プロローグ 「親友に誘われて」
「お願いっ! 一緒にやろ!」
1月の終わりの大学校内。
定期テストが終わって、大学生特有の長い春休みに突入するざわついた雰囲気のある食堂。
そこで水切りヨーグルトを口にする屋柴蘭は、大学の友達である倉津亜実からある頼み事をされていた。
「あー、例のVRMMO?」
「そう! 数日前からサービスが始まったの知ってるでしょ!」
「そりゃ知ってはいるけど……」
数日前にサービスの始まった「fimbulvetr world online」。
フルダイブ技術を用いたVRMMOであり、話題になっている。
「いつも一緒にゲームしてるじゃん! 今回も一緒にやろ!」
蘭はいつも亜実のゲーム好きに付き合う形でよくゲームをしている。
よく休み前日などはどちらかの家に集まって、ゲームを朝まで一緒にやったりすることもある。
「うーん……」
ただ、いつも亜実としているゲームは基本的にオフライン。亜実以外の人と協力プレイや対戦などはしていない。
近年、ネット回線を繋いでオンラインで知らない人と協力あるいは、対戦するゲームが当たり前になりつつある。
蘭にとって、友達である亜実と一緒にゲームが出来るからこそ楽しいわけであって、亜実以外の人とも関わる必要性が出てくるオンラインゲームは気が進まないと言う思いがある。
「とりあえず明日から春休みだし、時間はあるじゃん!」
「それはそうだけど……。別のゲームに付き合うから、それじゃだめ? オンラインゲームなら、私以外の人とプレイして進められるくない?」
「……実はあのゲームをすでに始めてまして」
「……今日まで定期テストだったよね? 単位大丈夫なんだよね?」
「多分……」
「多分って……。で、始めて何かあったの?」
「結構、何やるにしても大変なの。レベル上げとかも」
「へぇー」
「そして何より、アイテムとゴールド関係が特に厳しいの!」
「まぁオンラインゲームにありがちな話だね」
オンラインゲームでは、ゴールド関係がなかなかに厳しい設定になっていることは珍しい話ではない。
良い装備を買ったり、コンテンツにお金をかける必要のあるものなど、出費がある場面はいくらでもあるのに、ゴールドを効率良く獲得できる手段はなかなか無い上に難しい。
「アイテムとかも中々に渋いのよ……」
「結構しっかりやってるのね」
「何かこれからずっと作業みたいに、同じ事をするってなると知ってる人も居ないとつまらないなーって」
「なるほどねぇ……」
「どうかな!?」
本当に見た目はどこの女優なのか言うくらい美人で、スタイルも良くてモテるのにゲームの事しか考えていない。
色んな男からデートのお誘いとか貰っても、完全無視。
亜実曰く、時間の無駄とのこと。
「オンラインゲーム、本当に経験なくて怖いんだよねぇ……」
「ねぇ、お願いだってばぁ〜!」
蘭の体を揺さぶる亜実。
こういうことを言い出すと、基本的に引くことはない。
まぁでも、熱中しすぎて多くのオンラインゲームで禁止されているRMTをして垢バンになって、テンション下がられても困る。
仮に出来るとなって金欠になり、変なバイトとかしないか不安でもある。
「……ちなみにさ、そのゲーム職業制?」
「うん、そうそう! 戦士とかヒーラーとか、魔法使いとか選べるよ! 蘭には魔法使いとか似合いそう!」
「それって私がびっくりするくらい身長が低いのいじってる?」
「そ、そういうわけでは……」
亜実は身長もそれなりで、出るところも出ていてスタイルもいい。
なのに蘭は、身長がかろうじて140センチに届くくらいで、まさにちんちくりんという言葉がぴったり当てはまる。
そして、出てほしいところも全く出てこない。
なので、先程亜実に体を揺らされても、際立って揺れるものは何もない。
でも、蘭はまだ出てきてないだけと確信してる。
ただ、普通に中学生以下に間違われるのは心の中でダメージを受けている。
「盗賊ってある?」
「うん、あるよ!」
「じゃあ、盗賊でやってモンスターからアイテムやゴールドを盗んで、それを亜実に渡す形でのフォローという形でやろうかな」
「それはありがたいけど、蘭はそれでいいの?」
「今のところはそれでいいや。また気が変わったら、本格的にやってもいいし」
「やったぁ~! さっすが私の友達〜!」
亜実が抱きついてくる。周りの男たちからすれば、羨ましい光景でしかないのかもしれない。
そんなテスト終了後の平和な大学でのお昼を過ごして、自分のマンションに戻ってVR機器を引っ張り出す。
「なんか亜実の話だと、この機器から直接ソフトをダウンロード出来るらしいんだけど……」
亜実に教えてもらった通りに、ソフトをオンラインストアから購入してダウンロードを行う。
すると、ソフトのダウンロードが完了し、すぐに起動する事ができた。
「取り敢えず、初期設定とかを今日のうちに終わらせようかな……」
そのままソフトを起動させて、初期設定をゆっくりとした手順で整えていく。
亜実と一緒にやるゲームでVRが無いわけではないが、フルダイブに関しては全くの未経験。
「名前は……一文字ずらしにしようかな」
リアルの名前は、それなりにありふれた名前なのでそのままでも良かったのだが、一文字ずらしで「リア」という名前にした。
名前を入力を終えると、職業選択画面が現れる。
「そして職業は……」
亜実から受けた説明通り色々な職業があるが、迷わずに盗賊を選択する。
「盗賊は短剣やムチ、ブーメランが使えるのかぁ……。雰囲気的に盗賊らしいなって思うのは短剣だから、それにしようかな」
初期装備で、装備が出来る短剣・ムチ・ブーメランが選べるが、ここは短剣にすることにした。
そしてその次に、現時点で所有するスキルポイントの振り分けを行う画面に続く。
「一人でちまちまやるなら……STRとDEXに半分か、気持ちDEX寄り振っていこうかな」
盗みをするなら、DEXに全振りしたい気持ちにもなるが、一人でモンスターを倒せるようにしておかないとスムーズに事が進まないことを意識した。
スキルの振り分けまで入力し終えると、一通り設定完了を知らせる画面が表示された。
「見た目っていじれないのか……」
どうせならどんなにプレイをしにくくなっても良いので、身長を高くして、亜実のよりもスタイルの良い体でプレイしたかったのだが。
そんな少しばかり落胆する蘭の視界が真っ白にまばゆい世界に包まれた。
そして、そのままVRの世界に飛び込んだ。