雨の蝶 寄り添って撮る写真
「傘、予想以上に小さいな。自分のなんだけど」
細くて少しでこぼこした黒いコンクリートの道を、舞花とかなり密着して歩いている。そういや一人で鞄持ってさしてても鞄が濡れるんだよな。そりゃこうなるわけだ。
隣で下を向いていた舞花が見上げて言った。
「こうしてぴったり並ぶと、一歩の大きさとか足の踏み出し方とかの違いがよくわかる」
「あ、もうちょいゆっくりの方がいい? ごめん」
「ううん。それは大丈夫」
舞花はまた下を見た。まだきれいなローファーが、小さな雨粒たちによってさらにきれいになっているように見えた。
そんな舞花のローファーが一定のテンポで動くのを見て、僕は言った。
「学校とかは、最近楽しい?」
「うん。まあまあ。私、あんまり気にならなくなってきたんだよね。ちょっと嫌なこと言われたりしても。強がりさんになったわけじゃないよ」
「そっか、でも色々はきだしたいことがあったら、いくらでも話してな」
「ありがと」
坂道に差し掛かり、小さな波が周期的に道路をつたっていた。
これを登って、またその後同じくらい降りたら池のある公園に着く。
雨が降り始めて少し時間がたっているからなのか、公園へと続くこの道を歩いているのは僕たちだけだった。
だから僕たちの足だけが、道路をつたる水の流れを変える要因になっている。
公園に入っても、誰も見当たらなかった。
中央にある池にやってきた。
水面は常に円状の波が広がっていて、だから水はきれいだけど、底の様子はよくわからない。
そんな池にたまった水を、僕は下から救い上げるように手に乗せてみた。
もちろん遠近法での話。
「あ、蝶!」
舞花が声を上げて僕の傘から飛び出す。
え? こんな雨なのに見つけたの?
そう思って舞花の近くまで行くと、舞花は低めの木の下でしゃがんでいた。
「この枝の上」
「ほんとだな」
たぶんナミアゲハだ。
黒い部分とそうでない部分の分かれ目がはっきりとしている。
そして鱗粉があることで、水滴がきれいに浮いてついている。
「濡れないところで休んでるね」
「うん。それでもちょっと濡れちゃってるけどな」
眺めているうちに、この蝶がいる位置、結構いいのではないかと思い始めた。
僕は傘を肩と頭で支え、両手を空ける。
たとえばこのあたりからうまくピントを合わせて写真を撮ると……
「うお? すごい!」
表示された撮れた写真をのぞいて舞花がそう言う。
「ね、結構神秘的に撮れる」
まるで、蝶が池の中から、ちょうど誕生してきたかのような写真が撮れた。
「いいなあ。私もとろう……ほら、こんな風に撮ると……ペアっぽい」
「どれどれ? うま。ほんとだ」
舞花の手で蝶が隠れている。
つまり、手をあけると蝶が現れるような印象を与えられるような二枚が出来上がったということだ。しかもその出来事が、神が住んでそうな泉の上で起こっているように見える。
「なるほど、コツがわかった。こんな感じでどんどんとろうよ。明日からも、晴れた日も」
「だな」
方針が決まったら、たくさん撮ることも大事だよな。
そう、募集要項読み込んでなかったから最近知ったんだけど、そもそも五作品まで出品できるらしいし。
こうして誰もいない公園は、舞花と僕が好きなだけ写真を撮る空間となった。
雨は降っているままだったから、舞花と僕は一つの傘の下で基本寄り添って動くしかなかった。
けど、早く雨が止んでほしいという発想にはなりようがなかった。




