Ⅰ‐0.5:幕間
――どうして。どうして、泣いてるの?
ずーっと昔、ここで目覚めたときから、くりかえし、同じことを問いかけてきたけれど。
一度だって、答えてもらえたことはない。
視線くらいよこしてくれたっていいのに、このひとはいつだって、お空を見上げるのに夢中なのだ。
お空。
いや、ずっと上に広がる「あれ」をお空と呼ぶのは、はたして正しいのかしら。
あまりじっくりと眺めたことは、なかったけれど。
昔のお空には、白くてふわふわしたものと、遠くでちかちか光るもの、あとは……そうだ、じっと見つめると他になにも見えなくなるくらい、まぶしい光のカタマリが、あったような。
きらきら、ぽかぽか、あったかいあのカタマリは、いったいなんだったんだろう。……いつか、もう一度、見れるかな。
それに比べて、いまの「お空」は、てんでダメダメである。
呆れるくらいにキレイで、ただっ広くてさびしくて、もう見ていられない。
その中でもきわめてよろしくないのが、「お空」にのさばる逆さまのお花たち。
あいつら、遠いところでぷわぷわゆれるばっかりで、触ることすらできやしないのである。
こっちがどんなに必死に手を伸ばしても、ツンとあっちを向いて、平気な顔してる。ちきしょう、いつか絶対、そのきれいなお花をつんで、花かんむりにしてやるからな。
あと、あれも大変よろしくない。
ほら、あそこのでっぱりに生えた、ヘンテコリンな逆さの木。
太い枝はぐねぐねと歪んでいて、立派な幹にはぽっかりあいた黒い穴がビッシリ。もう、どこをみても、とんでもなく不格好なのだ。
いつもこの木が目に入るたび、そのあまりのみすぼらしさに、おむねの奥がカッカと熱くなって、じたばたと、足をもがれたゴキブリみたいに、もがきたくなる。
あれもこれも、みっともなくって、いたいくらいにかわいそうで、まったく、どうにももどかしい。
……やめだ、やめやめ。
パチンとほっぺをぶったたく。
こんなせかせかした気持ちのときは、あのひとのお顔でしめっぽい気持ちを思い出して、ココロの足し引きゼロを目指すにかぎる。
もう一度、あのひとを見下ろした。
あぁ。まただ。
また、泣いている。
あのひとの目は、かわききっているけれど。
ミアにはわかる。
――どうして。どうしてあなたは、泣いてるの?
いったい、なにがそんなに悲しいのだろう。
おしえてほしい。
楽にしてあげたいの。
あなたのすがたかたちは、お本の中のバケモノみたいだけど。
大きなおめめは、ミアとおなじ、ひとりぼっちの目だから。
きっと、ずっと、しずかにきずついてきたあなたに。
この手で触れて、『もう、だいじょうぶ』って言って、安心させてあげたいの。
あげたい、のに。
ミアのからだには、かたちがないから。
どんなに手を伸ばしても、あなたのむねには届かない。
どんなねがいを口にしても、あなたの耳には届かない。
今も。こんなに苦しんでいるあなたの、そばにいるのに。
なんにもないミアには、あなたのなみだを、止められない。
……そんなこと、ずっと前から、わかってる。
こんなことを思うのは、もう、何度目か、それすらもわからない。
けれど。
ミアには、このひとしかいなくって。このひとには、ミアしかいないから。
やるっきゃないのだ。
ためして、ためして、何度くじけて、何度ふてくされることになろうとも。
ずっと、ずっと、ありもしないこの口で、心の声を叫び続けよう。
もう、大丈夫だから。
お願い――
「――泣かないで」
……エ?
パチクリ。少女は呆然と瞬いた。ゆっくりと俯くと、そこには小さなお手々がある。
パチクリ。少女は視線を感じた。ゆっくりと顔を上げる。
あのひとが。こちらを、見ていた。
グルリ。少女の身体が傾く。
あれほど伝えたかった言葉は、予想だにせぬ衝撃に、ひとつ残らず掻き消された。
絶叫を迸らせながら、少女は「お空」に向かって真っ逆さま。
落ちて、落ちて、落ちていく。
ひゅる、ひゅるる、ひゅるるるるるる……
アッという間に小さくなった少女の背中。
その姿を追うように、対の目玉が軋んだ。