カレン
ねぇ知らないでしょう?
今日で君は、十四回目の訪問なんだよ。
またカレンちゃんって、名づけるんだね。
〇
気づけばどこか知らない丘の上に一人で立っていた。
一面には色とりどりのポピーたちが、太陽に手を伸ばすようにいっぱいに花弁を広げていた。ポピーの胴体は細く頼りないようで、少し風が吹いただけで揺れていた。強い風が来た時には、きっと倒れてしまうのだろう。そう思うと悲しくなって、私は一番綺麗に咲いていた白色のポピーに手を伸ばし、脆い茎を折り曲げて引きちぎった。そうした後に、ポピーにとってそれは倒れるよりも悲しい出来事だったらどうしようと、途端、血の気が引いた。そういえば、植物には、動物のように血液はないが、生と死はあるのだろうか。
始まりがあれば、終りがある。それは確実にそうで、それならば、ポピーも種を植えられてその種が割られた瞬間が生の始まりと言えそうだ。少しずつ大きくなっていくのだ。それは即ち成長であり、やはり生きているのだろう。やがて花が萎み、枯れていく。雑草と化した時、花は生を停止するのだろうと思った。けれど、私の手の中にある白いポピーは、花弁と胴体が分離されても尚、美しく咲いていた。なんて神秘的なのだろうと胸を打たれた。
私はこの子の名前を考えた。生きていると言っていいか定かではないけれど、花が咲いている間は、生きていることにする。生きているならば名前が必要だった。
立っていた所にそのまま座って、まずは白いポピーと睨めっこを始めてみた。よく見るとそれはただ真っ白いだけではなかった。雄蕊雌蕊だけは黄色かった。花弁はしわくしゃだった。この子だけだろうかと他のポピーを見ても、それは変わらなかった。ポピーの花弁は、皺があり薄いのが特徴のようだ。ポピーにも色は様々で、中には赤い花弁を持つポピーがあった。その赤いポピーだけ、他と違った。中心部は黒っぽい色だった。どうして赤色の花弁だと雄蕊も雌蕊も黒寄りなのだろう。奇妙だと思った。対して、白いポピーは、なんて可憐なのだろうと改めて思う。そうして、そのままカレンちゃんと名付けた。
ポピーは丘いっぱいに咲いていた。一体ここはどこなのだろう。カレンちゃんを両手で支えながら、ポピーを華麗に避けながら前へ進んでみる。ポピーたちが、風に身を任せて揺れている。私の細い髪の毛にもそっと風が迷い込んでふわりと靡いた。カレンちゃんも私を見上げて揺れていた。
どれくらい歩いただろう。ただただ、ポピーの景色が続いていた。まだ一分も歩いていないようでもあるし、数時間も歩いたようでもあった。この空間に時間は存在しないのかもしれない。そんな奇妙な何かを、感じ取る。
ポピーは可愛かった。そんな薄い花弁で、何を訴えて生きているのだろうと思うと儚いものだ。おまけに茎には一切葉はつかないようで、無駄のない完璧な花だと思った。
そんなポピーたちが、それぞれ色を放って私を迷い込ませていた。いつになっても、ゴールはなくて、でも思えばスタートもなかったなと思い出す。気づけばここにいた。始まりがあれば終わりがある。
けれど、始まりがなかった場合、終わりはあるのだろうか。延々とこのまま歩き続けて、それは永遠となるのだろうか。どこにいっても終わりがないのであれば、ここは何も始まっていないゼロのラインなのだろうか。カレンちゃんは、生きているのに、何も話してはくれない。どんなに話しかけても、カレンちゃんはただ私を見つめるだけだった。
空は青く高く、そこには熱いであろう太陽ともこもこの真っ白い雲が浮いている。四方八方、ポピーだけだった。そうして気づく。最初、私はなぜここが丘だと認識したのだろう。何を根拠に思ったのであろう。
もう何も思考できなくなった。もういい。ここが丘だと思ったのだから、ここは丘でいい。丘の上のポピーでいい。カレンちゃんは丘の上で生きる白いポピーなのだ。
なぜか、カレンちゃんを見ていると、何もかもどうでもよくなった。私は歩くのをやめて、その場に座り込んだ。カレンちゃんはじっと私を見つめていた。吸い込まれていく。まるで、忘れないでと訴えているようだった。
〇
少女は、眠った。
君は、何も話してはくれないと私に言うけれど、私たちは言葉を持っている。君はそれを知らないようだった。言葉には魂がある。私の花言葉は「忘却」。君は私の言葉でこの地を忘れるのだ。君は今日の事を二度と思い出さない。けれど、また訪れるのだろう。君の優秀な脳は、封印された記憶を眠ることによって呼び起すらしい。私のもう一つの言葉は「眠り」だからだろう。そうしたら、君はまたここにきて、また忘れていくのだ。一度忘れた記憶は戻らないけれど、それらはポピーの丘へと誘導するのだ。
君が、現実世界でどんな人なのかは知らない。どんな声で話すのか、どんな人といるのか、どんな夢があるのか、知らない。目を覚ました時、君は私を思い出すことはない。だからどうか、現実世界でポピーに出逢わないでほしいんだ。私はここから出ることはできないのだから。
けれど君は、現実世界で白いポピーに出逢った時には、こういうのだろう。
「可憐だなぁって」ね。