どれもこれも美味そうだ
それは人の形をしていた。
人の形をした、何か。
そうとしか言えなかった。
それはとても鮮やかだ。
何色もの決して混ざらない絵の具を人型に流し込んで乱雑に混ぜ合わせたかのような色合い。
さらに色自体が意思を持って他の色を塗りつぶそうとするかのように蠢いている。
その様はまさに生き物のように。
それの頭上には似たような色合いの巨大な物体が浮かんでいる。
大き過ぎて広い部屋にも関わらず、天井が見えなくなる程だ。
その物体の一点から無数の糸が垂れて、それの身体のあちこちへと繋がっていた。
糸を通して何かを送り合っているのか時折、光が上下している。
それは今はあぐらをかいており、目の前にはまるで宴でも始めるのかと思える程の大量の料理が並べられていた。
料理を挟んだ向こう側には赤い紋様が描かれた白装束を身に纏い凛とした佇まいの女性が静かに座っていた。
料理はどれも思わず涎を飲んでしまう程の美味しそうだ。
それはそのなかから大ぶりな魚を丸ごと煮付けた物を手掴みで取ると顔に当たる部分に押し当てた。
すると魚はみるみるうちにそれの中へ取り込まれていった。
どうやらこれはそれの食事方法らしい。
「おぉ、美味いな!
魚は幾度と食べたが、これも美味い!」
それの声はまるで大勢の人間が同時に話したようだった。
様々な声音で歓喜を表す様子は大袈裟に聞こえてしまう。
それは魚が気に入ったのか他の料理には手を伸ばさず、両手で魚を掴んでは顔に押し付け、中に取り込まれきれる前に次の魚に手を伸ばした程だ。
魚が無くなるとそれは次々に他の料理にも手を出し始めた。
無数の糸が繋がっているのに邪魔にならないのか動きはとてもスムーズだ。
あぐらをかいてその場から動かずに腕を伸ばして全ての料理を平らげていった。
驚くべき事にそれの腕は伸び縮みするらしく、遠くの皿にも関節を無視した動きで伸ばしていた。
さらにそれの胃袋は底無しらしい。
何故ならそれの体積よりも食された料理の方が明らかに多いからだ。
それはどの料理も美味いと言いながら食べた。
苦手な味付けは無いらしい。
最後の果物を皮も剥かずに顔に押し当て、料理を食べ尽くしたのを見計らって女性は手に持った小さな鐘を鳴らした。
するとぞろぞろと何人もの白装束の者が部屋に入り空になった皿を下げていく。
「それでは本日の報告を申し上げます」
最後の一人が部屋から出て行くと女性は朗々と話し始めた。
内容は迷宮都市の運営状況から始まり外交、外部の情勢など事細かく話していく。
その情報量は何冊も本が出来上がるのではないかと思える程の膨大な量でそれを何も見ずに話す女性は素晴らしい記憶力の持ち主なのだろう。
また、内部だけに留まらず、外部まで情報を収集、整理する能力は目を見張る物がある。
こと情報に関する能力においては組織として優秀以外の評価はないだろう。
「報告は以上です」
「………ん?
そうか、順調そうでなによりだ。
今後もよろしく頼むよ」
惜しむらくは伝える相手であるそれにとっては都市の運営や外部の情勢などにはあまり興味がなさそうな事だろう。
彼女の報告を軽く流していた。
表情が有ればさぞ退屈そうな顔が見れたであろう。
唯一、討伐数と褒賞値という単語が出た時だけは反応していたがそれ以外には多少の相槌のみだ。
「新たに捕まえた女怪はどう致しましょうか?」
「うん?
今まで通り好きにやって良いよ」
そして巷で騒がれている女の怪物に関してもそれは興味がなかった。
「仰せのままに、神様」
それはこの迷宮都市で信仰されている神であった。
女性はその後も神に対して今後の都市の運営や外部の情勢に対する政策について許可を求めた。
神は何も聞かずに全て了承していった。
「前にも言ったが化け物さえ討伐してくれれば好き勝手にやっても良いんだぞ?」
「寛大な御言葉に嬉しく思います。
しかし、我ら人は欲に弱いもの。
秩序によって自制しなければ自滅しましょう。
この形式も秩序の一環、ご容赦ください」
「そういうものか」
「はい、そういうものです」
その後も神は形ばかりの承認を出した。