分かった、2人を通せ
その部屋は狭かった。
元々の広さもあるが天井まで届く本棚に綺麗に収められた本による圧迫感もその印象を後押ししているだろう。
その部屋に1人で作業をしている者が居た。
目の下の隈が濃ゆく疲労が隠せていない痩せ細った初老の男性が書物を書いていた。
男性の呼吸と時折紙の擦れる音以外しなかった部屋に小さく弱くドアを叩く音が鳴った。
音が小さ過ぎて何かに没頭していたら聞き取れない可能性もあった。
「入れ」
しかし初老の男性はその音を聞き逃さず書物から目を離す事もなく短く入室の許可を出した。
許可が降りてからやや置いてからドアを恐る恐る開けて軽装の若い男女が入って来た。
「ロ、ローガーさまぁ…ちょおっとお話しが…」
「猫撫で声は止せ、討伐者サナ。
今度は何を壊した?
それとも討伐者ドルクか?」
「いや、あの、そのぉ…今回は違う件でしてぇ」
「じつは…」
討伐者サナと呼ばれた女性は両腕で何かが入っているらしき籠を端だけ持って使い慣れていない様子で甘えた声を出して話しかけた。
しかしローガーと呼ばれた初老の男性に目を向けられる事もなく途中でバッサリ話を切られた。
さらにサナがいつも問題を起こしているような口振りでローガーは切り返した。
どうやら2人して問題児であるらしい。
そしてローガーはその都度、問題の解決をしてきたようだ。
これは確かに頭が上がらない存在だ。
モゴモゴと言い訳をするサナに変わってドルクと呼ばれた若い男性が説明しようとした時、赤子の泣き声に遮られた。
ローガーはそこで初めて顔を上げた。
どうやらサナが危なげに持っていた籠には赤子が入っていたようだ。
泣き出した赤子をあやす為か、サナは慌てた様子で籠を小刻みに揺らし始めた。
だがそれを危険と見たのかローガーは籠を床に置くように命令し男女の側に近寄った。
「この子は?」
3人は赤子の入った籠を囲むように集まるとローガーが赤子を見下ろしながら事情を尋ねた。
赤子の泣き声が大きくなった。
サナが赤子を焦ってあやそうとしているが泣き声はさらに大きくなった。
「第三層奥地で拾いました。
拾った場所までは第三層入り口から色導を付けてます。
………ローガー様、親元に帰せそうですか?」
「そうか。
調べさせよう」
ドルクは最後に不安そうに尋ねたがローガーは疲れた表情を変えずに調査をする事を伝えた。
しかし問いには答えなかった。
ローガーは赤子を怪物が徘徊する迷宮に置き去りにするという常軌を逸した状況からいくつもの怖気の走る仮説を組み立てていたからだ。
誘拐、人身売買、はたまた邪教や反迷宮派の仕業か。
産まれて間もない赤子の様子から女性の拉致監禁すら可能性として浮上している。
「あ、あのぅ…」
「なんだ?」
赤子をあやすのを諦めたサナがローガーに恐る恐る話しかけた。
「この子のお世話をやっても良いですか?」