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絶対に嫌だ

 アリスはベッドの側に椅子を運んできて腰掛けた。そして昔を思い出す様に遠い目をした。

「お嬢様もご存じの通り、私の家系は代々リーステン家の使用人として働いています。私がお嬢様のお世話係に任命されたのは、単純に一番歳が近かったからだと思います。初めてお会いしたのは、お嬢様が4歳、私が12歳の頃でした。お嬢様はまだ小さかったので覚えていないとは思いますが」

「ええ……」

 エマもきっと当時のことは覚えていないだろう。

「あの頃のお嬢様はいつも私の後ろをついてきて、それはそれはもう可愛らしかったです。お世話係として覚えなければいけないことが山積みで苦労しましたが、お嬢様の天真爛漫な笑顔を見ていつも癒されていました。それから4年の月日が経って、お嬢様は美しくて心優しい令嬢に成長されました。昔のように私と遊んですごす時間は無くなってしまいましたが、一番近くでお嬢様の成長を見れることが幸せでした。そんな時、お嬢様とジキウス様が許嫁契約を交わしたことを知りました」

 エマは8歳の頃からジキウスと許嫁だったのか。そんな小さい頃に誰かとの結婚を決められるなんて想像もつかない。

「自分勝手な振る舞いをするジキウス様をお嬢様は広い心で受け入れていました。そんなジキウス様に私は正直不満がありましたが、お嬢様の恋する表情を見ることができて幸せでした」

 アリスは私の方を見て微笑んだ。

「ここ最近のお嬢様は人が変わったように活発になられて、困ってしまうこともありましたがとても楽しかったです。これから先、私はお嬢様の一番近くにいて力になることは出来ないかもしれませんが、ずっとお嬢様の幸せを願っています」

 アリスは立ち上がった。

「そろそろあの男が戻ってきてしまうので、私はこれで失礼いたします。最後に私の気持ちを伝えることが出来てよかったです……エマお嬢様、ずっとお慕いしております」

 そう言って深々とお辞儀をし、アリスは去っていく。

「ま、待って……!」

 掠れた声はアリスに届かない。慌てて起き上がろうとするが、体が思うように動かなかった。ベッドから立ち上がった頃にはアリスの足音さえ聞こえなくなっていた。

「最後なんて……嫌だよ」

 もう少しでノアがやってくる。自分の無能さを知るのが怖い。他人に迷惑をかけるのが怖い。体の奥底から震えてきて、足元がふらついた。

 その拍子に近くの小物入れにぶつかって、はずみで引き出しが開く。中には桜色のネックレスと水色のリボンが入っていた。

「ルイス……リアナ……」

 このままだとルイスとリアナにも二度と会えなくなってしまう。そんなのは絶対に嫌だ。

 私はバチンと両頬を叩いた。

 ここは異世界。前世のトラウマなんて知ったことか。「好きを貫いて幸せに生きる」っていう自分の願いのために、この命尽きるまで全力でやってみないと!

 私はネックレスを身に着け、リボンで髪を括った。お願い、私に力を貸して。

 その時、ガチャリとドアが開いた。

「おや、目が覚めたようですね」

「ありがとう、ノア。私をベッドに運んでくれて」

 ノアは怪訝そうに眉をひそめた。

「よく私にそんなことが言えますね。倒れるほどに体を酷使させた張本人だというのに」

「ええ、そうね。追い込まれたおかげで覚悟が出来たわ。それも今となっては感謝してる」

「よく分かりませんが、目が覚めたのなら勉強の続きをしましょう。時間はないのですから」

「勉強はもう終わり。だって国外追放になんてさせないから」

 私の言葉にノアは目つきが鋭くなった。

「あれだけ言ったのに、まだお分かりでないようですね。国外追放になるのはもう逃れようのない事実なのです。国外追放になった元貴族が他国でどんな扱いを受けるかもお教えしましょう。没落貴族の烙印を押され、地位も財産も失った者に誰も救いの手など差し伸べません。街を歩けば指を差され、かといって帰るべき家もない。今までの生活との落差に絶望するでしょう。頼りになるのは己の体と能力だけです」

「そうやってノアは努力してきたんだね」

「……何が言いたいのですか」

「ただのスパスタ教師なのかと思ってたけど、私に異常なほど執着してるのって自分自身と重ね合わせてるからじゃないの? ノア自身が昔、国外追放されて辛い目に遭って、だから……」

「仰る通り、私は学生の頃に祖国を追放されました。追放理由は自分と同い年の王族が犯した罪を代わりに被らされたことによるものでした。それから一人で試行錯誤して、今では貿易の仲介をする商会を立ち上げました。お嬢様に厳しい態度を取ってしまうのは、祖国を出てから一度も会っていない妹が今頃同じくらいの歳になっているからかもしれません。しかし、だから何だというのです? お嬢様が国外追放になってしまうのはもう決まっているのです。それならば、追放後に一人で苦しい思いをしないように知識を身に付けてほしいと思うのはおかしなことですか!?」

 そう訴えかけるノアは、危険な匂いのする男なんかじゃなくて、他人の幸せを願う心優しい青年だった。

「何もおかしい事なんてないよ。でも、私はどんな手を使ってでもこの運命を変えてみせる」

 私は不敵な笑みを浮かべた。

「だって私は悪役令嬢だから!」

 私の言葉に、ノアは呆れたようにため息をついた。

「……お嬢様は私の手には負えないようですね」

「見せてあげる。私についてきて」

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