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幸せになんてしてやらない

 そうと決まれば、まずは情報収集だ。今この世界がどこまで進んでいるのか、攻略キャラ達と主人公の親密度はどうか、そして私はどんな立場にいるのか。

 それを知るには会わなくちゃいけないキャラがいる。私は第二図書室を後にして学校を探し回っていた。

「見つけた……」

 大柄な後ろ姿、ツンツンした赤髪。ジキウス・アラン。攻略キャラの一人で、この国の第一王子。エマの許嫁だったが主人公に恋をして許嫁解消を申しでる。その過程で主人公に嫉妬したエマは色々と嫌がらせをするのだが、エマのそうした行動から主人公を守ることで二人の仲はより一層深まっていくのだ。ジキウスの俺様キャラが合わなくてゲームのシナリオは途中でやめてしまったから詳しくは知らないけど、確かそんな話だったはず。

「ジキウス様」

 名前を呼ぶと、彼はこちらを振り向いた。そして私に鋭い視線を向ける。

「なんだ」

「私達ってまだ許嫁なのですよね」

 私の言葉にジキウスは鼻で笑った。

「よくそんなことが言えたな。彼女に散々嫌がらせをしておいて。もうお前にはウンザリなんだ。許嫁は解消する」

 もうそこまでシナリオが進んでいたのか。

「いいか、これは決定事項だ。お前がいくら喚いたって……」

「分かりました」

 許嫁を解消したほうが、ルイスに接触しやすくなって都合がいいだろう。

「そんなこと言って、彼女にまた嫌がらせしようとしてるんじゃないだろうな!」

「もちろん、そんなことは致しません」

 あっさりと許嫁解消を承諾したことにジキウスはかなり驚いているみたいだ。まあ、ジキウスに愛される主人公に嫉妬して嫌がらせまでするくらいだから、もう少し執着されると予想してたんだろう。

「それでは失礼します」

 そう言って私はその場を後にした。

 ジキウスの姿が見えなくなるまで歩いたところで足を止めた。どうしようもなく切なさがこみあげてきて、私は目頭を押さえた。もしかすると、このエマの体に残ったジキウスへの愛情が溢れてしまったのかもしれない。

 さようならジキウス。エマを幸せにしてあげなかったんだから、自分だけ好きな人と結ばれるなんて思わないことね。

 その時、誰かとすれ違った。視界の端に映った、水色の長い髪を思わず目で追いかける。 

 あの髪型と金色の髪留めは間違いない。主人公のリアナだ。すると、私の視線に気づいたのかリアナも振り向いた。

 主人公の顔、初めて見た。ゲームで見る主人公のイラストは顔の部分がちょうど見えないような構図になっていたから。なんていうか、美人は美人なんだけど、無表情で感情が読めない。

「また何か言いたいことでも」

 その言葉には棘が感じられる。それもそうだ。今までエマに嫌がらせされてきたんだから。

 私は頭を下げた。

「今までひどい事をしてごめんなさい。謝って許されることじゃないと思うけど、もう二度としないと誓います」

 本当はルイスと引き合わせるためにリアナとは良好な関係を築いておきたかったけど仕方ない。今までのことを謝るのが精いっぱいだ。

「そう」

「今度、お詫びの品を用意して改めて謝罪しに行きます」

「謝罪はいらないけど、お詫びの品は手作りクッキーがいい」

「え……?」

「あーあ、酷い目にあったなー。辛かったなー」

 リアナは棒読みでそう言った。

「わ、分かりました!明日、用意します!」

 手作りクッキー? よく分かんないけど用意するしかなさそうだ。

 その夜、家のキッチンでクッキーを焼いた。こんな風に自分で料理するのは久しぶりで、ちょっと楽しかった。


「お詫びの品です」

 指定された中庭のベンチで、リアナにクッキーが入った袋を差し出す。

「うん、確かに」

 そう言って受け取ると、リアナは袋の封を開けた。

「……それじゃあ、私はこれで」

「待って」

 リアナは私の手首を掴んだ。

「座って」

 そう言われて仕方なく隣に座る。

 どういうつもりなんだろう。今までの腹いせに、目の前でクッキーを粉々にするとか……? それくらいで怒りが収まるなら全然いいけど。確か、ゲームのシナリオではエマが「リアナは呪いの魔法を使う」ってデマを流して、騒ぎになった所をジキウスが庇いに来るんだったな。許嫁解消を切り出されたってことは、この世界のエマはそれもやってしまったんだろう。

 リアナはクッキーを取り出した。

「上手くなったね……うん、味も美味しい」

 よく状況が分からなくてリアナを見ていると、目が合った。

「放課後、調理室でクッキーを焼いてるところを何度か見たんだ。真っ黒こげになったのを半泣きでゴミ箱に入れてた。あれって、自分のために焼いてるんじゃないでしょ」

 そんなエピソード、ゲームにはなかった。

「私は別にあなたに怒ってない。大した事されてないし」

「でも、『呪いの魔法を使う』なんてデマを流したり……!」

「私の魔法は誰でも知ってるような普通の魔法だけど。私が魔法を見せればすぐに分かるのに、よくそんなすぐにバレる嘘つくなって思ってた。それに、元々いた国では『呪いの子だ』って毎日避けられてたから、むしろそれで人が集まってくるなんて面白いって思ったの」

 リアナは空を見上げた。

「元々いた国には魔法の文化がなくて、生まれた時から魔法が使えた私は気持ち悪がられてきた。それでいよいよ処刑されそうになったから、魔法文化の強いこの国まで逃げてきたの」

 そんなエピソード、ゲームにはなかった……! 主人公は魔法学校に転校してきた一年生っていう設定だったけど、そんな過去があったなんて何にも知らなかった。

「それよりも私はあなたに興味があるんだけど」

「興味?」

「だってそんな風に一人のことを想えるってすごいことでしょ。私はまだ人を好きになったことがないから」

「じゃ、じゃあジキウスのことは?」

「関係ないのにやたらと庇ってくるなと思ってた」

 ジキウス……全く相手にされてない。少し同情するよ。

 大体、乙女ゲームの主人公がこんなに恋愛に疎くて大丈夫なのか?

「ねえ、『好き』ってどんな感じ?」

 思いもよらない質問に、言葉に詰まる。

「……側にいたらいつか分かるかな」

 そう呟き、私を見つめる。

「またこの場所で話さない?」

 リアナとの関係がつながった!

「ええ、もちろん!」

「たまにはまたお菓子を作って来てくれると嬉しい」

「分かりました」

「チョコ味だとなお嬉しい」

「はいはい」

「あとはバターがたっぷりで……」

「注文多いなぁ!?」

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