炎の剣7
「…え、なに、あれ」
マリが呆然としている。中の状況がどうなっているかはわからないが、とりあえずマリの親父さん、ヨセフさんとマリの兄貴が無事なのか、確かめにいかなきゃ。
車を少し離れた場所に止めて、急いでおりる。
「ちょっと!?どうしたのよ!?…って、え?」
荷台で隠れていたリンが顔をのぞかせている。状況を細かく説明している暇はない。
「すぐ戻る!アイを頼んだぞ!」
と声だけかけて、マリの家まで走る。
「わたしも行く!」
マリもついてきた。危険だけど追い返している時間もないし、なによりこの状況を1番心配しているのもマリだ。
「無茶だけはするなよ」
と一言だけ、伝えた。
俺だって自分になにができるかはわからないが、ぼーっと助けを待っているよりはマシだろう。
門の前まで来た。こちらはまだ火の勢いがそこまで強くない。強いのは、家の奥にある、道場というか、稽古場みたいなところっぽいな。
玄関の横から庭を通って稽古場まで行くのが早いが、こちらは火が強い。行くなら家の中からが安全か。
肌をジリジリと焼くような強烈な熱気の中へ、逃げたい気持ちを必死に抑え、意を決して飛び込んでいった。
「おじさーん!!いたら返事してくれー!!」
なんでもいい、とりあえず叫びながら稽古場まで向かう。
幸い、炎や倒れた柱で道を塞がれることもなく、稽古場までは簡単にたどりつけた。
火と煙が充満する稽古場の中を見渡すと、うつ伏せで倒れている人の影がみえた。
「おじさん!!」
やっぱりこの辺りが1番炎の勢いが強い。一体なにがあったんだ。
ヨセフさんにかけよる。よかった、大した怪我とか火傷はなさそうだ。
「おじさん!大丈夫か!?」
肩を揺らして、声をかける。
「…うぅ」
意識を完全に失ってるわけではないみたいで、ひとまず安心。しかし、のんびりとはしていられない。
「おーい!マリ!おじさんがいた、運ぶのを手伝ってくれ!」
大声でマリを呼ぶ。あいつも無茶してなければいいが。
ヨセフさんの脇の下から腕をとおして、体を支える。今のうちに少しでも安全なところに運ぼう、そう思ってふと顔をあげると。
ん?今なにか庭の方で動いた気がする。
あの影は…
「…アル兄?」
マリのお兄さんだ。
「よかった、アル兄も無事だったんだな。俺だよ、ケイだ。とりあえずおじさん運ぶの、手伝ってくれよ。重くてさ」
反応がない。
ひさしぶりだから俺だと、わからないのかもしれない。そう思って名乗ったのだが。
もしかしたらアル兄じゃないのか?まさか、マリの家をこんなにしたのってこいつなのか?
俺が疑問を抱いたのに気がついたのかもしれない。
その人影は炎の中へと消えていく。
「おい、待てよあんた!…クソ、見えなくなった」
追いかけようとも思ったが今は逃げることが優先だ。
ちょうどその時マリが来た。駆け寄ってくる。
「ケイ!?」
「お父さんは無事だ!運ぶの手伝ってくれ!」
マリが俺の反対側からヨセフさんを支えてくれる。
「お兄ちゃんは!?見てない!?」
言おうかどうか迷った。だってアル兄が自分の親を見捨てて逃げるか?昔から正義感の強い男だったのに。
ヨセフさんに憧れて、強い剣士になって人々を守るのだと言っていた。俺と違ってちゃんとした目的があったからヨセフさんとの厳しい稽古も頑張っていたのだろう。
強い心と目標をもつアル兄のことを、昔の俺は羨ましく思っていた。
もし、あの影がアル兄だったら。マリはどう思うだろうか。とりあえず無事ということで安心はするだろう。だかすぐに疑問に思うはずだ。ヨセフさんを助けずに消えていったことを。
考えた結果。
「…いや、おじさん以外は見てない」
「…そっか」
どう捉えたかはわからない。
「けど、そもそもアル兄が家にいなかったってこともあるしな」
単なる気休めにすぎないが。
「…そうだよね。ありがと」
マリが困ったような顔で微笑んだ。