シンデレラの魔法は続かない
家のゴタゴタに彼を巻き込んで、嫌な思いをさせないようにしましょう。今日から、お仕事を頑張るの。もう会えないわけじゃないんだもの、「次」なんてすぐよ。ソフィーが落ち着いたら……私もちょくちょく彼女の様子を観察して……。
そうやって気持ちを切り替えたのに、どうやら無駄に終わったみたい。
「え……?」
レオンハルト様のお屋敷で幸せな時間を過ごした次の日のこと。
今日は、午前中に彼からいただいたものを処分することになっていた。クローゼットの中に仕舞い込んでいたドレスやお洋服を取り出してすぐに処分できるようベッドに並べておいたの。最後だから、1つひとつを手に取って綺麗に畳んで。それから朝食を厨房へ取りに行ってね……。
部屋に戻ると、驚く光景が待ち受けていた。
「あら、お姉様。お久しぶりね」
「……ソフィー」
「ねえ、昨日のお茶会で聞いたのだけど、レオンハルト様とお会いしてるって本当?」
「……あ」
「まさか、これって贈り物じゃないわよね? そんなわけないわよね、異術持ちでもない取り柄のないお姉様が彼に話しかけてもらえるわけないもの。私ですら何度も手紙を書いてるのに返事が来ないのよ。他の令嬢だって……。なのに、お姉様だけがあのお方の視界に入れるなんて、嘘よね?」
「…………」
以前見た時より顔色の良いソフィーが、お洋服の置かれたベッド前に立っていた。私のドレッサーも漁ったのか、その周辺には服や肌着類が散らばっている。
部屋の鍵をかけたはずなのだけど……どうして、入ってきているの?
床に散らばった衣服を踏む彼女は、畳んでおいたはずのドレスを持っている。レオンハルト様から一番最初にいただいた、そして、昨日キスしてくださった時に着ていた、思い出深いドレスを。
それに、ソフィーは顔に笑顔を貼り付けながら、こちらの足がすくむほどの威圧感を向けてくる。昔はそんな顔しなかったのに。「姉様」と言って一緒に笑っていたのに……。そのドレスをどうするの? 嫌な予感しかしない。
離して。それは、私の宝物なのよ。これは、私がいただいた物なの! そう言いたいのに、震えた唇からは何も出てこない。手に持っているお盆がカタカタと揺れ、朝食のお皿が落ちてしまいそう。
処分しようという決意は、その光景によって消えていく。
「どのみち、こんな高級なドレスはお姉様の身の丈に合わないわ。私がもらってあげる。レオンハルト様も、そのほうが喜んでくださるでしょう」
「え……」
「なあに、文句でもあるの? そもそも、これって私へのプレゼントでしょう。出来損ないのお姉様がもらうなんて、おかしいもの」
「ダ、ダメっ! それだけは、私のなの!」
身の丈に合わないとか出来損ないとか、そんなのはどうでも良い。
でも、そのドレスだけは取らないで欲しかった。あの時の思い出までもが、ソフィーに取られてしまうのは嫌。
私は、ダメとわかっていても、朝食を投げ出してソフィーの持っているドレスへと手を伸ばした。すると、
「きゃー! 誰か! お姉様が、私に暴力を! 痛い痛い!」
「!?」
と、ドレスにすら触れていないのに、急にソフィーが叫び出す。
驚いた私は、ソフィーから離れた。それと同時に、彼女は「金輪際レオンハルト様に近づかないでね」と耳元で囁き、ドア前に集まってきた使用人に向かって「お姉様が私のドレスを盗んだ」と説明している。
違うのに。
そのデザインのドレスは、うちにないはずよ。どうして、誰もそれを言わないの? うちで契約しているドレス専門店とは違うお店だから、絶対にデザインが被ることはないでしょう?
なのに、使用人全員は、私を汚いものをみるかのような目で見てくる。その中には、マーシャルも居た。みんなと同じく、冷たい目をしてこちらを見て……。ごめんなさい、折角忠告してくれたのに。
「怖かったですね、ソフィー様」
「怖かったわ。でも、ドレスを取り返せたからもう良いの。お姉様のことを怒らないであげて」
「まあ! ソフィー様はお優しいですわ」
「それに比べて、あの人は……」
「同じ棟にいて欲しくないですわ」
「そうよ! 私たちの物も盗むかもしれないじゃないの」
「じゃあ、お父様にお願いしてこの裏にある小屋に移動させましょう。そうすれば、みんな安心でしょう?」
「さすがソフィー様は、私たち使用人にもお優しいですわ!」
私は、その話を半分も聞いていなかった。それよりも、ソフィーが持っているドレスを傷つけられでもしたら……と、ハラハラして見ていたの。
だから、次の日から自分の部屋が外の小屋になっていた時は意味がわからなかったわ。そこは、お屋敷中のゴミをまとめておくいわば集積場。もちろん、生ゴミも置かれているところよ。
そんな場所に、どうして私が入らないといけないの? どうして、ソフィーは私を邪険に扱うの? あんなに仲良かったのに、どうして……。
これじゃあ、もうレオンハルト様にお会いできないわね。綺麗な服は全部取られてしまったし、履ける靴すらない。
でも、ネックレスは取られなくて良かった。これがあれば、あの日の出来事が夢じゃないって思えるもの。
早く成人して、王宮で司書をする。
それに向かって、がんばりましょう。がんばるのよ、私。
***
結局、その日を境に私は本当に別棟にすら入れてもらえなくなった。
以前住んでいた部屋は、なぜか使用人たちのカフェスペースに改造されてしまっていたの。ベッドも使っていた机も何もない。でも、小屋にはお仕事用の机だけはあった。仕事だけはしろってことかしら。
本当は、したくない。したところで、本邸は愚か、別棟へ戻れるわけじゃないんでしょう?
でも、私はレオンハルト様の告白を受けた時、
『書類処理はちゃんと出来る自信ありますし、公共料金の集計や予算案出しも最近ミスなしでできます。計算だけじゃなくて、一通り周囲国の言語は読めますし、法律も勉強中ですが大体は理解しています』
と、話した。
だから、こうやって机に向かってペンを握る。私が彼にアピールできるのは、それしかないもの。それすらできなくなったら、レオンハルト様にまた嘘をついたことになってしまう。それは、嫌。
魔法は解けてしまった。
あの方が綺麗に着飾ってくれた私は、どこかに消えちゃったわ。それと一緒に、自信も何もかも失くしちゃった。
ごめんなさい、レオンハルト様。
やっぱり、私は変われないわ。素足が痛くて、もう歩くのも面倒だもの。




