Ⅰ‐4:さて、こっからどう転ぶことやら。
<前回までのあらすじ ~Presented by uchino-aikenn~ >
キュゥン……キャウン! キャン! ハッハッハッ……クゥ。(つぶらな瞳)ウゥゥ……、……! へッヘッヘッヘ ころりん (ここでお腹をみせる) カ! カゥ、カゥ! カゥ! カーッ!(止まらぬしゃっくり) ……プシッ くしくし くしくし(おひげが気になる模様) クァーっ、ぷるぷるぷる ちゃっちゃっちゃっ……――
※今話は直接的な暴力表現を含みます。どうかお気をつけくださいませ。
まるで泡沫が弾けるように、かつての記憶が呼び起こされた。
もう、ずっと前のこと。当時の少女にとって世界そのものだったある一室で、毛布に包まりながら夢中になってページを捲った一冊がある。
指の汗で黄ばんだ紙面。そこに書かれているのは、古くから伝わる御伽噺だ。何度もその光景を瞼の裏に描いては夢に見た一節が今、鮮やかに浮かび上がる。
それは 幾千の血と涙を灌ごうとも
決して褪せることのない はるか昔の記憶
緑芽吹くこの土地が まだ大陸と繋がっていたころ
青が澄み渡る昼空に 黒が透き通る夜空に
ひときわ美しい こがねの星が輝いていました
それは 風のおだやかな日のこと
灰の雲が銀渦に姿を変え 炎の糸が夜帳を摘み上げたとき
星おちて
萌ゆる小花の彗園で 二つの祝福が産声を上げたのです
こがねが空を灯すことは もうありません
しかし かつてこの地をあまねく照らした光は
ほほえむ春に姿を変えて わたしたちのもとを訪ねるでしょう
久遠の刹那が終わるとき あなたが穏やかな眠りを迎えられるよう
守りなさい この世すべての喜びから生まれたこの島を
守りなさい いつの日か 星が還るこの土地を
われらの英雄よ 揺るぎない誓いとともに――
「おチビ?」
瞼を持ち上げる。
薄闇においてもなお煌めく二粒の琥珀が、心配そうに少女を見つめていた。
――こがねの、星。
目を焼かんばかりの輝きに、手を伸ばした。もう少しで触れそうだというところで、霞のように消えてしまう。
「おっと、」
目の前のソレが目を閉じたのだと理解したと同時に、あの輝きがソレの虹彩だったということに、少女はそこで初めて気がついた。
ここは、どこだろうか。
少女は一度ソレから視線を外すと、周囲を見渡した。月あかりが差しこむ硝子窓と、三つの寝具。雑然とおもちゃが散らばる室内には、ところどころに落書きと傷跡が多く刻まれている。
見覚えのない部屋だということだけ認識して、再びソレに視線を注ぐ。やはり消えてしまったこがねの輝きが名残惜しくて、瞼の上から柔らかくソレの眼球を撫でていると、すぐ隣から少年の声が耳に届いた。
「突然どうしたんです、ミアちゃん。あまりそんなことをしていると、そこの阿呆の曇った目が貴方にもうつってしまいますよ」
「そうだぞ、おチビ。せっかく擦るならボウズのにしておこうぜ。あいつの目は捻くれが一周回って逆に澄み切ってるからな。ホラ、よぉく見てみれば、珠玉なんて目じゃないくらいにきれいなもんだろ?」
「フン」
ご丁寧にピンと揃ってこちらを指し示す四本指をポキッと握ってやれば、ソレは声にならぬ悲鳴を上げた。悶絶するソレを早々に視界から追い出し、膝を折ってまだボンヤリとしている少女の容態を確認する。
「どこか、気分の悪いところはありませんか?」
「ん。ミア、げんき。ユウのおはなしきいて、おもいだしたこと、あるだけ」
「ほう。一体どんなことを思い出していたのか、お聞かせいただいても?」
少女は本に書かれていたことを、そのままそらんじてみせた。
最後の一文を聞き終えると、少年は愁眉を開いてこんなことを言った。
「なるほど、道理で……。それは、亡国に伝わっていたとされる伝承ですね」
「ボウコク」「亡国?」
少年は軽く頷いた。
「ええ。長きにわたり文明を築きながら、一夜にして滅びた国がありまして。そうですね、今では『英雄のいた国』、と称されることが多いかと」
「一夜にしてとはまた、とんでもない話だな。天変地異でも起きたのか?」
「いいえ。ある日のあるとき、数千万の民草が忽然と姿を消し、そして今もなお、誰一人として戻ってきていないんです。担い手のいない文明は年月を重ねて荒廃し、今ではとてもじゃありませんが人間の住めるような状態ではありませんよ」
「……えいゆうは、どこいった?」
「さあ。国が滅亡する様をこの目で見たわけではありませんので、私も詳しくは存じません。
ただ、英雄とは多少異なりますが、この奇妙な一件には古くから亡国で暮らしていた『魔女』が関わっていた、と聞いたことがあります。……まあ、真相は定かではありませんが」
そう言って肩を竦めた少年からは、この話の真実が本当に闇の中にあるのか、それとも終始至極どうでもよさそうに語った彼の無関心ゆえなのか、判断できそうになかった。
ソレはふむ、と顎を撫でた。
英雄のいた国。……どうも、気にかかる。消えてしまった国民たちを想像すると、なぜだろうか、身の毛立つほどの悍ましさが、身体の隅々を嬲るように脈打つのだ。
英雄と、魔女。まるでおとぎ話のようだが、おそらく実在していたのだろう。それどころか、記憶にないはずのそれらの声が、今にも朧げに聞こえてくるような――
「――!」
どこかに辿り着きそうだった思考を、強制的に中断する。
扉の向こうから、何かが近づいてきているようだ。
ソレの常にない鋭さを帯びた眼光につられて、二人も扉に意識を向けると、確かにギシ……、ギシ……と床板を踏む小さな音が聞こえてくる。
ソレは恐怖からかぴょこんと飛び跳ねた少女を腕の中に捕まえると、素早く寝具と床の隙間に身を滑らせた。後から少年が続き、狭い空間になんとか三人で潜りこむ。
足音が徐々に、強くなる。この部屋に、近づいているのだ。
やがてそれは、扉の前でぴたりと止まった。
キキィ……
扉が押し開かれた。
ズリ…… ズリ……
一歩、また一歩と、軋む音が迫る。
寝具の木組みで半分が遮られた視界に、何者かの足が飛びこんだ。窓から差しこむ月明かりが、床を擦るようにして歩くそれの様子を露わにする。
足首のあたりは、布越しにもわかるほど細い。草臥れた靴履きは、よく見ると所どころ小さな傷と不格好な染みで汚れていた。
しかし何より目を引く特徴は、その大きさである。こちらの何倍もの大きさを誇るあの足で勢いよく踏まれようものなら、普通ならば、肉も骨も関係なしに呆気なく潰されてしまうだろう。
何者かが、緩慢に足を運ぶ。その爪先は、三人が息を殺して身を潜める場所に向いていた。
背筋を凍らせる少女の隣で、少年がす、と目を細める。
ズリ…… ズリ……
気配は、もう目前にあった。
歩みが止まる。
耳に届いたのは、深い、深い溜息。
[ ……気のせい、だったかしら…… ]
再びズリ、と重石を引き摺るような足取りで、巨大な人影は静かにその場を離れていった。足音が完全に消えるまで待ってから、そろりと隙間から這い出る。
きょろきょろと落ち着きなく周囲を見回してから、ソレと少女は安堵に胸を撫でおろした。
「びっくり、した」
「ああ、本当にな。奴さんがあんなにデカいとは……」
ソレは今まで隠れていた寝具の上に腰かけて脚を組むと、頭の中でつい先ほど遭遇した女性と思しき人物の全長を想像した。おそらく三人の中で最も長身な己でも、彼女の腰あたりまで届くかどうか、といった具合だろう。
「あの体格差だ、直接相対するのは避けるべきだな。僕らなぞきっと、ビンタ一つで紙屑みたく吹っ飛ばされちまうぜ」
少年は並んで座るソレと少女の正面に立ち、それからソレの言葉に対して不思議そうに首を傾げた。
「……? 相手が大きいならば、小さくなるまで刻めばいいだけの話では?」
「野蛮なアントワネットか?」
「おやさいじゃないんだから」
二人からの呆れたような反応を受け、少年は心外そうに片眉を上げる。
「そも、自分よりも大きなものを恐れること自体、私にはわかりかねますが……まあ、いいでしょう。
隠密行動を心がけろ、というのであれば異論はありません。ただし、箱庭から脱出するための目標は、あくまで要の発見及び、妨害或いは殺害であることをお忘れなきよう」
少女は「かなめ……」と小さく呟き、脳裏に先ほど見たばかりの大きな足の持ち主を思い描いた。
「さっきのおばさんは、ちがう?」
「今はまだ断定できないが……ただ、あの肖像画にあった母親であることは間違いないだろうな。
言葉も通じることだ、もし住民らとの間に話し合いの余地があれば、受け答えは僕に任せるといい。平和的手段を以って、演じられる祈りの糸口を掴んでみせよう」
「……あらかじめ言っておきますがあなた、言葉が通じることと会話が成立することは、全くの別物ですからね」
少年の戒めるような言葉を果たして聞いているのかいないのか、ソレはただ「つまりなに、先鋒は僕が務めるしかないようだな」と笑みを深めるばかりだった。
そのままソレは流れるように腰を上げると、意気揚々と部屋の出口に向かった。その背中を見上げる少女が、カルガモの雛のようによちよちと後ろにつく。
ソレは扉の前で一度足を止めると、眉間の皴を増やした少年にひらりと手を振った。
「そういうことだからボウズ、殿は頼んだぜ」
「なにが『そういうことだから』、ですか。本来先導となるべきは、案内役である私でしょう」
「つってもな。もしボウズが先頭になれば、最後尾にいる僕は間違いなく置き去りにされちまうだろ?」
「ふむ。その勘の良さをすべて性格に回してくれれば、私も少しは楽になるのですが」
「生憎そっちの方はもう頭打ちでな。ともかくほら、後ろから客人の尻ぬぐいをすることも案内役の仕事だと思ってさ」
ソレに譲る気はないと悟ったのだろう、少年は舌を打つ寸前の顔で渋々「……介入の時宜は、私が判断しますからね」と吐き捨てた。
「ああ、問題ない。それからおチビ」
「ん」
「ここから先、気になるものがあったときには、動く前に必ず僕かボウズに教えてくれ。くれぐれも、一人きりにはならないように。いいな?」
「うん。わかった」
ソレは真剣に頷いた少女の頭を撫で回しつつ、ちらりと少年に視線を送った。即座にフン、と鼻で返事が返ってくる。あの不遜っ面に注釈をつけるなら、「心配には及びません。あなたのことはともかく、ミアちゃんについてはきちんと後方からお守りしますので」といったところだろうか。
そんな少年の横柄な態度に声に出さず喉の奥で笑ってから、ソレは散歩に出掛けるかのような気軽さで、ノブに手をかけた。
音もなく扉が開く。
まずはソレが顔の上半分だけを廊下に出して、左右を確認する。これといった異常はない。後ろに控える二人に手振りで合図をしてから、くすんだ床板を慎重に踏みしめた。
鼠色の壁に音が反響しないよう、抜き足差し足で進んでいく。濁り硝子のオイルランタンの、ボウと黄ばんだ明かりによって、足元に三つのヒトを模した影が落ちる。窓の隙間からけだるげに入りこんできた小風は、森と炭、それからぽつぽつと冷たい雨のにおいを連れていた。
突き当りの階段に差しかかる。大中さまざまな靴の跡で汚れた木板は、下の階へと繋がっていた。
ソレがそろりと板上に爪先を置く。物音は立たなかった。そのまま細心の注意を払いながら、二段、三段……と下っていく。
カチャカチャ
……四、五、六、七……
カチャカチャ カチャ
ぴたり。
ソレは唐突に動きを止めると、物陰になる場所に張りつくようにして身を隠した。少年少女も後を追ってその場にしゃがむと、息を凝らして階段の下に広がる光景を覗きこんだ。
そこにあるのは、五つの椅子が並べられた質素なテーブル。中央の燭台を囲うようにして、黒いパンと湯気の立つじゃがいものスープ、ひとかけらのチーズと鳥のロースト肉が、合わせて四人分配膳されている。とある席にのみ置かれた濃緑のガラス瓶は、恐らく酒の類だろう。
空席は二つ。その内の一つは食事もなければ椅子も引かれておらず、生活の痕跡がまるで感じられない。まるで、ここで食事をすることが端から想定されていないようだ。
カチャカチャ カチャ
そんなどこか歪な食卓で忙しなくカトラリーを動かしているのは、あの絵画に描かれていた男と子どもたちだった。
大きく切り分けられたパンを贅沢に独り占めしていたのは、お顔に立派な穴を拵えた大男だ。ぴんと伸ばした三本指で陶のスプーンを挟み、いやに上品ぶった所作でスープの油を掬うと、乳白色の食器ごと露出した頬肉に突き立てるようにして流しこんでいく。ぐちぐちと粘膜が抉れる音も相まって、この男の食べ方の、なんとまあ癪に障ることか。
男の向かいに座る二人の子どもたちは、そんな彼の一挙一動を真似るように手を動かしている。ちょうどソレよりも一回り大きいほどの体躯を老人のように縮こまらせ、絶えず移ろうせいで位置の定まらない口を突き出して、軽薄な手足をヤジロベエのように振り回す彼らは、どこをとっても見事なまでに卑しく、吐き気がするほどに滑稽で、思わず目を覆いたくなるような有様だった。
カチャカチャ カチャカチャ
食卓に隣接する居間を照らすのは、卓上にあるいくつかの蝋燭と、窓から淡く差しこむ灰褐色の自然光、それから薪を赤く焦がす暖炉の炎のみだった。
パチパチと割れる木目と熱の音からほどよく離れた場所に、小さなベッドが置かれている。その傍らの椅子に腰かけていたのは、羊毛の織物に包まる赤子を抱きかかえて、己の母乳を与える女。身体を支える糸が切れてしまったかのように力なく項垂れる彼女は、その淀んだ瞳に何を映すこともなく。ちりぢりに乱れた頭髪の、褪せて枝分かれした毛先が、無造作に寛げられた胸元に散らばっているのが目についた。
ふいに。
黒ずんだ乳首を口に含んでいた赤子の、まだ凹凸の薄い顔がくしゃりと歪んだ。
[ えぅ…… ]
なぜか、女の肩が跳ねる。
女は赤子を胸から遠ざけると、慌てた様子で赤子用のベッドに向かって走り出した。その合間に、悠々と食事をしていた男が一瞬動きを止めたように見えた。
「ユウくん」
一家族の晩餐を観察していた少年の耳に、静かな囁きが吹きこまれる。
虚を突かれた少年がなにかを言い返す前に、ソレは有無を言わせぬ口調でこう言った。
「おチビの目と耳を塞いでやってくれ」
「待ちなさい。あなた、一体なにを――」
「ちょっとここで待ってろ。大丈夫だ、終わったらすぐ戻るから」
壁一枚の向こう側で、赤子の泣き声が空気を裂いた。
甲高いその声に、ソレが階段を下りていく足音が紛れる。
ソレの言葉を受けて、少年は遠ざかる背中を追いかけようとした少女の腕を、咄嗟に掴んで止めた。怪訝そうに見上げてくる少女を己の方に引き寄せると、抱きかかえるようにして少女の視覚と聴覚を封じる。
大変忌々しいことではあるが、あの阿呆の真意が読めない以上、今は従うしかあるまい。これ以上ないくらいに苦々しそうにしながら、少年は少女を抱えた状態でもう一度階下の様子を窺った。
食卓では、ちょうど男がテーブルに食器を叩きつけたところだった。それから、椅子の足が勢いよく床を擦る音が響く。
女は泣きぐずる赤子をベッドの上に寝かせると、足をもつれさせながらも急いでベッドから距離を取る。
直後、女は頭を庇うようにして床に蹲った。
「……!」
遠目に見ても震えを隠しきれぬほどの怯えよう。あれは、明らかに尋常ではない。
突如として生じた焦燥に突き動かされるようにして、少年はソレの行方を目で追った。ちょうど、最後の一段に足をかけたところのようだ。間違いなく、あの現場に飛びこむつもりなのだろう。
咄嗟に階段を駆け下りようとして、腕の中の重みが少年を引き留めた。そこでようやく少女の存在を思い出す。
今は、動けない。少女を一人残して、動くべきではない。だが、しかし――……
ゴン ゴン ゴン
少年の葛藤をよそに、重苦しい足音が女に迫る。肉を削がれた細い肩が、大げさなくらいに揺れた。隠しきれない恐れに手足を痙攣させながら、女は額を地に打ちつけるようにして、物言わぬ貝のようにじっと身を固くしている。
男は泣き喚く赤子には目もくれず、乱暴な仕草で暖炉の横に立てかけられた火かき棒を掴み取った。カランと煉瓦を擦る金属特有の高い音にまた身を強張らせた女に向かって、男は腕を高く掲げ――
ガッ!
――手中の獲物ごと、力の限りに振り下ろした。
そこから先は、一方的な暴力だった。女の硬い背中を、服の上から執拗に、何度も何度も何度も何度も凶器を振り翳し、叩きつける。絶えることなく耳に届くのは、肉が潰れる鈍い音、骨が軋む乾いた音。
その凶行を前にして暖炉の炎は相も変わらず燃え盛り、赤子は相も変わらず泣き叫び、食卓に残された子どもたちは相も変わらず咀嚼音がカチャカチャカチャ。
口のなし大男から、怒号が迸る。
[ 縺雁燕縲√?繝??ゅ>縺、繧ゅ>縺、繧ゅ?√>縺、繧ゅ□繧医?√↑縺√ャ縲ゅ←縺?@縺ヲ縲√◎縺??∝ュ舌←繧ゅ?髱「蛟偵☆繧峨ャ縲ゅ?繝医Δ縺ォ隕九l縺ェ縺?s縲√□繝 ]
ガッ! ガッ! ガッ! ガッ!
ソレが、人知れず食卓に足を踏み入れた。二つある空席の内、片方の椅子を引いて、座る。目の前には、一口も手を付けられていない食事があった。
隣から、食事の手を止めない子どもたちのコソコソ話が聞こえてくる。
[ 縺セ縺溘d縺」縺ヲ繧九h縲ゅ⊇繧薙→縺?↓縺後¥縺励e縺?@縺ェ縺?s縺?縺九i縲?縺ゅ?縺イ縺ィ ]
[ 縺ソ縺」縺ィ繧ゅ↑縺?°繧峨?√d繧√※縺サ縺励>繧薙□縺代←縲ゅ≧繧九&縺???繧√>繧上¥ ]
ソレはかすかに眉をひそめたが、だからといって彼らに同調することも、異を唱えることもせず。
ただ、手の届く場所で繰り広げられる惨劇を、淡々と観察している。それは、鏡の向こう側に立ち、事の全貌を見透かそうとしているかのような、底の知れない眼差しだった。
折檻は続く。
[ 閾ェ蛻??蠖ケ逶ョ繧偵?∬ィ?縺」縺ヲ縺ソ繧阪ャ縲√↑縺ゅ?√お縺茨シ溘??蟄舌←繧ゅ?霄セ縺代?縲∵ッ崎ヲェ縺ョ縲√♀縺セ縺医?繝?シ√??蠖ケ蜑イ縺?繧搾シ溘??縺昴l縺吶i繧ゅ〒縺阪★縺ォ繝??∽ココ縺ョ遞シ縺?□驥代〒逕滓エサ縺吶k縺ョ縺ッ繝??√?縺≫?ヲ窶ヲ縲よ・ス縺ァ縲√>縺?h縺ェ縺√?√お縺医ャ??シ溘??菫コ繧偵?∽ソコ縺ォ縲∫筏縺苓ィウ縺ェ縺?→縺ッ縲∵?昴o縺ェ縺??縺具シ溘??縺ェ縺ゅ?√↑縺ゅ?√♀蜑阪ぉ繝?シ ]
ガッ ガッ ガッ ガッ ガッ ガッ ガッ ガッ!!
最後に一度、骨を砕くかのような強い一撃を振るって。
そこでようやく、暴力の嵐が終わった。
男は荒馬のように鼻を膨らませ、肩で息をしながら、痛みに耐えるため身を固くする女を冷めた眼差しで見下ろした。鉄棒を携えたまま、女の傍で膝を着く。そして片手を差し伸べると、さも優しげな声音でこう言った。
[ 縺吶∪縺ェ縺??縲√う繧ク繧」縲ょヵ縺ィ縺励◆縺薙→縺後?∝ー代@辭ア縺上↑縺」縺ヲ縺励∪縺」縺溘h縺?□縲ゅ⊇繧峨?√>縺、縺セ縺ァ繧ゅ?√◎繧薙↑縺ソ縺」縺ィ繧ゅ↑縺??シ螂ス繧偵@縺ヲ縺?↑縺?〒縲らォ九※繧九°縺?シ ]
返事はない。
できるはずもないだろう。あるいは、それが、彼女なりの、精いっぱいの抵抗なのかもしれない。
一連の虐待を見届けたソレは、そんなことを考えながら、次の一手を取るべく小さく息を吸った。
男は顔を隠したまま微動だにしない女の脇腹を無言で蹴り飛ばすと、再び棒を握りしめ、今度は露わになった腹のあたりめがけて――
「あーッ!」
突然、幼い少年の声が響き渡った。
驚いた男の手から、形の歪んだ棒が滑り落ちる。
物陰から事態を静観していた少年は、忌々しそうに顔を歪めて舌を打った。なぜなら、いかにも純朴そうで聞いたことのない少年の声が、ソレの喉から発されたからである。
一体何を考えているのやら、全く別人のように声を変えてみせたソレは、大きめに作られた椅子から飛び降りると、そのまま居間にいる男に朗らかな笑顔を向けた。
「そういえば!
あのね、父さん。前にね、おとなりさんが、言ってたよ? 母さんのことをどなったり、なぐったりするのは、よくないことだって。
言ってたよ?
あのね。
いろんな人に、聞いて回ったんだ。
そしたら、みんなみんな、同じこと、言ってたよ。
父さんのしてることは、だめなことだって。
みんな、言ってたよ?」
ソレは男の席の前で足を止めると、口の端を無邪気な笑みの形に持ち上げた。
そのとき、女が初めて顔を上げた。その落ち窪んだ目をいっぱいに見開き、驚愕と焦燥を露わにしている。
男は獣の如き唸り声を上げながら、大股でソレに詰め寄った。ニコニコと笑うソレの目の前で、テーブル上に置かれていた酒瓶を引っ掴む。
そして、たっぷりと中身の入ったそれで、感情に任せてソレの頭を殴った。
パリンッ
瓶がバラバラに砕け散る。宙に舞う深緑の破片が、女の掠れた悲鳴で震えてキラリと輝いた。
男は唾を飛ばし罵声を放ちながら、酒に濡れたソレの胸ぐらを掴んだ。ぷらりと足が宙に浮いたソレに向かって、顔があればギョロリと目を血走らせていたであろうほど鬼気迫る形相で捲し立てる。
[ 險?縺」縺溘?縺具シ溘??郢ァ?「郢晢スシ郢晞亂縺帷ケ昴?りィ?縺医?∬ェー縺九↓險?縺」縺溘?縺ァ縺吶°? ]
「ウン。言ったよ」
男は当然のように頷いたソレの頭を鷲掴むと、硝子片の散らばる床に叩きつけた。息を詰まらせて地に転がったソレの顔を踏み砕かんと、思い切り片足を上げて――
[ ――ヒ昴い繝!? ]
太腿のあたりに走った鋭い痛みに、思わず呻き声を上げた。続いて横からの強い衝撃に、男は堪らず突き飛ばされて尻もちをついた。ゴリ、と広がる痛みの源を見下ろすと、そこには食事に使われていたはずの銀のナイフが突き刺さっている。
男は己の身に起こったことが信じられなかったのか、唖然と顔を上げた。そこには先ほどまでちっとも反抗しなかった女が、憎悪を隠しきれぬ目で男を睨みつけていた。
しかしその視線はすぐに逸らされ、女は床に転がるソレを抱え起こすと、早足に食卓から消えてしまった。まるで、男のことなど心底どうでもいい、とでも言うかのように。
[ 窶ヲ窶ヲ縺セ縲∝セ?■縺ェ縺輔>?√??閨槭>縺ヲ繧九?縺九ャ縲∝セ―― ]
――パンッ
乾いた一発の銃声。
女とソレを追わんとしていた男が、再び地響きを轟かせて床に崩れ落ちる。四肢を穿つ激痛のせいで芋虫みたく身をよじることしかできない男に、這い寄る影が一つ。
コツ コツ コツ
強張った足音の主――少年は、今しがた発砲したばかりの拳銃をパキンと掌の中に仕舞うと、黒い血を流して蹲る男の首根をきつく掴み上げた。
抵抗しようと伸ばされた太い腕を、まるで木の枝を折るかのように容易く握り潰す。たちまち上がった汚い悲鳴には眉一つ動かさないまま、ぱき、ぱき、とテコの原理なんかも要領よく使って、男の身体を小さくちいさく畳んでいく。見せかけの巨躯はプレッツェルみたく呆気なく割れて砕けて、千切れた管から血液モドキがプシュプシュと飛沫を上げた。
最後には上手く切り損ねたタクアンみたくでろでろになった男を引き摺って少年が向かう先は、パチパチと火の粉が舞う暖炉である。
身体の断面が捲れて床に血の道を描くたび、ありもしない口から雑音が聞こえてきたが[ ……繧√?√↑縺…… ]、きっと耳を傾ける価値もないことに違いない。
途中、ほったらかしにされた金属棒が目に留まる。取り敢えず拾い上げたそれを、少年はえいやと重ねた男の身体に突き刺した。
暖炉の前に立つ。赤く燃える炎が、一言も言葉を発さない少年と串刺しになった男、両者の対極にある面様を照らし出した。
少年はゴウゴウと揺らめく熱源に、ゴミを放るみたくぽいと男を投げ入れた。人肌を模した部位が炙られ、みるみるうちに黒ずんでいく。もうどこを見ても人の形はしていないというのに、汗みたいな尿みたいなヘンな液体がとめどなく噴き出るものだから、もしかしたらあれは、まだ生きているのかもしれない。
ゴウゴウでろりと、蒸発を免れた粘液が炭化した滓を連れて、暖炉から居間へと流れ出していく。
それは汚臭を引き連れ居間を跋扈し、勢いそのまま鮮やかに食卓の床を真っ黒染め上げて。
やがて、そこに佇む少女の靴の先に触れた。
ぴちゃり
少女は目元を覆う布の下で、軽く目を見張った。
足元に、なにやら奇妙な感触。うむむと顔を顰める。少年のせいで視界は真っ暗、耳にも変なものを当てられていて、なにも聞こえやしない。ゆえに少女には、ソレが階段を下りてどこに行ってしまったのかも、少年が今何をしているのかも、さっぱりわからなかった。
少年から絶対に外してはいけないと言われたものの、やはり外の様子は気になるもので。
あの大きい人たちは、今この瞬間、何をしているのだろうか。
うずうずと身体を揺らす。好奇心に耐えられなくなったのだろう、少女はこっそり辺りを見回す仕草をして、それからそっと頭の後ろにある結び目に触れようとした。
「なにをやってるんですか」
ピャッと小さく飛び上がる。耳を覆っていた重みが消えたかと思えば、呆れを含んだ声が聞こえてきたものだから、少女は慌てて両手を上げて発声源から顔を背けた。
「ミア、おりこうにしてた。それはもう。しんじろ」
「はいはい、今どちらも取ってあげますから。余計なことはしないように」
ちょっぴり負い目を感じた少女は、それはもう必死にこくこくと頷いた。
しばらくすると、するりと目元で滑らかな黒布が解ける。少女はしばらくぶりの光刺激にしぱしぱと目を細めつつ、青灰の瞳で周囲の様子を見渡した。
水音の正体は、ドロドロとした奇妙な液体のようだ。出所を辿ると、端っこにある暖炉の中で、大中三つの黒い物体が狂ったように燃えていた。ぷーんと漂ってきたとても臭くて嫌なにおいも、あの謎物質が原因らしい。
食べかけの夕飯が散らばる食卓の周りでは、子どもたちが二つ分、くたりと背凭れに寄りかかっていた。
少女がぐいと少年の服を引っ張る。
「どうかしましたか」
「あの、ふたり。あたま、どこいった?」
ぷくぷくと見るからに柔らかそうな指が、首のない死体をさした。
「おかしなことを言いますね。元々頭などなかったでしょう? そんなことよりも、今は……あの、救いようのないド阿呆を、追いましょう」
少年はそれだけ言うと、死体には一瞥もくれずに歩き始めた。
その淡泊な態度につられて少女も広がる惨状への関心をなくしたのか、あっさりと背を向ける。
結局、ここで何があったのかはよくわからないが。そんなことよりも、今この場にいないソレの方が、少女にとってよっぽど大事だったのである。
少女は珍しくどんどん先を行ってしまう少年に置いていかれないよう、せっせと小さな足を動かした。
動く者が消えた居間には、住民が燃える音と、泣き疲れた赤子の穏やかな寝息だけが、静かに木霊していた。
<きのこたけのこ論争>
・ミア:きのこ。たけのこはチョコレート部分にビスケットの粉がついているため芸術点‐100点(個人の感想です)。
・ユウ:たけのこ。おいしさ云々というよりも強度の問題。きのこの野郎はすぐに頭が取れやがるので‐100点(個人の感想です)。
・××:どっちも同時に食べりゃいいじゃんと言ったら「そういうことじゃない!」と怒られたことがある。ぶっちゃけどっちでもいい。そんなことよりじゃがりこ食べたい。