泣くのも可愛いね、マヤちゃん
むかし、むかし。
人々の前に神が現れました。
神と人との距離は近く、場所の条件や時間の制限などあるものの話をする事もできました。
ある日、人々は神に願いました。
『より良い生活を送りたい』
すると神は迷宮を創り、こう告げました。
『怪物を倒せ。
さすれば願いを叶えよう』
迷宮には人々が見た事も無い怪物が徘徊していました。
人々は願いを叶えてもらおうと次々に怪物に挑みましたが無惨に喰い殺されてしまいました。
さらに悪い事に人の味を覚えた怪物達は外を目指すようになってしまいました。
人々はこのままではいけないと気付き、お互いに協力する事にしました。
ついに迷宮から怪物が這い出て来ました。
人々は必死に怪物を迎え討ちました。
多くの犠牲が出ましたが無事に怪物を倒す事に成功しました。
人々に対して神は約束通り願いを叶えたのでした。
ーーーーーーーーーー
その小さな体とは不釣り合いな大きな声で泣く赤子をサナはあぐらをかいて大事そうに抱えて左右にゆっくりと揺れていた。
周囲には幼い子供が喜びそうな玩具が散乱しており足の踏み場も探さなければいけない程だ。
「まだ泣いているのか?
もしかして…」
背後からドルクが心配そうに声をかける。
両手には赤子の玩具を持っている。
どうやら散乱した玩具を片付けているようだ。
「ええ、まだ泣いているの。
オムツも濡れてないしミルクも違うみたい。
きっとラプソンさんが言ってた泣きたい気分なのね」
サナは振り返りもせずに赤子をあやし続ける。
ドルクの言葉を途中で切って返した。
最近、似たような問答を繰り返していたのだろう。
サナは赤子の顔を優しく撫でるが一層大きく泣き出した。
どうやらここは2人が住んでいる家のようだ。
人が住んでいる割には荷物が少なく大量にある玩具が余計に目立っていた。
ドルクは玩具を片付け終わると開きっぱなしの窓を閉めた。
窓の向こうは既に日が沈み月の明かりさえ見えない暗闇が広がっていた。
「もうこんな夜更けだ。
ずっとマヤの子守で疲れていないか?」
「まだまだ元気よ!
夜通し怪物と戦うよりも全然楽だわ」
「そういうもの………か?」
「そういうものよ!」
ドルクはサナの言葉に釈然としない様子だったが気を取り直してサナの前に腰を下ろした。
言い難い事があるのか何度か口を開閉してようやく言葉を吐いた。
「マヤについて…俺達の今後の将来について話がある」
サナは返事はせず、泣き喚く赤子を愛おしく見下ろしたままドルクを見ていない。
ドルクは真剣にサナを見つめたまま続けた。
「マヤを拾って一月が経った。
ローガー様から聞いたがマルカッタや近隣ではマヤに関する情報は得られなかったそうだ。
それと…ローガー様はマヤを孤児と認定した。
俺達はマヤをどうするか決めなきゃならない」
「私はマヤちゃんと一緒に居たい」
サナはきっぱりと言った。
ドルクもサナがそう答えると想定していたのだろう。
慌てずに現状を伝えていく。
「この一月で俺達の蓄えは尽きた。
俺達はまだ良い。
1週間食い詰めたとしても迷宮に潜れば取り戻せる。
だが、マヤは祝福を受けていない。
それどころか…マヤは祝福と相性が悪い事も分かってる。
俺達じゃマヤを育てるのは厳しいぞ」
サナは黙ったままマヤと名付けた赤子の頬を指でそっと触れる。
ピリついた空気を感じとったのか、マヤの機嫌はますます悪化した。
「…私、この子と一緒に居たいよ、ドルク」
「養子として育てるのは厳しいと言っているんだ。
このままだと俺達もマヤも不幸になりかねない。
マヤの為を思うなら教会に孤児として預けるべきだ」
サナは泣き出してしまった。
声を出さずに大粒の涙がマヤに向かって流れ落ちていく。
「サナ、寂しいのは分かる。
俺も一月、一緒に居たんだ。
でもな、マヤと一生離れる訳じゃない。
孤児院は近いから毎日会いに行けるさ」
ドルクはマヤとサナを囲むように腕を広げて抱きしめた。
そして幼い子供をあやすように優しくサナの背中を叩いた。