働かないと、いけないから
迷宮から保護されたマヤと名付けられた赤子は教会が運営している孤児院に引き取られ数年の時が経った。
現在、彼女は死人を思わせるような痩せこけて青白い顔で外の掃き掃除をしていた。
体は全体的に手に持っている箒のように細く、手入れがされていない腰まで伸びたボサボサの髪が動く度に揺れる様は亡霊でも出たのかと思わせる。
働いているうちに大量の汗をかいてじっとり濡れているせいか水辺に居たら確実に間違われていただろう。
ここは彼女が世話になった孤児院、それを運営している教会の庭園の片隅である。
周囲には人の頭程のある巨大な果実が実っている木が植えられており、その落ち葉を箒で掃き集めていた。
彼女の風貌に加えて木陰に入っている為、周囲と比べて暗い場所にいる上、ブツブツと何か独り言を話しながら時折短い笑い声をあげているせいか、とても不気味な雰囲気を漂わせていた。
そこへ1人の恰幅の良い年老いた女性が彼女に近寄り心配そうに声をかけた。
「マヤ、まだ働いていたのかい?
休憩は?」
「え、えへ…ご、ごめん、なさい。
だ、大丈夫、です…ア、アーチさん。
えへ…ま、まだ、働け、ます」
アーチの問いかけにマヤは手を止めて顔を上げ、長い髪の隙間から無理矢理作ったような下手な笑顔を浮かべながら、どもりつつ答えるがアーチは呆れた様子でため息を吐いた。
「…はぁ。
その様子じゃまた朝からずっと働いていたね?
いい加減、自分の体を大事にしなさいな。
また倒れちまうよ」
どうやらマヤの風貌には慣れている様子で気味悪がったり怖がったりする様子は見られなかった。
さらに彼女の悪癖である働き過ぎも頻繁にあるようで倒れるという前科を思い出させるように伝えた。
「ご、ごめん、なさい。
えへ、へ…で、でも、まだ…」
「さ、今日はお終いだよ。
落ち葉は私が持っていくからご飯を食べに行きな。
あと、もっと見た目に気を遣いなよ。
また新人が幽霊を見たって騒いでたよ」
マヤは下手な笑顔のまま仕事を続けようとしたがアーチは両手を叩いて止めて帰るように促した。
さらに亡霊のような見た目についてもアーチは苦言した。
どうやら彼女を亡霊だと勘違いした人もまた頻繁に現れるようだ。
マヤはびくりと大きく震えると俯いて顔が髪に隠れてしまった。
「あ…ご、ごめん、なさい。
き、気を付け、ます。
お、落ち葉…お願い、します、ね」
マヤは悲壮感を漂わせながら俯いたままフラフラとした足取りで箒を引き摺りながら帰って行った。
聞き取れはしないが何かをブツブツと言っている為、初見の人には確かに幽霊だと思われても仕方がないだろう。
その後ろ姿を見ながらアーチはまたため息を吐いた。
「真面目で良い子なんだけどねぇ。
さ、ポクルの葉を運ぶかね」
ところ変わって人一人が住むには少し狭い部屋でマヤはベッドに腰掛けていた。
部屋には灯りが無く、小さな窓からほんの少しだけ日が差しているだけで薄暗かった。
さらに部屋にはベッドと棚以外には小さな子供が喜びそうな膨大なぬいぐるみが所狭しに置かれていた。
彼女の膝の上にあるのは今日のご飯だろうか。
果物の乾物が詰まった袋から一粒だけ摘むとそれを嫌そうに口に入れた。
そして噛んだ様子も無くマヤはそれを飲み込んだ。
乾燥していたものをそのまま飲み込んだせいか咽せながら袋の口を閉じて棚の上に置いて彼女はそのままベッドに横になった。
そしてブツブツと言葉にならない程、小さく呟くと彼女はそのまま眠りについた。
彼女は別段、虐げられている訳では無い。
これは彼女が望み、教会が応えたが故のものである。
神の祝福と相性の悪い彼女が、神の膝下とも言える教会で働く為に必要な制限なのだから。