写真が撮れた
「先輩……みたいな人は、初めてです……」
もうすぐ松本駅に着く。
隣には、寝言を言っている舞花がいる。
寝言の意味はあんまりわからないけど。
とにかく、僕がなんか夢にも出てきているのかもしれない。
「舞花、そろそろ着くぞ」
「……あ、えいっ」
「うおなんだ?」
舞花の肩を軽くたたいた途端、舞花が僕の腕を掴んできた。
「つかまえました」
「はい……」
なんか寝ぼけてるんだろうなあ。
でも小さな両手で、ぎゅっと腕を掴まれると、何だか少し頼られてる感がある。
いやほんと現実は頼りなくて申し訳ないのだけど。
「舞花……」
「……ん? あっと……」
舞花のが目がしっかりと開き、そして僕の腕を見て、あれ何で握ってるんだ? となったようだ。
「寝起きが悪くてすみません……」
僕の腕をゆるりと離した舞花が言った。
「いや、全然、なんか……」
「なんか、やばいことしました? 私」
「ううん。大丈夫だよ」
なんか……可愛かった、と言おうとしたけど、少し恥ずかしくて言うのをやめた。
話すのには慣れた分、ストレートにそういう系のことをいうのは恥ずかしくなってきた気がする。
なんでかよくわからないけど。
それに、単純に今この瞬間の舞花が可愛すぎたからってのもあるかもな。
減速する車内から外を見て、僕はそんなことを考えた。
松本駅はかなり都会な場所だと思った。
ここから山の方にバスで向かう。
でもその前に、駅前の花が植えてあるところで、舞花が僕の袖を小さく引っ張った。
予想していなかったので、そんな小さな力でも、僕は舞花にぐっと近づいた。
そんな僕の、本当にすぐそばで舞花がささやいた。
「あそこに蝶がいます」
「ほんとだ。しかも、今まで撮ったことのない蝶だな」
オレンジ色に焦茶色の斑点がある。
文字列にするとなかなか危険そうだし綺麗じゃなさそうだけど、実際に見ると美しい蝶だ。
ヒョウモンチョウの仲間なはずだ。
僕たちの住む東京でよく見られるのはツマグロヒョウモンという、メスの羽の一部が黒いヒョウモンチョウだけど、またそれとも違う。
「写真……いけるかな」
僕と舞花はそっと近づいた。
僕はゆっくりとカメラを構え……そしてシャッターを切っ……る前に飛んでいった。
「惜しかったな」
そうつぶやいた僕の横で、舞花が写真の確認をしていた。
「先輩、私撮れました!」
ほんの少しドヤ顔で、そして思いっきり嬉しそうな舞花が、ぼくに写真を見せてきた。
蝶の周りの花も含め、めちゃめちゃ綺麗に写っている。
「すごい、あんな短時間で」
「頑張りました!」
舞花はそう言って、そしてそれから、
「あれ? そう言えばバスの時間あんまり余裕なかった気が……」
「うわやべそうだった」
僕と舞花は走り出した。
時間的には焦んなきゃだめなのに、気持ちはなんだか穏やかだった。




