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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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貴女につなぐバトン

作者: 砂山 海

 彼女の第一印象は何と言うか、そう……野生児、だった。


 私は見慣れない道を歩き、自分の家を目指している。つい半月前に生活していた濁った空では飛行機やヘリが飛んでいたけれども、今は澄んだ空にトンビが鳴いていた。住所や番地を書いてある標識はほとんど見かけず、田んぼと畑ばかりの風景。思い出したように家があるけれども、間隔が遠い。なんだかアニメの世界に紛れ込んだようで現実感が無いまま、どこか他人事のように歩を進めていた。

 これが私がこれから見る空かぁ。

 のどかな田舎道、まるで別世界のようだけどこれが私の紛れもない現実。ふわりと香る風はむわっと湿度のこもった草花の青臭さを届けてくる。今までほとんど嗅いだことのないような匂いだけど、どこか懐かしさを感じるのは何故だろう。私は鼻腔からそれをゆっくりと感じながら、新生活の不安をどうにかして明るいものに変えようと歩いていた。

 父親の方のお爺ちゃんが身体を壊してしまい、長年続けていた温泉宿の存続のために父が都会でのサラリーマン業をやめ、家族全員でこの土地に越してきた。正直そんなに儲かっていない温泉宿なのだが、父はもちろん母も私も思い入れがあるため、家族会議を開いた時もあまり反対はなかった。いやまぁ、友達と別れたりする寂しさはもちろんあったけど、でも大人になっていない自分に決定権があるわけでもなく、まぁ仕方ないなくらいにしか考えなかった。

 心残りも寂しさも何もかも、置いてきた。私はここで新しいスタートを切るんだ。

 ただ、越してきて改めてこの地域の不便さを思い知る。まずバスの本数がものすごく少ないし、コンビニやファミレスなどがあまり見当たらない。自動販売機すら一度逃せばしばらく歩かないと見つけられないし、暗くなれば虫もすごい。昨日なんてちょっと帰るのが遅くなってしまったがために、大変なことになった。おまけに肥料か何かわからないけど、たまにすごく臭いのには我慢ならない。

 それでも少しでも土地勘を得ようと、今日は学校帰りに少しだけ寄り道をするようにしてみる事にした。ただ今日は初登校日だけあって疲れたけど、でもどうせ他に用事なんてのも無いし、家に帰ってもやる事が無い。だったら少しずつ私の地図を広げていきたい。

 転校なんて思えば初だったから、ものすごい緊張した。校舎自体は少し古い感じがするだけで、前に通っていた所とそこまで大きな差は無かったけど、でもやっぱり学校自体の雰囲気は違うわけで、とても場違いな感じがした。おまけにまだ制服も届いていないため、前の学校の制服姿というのが一層私を目立たせた。

「石神葵です、よろしくお願いします」

 精一杯噛まないように、声が小さくならないようにと自己紹介をしてホームルームを終えた後はわっと質問攻めにあった。最初はどうしてここにとか、趣味は何だとか私自身の事を訊いてきたのだが、やがて都会はどうだとかこの町との違いはなんだとかそういう話へとシフトしていった。そこに悪気は一切ないのはわかっていたけど、でもやっぱり私の事を過剰に羨ましがっているのを相手するのは疲れた。

 私だって転校早々、敵なんか作りたくない。そうでなくとも、この地域ではよそ者なのだ。都会から来た嫌な奴、なんてレッテルを早々に貼られたらこれからの生活に支障が出てしまう。だからなるべく大人しく、受け身で、ニコニコしながら今日一日を過ごした。勉強は前にいた学校の方が進んでいたため、そこまで集中しなくてもよかったのは幸いだったかもしれない。

 何人かが色々丁寧に教えてくれたけど、その中でも橋野佳恵さんという学級委員長が私の世話役を買ってくれたみたいだった。おっとりした喋り方や立ち居振る舞いだけど、ポイントがわかりやすいため、教わる分にはとてもわかりやすかった。おまけに家も割と近所のようで、つい十分前までは一緒に下校していた。

 仲良くなるとしたら、やはりそういうとこからなのかな。

 なんてちょっと打算的な事を考えながら歩いていると、前方に小さな森のような山のようなものが見えてきた。周囲が畑や野原で平坦な中、そこだけ青々とした木々が密集している。山というよりは、小高い丘のようなものだろうか。単に自然とできたものなのだろうか、それともそこに何かあるのだろうか。私の足は少しだけ早足になっていた。

 近付くにつれわかったのが、どうやらそこは神社らしいという事だった。鳥居の様な物が見えてくると、その周囲が思っているよりもずっと綺麗にされているのに気付いた。自然のままに見えた木々は綺麗に刈り揃えられ、掃除も定期的にされているのかゴミも見当たらない。

 そうか、自分の家の近くに神社なんてあったんだ。ついでに何を願うか全然決めていないけど、お参りでもしていこうかな。

 軽い気持ちで近付き、鳥居のある方へ近づいていたその時だった。

「ああああぁ、まだまだぁー。修行、修行だぁー」

 ものすごい大きな声でそう叫んでいるのが聞こえ、ビックリして足を止める。そうしてキョロキョロと周囲を見回すけれど、人影は見えない。少し遠くでおじさんらしき人が畑仕事をしているけど、のんびりとした動きでとても叫んでいるようには見えない。いや、声は別の方から聞こえてきた。おじさんのいる方向ではない。

 おまけに声は女の人だった。

 そうだ、声は鳥居の上の方から聞こえてきた感じがした。私はそっと見上げるものの、木々によって何も見えない。そのままくるりと引き返そうかとも考えたけど、何度も聞こえるその声は単に狂った感じではなく、限界まで気合を入れているような感じがした。一体何をそんなに鍛えているんだろう、どうしてそんなに追い込んでいるんだろう、そこまで追い込む理由はどういうものなんだろうという興味がどんどんと芽生え、私はゆっくりと鳥居へと足を向けた。

 少しくすんだ朱色の鳥居をくぐればすぐ、さびれた石段が待ち構えていた。段数にして目測で五十段くらいだろうか、頂上が見えない。そして相変わらずその上からは獣のような女の人の声が絶叫として聞こえてくる。私はカバンを持ち直し、音をたてないようにゆっくりとその石段を登っていく。ひび割れたそれが何かしらの音を立てないか、とても気掛かりだった。

「まだまだぁー。もっとできるだろ、私ぃ」

 音を立てず階段の端を上り、物陰に隠れるようにしながら頂上にたどり着いた。神社自体はそう大きいものではなく、古いお社がちょこんとあるくらいだ。社務所のようなものもなく、稲荷地蔵が二体そばに立っている他は何もない。小綺麗な広場があるくらいだが、そこに声の主はいた。

 赤いハーフパンツに白いシャツの短いポニーテルの子。膝に手をつき肩で息をしているその子は小柄で、私よりは十センチくらいは低いように見える。遠目からでもかなり汗をかいているのが、何をしていたのかしらないけど激しい運動量を物語っている。

 やがてその子がパンッと響き渡るくらい強く自分の両頬を叩くと、駆け出した。しかしその広場は端から端まででも二十メートルもないだろう、すぐにそのダッシュは終わってしまう。そうして反対側まで行くと、クラウチングスタートの姿勢になって、また走り出す。それを何度も、何度も繰り返していた。

 あの子、陸上部か何かなのかな? でも何でこんなとこで……。

 ちょっとだけ興味が湧いてきたので、どんな子だろうかと静かに近付いたつもりだった。けれど、つい強く地面の土を踏んでしまったらしく、じゃりっと摩擦音が思いのほか強く響いてしまった。

「誰?」

 スタートの態勢を取ろうとしていた彼女はこちらを向くと、眼が合った。とてもまっすぐな、意志の強そうな感じのキラキラした瞳。素直で、純粋さゆえに興味津々な感じ。でも、私はそれ以上考える事はやめてくるりと踵を返した。

「ちょっと待って」

 そう言い出すが早いか、後ろで土を蹴る音が聞こえた。その感覚はどんどんと狭まり、加速の強さを感じる。私はカバンを抱え、一目散に階段を下りていく。慣れない石段だけど転ばないように二段三段と飛びながら、久しぶりに全力で駆け下りる。

「待てってば」

 追いつかれたら何をされるかわからない。そんな恐怖心だけが足を動かす。ローファーに学生服とまるで運動するような恰好ではないけれど、肺を焼くように強い呼吸を繰り返し、走る。とにかく追いつかれると何をされるかわからないから、必死も必死に逃げるしかない。

 元々、私自身が陸上部の短距離選手だったため、少し走るだけならそこら辺の人に負ける気はしない。ただ、持久力はあまりない。だから最初に相手が諦めてくれるくらい引き離してしまえば、きっと何とかなる。

 私の専門は百メートル、そして二百メートルだった。もっとも、転校するにあたって陸上からも引退したし、トレーニングも行っていないから、どれだけ走れるのかわからない。だからそう、理想を言えば一キロ、いや四百メートルは逃げたい。そのくらい離せば姿も見えなくなって諦めてくれるだろう。いや、もうこの際二百メートルでもいい。とにかく動け私の足、それまで持ちこたえて私の肺と心臓。

 私を呼び留める声が聞こえなくなっても、無我夢中で走り続けた。そうして見慣れない我が家に転がり込むよう入って鍵をかけると、玄関に倒れ込む。両手をついて新鮮な酸素を必死に取り込み、むせる。大きく何度も咳き込み、涙目を手の甲で何度もこすり、そして何事も無いのを静寂で感じるにつれ、少しずつ助かったと思い始めてきた。

 一体、あれは何だったんだろう。あの人は何だったんだろうか?

 そんな疑問がよぎったけれど、今はとにかくこの汗まみれの制服を着替え、何杯かの水を飲みたかった。きっといくら考えても答えなんて出ないけど、だからと言ってあんな強烈な体験を無視できるわけがない。ただ、それも全てが落ち着いてからにしたかった。


 けれど、そんな私の疑問はすぐに晴れた。

 翌日登校して、さっそく誰かにあの件を話したかった。きっと誰か噂くらいは聞いているかもしれなかったからだ。でも、やめておいた。転校すぐに神社で叫び声を上げて走り回っている小柄な女の子がいるなんて言えば、なんというか、もしそれが有名でも何でもなく私の勘違いだったら痛い女扱いされるような気がしたから。目撃者が私しかいなかったのだ、信ぴょう性なんてよくよく考えれば薄い。

 そうだ、私はまだ馴染んでいない。余計な事を言って注目されるのはやめとこう。

 三時間目は体育だった。教室で体操着に着替えると、ふと今更ながらに気付いた。私の格好は白いシャツに赤いハーフパンツ姿、つまり昨日の子も同じ学校の子だというわけだ。それに多分、同学年。この学校はジャージやハーフパンツの色で学年を区別しているらしかったから。

 同じ学年なら、四クラスしかないこの学校だったら顔を合わせる事もあるだろう。でも、昨日は一瞬の出来事だった。だから私も彼女の顔はあまり覚えていない。ただ眼がギラギラしたという印象しか覚えていないし、それに私もすぐ背を向けて走ったから多分ほとんど印象には残っていないだろう。

 そんな希望的観測を抱きながら、委員長の橋野さんと一緒に教室を出て校庭へと向かった。

「石神さんは運動って得意な方?」

「んー、球技は苦手かな。なんかボール飛んでくるのが怖くて」

「わかる、それすっごいわかる。でも今日は確か短距離走のはずだから、大丈夫だよ」

 にこにこと笑いかけて話してくる橋野さんに笑顔を返しながら歩いていると、校庭ではもうそれなりの人数が集まっているのに気付いた。二クラス合同だろうか、女子だけで二十人くらいいるようだ。ちなみに男子は今の時間、体育館で別種目をやるらしい。

 橋野さんや他の人達の話だと、今日は二百メートル走のタイム測定らしい。この校庭のランニングコースを半周するのだが、さてどうしよう。自分の体力を計るために本気で走ろうか、それとも悪目立ちするのも嫌だからそこそこで走ろうか。そんな事をぼんやり考えていると、突然割と近くから気合の入った声が聞こえてきた。

「今日もやるぞー、一番速く走るぞー」

 急な大声にドキッとして振り返れば、昨日神社で追いかけられたあの子がいた。昨日のおぼろげな記憶がすぐ思い起こされ、あっと言う間に記憶がバチンと合致する。数人越しに見てもやはり小柄で、同い年にしては割と幼い感じがした。というか、十七歳にもなって体育の時間にあんなに気合を入れるなんて、やっぱりどこか変だ。

「ねぇ橋野さん、あのやたら元気な子って知ってる?」

 私は気付かれないようすっと背を向けると、小声で訊いてみた。すると彼女は少し呆れたように微笑む。

「あぁ、隣のクラスの有賀さんね。彼女、あんなんだから割と有名人なんだよね。まぁ、陸上部の短距離の選手で副キャプテンだから言うだけあって足速いんだ。こんな田舎の高校でも、彼女は地区大会の決勝まで行くくらいなんだよ」

 そうか、やっぱり陸上部だったんだ。でも何であんな神社の中で練習していたんだろう。

 疑問が好奇心となり、再び振り返れば間の悪い事に目が合ってしまった。慌てて顔を背けようとしたけれどもう遅く、指さされて大声を出され、喜色満面に近寄ってきたため私はみんなの注目を浴びて逃げる事も出来なかった。

「あー、やっぱり昨日の速い人だ。ねぇ、昨日会ったよね、尾生神社でさ」

「え、あ、貴女だったの?」

「うんうん、間違いない。昨日会ってるよ。覚えてるもん、その顔。私、こう見えても成績は良くないけど記憶力は良いんだから」

 ずんずんと近付いてきた彼女に気圧されたのか、すっと橋野さん達が私から離れた。気付けば私と彼女を取り囲むように円が出来ている。助けを求めようにも、すがる相手がいない。とぼけるわけにもいかないけど、こうグイグイ来られるのも苦手だ。

「昨日は追いつけなかったけど、私もすっごい練習していてバテていたからおあいこだよね。でも、それ込みでも速かったなぁ」

 何がおあいこなのか全然わからないけど、でも彼女はにんまりと笑いながら何度も何か納得するようにうなずいていた。

「ねぇ、なんていう名前なの?」

 ずいっともう一歩踏み込むその圧に耐えられず、私は半歩後ずさる。

「え……あの、石神……石神葵です」

「私は有賀美月。この学校の陸上部の副キャプテンで短距離専門なんだ。よろしく」

 無垢な笑顔でにかっと笑いながら手を差し出されたので、おずおずと私も手を出すと、がしっと力強く握りしめられた。思ってもみなかった力で少し痛いくらいにも感じたけど、でも彼女の心根は少しだけ伝わってくる。多分、嫌みだとかマウントだとかそういうのではなく、本当に純粋なんだって。

「ねぇ、勝負しよ」

「え、いや」

 更に一歩前に出る彼女に私は同じように一歩下がる。

「速かったもん、あなた。ねぇ先生、同じくらいの速さで走った方がいいタイム出ますよね。だったら私、彼女と走ってみたいです。この子、昨日私が練習後に走っても追いつけなかったから」

 その発言に周囲がどよめいた。それもそうだ、彼女はこの学校でも有名人のスプリンターで、片や私はよくわからない転校生。そんな私が自分より条件付きでも速かったと持ち上げられ、勝負を挑まれているのだ。誰だって興味を引くだろう。

「先生、いいですよね。私、ちゃんとした場所で勝負してみたいんです」

 彼女が先生に目を向ければ、他のみんなも目を移した。なるほど、彼女は単にやたら叫ぶ野生児みたいな感じじゃなく、どこかカリスマとまでは言わないけど、みんなの注目を引きやすいのかもしれない。

 先生がポーズなのか何なのか知らないけど腕組みをして、深くうなずいてからゴーサインを出すと周囲は色めき立った。彼女は三歩ほど後ろに下がって距離を取ると、私に向かってビシッと人差し指を立てる。きっと私が一位を取ると言う宣言なのだろう。私はそれを見ると、考え込むようにうつむいた。

 でも、実際はそうじゃない。どうやって叩きのめすか、それしか考えていなかった。これだけ挑発され、これだけ無駄に注目を浴びせられたんだ、もう私の全力で叩き潰してやるしかない。昨日の練習を見た限り、多分私よりは速くないだろう。私も陸上の練習から少し離れているとはいえ、まだ負ける気がしない。というか、こんな田舎のしかも山の中で修行とか言ってる人に負けられない。全国を制覇した事はさすがに無いけど、あんまり私を舐めないで欲しい。

 覚悟を決めると私は彼女の目を見てうなずき、スタートラインに向かった。授業だからなのか。スターティングブロックは無い。どこか白ぽく乾いた砂地に石灰でラインが引かれているだけ。小学校かよと心の中で苦笑いを浮かべながら、私はゆっくりと腰を落とし、手をつく。親指と人差し指で心地良くなる間隔を決め、静かに足の幅を探る。そしていつもの位置に落ち着くと、私は全神経を耳に集中させる。

 周囲がざわついているけど、それでも先程よりも大分静かになっている。これだけ静かになれば集中するのには十分だ。キィンとした耳鳴りにも近い静寂を感じた瞬間、すっと私の中で全てが抜けていく感じがする。もう隣に誰がいるのかすらわからなくなり、自分の世界に入っていく。ただ、わずかな刺激で爆発してしまいそうではある。

 ピッと甲高い笛の音が鳴り響いた。いや、響くのと同時に私の身体は反応していた。静かな水面のような私の身体は電気が走ったように反射的に前へと動き出す。頭を低くしたまま一歩二歩、歩幅は小さく腕の振りは大きく。そうして徐々に頭を上げながら、我慢していた景色を目に入れる。

 ゴールテープは無い、やっと見えたのは弱々しい石灰のライン。でもそれが私の向かうべきゴール。頭はゆっくりと上げながら、手足は全力で前へと動かす。そうしてひたすらそこへと向き合う。正しい姿勢で、理想的な動きで、恋焦がれるように。

 胸が苦しい、呼吸なんかほとんどしていない。苛烈な無呼吸だけど、苦しさを感じるより手足を動かし、風を切る。たかが十数秒。ここはあの時とは違う、でもだからこそ負けられない。呼吸をも置き去りにして私は前へ前へと進む。整備はされているけれど、荒い地を蹴って走る。目の端の景色がマーブル模様になり、境目すらもわからなくなってもしっかりと前を見すえる。そしてゴールラインが目前に迫ると、私はストライドを広げて頭から入るように飛び込んだ。

 足を止めようとするが、その勢いのまま十数メートル駆け抜ける。そうして酸素を求め、肩で大きく息をする。こうした練習から離れていたし、ベストの状態には程遠いけれど、でも今出せる精一杯で走った。

 抜かれた気配はなかった。だけども様子を確認したくて振り向いた途端、わあっと歓声が起きた。視線の少し先には両膝に手をつき、肩で息しているあの子。どうやらあの生意気なプライドをへし折ることが出来たらしい。あれだけ挑発し、無意味な注目を浴びせてきたから、少しくらいそうしていればいいんだ。

「すごい、石神さんものすごく速いんだね」

「あの美月に大差で勝ったなんて、すごすぎ」

「やっぱ都会の陸上部とかにいたの?」

 けれど私が求めた平穏には程遠く、わっとクラスメイトどころか隣のクラスの子まで集まってきた。そうして初日以上に怒涛の質問攻め。私は曖昧に答えながらも、この輪の外のいるだろうあの子を探すと、手の甲で目元を拭っているのが見えた。

 その瞬間、何とも言えない複雑な気持ちに胸が痛んだ。

 体育の時間が終わると女子は男子に私の武勇伝を伝え、またも質問攻めにあった。けれどこういうのに答えすぎると自慢話にもなりかねないのを知っているので、嫌味にならない程度に、でも愛想良くなんてとても面倒臭い舵取りをさせられる。あぁ、こんな事ならば罰ゲームで校庭十週とか走る方がまだ楽だ……。

 ただまぁ、悪い気はしなかった。

「石神さん、ごめんね。今日は私、委員会なんだ。同じ方向の瀬尾さんもみさきちも用事があるみたいで」

 帰りのホームルームが終わり、カバンに教科書を詰めていると橋野さんが申し訳なさそうにそう言ってきた。

「あ、大丈夫だから。今日はちょっと囲まれることが多かったから、一人のんびり帰りたい気分なの」

「そっか。でもすごかったね、石神さん。私感動しちゃったよ」

「なんか照れるけど、ありがと」

 少しだけ仲良くなれた橋野さんの真っ直ぐでキラキラした瞳でそう言われると、悪い気はしなかった。私は手を振り合って教室で別れると、下駄箱を目指す。このくらいの道のりならばもう覚えた。私はのんびりと校内掲示に目を移しながら歩いていると、下駄箱の前で誰かが待っているのに気付いた。

「もう帰るとこ?」

 そこにいたのは今、あまり顔を合わせたくない有賀さんだった。いっつも叫んでいるイメージがあったけど、話しかけられたその普通よりも若干大人しいトーンに私は内心とても驚く。ただ、その驚きを表に出さないようこらえながら、ゆっくりと無言でうなずいた。

「あの、石神さんに話があって待ってたの」

 そう話す彼女の姿は白いTシャツに赤いハーフパンツとこの学校で良く見る部活動スタイルだ。時間的にそろそろ始まりそうな感じだけど、大丈夫なんだろうか。でも、そんな心配をするよりも、真っ直ぐ見詰めて落ち着いて話そうとしている私への用事の方がずっと気になった。

「話って、何?」

「陸上部に入ってくれませんか」

 バッと勢いよく九十度に頭を下げる彼女に周囲の視線が集まる。あぁ、もう、この子と関わると良くも悪くも注目を浴びてしまう。こういうのはほんと、苦手なのに。

「いや、悪いけど陸上部は入らないよ」

 私は苦笑しながら、間髪入れず答える。

「確かにうちの学校は弱くて、物足りないかもしれない。副キャプテンの私がこんなだから、満足できないのはわかった。でも、それでも私は石神さんと一緒にやりたいの」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、でも私はもうやらないから」

「そこを何とか」

「いや、しないから」

 私は未だ顔を上げない相手に向かって大げさに肩を落とすと、もう面倒臭くなって脇を通り抜けて靴箱に手を伸ばす。

「教えて。なんでもう陸上部ではやらないの。ねぇ、絶対に陸上部だったでしょ。あんな綺麗な走り、間違いないよね」

「んー……まぁ、向こうでは陸部だったよ。百とか二百の短距離メインでやってた。でも、こっちに来るときにもうやらないって決めたの。だから、どんなに誘われても入らないから諦めて」

「どんなにって、どうして?」

「どうしても」

 外靴を取り出し、上靴をしまう。

「ねぇ、どうしてあんなに速く走れるのにそんなに簡単に諦められるわけ?」

 簡単と言われた途端、思わず目尻がピクリと歪んだのが自分でもわかった。けれどその怒りをぶつけても、きっとあぁだこうだと言われるだろう。それもまた面倒。だから燃え盛りそうになった怒りを強い溜息でかき消す。

「簡単なんかじゃないよ、そんな風に軽く言わないで」

「ごめん、なさい」

 苛立ち、強く言ったためか有賀さんはとても申し訳なさそうに、もしかしたら涙でも浮かべているんじゃないかと思うくらいの感じで謝ってきた。それがまた苛立つとか申し訳ないとか色んな感情がないまぜになり、私は自分の髪をくしゃりとかき上げる。

「……謝らなくていいよ。あと、顔あげてよ。なんか私、悪いことしてるみたいで嫌だから」

 言われてすっとあげた顔は真っ赤になって何かを堪えているかのようだった。

「あのね、私がもう陸上をやらないって言ったのは別に有賀さんがどうこうとか、この学校が弱小だからってわけじゃないの。私が向こうでやってた時に恩師だった先生と離れた事、それに最新のトレーニング環境が無い事、まぁ色んな理由があるかな。ともかく、私は今思えば恵まれた世界の中で必死になって練習してきたの。それらが無くなった今、記録の更新なんて目指せるわけがない。だから、やめたの。熱が冷めたんだ」

「でも、一緒に走ってわかった事がある。そんな事を言っても石神さんの走りは熱かった。とっても熱が冷めた人の走りなんかじゃない」

「どう捉えられてもいいけど、私はもう走らない」

 そう、あれは単なる気まぐれ。本気で走るのはもうやらないし、どんどん遅くなる自分をきちんと見たくはない。あの環境じゃなきゃ、私の走りは維持できないのだから。

「じゃあ、わかった。もう走ろうって誘わない」

 小さく一つ頷いた彼女は清々しい顔で私に笑いかけてきた。

「そう、わかってくれたなら」

「そのかわり、私に走り方を教えて」

「え?」

 思わず眉根を寄せて聞き返せば、彼女は両手を顔の前で合わせて拝むように私を見詰めていた。そのどこまでも真っ直ぐな瞳を曇りなく、堂々と。

「いや、だから」

「だからね、走らなくていいの。ただ教えて欲しいの。私、どうしても速くなりたいけど、もう自分だけじゃどうしようもない。だから石神さん、お願い」

 もう一度パンッと手を鳴らして拝み込む彼女に、次第にさっさと帰ろうという気持ちが薄れてきた。あれも駄目、これも駄目と断りにくくなってきた最大の要因はやっぱり、この眼だろう。どこまでも純粋で、輝いているこの眼は私がいつの間にか無くしたものかもしれない。私もきっと、小学生の頃はこんな眼をしていたのかもしれないな。

「昨日の今日で無茶な頼みだとはわかってる。でも、石神さんしかいないの。ほんの少しでいい、できる限りでいい、この通り」

 それに私も、知らないことだらけのこの土地でこんなに頼られるのは悪い気がしない。

「……そこまで言うなら、いいよ。私でいいなら、教えてあげる」

「うわぁ、ほんとにほんと? 嬉しい。よかったぁ」

 その言葉を待っていたように有賀さんはパッと顔を明るくすると、拝んでいた手をグーにして飛び跳ねた。まるで小さい子供のようだけど、全身で嬉しがる彼女を見ていると、それも何だか可愛らしく見える。

「ありがとう、ほんとにありがとう。あ、ちょっと待ってて。教えてもらうならあの神社がいいけど、荷物持ってくるから待ってて。ほんとにすぐ戻るから、お願い」

 私の返事をまたず、彼女は頭を下げると物凄い勢いで去って行った。取り残された私は状況がつかめずほんの少し呆然としていたけど、それはものの五分も無かっただろう。何故なら、再び有賀さんがすごい勢いでカバンなどを抱えて戻ってきたからだ。

「ごめん、おまたせ。さぁ、行こう」

「え、どこへ?」

「だから昨日会った神社だよ」

 神社への道すがら、私は幾つか疑問に思っている事を訊いてみた。つまり部活に出なくていいのか、どうしてグラウンドで練習しないで神社へ行くのか、何故一人きりで練習しているのかなど。ただ無言で歩き続けるのが嫌だったというのもある。有賀さんもそういう思いがあったのか、照れ臭そうにゆっくりと話してくれた。

 彼女曰く、少し前まではグラウンドで練習していたのだが、顧問が陸上未経験者で練習も完全に部員任せになっているし、一緒にやっていた先輩もいなくなってしまった。部員だって存続人数ギリギリの数で、モチベーションも低い。おまけに女子のスプリンターは自分しかいない、と。

「だからね、修行していたんだ」

「修行? どういう事?」

 思いもしなかった言葉につい聞き返すと、彼女は満面の笑みを浮かべた。

「そう、修行。私ね、周りから教えてくれる人がいないから自分でも色々勉強してみたんだけど、全然わからなくて。動画とか見ても、よくわからないの。足とか腰とかこうとか言われても、なんか違う気がして。質問したくても、できないでしょ。だからさ、どうすればいいのかわかなくて、神頼みに行った時に思ったの。どうせ何もないなら、神様のいるとこで修行すれば何かなるかなって」

 私はどう言えばいいのかわからなかった。だって私が知っている速くなる方法と考え方が全然違うのだから。上手い人の、たまにあるトップランナーの動画を見たりして自分のフォームとの差異を知り、それを矯正する事によってコンマ何秒を縮めてきた。だけどそれを放棄して神頼みとか、ちょっと理解が追いつかない。

「だけどね、今日……いや、昨日かな。石神さんの走っている姿を見て追いつけなくて、ビックリした。ううん、そうじゃない。なんだろ、呆然としたとか悲しくなったとか驚いたとか、なんかそんな感じ。で、今日一緒に走ってますます強くなった。とゆーか、何か私の努力全部をひっくり返された感じ。あぁ、私のしてきた事ってあまり意味無かったのかもしれないって、なんて」

 すっと視線が落ち、同時に声のトーンもそれにならう。それに気付いて私はハッとした。

 彼女は彼女なりに一生懸命努力していたんだと。どうにかしようとあがいて、手を伸ばして、もがいて、なお満たされなくて、神頼みにすがったのだろう。もしかしたら私だって恩師や環境に恵まれなければ、きっとそうなっていたかもしれない。私は恵まれた環境で学んだから、色んな選択肢ができて取捨選択できるだけだ。だけどそうじゃなければ、選ぶことすらできない。正解か不正解か、近道か回り道かもわからず目の前の道を走るしかないのだろうから。

 やがて境内にたどり着くと、私達はお社に上がる階段に座り込んだ。見慣れない場所のためぐるりと周囲を見渡せば、しんとした静謐な森の香りがするのを強く意識する。人気のない場所だからか、自然の音がやけに強く耳に響く。

「ね、なんかこう、パワースポットみたいで力湧きそうな気がしない?」

「わかる気がする。まぁ、狭いから大した練習はできないだろうけど、スタートくらいならできそうだね」

 言い終わるが早いか彼女は荷物を脇に置いた。私もそれにならう。

 急にこんなことになってしまい、戸惑いはもちろんある。だけど、それ以上に求められるのは悪い気がしないし、救いを求めて伸ばされた手を払う気持ちなんかにはなれなかった。私の実績は全国大会に出場したけど、予選敗退で終わってしまった。だから人に教えるとかそんなの、正直言って何を偉そうになんて思ってしまう。指導方法を勉強したり教わったわけではない。だけど……。

「あのね、始める前に一ついいかな」

 有賀さんはストレッチを始めていたのを止め、私に向き直る。

「えっと、私は別に全国で有名な選手でもなんでもないの。正直、大した実績はないし、教え方だって上手かどうかわからない。ただ、それでも」

「早くやろうよ。ねぇ、大丈夫だからお願い。私はどうすればいい? スタートの態勢から? それとも実際にスタートすればいいの?」

 言葉を遮ってニコニコ笑う彼女に私は怒りを覚えることは無かった。むしろ、何だか変な緊張をほぐされた気がして、苦笑しながらも一歩彼女に近付く。

「まずはスタートの練習から。実際にスタートする姿勢をしてみて」

「わかった」

 本当に、今まで他の誰でも見たことが無いくらい眩しい笑顔でうなずく有賀さんにつられ、私も笑った。


 翌日、私達は約束通り放課後待ち合わせ、並んで神社へと歩いていた。

 昨日はまず彼女のフォームを一通り見てみた。何と言うか、私が今まで教わってきたものとは全然違い、色々矯正しないとならないと思ったのが正直な所だ。それでもそれなりに速いのは持って生まれたバネの強さだろうか、それとも自己流で鍛えた成果なのだろうか。もしかしたらそのせいで、中途半端に速いから画面の向こうの人達のアドバイスが届かなかったのかもしれないなんてのは考えすぎだろうか。

「あのさ、やっぱ校庭で練習した方がやっぱりいいんじゃないの?」

「神社ってダメかなぁ?」

「ダメってわけじゃないけど」

 いや、ある。神社は別に陸上競技を練習する場所ではないからだ。校庭ならば百メートル走れる場所があるから、実際に走ってみて色々教えられる事が出来る。神社でも練習はできなくはないけど、どうしても百メートル走れる場所がないため限られた練習になってしまう。どう考えても非効率だ。

「じゃあ、いいよね。あのね、昨日もほら、修行のためとか神頼みのためとか言ったでしょ。でもね、今は石神さんとこうして二人きりで誰にも見られずやってると、秘密特訓みたいで燃えるんだよね。ここで特訓して、ぐばーっと速くなってみんなを驚かせたいんだよね」

「……なるほどね」

 だけどモチベーションは大事だ、時には効率よりも優先して。どんなに効率的なレールを用意しても、実際にやってくれないと何の成果にもならない。ましてや彼女はあんな性格だ、ちょっとくらい効率のレールから外れても、その驚異的な熱意で遅れなんかとらないだろう。

「もう一度やってみて、もう少し頭を低く意識して」

 神社について用意が出来ると、私はとにかくスタートダッシュの練習をさせた。スタート時に頭を上げるのが早いため、加速が鈍ってしまっている。だからまず、そこを改善させようと思った。

「もう少しって、これじゃ下向いて走っているのと同じだよ」

「それでいいの。もっと言えば、斜め下の前を向いて少し走る感じ。すぐに頭を上げちゃダメ、ゆっくり自然と。んー、実際私がやってみるから見てて」

 口で全部説明するのが苦手なので、時に私も実際に身振り手振り、時には少し走ったりもした。もっとも私は制服なので、全力でやったりはしない。

「あー、なんかわかった気がするかも。四歩か五歩くらいは潜水艦のイメージかも」

「潜水艦……まぁ、うん、わかってくれたならいいや。そうする事によってブレーキがかからず、加速が自然と乗るの。頭って身体の中ではかなり重たいから、上手く使えば加速がつくし、使えなければブレーキになるんだよ。しっかりやれば、これだけで大分違うようになるから」

 また、直す部分はスタートだけでは無かった。一通り見てみると、様々な問題点が浮かんできたのだ。

「あー、違う。蹴り出しがまだ弱い。もう少し肩をスタートラインに寄せるよう前に出して、右足だけじゃなく両足で飛び出すようにして」

「違うってば。肘の角度はこう。下過ぎてもダメだし、上になり過ぎても肩甲骨が動かないから九十度を意識して。ほら、見てよ。こんな感じ」

「えっとね、モモの上げが少し足りないかな。もっと上げた方が蹴り出しも強くなって、前に進む力が出るから。あぁ、違うってば。こう。こうだってっば。んー、ちょっとこっち来て。この木に手をついてモモ上げして。何回って、五十回三セットで」

「だから違うってば。スタートはかがんでるけど、頭を起こした時からは背筋をピンと。背骨が弓になるように、反らし気味で。違う違う、そうじゃない。それだと反らし過ぎ。だからスタートして少ししたらこう、この形。そうすると骨盤が前に出るから、足も自然と前にでるの。だから、そういう風にみんな人体はできているんだってば」

「だから違うってば、もぉー。ゴールは胸を張るのも大事だけど、まず頭を前にするの。頭は重いから前に出すことによって最後の推進力が働くんだってば。今はそういうのが主流なの」

 こんなにも人に教えた事なんて無かった私だったけど、次第に熱が入るのがわかった。それはきっと失いかけた陸上というものに再び向き合えたというのも当然あったけど、それ以上に有賀さんが物凄く熱心に吸収していくのが私をそうさせていた。直すべきところはとても多く、だからこそ伸びしろがたくさんある。身体の動きがスムーズになり、無駄なものが削ぎ落されていくにつれ、彼女も練習の意味を実感できているようだった。

 だから二週間ほど経てば、最初と見違えるようになっていた。

「そう。今のいいよ、滑らかだった」

「私にもわかったよ。なんだろ、無理矢理グイっという感じじゃなく、スーッと動く感じが気持ち良かった」

 スタートに関して言えば、かなり上達したと思う。元々天性のバネが強かった彼女がしっかりとしたスタートを覚えたのだ、下手すれば初速だけなら私より速いかもしれない。まぁ、まだ粗削りな部分はあるけれど、こんな場所での特訓からすれば合格点だ。

 一通り練習を終えると、肩で息する有賀さんに私は近寄った。この陽気と彼女の汗でむわっとした暑さが感じられる。

「もうスタートの練習は十分だと思う。だからそろそろ、グラウンドで実際にタイム計測した方が良いと思うんだ。それに、中盤からの加速も教えたいし」

「わかった。葵がそう言うなら、そうしよう。私は別に今からでもいいけど、どうする?」

 葵、と下の名前で呼ばれて驚いた。彼女から、いやこっちに転校してから初めて親族以外にそう呼ばれたから。

「いや、今からはちょっと。有賀さんも疲れているだろうし、まずは万全の状態で計測したいから」

「そっか、まぁ葵がそう言うなら。あぁ、あとね、私の事も有賀さんじゃなくて、美月って呼んで」

 眩しいくらいの、でもどこか照れ臭そうな気まずそうなその笑顔を曇らせる事なんてできるわけがなかった。

「わかった、美月。まぁ、あの、あれだね」

 私もまた、急に照れ臭くなってしまい眼をそらしてしまう。何だかちょっと寂しげな神社の景色すら、私をからかっているように思えてくる。

「明日から、まだまだやる事があるんだからね」

「わかった。なんでもやるよ」

 嬉しそうに笑う美月の顔は汗で濡れていた。シャツもかなり湿っているように見えたため、私はカバンの中から一本のスプレー缶を取り出し、彼女に振りかけてあげる。

「うわっ、何?」

「ん、これは消臭スプレーだよ」

「消臭って……私、そんなに臭い?」

 いぶかしげな顔をしながら、美月は自分の胸元の匂いを嗅いだ。

「まぁ、確かに汗は結構……あれ、いい匂いする」

「これはね、私が走っていた時にも使っていたやつなの。汗臭さを消せるのと同時に良い匂いもするでしょ。だからね、練習を終えた後に気分転換のためによくやってたんだ。って、匂いなんて好き嫌い人それぞれだよね」

「ううん、私これすごい好き。ありがとう葵」

 また輝く美月の笑顔はその匂いとあいまって、どんな花よりも明るく綺麗に見えた。


 その日の授業は手に着かなかった。先生が何か言っていても、クラスメイトが何か話題を振って来ても、受け答えはするけどほとんど身に入ってこなかった。ぼんやり、当たり障りのない答えしかしていなかったと思う。それよりも私は一体美月がどのくらい速くなっているものなのか、それだけを知りたかった。

 それは美月も同じだったらしく、放課後になった途端、飛んでくるように私の元へやってきた。既に体操服だったので、一体どんな速さで着替えてきたのかと訊けば、もう昼休みには着替え終わって、その上に制服を着ていたらしいとの事だった。その行動力にバカバカしくもあり、嬉しくもあり、私達はニコニコと笑顔のままグラウンドへ向かった。

 グラウンドはサッカー部や野球部などが大半を占めている。陸上部はと言えばまだ姿も見えず、どうやら私達が一番乗りのようだった。二人でストレッチをしていると、ちらほらと部員の人が集まってきた。

「あれ、副キャプテンこの人って?」

「確か走り負けた人でしたよね」

 悪意や嫌味などはなく、純粋に私の事が良く分からないからそう訊いているようだった。まぁ確かに部員でもない、しかも最近転校してきたような顔も知らないような人が副キャプテンと仲良くストレッチしていたら、そりゃあ誰だコイツとなるのも不思議じゃない。けれど美月はそれが気に入らなかったのか何なのかわからないけど、すっと立ち上がって私の背中をポンと叩いた。

「この人はね、私の師匠。私はこの人と走って完敗してから、修行に今まで付き合ってもらっていたの。今日はその修行の成果を試しに、ここでタイム測定するの」

 どんと胸を張り、自信満々にドヤ顔をする美月に部員たちは素直におぉと驚き、私を見る目も変わったような気がした。私は師匠でも何でもないと必死に否定したのだけど、美月に勝ったというのはそれなりにこの部ではインパクトがあったらしい。また、タイム測定をするにあたって色々準備を率先するのを見ていると、美月はまぁ変わり者だけど部員にはとても愛されているのがわかる。

「じゃあ、スタートについて」

 美月はゆっくりとスターティングブロックに近付き、しゃがみ込むと足をかける。そしてスタートラインに手をつき、集中力を研ぎ澄ます。私もそれを確認し、用意の合図を出した。グラウンドでは相変わらず他の部の声がそこかしこから響いている。けれど、この場だけは動かない水面のような緊張感の中にあった。

 笛の音と同時に、美月がはじけた。昨日よりも若干の硬さはあったけれど、それでも教える前に比べたら十分に滑らかなスタート。そして加速。ゆっくりと溜めてから顔を上げるのも加速を邪魔しないスムーズな動作。ここまでは教えた通り。言うなら、ここからは教えていない領域だった。

 腕振り、モモ上げ、中盤からの加速にはまだ課題が見られるけど、それでも序盤の加速が美月を思い切り前へ前へと進ませる。そしてゴールラインに到達すると、美月はそのまま十メートルほど駆け抜け、息つく間もなく振り向いた。そして部員の持つストップウォッチを覗き込むと、数秒して大声と共に飛び跳ねた。

「12秒88。葵、やったよ、自己ベスト」

 12秒88、それは思っていた以上に速かった。何故なら聞いていた彼女の自己ベストは13秒79だったのだから。約一秒、それをこの二週間のスタート練習だけで縮めることが出来た。それは彼女の潜在能力の素晴らしさの確認と共に、これまでの二人の特訓の成果を確認出来て私も思わず笑顔で力強く両手を上げてしまった。

「葵、やったよ。私すごい速くなれた。これも全部葵のおかげ」

 美月はその勢いのまま私の所へ来ると、飛びついて抱き締めてきた。一瞬息が止まったけど、受け止めてそのまま私も抱き締め返す。

「美月ががんばったからだよ。すごいよ。でもね、まだまだ速くなれるよ。まだ直すとこはたくさんあるんだからね」

 美月はその言葉にうなずくと、すっと私から離れた。そうして喜びをどこかに隠し、きりっと私を見詰める。

「そうだよね、まだまだやる事があるんだもんね。だからもっと教えて。私、まだまだ速くなりたいから協力して、葵」

「ここまできて、やめるなんて選択肢は私も無いよ」

 うなずき合うと、どちらかが言うともなく右手を高々と上げた。そして響き渡るようハイタッチを交わせば、美月はまたスタートラインに戻った。コンマ一秒でも縮めるために、新しい景色を見るために。

 それから私達は練習の舞台をグラウンドに移し、ひたすら練習を重ねた。スタートはもういい感じなので、これからは中盤以降の加速。それには腕振り、蹴り出し、そしてストライドの改善。美月の走りはどうも身長に対して歩幅が広すぎるように見える。だから力が逃げてしまい、加速が上手く乗らない。それを改善すれば、まだまだ速くなれる。

 身振り手振り、時に美月の身体を触ったりしながらあれこれと指導する私。大人しくそれを受け入れ、黙々と練習する美月。そんな私達の姿を見てか、最初はダラダラと練習していた部員たちも次第に熱が入るようになり、また私にもどうすればいいのか訊いてくることが増えてきた。

 私の専門はあくまで短距離、だから長距離とか砲丸投げの練習なんかわからない。けれどそんな専門的な練習以前の問題だろう、この部員のレベルは。だからとにかく走り込みと筋トレさえやれば、自ずと記録は伸びるだろうとある程度は練習メニューを組んであげた。

「石神さん、何で陸部に入らないんですか? こんな詳しいのに」

「これ、石神さんのいたとこの半分以下のメニューってマジすか……」

「走ってるとこ見せて欲しいんですけど」

 美月との練習中はあまり寄ってこないけど、最近なら練習後のストレッチの時間に部員たちが来ることも増えた。あれこれ質問されるのは無視されるよりもずっと嬉しいし、私もできる限りの事は答えるようにしている。けれど大抵、美月が追い払ってしまう。

「もぉ、葵が困ってるでしょ。それにアンタ達、もっと走り込んできなさいよ」

「まぁまぁ美月、部全体のレベルが上がれば自然と自分も速くなれるから」

「そうだろうけど、話すより走ってきなさい。腕立てしてなさい。大体練習不足なのよ」

 渋々離れる部員たちを見送ると、美月は私に向き直った。

「葵は私の特別顧問なんだから、私だけ教えていればいいの。だって部員じゃないんだからさ。ほんと、お人好しだよね」

「お人好し? 私が?」

 あまり言われ慣れていない言葉だったので、多分私は眉根を寄せてしまったのだろう。けれど美月は嬉しそうにうなずいた。

「そうだよ。だって何だかんだ私との練習に付き合ってくれているし、こうして熱心に練習メニュー作ってくれているんだもん。自分の時間を割いて、こんな一生懸命になってくれる人、今までいなかったからさ」

 少し傾いた陽の光を受けて恥ずかしそうに、でもしっかり笑う美月がとても綺麗で、不思議と同性なのにキュンとしてしまった。髪も乱れ、汗で額に張り付いて化粧っ気も無いのに、並大抵の人よりも素敵に思える。

 だからつい、恥ずかしくなって視線を外してしまった。

 グラウンドにはまだサッカー部や野球部の声が元気良くこだましている。少し遠くでは帰宅しようと雑談に花咲かせている声も聞こえる。白球のはじける音、ランニングの掛け声、自転車の駆動音、そして風の声。夕暮れはいつも騒がしく、終わらない熱をその夕焼けの赤にしているのではないかとすら思える。そんな中、美月の笑顔は音もなく輝いていた。そしてそれは私の心にだけ、何よりも雄弁に語り掛けているようだった。


 美月のコーチをすることになって初めての公式戦の結果は上々だった。

 タイムはベストには及ばなかったものの、三位でのゴールとなった。本人曰く、久々に決勝まで行けて嬉しくて、緊張してしまったかもしれないとの事。今まで決勝まで何とか行くのが精一杯だったため、美月としては壁を乗り越えられたことに手ごたえを感じているようだった。

「葵のおかげだよ、ありがとう。なんかこれなら、まだ上に行けそうな気がする」

 そして同じように、私も手ごたえを感じていた。優勝のタイムを見る限り、私が前にいた所よりも遅い。美月の成長を見るならば、決して越えられないタイムではないはずだ。何としても、美月を勝たせてあげたい。そして、もう一つ大きなステージを見てもらいたい。

「当たり前じゃない、まだ上を目指せるよ。一緒に頑張ろうよ」

 だから私達の練習も更に熱が入った。私も今まで以上に勉強し、より効果的な練習メニューを作るよう努力した。美月はそれ以上に、朝も夜も無く走り込んだ。ひたむきに与えられたメニューをこなし、何度も何度も遅くまで走り込んだ。そして走っては考え、何がいけないのか、どうすればいいのか考えるようになった。そんな中で夕日の沈むグラウンドで悩む美月を見て、私は何度も胸が締め付けられた。

 暗くなった放課後、美月が気力を振り絞って叫び、気合を入れ直してまた駆け出す。私はそんな美月を支えるのが何と言うか、嬉しかった。こんなにもひたむきに陸上に打ち込める情熱、きっと私よりもあるのだろう。私はすっかり失ってしまったけど、どんな形であれこんなキラキラ輝く人を支えられるだけで……そう、幸せだ。

「13秒16……うん、まずまずじゃない」

 放課後になりウォーミングアップをしてからの一回目の測定、タイムとしては悪くない。最近のベストが12秒63だから、まずまずだ。けれど、美月は浮かない顔で腰に手を当て、うつむいたまま。私は何か故障でもしたのかと思って、駆け寄った。

「どうかした?」

「いや、んー……今はいけると思ったんだけど……」

「うん、わかるよ。でも、ベスト更新ってのはなかなか出ないものだから、そんなに気にしないでいいと思うよ。もう一本行こうか」

 けれどこの日は何度やってもベストは出なかった。まぁ、自己ベストが既に地方大会では優勝レベルなのだ、それを軽々しく超えるなんてのはさすがに無理だろう。ここまで順調にきていただけに、停滞期とも言うのだろうか、この記録の伸びない時は美月にとってかなり辛いのかもしれない。

「ねぇ、葵」

 部活動でのメニューが終わった頃、美月が少し思い詰めた顔で私の元へ来た。

「ん、どうかしたの?」

「あのさ、今日はこれまでにして、ちょっと付き合ってもらえないかな」

「いいけど。ちなみにどこに行くの?」

「例の神社」

 神社までの道すがら、私達は無言だった。ただ、夏を感じさせる風によって草花の青臭い蒸した匂いが鼻を刺激し、じんわりと流れる汗だけが何か言葉を交わしていたように思える。

 境内のあたりは木陰で陽の光が遮られており、風が吹けば涼しさを十分感じられる。私達はそっといつもの場所へ腰かけると、しばらく夏の空気に身を任せていた。

「あのね」

 口を開いたのは美月だった。どこか思い詰めたような雰囲気は別に気持ちをとがらせていなくとも、よく分かった。

「私、一生懸命に練習しているつもりなんだ。今までの誰よりも、葵の言う事を聞いてやっている。葵の言う事はたまに難しいし、その理論に私の身体が追いついていない事もたくさんある。だから私はそれに近付けるよう、その……睡眠時間を削って筋トレとかしてるの」

「え、ちょっと、それはダメだって前に言ったよね。疲労が抜けないって」

「うん、でも……速くなりたいから」

 ばつが悪そうにそう言う美月に私はもっと怒りたかったけど、何と言うか、できなかった。気持ちはとてもわかる、痛いほどわかる。でも、だからと言ってそれを容認しちゃいけない。そうでなくとも、美月はオーバーワーク気味なのだから。

「ねぇ葵、どうすればいいんだろう。私、どうすればいいのかな。あのね、葵の事は誰よりも信じてる。だって私だけでやってたら、こんなに速くはなれなかった。だから何でも聞くよ、どうすれば速くなれるんだろうか」

「どうすれば、ね……」

 私はもっともらしく腕組みをする。けれど、それはポーズ、言いたい事は既に決まっている。でも、すぐに言えば角が立つのもまた、知っている。

「近道はないよ、本当に。記録が伸びない時期もある、何だか遅くなったと感じる時期もある、悔しさにイライラして自分を見失う時だってある。だけどね、それでも腐らずにやり続けていたら、少しずつ壁を乗り越えられるから。あー、いや、違うかな。乗り越えるんじゃなく、穴をあけるって感じが合ってるかも」

「……そう……わかった」

 うつむく美月に私はそっと手を添えた。

「美月は本当によくやっているよ、これは本当。私が前にいた陸部は結構な強豪校だったんだけど、今の美月ならその中に入ってもトップクラスの練習量だと思う。だから焦らなくていい、絶対に結果はついてくるから」

「……ありがと、葵。ごめん、なんか弱気になってた。最近順調だったから、ちょっとさ。うん、こんなの私らしくないね」

 弱々しい笑顔を見せる美月に私は思い切り笑ってあげた。

「そうだよ、美月らしくない。気合入れてこう、気合」

「そうだね、うん、そうだ。あー、もう、絶対速くなってやるからなー」

 辺りの木々を震わせるんじゃないかと思うくらいの大声に、私は思わず目をつぶった。右耳がキーンとする。でも、なんか心地良かった。うっすらと眼を開ければ、ギラギラした瞳でまっすぐ前だけを見詰めている美月。きっとその先にはいつか近い未来に、誰の背中をも追わずにゴールする自分を想像していたに違いなかった。


 だけど、運命ってのはいつも非情だ。いつも、勝手に奪っていく。


 その日は突然訪れた。いつものようにタイム計測をしようとし、美月がスタートを切って数歩走り出した途端だった。美月があっと短く叫んだかと思うが早いか、うずくまるようにして転んだ。わずかな砂ぼこりが舞うより早く、私と近くにいた部員は駆け寄る。

「大丈夫、美月?」

 けれど美月は苦悶の表情を浮かべたまま、首を横に振る。部員の一人が先生を呼んでくると言い残し駆け出す姿を見送りもせず、私は美月のそばにいて顔を覗き込んでいた。彼女は右足のすねのあたりを手で押さえている。私はもしかしてと思うが、どうする事も出来ない。小さなうめき声だけが、私の耳にべっとりと貼り付く。

 そうこうしていると血相を変えた先生方がやってきて、遅れてやってきた救急車と共に美月を病院へ連れて行った。サイレンが遠ざかり全て綺麗になった後、残されたのは呆然と立ち尽くす私。砂ぼこりさえも消えたグラウンドに、美月が消えた方向をぼんやりと見詰めながら、私は知らないうちに涙を流していた。

 結果から言えば、美月は疲労骨折。最悪な事に、折れた骨が神経を傷付けていた。

 美月が運ばれてすぐに病院に行こうとしたのだけど、その日は無理と言われ、翌日も手術のために断念した。だから私がお見舞いに行けたのは美月が運ばれてから二日後だった。その間はとても長く、あの声が聞けない日々はとても寂しかった。橋野さん達が色々励ましてくれたけど、全然響かなかった。どこか遠くの世界のよう。

 だから面会に行ってもいいと先生から許可を貰えた時にはもう居てもたってもいられず、私は授業が終わると全速力で病院へと向かった。

 移動が電車とかバス以外の所は全て走った。見栄も外聞も何もなく、一秒でも早く美月に会いたかった。会って何が出来るわけでもない。きっと、謝る事しかできない。だけど、何でもいい。ただもう美月の声が聴きたかった。例えそれが、私を責める声であったとしても。

「美月。私だよ」

 どの大会のスタートラインよりも緊張しながら病室のドアを開ける。大部屋である美月のベッドは窓際のようで、ゆっくりと近付くと静かに声をかけた。少し蒸し暑い病院を撫でるようにカーテンがそよぐ。それがゆらぎ終わるとほぼ同時に、ガタリと音が聞こえた。

「葵?」

「うん、来たよ。いいかな」

 喉が張り付く、声が少し上ずる。背中に一筋汗が流れ落ちていく。

「うん、待ってた」

 私はそっと間仕切りのカーテンの中に入ると、そこには当たり前だけど病院着で横たわっている弱々しい美月がいた。あの元気いっぱいで張り裂けそうな美月の姿はどこにもなく、すこししぼんでしまったかのような有賀さんがそこにいた。

「あの、大丈夫?」

 そんなわけないじゃないと自分にツッコミを入れるけど、それ以外に言うべき最初の言葉が見つからなかったのも事実。言葉を待つようにすっと視線を落とす。これまた当たり前だけど、そこにあるのは陸上のシューズじゃなくて病院のスリッパ。

「そんな顔しないでよ、葵。まぁ、大丈夫じゃないから入院してるんだけどね」

 努めて明るく言う美月に、私の胸が締め付けられる。

「あ、そうだよね……」

 軽い沈黙、それを埋めるようカーテンがゆっくりとはためく。

「なにさ、もう。そんな顔しないでよ。私自身は元気だってば。大丈夫だから」

「うん、そうだね、何と言うか……元気そうな顔を見れてよかった。と言うか、美月に会えてよかった」

「ちょっと、何よそれ、ズルイ……私も葵に会いたかったんだから」

 ふっと笑い合うけど、きっとそれは数秒にも満たなかったと思う。やがて美月がすっと影を落とすように笑ったからだ。

「まぁ、聞いたかもしれないけどさ……私はもう走れないんだ。折れた骨がね、運悪く神経傷付けちゃって。だから治っても後遺症は避けられず、歩くのも精一杯らしいんだ」

「うん、それは何となく聞いていた」

「だから私ね、もう無理なんだ……」

 ぽろぽろと美月が涙を流す。その言葉が私が聞いてきた中でどんなものよりも辛く、悲しく、苦しいものだった。この世のありとあらゆる絶望の中で、上位になりそうなくらい辛い言葉だった。

「ごめん、美月」

 だから私は頭を下げるしかなかった。

「え……何で頭を下げるの?」

「だって、だって私が」

 鼻の奥がツンとして、言葉にしていなかった後悔が目頭を熱くさせる。けれど、床にそれはまだ跡を残さない。

「私がもっと、美月を気遣って練習メニューを組めばよかった。美月をもっと見ていれば、防げたかもしれない。練習で追い詰めさせることなく、もっと気を付けていればこんな事なんてならなかったのかもしれないから」

 後悔で胸が張り裂けそうだ。罪悪感で押しつぶされそうだ。どんな謝罪も虚しいばかりだけど、それでも言葉にしないといけない気がした。

「ねぇ、葵」

 静かな、しかし場を支配するには十分な美月の呟きに私の胸が締め付けられる。

「そんな風に言うのはやめて。私は葵と練習していた毎日はとても楽しかったの。一人きりで神社で練習していても、きっと速くなんかなれなかった。あの日、葵と出会っていなければ私は速くなる事なんかなかったと思う。だからね、私は追い詰められてなんかいない……ただ楽しかったから走り続けていたの。ただ私が、葵の休めって言う忠告も聞かずに走りすぎたからこうなっただけ」

 私は何を言えばいいのだろう、どんな顔をすればいいのだろう。まともに美月の顔を見れず、ぐっと非力な握力で手のひらに爪を立てる。

「まぁ、うん……当然心残りと言うか、後悔はあるよ」

 そう言うなり美月は布団を握りしめると、がばっと頭を下げた。

「ごめんなさい。折角一生懸命教えてくれたのに、もう何もできなくなっちゃって。折角付き合ってくれたのに、もう走れなくなってごめん。もっともっと色々教えて欲しかったのに、もっと葵と一緒に喜び合いたかったのに、走るのが大好きで仕方ないのに、できなくなっちゃった……。もっと私、葵と一緒に……」

 そこまで言うと美月は布団に顔を埋め、泣き出した。

 謝られる事なんてただの一つもない。むしろ、こっちが山ほど謝らなくてはならないくらいなのに。背中を震わせ、声を殺して泣く美月に私はもう我慢できず、涙をこぼしながらその背に抱き着いた。

「ごめん、美月ごめん。本当にごめん。ごめんなさい。私がもっとしっかりしてればよかった。私も美月と一緒にやって、すごい楽しかった。陸上やってて、こんなにも人のことで熱くなれたのは初めてだった。だから、だから……」

 美月の背中が熱い。震えるその背はやっぱり小さく、か細い。彼女の服を汚してしまうとわかっていたけども、どうしてもこの涙を止められなかった。美月の体温を、匂いを感じれば感じるほど、つい数日前まで一緒にやっていた事を思い出し、後から後から溢れて止められなかった。

 どのくらいそうしていただろうか、やがて美月が泣き止んで涙を拭っている感覚が伝わると、私もそっと離れた。きっと変な顔になっている、だから見られたくなくて顔を背け、ポケットに入っていたティッシュで涙を拭う。そこからどうすればいいのかわからず、美月の方を向けなかった。

「葵……」

「なに、どうしたの?」

「葵もその、楽しかったの? 私と一緒にやってて」

「楽しかったよ、すごく。美月と一緒にやれたの、楽しかった」

「私も。だからねぇ葵、こっち見て」

 少し強く呼ばれて振り向けば、また泣き出しそうな顔をしながら美月がこっちを見ていた。それでも力強く、まっすぐに。

「だから私の代わりに走って」

「え、私が?」

 思わず顔をしかめてしまったが、美月は顔色を変えずにうなずいてくれた。

「来年のインターハイの一回、ただそれだけでいい。他の大会は出なくていい。たった一度でいい、それだけ走って欲しいの。私、インターハイでは地区予選の決勝に行くのが精一杯だった。でも葵に教えてもらって、そこは絶対に越えられるようになっていたと思う。その先、もしかしたら全国にだって。……でももう、私はできない。だからお願い、走って。私の代わりに」

「だけど私は……」

 もう長い事、本格的に練習していない。だからそんな事を言われても……。

「もうね、私は葵にしかお願いできないの。ワガママしか言えないけど、どうか私の代わりに出て欲しい。もう一度、一緒に楽しみたいの。お願いだから、もう少しだけでいいから夢を見させて欲しい」

 そんな事言われて、逃げる足なんか私には無い。涙ながらに託されたバトンを受け取れないほど、ランナーとして腐ってはいない。走らなくなった理由は色々ある、けれど今走らないとならない理由は単純明快かつ絶対だ。

「わかった、美月の分まで走るよ私」

 うつむき加減だった顔をしっかりと美月に合わせた。

「私は正直、転校がきっかけで一度陸上に対しての情熱を失ってしまった。ここには何もないと思って、諦めていた。でも、美月がいた。美月の姿が、私にもう一度陸上って楽しいかもしれないって思わせたの。だからね、今度は私ががんばる番」

 この約束は、今までのどれよりも重い。だからこそ、正真正銘の全力で挑まないとならないんだ。それを示すよう、私は一つうなずく。

「ありがとう、葵、ありがとう。ねぇ、もう一度見せてよ。初めて会った日、私を置き去りにしたあの走りを。私、あの頃よりは速くなっていたんだよ。だからね、そんな私のがんばった姿を更に置き去りにする走りを見せて」

 美月の目から再びぼろぼろと涙が流れる。けれど、それもすぐぼやけてわからなくなった。

「私が憧れたあの背中を、また見せて欲しい」

「絶対見せてあげる、見せてあげるからね」

 求め合うように抱き締め、私達はただひたすら互いの肩口を濡らし続けた。あの美月がこう言うなんて、どれだけ悔しいだろうかわからない。あんなにも走るのが好きだった子が他人に委ねるなんて、どれだけ苦しんだだろうか。この小さな体で、どんな大きな絶望を抱えた事だろうか。病室で一人、どれだけ考えては傷付いただろうか。

 やるしかない。できるかどうかじゃない、やらなければならない。もう逃げも言い訳もせず、立ち向かってやる。私ができる一生分の努力を見せてやる。


 それから私はすぐ陸上部に入部するなり、ひたすら走り込んだ。朝も夜も走れる時間は走り込み、授業中やわずかな空き時間でもこっそり筋トレを続けた。なまっていた身体は思っていた以上に重く、また思うようにも動かない。イメージと違う動きに悔しくて涙をにじませそうになるけど、泣くのは後回しにした。それよりもやる事が山積みだったから、ひたすら練習し続けた。吐くまで走り込むなんて、いつ以来だっただろうか。

 三週間ほどして、部に美月が戻ってきた。もちろん競技者としてではなく、マネージャーとして。本人は副キャプテンというのを辞退したがっていたが、周りの後押しによりそのままとなった。マネージャーとなっても美月の明るく、元気な性格はみんなを元気にさせる。もちろん、私もその一人だった。

 私も美月に教えていた時期が功を奏したのか、今まで単に受け身で教わっていた自分と違ってより深く考えて練習に取り組むことができた。野生児のようだった美月に教えるためにと一生懸命かみ砕いて教えていたため、いつの間にか自分の中にも落とし込めていたらしい。

 一ヶ月、二ヶ月と練習を重ねるにつれ次第に感覚を取り戻してきたが、タイムは伸びなかった。そう、ここはあの時の最新鋭の環境とは違う。適切な指導者もいなければ、グラウンドも歪んでいるし、最新のトレーニング機器も無い。壁にぶち当たるのも当然だ。だってあの頃だってあんなに練習していたのに、なかなか自己ベストなんか出なかったのだから。今ならば壁を乗り越えるどころか登る事すら難しいのも当たり前。

 でも、ここには美月がいる。別に最新の理論を教えてくれるわけでも無ければ、走り方の指摘をしてくれるわけでもない。ただ、誰よりも応援してくれる。元気に力強く、グラウンドに響き渡るくらいに。走り込んで朦朧として、全ての音がぼんやりと聞こえる中でも、美月の声だけははっきりと届いた。

 だから何度でも、何度でも追い込めた。

 苦しくてきつくて涙を流しても、美月の辛さには及ばない。足が痛くても腕がだるくても肺が焼けそうでも、心臓が爆発しそうでも、もう美月はそれを味わえない。彼女の事を思えば、どんな辛い練習だって耐えられる。だって、できなくさせたのは私。今の彼女からすれば走った挙句に痛くて辛いなんてのは羨ましいに違いない。

 だけど、それでも負けそうになってしまう時がある。そういう時は二人で必ず神社に行った。そうしてその季節の風の匂いを感じながら、隣にいる美月の匂いを感じながら弱音を吐いた。

「これが限界だなんて思いたくないけど、でも伸びないんだよね」

「葵はがんばってるよ。でもね、壁ってのは絶対誰でもあるものだから。出来る人ほど、出来てきた人ほど高い壁があるの。私がやってきたものより、葵の壁は高いんだからしょうがないよ」

「そうなんだけど、その壁をいつまでも越えられないような気がしてさ」

「大丈夫。葵なら大丈夫。私が保証するから」

「何の保証よ、もぅ」

 時に寄り添い慰め、時に私よりも涙を流し、そんな美月に支えられながら私は今後五十年は絶対にやりたくないというくらい走り続けた。その目標のためならばもう足がもげても手がもげてもいい、なんなら終わった後に身体の半分くらい動けなくなってもいい。私は神様とかそういうのをあまり信じてこなかったけど、今ならばお願いしたい。どうか満足のできる走りが出来るならば、私の体の一部を持って行ってもかまわない、と。

 もしそうなれば、美月が悲しむだろう事は簡単に想像がつく。たった一度の大会のためだけにそんな風になるのは馬鹿げている。仮に十年後もしそうなっていたら、きっと私自身が後悔するのかもしれない。馬鹿な事を願ったものだと。だけど、目の前の目標に全部を賭けて勝負できるのはきっと、今だけしかないだろう。

 それが多分、青春ってやつだ。

 

 そしてとうとう、目標としてきたインターハイの地区予選が明日へと迫った。

 去年の夏、美月が走れなくなってから受け取ったバトンを胸に私はそれこそ限りなく自分を追い込んだ。やれるべき努力はやった。これで足りないのならば、それはもう私に努力する才能が無かったのかもしれない。約束通り、これまで公式戦には一戦も出ていない。試合勘のために何試合か出ても良かったのだが、やめた。これは完全な自己満足だけど、今までノーマークの選手が快進撃をするのもいいかな、なんて思ったからだ。

 この日のために買ったシューズも自主練のためにバスで長時間揺られ、市内のタータントラックの開放日に何度か走って、足にフィットさせた。もちろん全力でなんか走らず、スタートと軽く五十メートルを流す程度で。決して安いシューズではないけど、一生懸命お小遣いを貯めた。だって親にお願いするにはちょっと申し訳ない金額だったから。

 髪も切った。転校が決まった日にこれから少し長くしようと伸ばしていた髪も、再び陸上を始めるにあたって肩口ぐらいまで切った。そして一昨日、更に短くした。あの頃の私と同じく、ショートに。これには美月のみならず周りの人達もびっくりしていたけど、私がインターハイにどれだけ情熱を傾けてきたのか知ってたため、おおむね褒めてくれた。

 もう、本当にやるべき事はやった。……ただ一つを残して。

「美月、ちょっといいかな」

 明日が大会という事もあって、今日の練習はフリーだった。私は軽くジョグで汗を流すと、ストレッチを済ませ美月のそばに行った。美月の方も既に明日の準備は済ませているため、今日は特にやる事もなさそうだった。

「ん、どうしたの?」

 出会った頃は短かった髪も、今では背中に届きそうなくらいになっており、私とは真逆の美月が不思議そうに微笑んだ。野生児だと思えた様相はすっかりなりをひそめ、マネージャー業も今ではなかなか板についている。

「あのさ、今日時間いいかな。どうしても話したいことがあって」

「いいよ。いつもの場所でいいんだよね」

 私はこくりとうなずいた。

 春から夏へと移る季節特有の青臭い匂いが風に乗ってまとわりつく。時折ただよう、肥料の臭い。もう慣れたものだけど、何と言うかこれからの雰囲気を削いでしまうような気がする。どんな匂いが合っているのかと言われればわからないけど、時折顔をしかめてしまいそうな、苦笑いしてしまいそうな感じ。それでも私の心は緊張で張り裂けそうだったし、美月もそんな私を察してか終始無言で神社まで歩いていた。

 木々に囲まれているため、どこか隔世の感あるこの神社は一体どれだけ私達の悩みを盗み聞きしてきたのだろうか。今日もそう。私はわざとらしく木漏れ日を見上げてふぅと溜息をつくと、ゆっくりといつもの階段に腰かけた。美月も私にならい、少し遅れてそうする。

「それで、どうかしたの? さすがの葵も緊張しちゃう?」

「緊張はまぁ、当然でしょ。久々の実戦だし、それに最初で最後、だからね」

 ふっと笑ったけれど、それが風に流されると私はうつむいた。

「あのね、これだけは絶対話しておかなきゃって思ってる事があるんだ」

「なに?」

 もう一度ゆるやかな風が吹いたのを合図に、私は自分のふとももをつかみながら重たい口を開く。

「私、美月がいたからここまでがんばってこれた。それは間違いないから」

「当たり前でしょ、私が応援してるんだから」

 対して美月は明るいトーンで返してくれた。でもそれはきっと、無理にそうしている。一年くらいの付き合いだけど、それくらいはわかるようになった。

「あの日……美月が走れなくなった日にした約束、覚えてる?」

「それはまぁ、もちろん」

 さすがにその時のことを思い出したのか、美月の言葉も尻すぼみになる。私も胸が痛いけど、でもあの日の事は絶対に避けられない。

「私、あれからずっと美月のためにがんばろうってやってきた。私のせいで走れなくなった美月のため、どんなに苦しくてもきつくても、絶対に逃げないようにしてきた。美月は違うって言ってくれていたけど、美月の夢を奪ったのは私。だからインターハイで走りきることが出来れば、もう二度と使い物にならなくなってもいいとさえ思ってやってきた。全ては美月が走るはずだった代わりのため」

「葵……」

「そんな美月にどこまで夢を観させてあげられるか、それだけを支えにやってきたの。でもね」

 ぎゅうっと更に強く私は自分のふとももをつかむ。そうして風の音も鳥のさえずりも木々のざわめきも、何もかも止まったような気がした。

「どうしたの?」

 心配そうにそう言いながら顔を覗き込んできた美月と、私が顔を上げたのはほぼ同じタイミングだった。鼻先が触れ合いそうな距離にびっくりしたけど、もう喉からも心からもあふれ出る言葉を止めることが出来ない。

「明日のインターハイ、私のために走りたい」

「葵のため?」

 互いの吐息がぶつかる中、私はほんのわずかに目線を下げた。

「転校がきっかけで少し陸上から離れて、がんばる事も忘れそうになった私だったけど、美月のおかげでやっとまた戦えるようになった。私、また陸上で輝きたい。誰のためでもなく、私のために一生懸命になりたくなってきたんだ。この一ヶ月、悪いとは思いながらもずっとそう感じてきた。……ごめん、ワガママだよね、でもね」

「何言ってるの、あったり前の事をそんな顔で言わないでよ。ビックリするでしょ」

 心底意味がわからない、何を言ってるんだという顔で美月は私の眼を見ている。それこそ私はそんな反応をされると思っていなかったので、涙も言葉も何もかも止まってしまった。

「私のためだとか何だとか、そんなのスタートラインに立ったら関係無いでしょ。勝負するのは葵なんだからさ。理由はともかく、葵が一生懸命がんばって練習してきて、それをぶつけるんだもん。自分のためなんて、当たり前でしょ」

「だけど」

「だけども何も、実際走るのはアンタなんだから。私のためだとか、そんな無駄な事を考えないでコンマ一秒でも速く走ってよ。そして、そこで見えた景色を後で教えて。私へのお土産なんて、それで十分だから」

「ごめん、ごめんね美月」

 思ってもいなかった、いや心のどこかで期待していた優しさへのかすかな希望と繋がれた時、私はもう泣くのを堪えられなかった。後から後から、大粒の熱い涙がとめどなく溢れて止まらない。我慢しようにも、できない。

「何泣いてるのよ。それにごめんじゃなく、ありがとうでしょ。もっと言えば、泣くのはレースが終わってからでいいじゃない。まったくほんと、みんなの前じゃすましてるくせに泣き虫なんだからさぁ、もう」

 そう言う美月もまつげを、頬を濡らしていた。涙同士が触れてしまいそうな距離で私達は互いの手を探り合い、そうして出会うと力強く、痛いくらい握りしめた。押しつぶされそうな不安も、逃げ出したくなるような恐怖も、縮こまりそうな勇気も全部……全部じかに触れ合う事で安心できた。この痛さが弱い私を力づける。一人では小さくなって震えそうな心も、二人でなら立ち向かえそうな気がする。

 触れ合う額が、ただただ熱かった。


 快晴とはいかないまでも、晴れ間の多い日だった。脚は少し疲れているけど、むしろ心地良いくらいだ。観客席にちらっと目を移せば、会場は満席。どこに誰がいるかなんて、ざっと見ただけじゃわからないだろう。でも事前に教えてくれた場所を見れば、同じジャージの部員達が目に入った。私はそれを確認すると、ユニフォームのパンツに縫い付けた美月からのおまもりに触れる。

 オンユアマーク。

 その機械的な号令がかかると、数歩前に踏み出してスターティングブロックに近付く。そうして腰を落とし、気持ちの良い位置に足をかける。大丈夫、どこもまだ壊れていない。軽すぎる羽は飛びにくい、むしろ少し重いくらいが丁度良い。

 ゲット、セット。

 腰を上げながらちらっとだけ先を見ると、すぐに私は視線を地面に落とす。もう隣が誰かだとか、どこに誰がいるだとか見えない。キィンとした痛いくらいの静寂を感じながら、タータントラックの荒いゴムの奥にこれまでの思い出を横切らせる。私はそれにうなずきもせず、心の中でそっと呟いた。

 大丈夫、できるから。今の私は今までのどの私よりも強い。美月の分まで走れる。がむしゃらだった貴女に、この走りを捧げる。二人で作った走りを。

 号砲と共に、私の想いと身体は弾けた。

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