泣き声が聞こえない?
硬い岩盤を荒くくり抜いたような暗い洞窟のなか、2人の若い男女が響き渡る泣き声を頼りに奥へ奥へと走って進んでいた。
しかし、2人の服装は洞窟に入るにはいささか軽装過ぎた。
まるで街中を出歩くような薄手の服に小さめのポーチを腰に身に付けているだけである。
「ねぇ?
やっぱり子供の泣き声じゃないかしら?
それも幼い子供の」
「そう言われたら確かに子供の泣き声にも聞こえる…ような気がする。
でもここは三層の奥地だぞ?
あり得ない。
怪物の罠に決まってるぞ」
「でも本当に子供が居たら危険過ぎる。
こんなに泣いてたら怪物が寄って来るわ」
2人は驚くべき事に暗い洞窟のなかを光も灯さずに走っていた。
足元は凹凸の激しく、普通は明かりがあっても歩きにくそうな悪路をとても早く走り抜ける。
途中で分かれ道があっても幼い子供と思われる泣き声を頼りに迷わずに進んでいく。
正しく進んでいたのだろう。
だんだんと泣き声が大きくなっていく。
「ほら見ろ。
やっぱり怪物の罠だったじゃないか」
最後に大きく曲がる道を進むとそこには頭の無い熊のような異形が片腕を持ち上げ今にも向こう側へ振り下ろそうとしていた。
男は呆れたように言いながら加速して三角飛びの要領で熊の異形の上を取ると胴体へ踵落としを繰り出した。
すると目を見張るような結果が出た。
明らかに熊の異形の方が大きいのに男の踵落としは熊の異形の胴体を大きく削り下の岩盤を深く抉った。
絶命の叫びをあげながら熊の異形は鈍い音を立てながら倒れた。
そして一瞬だけ一回り縮んだかと思ったらガラスが割れるような音を響かせて弾けてキラキラとした粉へと変わった。
粉は男の体へと入るように消えていく。
「はぁ、泣き声はまだ聞こえているわ。
それにさっきの怪物は明らかに狙いは私達じゃなかったじゃない」
女は熊の異形が片腕を振り下ろそうとした場所へ近寄っていく。
そこには小さな窪みにすっぽり収まる形で裸の赤子が懸命に泣いていた。
「………居たな」
「………居たわね」
2人は今居る場所に不釣り合いな存在を目の前にしてポツリと呟くと黙ってしまった。




