小峠澄と鏡
小峠澄が〇〇村を訪れたのは春先のことだった。
〇〇村は近くの都市から5時間ほど掛かる山の奥にある集落だ。日当たりが悪く、作物の育ちが悪い場所ではあるものの、豊かな生活を送っている農村であると有名だった。
小峠がそんな村を調査に来た理由は、とある鏡の噂があったからだ。
曰く、写したものを2倍に増やす鏡。
米を写せば2倍、4倍と増やせる素晴らしい鏡だそうだ。確実に良い記事になる。小峠はウキウキで村長のもとを訪ねた。
「そんな良いもんじゃねぇ。けぇれ」
村長はそう言うと小峠を家から追い出した。
小峠は悪態をつきながら、帰るふりをして村に戻ると、村長の家の裏に隠れた。
記者として引くわけにはいかないのだ。
春先の夜は冷える。小峠が震えながら暗くなるのを待っていると、村長は一人で外へ出た。
小峠は足音を殺し、村長の後ろを付いていった。
しばらく歩くと村長は、村の隅の大きな倉へ入っていった。小峠が続いて倉に入ろうとすると、中から閂が掛けられたようで開かなかった。
小峠がどうしようかと思案していると、倉の上部に窓を見つけた。
近くに生えている木の枝は、丁度窓付近へ垂れている。
小峠はしめたと、木に登り、倉の中を覗いた。
倉の中はとても暗く何も見えなかった。小峠は鏡が映るか、一か八であるもののフラッシュを焚いて写真を撮ることにした。
パシャリ。フラッシュの焚かれた音が響くと中の様子がはっきり見えた。何かにろうそくで光を当てる村長と、その目の前にあった大きな鏡。
フラッシュが焚かれた瞬間村長は小峠を見て、ため息を吐いたように見えた。
「ここどこ? 私外で写真を撮ってたはずなのに?」
倉の中から突然聞き慣れた女の叫び声がした。
「騒ぐな小娘。騒ぐと......」
倉の中で村長が女を叱り飛ばそうとした時だった。
「あれ? 何で私がもう一人いるの?」
「あなた何者? 私は小峠澄よ。何であなた私と同じ顔をしているの?」
「違うわ。私が小峠澄よ」
「違うわ。私こそが......」
小峠は腰が抜けて木からずり落ちた。倉の中からは何人もの『小峠澄』が自分こそが本物だと言い合いをしている。小峠が震えていると村長が怒鳴り声をあげた。
「小娘!! 外に居るか!!」
小峠は震えながら答えた。
「い、います」
「ならば倉の中にいる『小娘共』はワシが片付ける。これに懲りたら二度とこの村へ来るな!!」
小峠はその声を聞くや否や逃げ出し、二度とその村へは行っていない。