミー、誰か捜しているのー」


高美の背後で声がした。誰もいないと思っていたから高美は驚いて後ろを振り返った。


 (え・・・・・・!?)


その声の主を見て高美はゾクリと寒気がした。


 そこにはひとりの男が立っていた。親切そうな、人懐こそうな笑顔を作って高美を見ていた。その口元には紫色のメイクが施され、余計につり上がって見えた。顔付きはとても端正な顔付きなのかも知れないが高美には解らなかった。口元のメイクと、白粉を塗りたくったような顔の白さがそれを隠していた。

 その体は作り物のように細かった。腕も、足も、腰の括れも、不気味なほどに細かった。その着ている服は真っ黒でサーカスのピエロのような服で、足元の靴はブカブカでまるで遥か昔の喜劇王のようで、ヨレヨレに折れ曲がっていた。

 そして、毒々しく脱色された長い長髪の奥から覗く黒すぎる目は、とても笑っているようには見えなかった。


 そんな男が、とても明るい声で高美に話し掛けてきた。とても、妖しく、不気味で、高美は体に恐怖を感じて声が出なかった。


 「よかったらボクも一緒に捜そうかー」


男はなおも話しかけてくる。口元はますます裂けるように笑みを浮かべる。

 怖い。後退り、なんとか一言の声を絞り出せた。


 「い・・・・・・いです・・・・・・自分で、捜す」


「そーかー、だったらさー、ボクも捜しものがあるんだー。一緒に、捜してくれるー」


「え・・・・・・あの」


男は高美の返事を聞かずに、手で特徴を表す。


 「これぐらいのー、赤い鳥。知らない? 青いの。知らない? 緑色。知らない?」


「!!?」


(ホークだ。この人、ホークを探してるんだ!?)


「あれー、もしかしてー、知ってるー」


「し、知らないです!?」


言ってはいけない。この人にホークの事を話してはいけない。一歩後ろに下がる。


 「えー、嘘だねーそれ、その顔は知ってる顔だよー」


だが、男はズイッと近付いてくる。端から高美の言葉を信じていなかった。


 「ねー、知ってるでしょ? ねー、ねー、ねー」


「ほんとに、知らない!!?」


怖い、怖い、怖い。


 「素直になろーよー。教えてくれたらー・・・・・・酷いことしないから」


急に男の顔から笑顔が消え、高美の腕を素早く掴んだ。



 逃げられない。手が氷のように冷たい。この人は人間じゃない。怖い、怖い!?


「い、いや、は、はなし」


「強情な子。痛いことしたら、素直になるかな?」


男は軽く高美の腕を上に引っ張った。


「!!? い、やだああぁぁぁっっっ!!!?」


弾かれたように悲鳴を挙げて、高美はその手から逃れようと暴れる。


「あ、はははー。いい悲鳴だなー。ね、もっと怖がって泣いてみて、ボクをゾクッとさせて?」


「やめ、やめてよ!? 放して! やだ、やだ!!?」


「だ・ぁ・めー」


助けて! 誰か助けて!!? 怖い、怖いよ!!!?



高美の助けを求める声は誰にも届かない。目の前の不気味な男を喜ばせるだけだった。少しずつ男が力を強めてくる。楽しそうな笑みを浮かべたままで。


 高美は叫び続けるしかなかった。それが、この男をますます喜ばせる事になっても、それから逃れる方法はそれしか無かった。


高美の願いは、届かないのか? 彼女を助ける者は?




ヒュンと高美の涙に濡れた目に、赤い何かが映った。燃える〈炎〉の塊が弾丸のように飛び出し、男と高美を引き離した。


 彼女の助けは現れたのだ。



高美を護るように小さくも赤い存在が彼女の目の前に降臨する。


「ほ・・・・・・ホーク」


その存在の名は〈ホーク・マスター〉力強き、異界の赤鳥。


 「ワタシの恩人にこれ以上触れないでもらおう!!」


ホークは怒りに燃える瞳で目の前の男を威嚇する。


 「いったいなー。虫に刺されたみたいに痛い」


男は手をプラプラと揺らしながら立ち上がり、不気味に口の両端を上げる。とても嬉しそうに。


 「やー、また会えて嬉しいなー。〈炎〉の〈守護〉の〈勇者〉さん」


「ワタシは二度と会いたくはなかった! 〈アブテム〉の悪魔!!」


ホークは男の言葉を自身の言葉で一蹴した。


 「ひどいなー。前に名乗ったじゃないか。ボクの名は〈ワーレ〉〈アブテム〉の使徒さ」


「憶えるつもりはない!」


「えー、いいーけどさー。相変わらずなにか企んでんのー、君達、無駄なんだよねー」


「貴様に何がわかる!! ワタシ達の使命を無駄だとは言わせない!!」


「ふーん、でもー、それもここで倒れたらおーわーりでしょ」


男は楽しそうな笑顔で〈真っ黒な宝石〉を毒々しい髪の中から取り出した。


 「この世界さー。初めて来たときボク達〈アブテム〉が手を降す価値無いなーて思ったけどー」


更に手元から空き缶を取り出す。


 「これだけ〈汚れ〉が充満してるなら、〈牧場〉目当てで侵略するのもいいってさー!!」


その〈真っ黒な宝石〉を空き缶に「飲み込ませ」叫んだ。


――アーブモーンス!!


ワーレの叫びと共に、禍々しい黒の光が辺りを包み、一瞬にして目の前に巨大な空き缶に似た怪獣を生み出した。


 『ガ~ンゴロガ~ン!!』



「はははー、今の君達程度ならー、ボクが手を降すまでもないんだよねーこの世界はさー!! ゴミの汚れで終わっちゃいなよ〈炎〉の〈守護〉!!」



ワーレの叫びと同時に空き缶の怪獣〈ガンゴロガー〉が動き出した!!


「タカミ! 逃げてくれ!!」


「・・・・・・え?」


「ワタシが食い止めているうちにはやく!!」


ホークは腰を抜かしている高美に激を飛ばし、自らは〈炎〉の塊となりガンゴロガーに立ち向かっていった。


「ホーク!!?」


高美の叫びは激突音と共に掻き消された。


 ホークの〈炎〉とガンゴロガーの巨大な腕が何度もぶつかり合う。ホークの行動は全ては高美を逃がすための行動だった。

 高美にもそれがわかっていた。だから、この場から離れないといけない。それはわかっているのに、足に力が入らなかった。腰が抜けて、その場から動けない。


 (ホークが、ホークが頑張ってくれているのに・・・・・・)

「く、タカミ!!」


「よそ見ーダメだね!!」


『ガ~ンゴロガ~ン!!』


動けずにいる高美に気を取られた瞬間をワーレに突かれた。あまりにも呆気なくホークはガンゴロガーの腕に捕まってしまった。


 「ホーク!?」


「く、あぁ」


捕まったホークを見て高美は叫ぶ。ホークは苦しそうな呻き声を挙げる。


「ははー、あっけないなー」


ワーレが更に醜い笑みを作りながらガンゴロガーの腕の中のホークを眺めながら馬鹿にした目線を向ける。


 「キミもバカだなー。〈炎〉の〈守護〉あんな弱い人間のためにさー、使命を果たせなくなっちゃったねー」


「黙れ、タカミは弱くは無い。貴様になにが、わかる」


「えー、弱いよー、あれ。ちょっと力入れただけで泣きじゃくってさー、思わずゾクゾクしてさーもっともっといじめたくなってさー本当に弱くてさー!!」


「そのふざけた口を閉じろ!! それ以上のタカミへの侮辱は許さない!!」


「なんだよー、マジになっちゃってー、ヒヒハー、そんなにあれが大事ならさー」


怒りをぶつけるホークの言葉に口の端をピクピクと揺らし目でガンゴロガーに合図する。ホークを掴んだ腕をガンゴロガーが振り上げる。


「!!? 何をするつもりだ! よせ!?」


「仲良く潰れなよー!!」


『ガ~ン!!』


高美に向かって降り下ろした。


鈍く叩きつける音と砂煙が辺りを包んだ。





 「・・・・・・わたし」


高美は無事だった。あのぶつかる激音の中で砂煙の中。無事だった。あの時、確かに高美に向かってホークを投げつけていた。

 だが、そのホークが力を振り絞り、〈炎〉の力で彼女を包み護ったのだ。自分の事はかえりみずに。


 「ホーク!!」


高美は地面に叩きつけられたホークにしっかりとした足で駆け寄り、彼を胸の中で強く抱きしめた。


「無事・・・・・・かい? タカミ」


「ごめん・・・・・・ごめんなさい! わたしのせいで」


「タカミのではない・・・・・・これは、ワタシの問題だから」


「けど!! わたしが・・・・・・わたしが」


「大丈夫・・・・・・ワタシがタカミをここから救うよ・・・・・・そして、また使命を」


「ダメ! しっかりしてよホーク!!」


息も絶え絶えとなったホークは高美を安心させようと必死だった。

「タカミを・・・・・・救い・・・・・・この場を打開する・・・・・・ほう・・・・・・ほう」


この場からタカミを救い出す方法。ホークは呟き続ける。


 「なんだー、両方ともしぶといなー」

ワーレが醜い笑みを張り付かせ近付いてくる。虫の息のホークを自分の手で始末するために来たのだ。


 「さ、それをこっちによこしてー」


「・・・・・・」


「聞こえないのー、ねー、ねー」


「・・・・・・さない」


「えー、なにー」


「絶対に・・・・・・」


高美の両手に力が篭るのをホークは感じていた。とても暖かで真っ直ぐな力を


「ホークはあんたなんかに渡さない!!」


高美の中でなにかが爆発した。これは怒り、憎しみではない純粋な怒りだ。その怒りは、高美の底の力となる。恐怖を塗り潰すより強い〈炎〉の力となる。

 ホークもその〈炎〉を胸の中で感じていた。そして、ここから抜け出す打開策が生まれる。


(この〈炎〉の強さなら!!)


「タカミ・・・・・・一時的でいい・・・・・・ワタシの力になってくれ」


「え・・・・・・うん!!」


高美は一瞬だけ考え、ホークを信じた。


「よし・・・・・・いくぞ!!」


ホークの瞳に燃え盛る炎が宿り、それが体の全体を包み込む。


――ファイ・ガードセット!!


高美の頭に反響するホークの声が響き、〈炎〉が高美の腰に巻き付くような動きをみせる。


 「な、なに!!」


その〈炎〉の圧力にワーレが吹き飛ばされ、離れた所に着地する。


「な、なにが!?」


ワーレは目の前で〈炎〉に包まれる少女の変化を目撃する。



 高美の腰の〈炎〉が消えると、彼女の腰にベルトが巻かれていた。それは中央部が赤い鳥を模した宝石のような物が嵌め込まれていた。これはまるで、あのホークと一緒に見た雑誌のヒーロー俳優が着けている物に似ていた。


 (タカミ)


頭の中でホークの声が反響し、高美の目の前に〈炎〉の渦が現れ、そこから赤く燃え上がるカードが出現する。


 (〈炎〉のカード。ワタシの力を託す! 受け取ってくれ!)

高美は頷き、目の前のカードを握る。


 (後は頭に流れるままに動き、唱えるんだタカミ!!)


目を閉じ、頭の中に流れる言葉を高美は読み取り、ベルトの中央部にカードをスライドさせ唱えた。


――ヴァル・ガードアップ! 〈炎〉のエレメス!!


カードはより強く燃え盛る〈炎〉となり高美の身体を包み込んでゆく。そして高美は踊るように身体を回転させる。腕に包まれた〈炎〉が赤いドレスとなる。

足に包まれた〈炎〉が赤いスカートドレスとなる。

体に包まれた〈炎〉も赤いドレスとなる。赤いオーラドレス。〈炎〉のエレメスが彼女の鎧となる。

 燃え飛ぶ〈炎〉が髪に触れ、高美のポニーテールを燃え輝く赤色へと変え、〈炎〉のチークが唇を艶めきに焦がし、美しい紅となる。

〈炎〉のシャドーが麗しく焦がし、凛々しきアイシャドーとなる。


そして最後の〈炎〉が瞳に触れ、〈ルビー〉のような華麗な〈紅〉へと生まれ変わる。




全ての〈炎〉に身を包み、変身は完了し、ここに〈炎〉の〈守護〉の〈乙女〉が誕生した。


その名は


――〈天空〉に羽ばたく〈炎〉の翼! 燃え上がる〈守護〉の〈乙女〉!〈ヴァルファイアス〉!!



力強い瞳を目の前の悪意へと向ける。その瞳にもはや恐怖に濡れた涙はない。悔しさを滲ませた涙はない。今の彼女の身を包むのは学校の制服ではない。胸元のタイという特徴を残し生まれ変わった赤き〈炎〉を現すフレアのオーラドレス。燃える〈炎〉のエレメスが今の彼女の鎧。

そして、彼女の胸に宿る熱き〈勇気〉の力。自分と一心同体となった心強き〈炎〉


もはやさっきまでのか弱い〈少女〉ではない。強く拳を握り固めるいまの彼女は〈炎〉の〈守護〉の〈乙女〉〈ヴァルファイアス〉だ。


――いくぞ! タカミ!!――


「うんっ!!」


意志の同調と共に高美は、ホークは、〈ヴァルファイアス〉は、熱き熱風となり、目の前の悪意にぶつかっていった。



「ヴァルファイアスだって?」


そうか、これがボク達に抗うための小細工か。だけどー、所詮は弱いものを取り込んだだけの無駄な力だねー。


ワーレは目の前で生まれ変わった少女の力強い瞳を前にして、そんな感想を持った。 ボクのアーブ・モンスターに敵うわけがない。捻り潰してまた泣かしてあげるよ。


しかし、この自身の中の余裕が


「ヤアアァァッッ!!」


ヴァルファイアスの渾身の体当たりにより一気に崩れ去ることになる。


 『ゴガアァ~~!!?』


ガンゴロガーが後ろに吹き飛ばされる。ワーレもそれに巻き込まれる形となった。


「な、なんだこれは!?」


弱いはずの相手の一撃が強いなんて有り得ない。これは間違いだ。


「ダメじゃないか!! 弱いくせに!!」


ガンゴロガーが態勢を立て直し、再びヴァルファイアス目掛けて腕を降り降ろす。


(潰してやる今度こそ!!?)


だが、ワーレの願いは叶わない。巨大な腕を片手で受け止めるヴァルファイアスの姿をその目に映したのだ。


――ワタシたちが弱いか?――


「そんなこと、もう言わせない」


ヴァルファイアスが腰を落とし、空いた片方の拳を強く固める。


 ――タカミの〈炎〉が――


「ホークの〈炎〉が」


――弱いはず――


「あるもんかあああぁぁっっっ!!!!」


叫びと共にヴァルファイアスの正拳が真上に叩き込まれた。それは超高熱の弾丸と呼べる一撃。何倍もある巨大な腕が破裂する。


『ガガガガ~!!!?』


衝撃と共にガンゴロガーの巨体が揺らぎ、後ろへと倒れ込んだ。


 「なにやってんだよ! それは飾りか!! 倒すんだよ!! あれを倒すんだ!!?」


ワーレの怒声にガンゴロガーは腕に装備された巨大な缶のプルトップを解放し、ヴァルファイアスに向かってオレンジ色の液体を噴射する。

それをヴァルファイアスは空中で後方に回転し回避する。

避けた液体が地面を溶かす。この液体の正体は溶解液だった。


ヴァルファイアスの着地と同時に再び溶解液が噴射される。だがヴァルファイアスはこれを避けずに真正面から突っ込んだ。


――タカミ!!――

ホークの声と共にヴァルファイアスはタイの上に両手をクロスさせる。


――解き放て!!――


「フレムカーテン!!」


瞬時の両手の開放と同時に〈炎〉の帯が目の前に広がる。それはまさに〈炎〉のカーテンだ。溶解液は瞬時に蒸発し、〈炎〉の帯が溶解液を発射する缶へと道を作る。ヴァルファイアスが飛翔する。


「タアアァァッッ!!」


縦回転の高熱の蹴りがこれを粉砕した。


『ガアァ~~!!?』


ガンゴロガーの巨体が再び転がり、ヴァルファイアスは着地し、ベルト部に手を添え構えを取る。


――一気に決めるんだ!――


「うん! これで!!」


――ファイ ガードターン!


ベルト部を押し、回転させた。


――オン ブーステック!!


再びヴァルファイアスの周りに〈炎〉が展開し、エレメスのスカート一部分と両袖を燃え上がらせ、焼き消した。スカートはヴァルファイアスの脚を完全に露出させる程の短さになり、腕も完全に露となる。

燃え上がった〈炎〉がベルトに集まる。ヴァルファイアスはベルトの前に両手を翳し、握るような形を取る。そして


「ファイアースオード!!」


燃え煌めく〈炎〉の赤き大剣を召喚した!


「はぁっ!!」


地面を蹴り、飛び上がる。〈炎〉の大剣 ファイアースオードを振り上げ、目指す敵へと降下する。


――一撃の〈炎〉豪断!!――


「ファイアス・ラスター!!!」


降り降ろされた〈炎〉の一撃はガンゴロガーの巨大を両断し、完全に消滅させた。


燃え散った〈炎〉が輝き、辺りに飛び散り、戦いの跡を消滅させた。



「く、は、ハハハ」

残されたワーレは渇いた笑いを挙げて、大地に降り立ったヴァルファイアスを睨み付ける。


「こんなことがー、まぐれがー、続くわけがー無いんだよねー」


口調を戻し、だが顔の両端は引き吊らせたまま、この結果を素直に認めようとはしなかった。そんなワーレの顔をヴァルファイアスは黙って力強い眼差しをぶつけた。それはとてつもない存在感を持っていた。

ワーレは軽く舌打ちをして


「いいよー、その顔をまた歪めませてあげる。悲鳴を挙げさせてやる。それまでー、じっくりと待つがいいさー!!」


そして、自身の影に溶け込み、ワーレの気配は消えた。



気配が消えたと同時に、ヴァルファイアスは表情を崩し、その場にへたりこんだ。


「・・・・・・や、やった」


今更なからに、体の震えが戻っていた。


――ありがとう。タカミ――


赤い輝きと共に、ヴァルファイアスから高美とホークは元の姿に戻った。


「ホーク! 怖かったよ~!!?」


高美はホークを抱きしめ、糸が切れたように泣きじゃくった。ホークは優しく目を細め、その涙を受け止めた。


「よく、頑張ってくれた。タカミの勇気が、やつの闇を打ち負かせたんだ」



しばらく泣きじゃくり、高美が落ち着くとホークは高美の腕の中から離れた。


「それじゃ、タカミ。今度こそ本当にさよならだ」


その言葉に、高美は慌てた。


「ちょっと待って! ホーク、どうしてさよならなの!!」


「あの夜に話したように、ワタシには使命があるんだ。仲間との合流もしなくてはいけない」


「その使命って、さっきみたいな怪物をやっつける力を見つけることだよね! だったらわたしがもういるよ!! 使命のひとつは果たせてるじゃない!!」


「さっきのヴァルファイアスの力は一時的な処置だ・・・・・・完全じゃない」


「でも、さっきみたいな怪物がまたホークを襲いに来るんでしょ? だったら、戦いの保険はかけておこうよ!!」


「ダメだ! タカミの身が危なくなる!! それにワタシは、タカミを保険に使いたくはない」


「大丈夫! わたしなら大丈夫だから!! 怖くても頑張れるから!!」


「タカミ・・・・・・なぜきみは」


「心配なんだよホークの事が!! 会ってそんなに経ってないけど、ホークは友達だもん! ホーク、身体ボロボロだってさっきの心をひとつにした時わかっちゃったもん!!」


「・・・・・・」


「お願いだよホーク。わたしを頼ってよ・・・・・・」


ホークは高美の心が嬉しかった。だからこそ、彼女をこれ以上危険な目に遇わせたくはなかった。


「・・・・・・タカミ」


だが、ホークは自分は愚かだと思いながら


「・・・・・・ありがとう」


彼女の優しさに甘えてしまった。これから高美に降りかかる数々の恐怖をわかっていながら。

だが、高美は


「ホーク!!」


彼の決断が嬉しくて、彼を強く抱き締めていた。


(これでは、いけないのに。ああ、〈シャード〉こんなワタシをみたらお前は笑うだろうね。だけど、ああ、だけど、せめてお前と〈ベルア〉を見つけるまではワタシを彼女と共にいさせてくれ。全力でこの娘を護るから・・・・・・)



ホークが決意を胸にし、どれくらいの時間が起っただろうか? ふと何気に高美は近くの時計を見て


「う、うわあっ!!」


高美は青くなった。


「どうしたタカミ!?」


高美の声にホークが驚いて顔を上げる。


「ち、ち、ち」


「ち?」


「遅刻! 学校に遅刻する!?」



高美はホークを抱き抱えたまま駆け出していた。


「タカミ! 落ち着くんだ!? ワタシを学校に運んではまずいのでは!」


「うああぁん!?」


「聞いていないか・・・・・・仕方ない。この世界の学生とやらが持っていても問題が無さそうなのは」


ホークは高美の腕の中で〈炎〉となり、赤い鳥がデザインされた少しオシャレなブローチへと変化した。


――これで一緒にいても問題ないだろう。しかし・・・・・・――


「遅刻だけはダメなのおぉっ!?」


――あの鞄も持って行かなければ、まずいのではないだろうか・・・・・・――


夢見高台に鞄が残され、高美は腕にホークを抱いたままの形で全力疾走をしていた。



――これは・・・・・・停められん――


ホークは心の冷や汗を掻きながら。今日の彼女の一日が平穏無事に終わるように祈った。



ホークの祈りが届くかは誰にも解らないが、遅刻よりも大変な高美の一日が始まる事に変わりはなさそうである。



なぜか、短くしようとしたら一番長くなってしまいました。


凄く暴走した気がするんですが楽しんでもらえたでしょうか?


次回は〈水〉の話でいこうかと思ってます。


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