炎の剣6
「ねえ、ケイ」
後ろに乗っているリンが話しかけてくる。
「なんだよ」
「ケイって誰から戦い方を教わったの?わたしはさ、お嬢様を守れるようにって、お父さんから剣とか槍とか、あとは素手での戦い方を教えてもらったんだ。まあ、ある程度ではあるんだけどね」
「俺も親父からだよ」
と短く答える。
「流派とかは?」
「そんな立派なもんじゃないよ、俺も護身術くらいのレベルでしか教わってないしな」
「ふーん。それにしては一撃で沈められそうな拳だったわね。お父さんはさぞ有名な武人だったのかしら?」
「うーん、そんなことはないと思うけどな」
リンも武術をおさめているからだろうか。この話題にすごく食いついてる。
「マリは?お父さんに剣を教わらなかったの?」
「わたしはなにも教わってないんだ〜。お兄ちゃんがいるんだけど、お兄ちゃんとケイが練習しているのを見てるだけでも怖かったの。どっちかが大怪我しないかずっとハラハラしてたよ」
「懐かしいな。いつもボコボコにされてたけどな」
「練習って?剣相手に素手で?」
食いつくなー。あんまりいい思い出じゃないから思い出したくない。
「そうだよ。相手は王宮の剣術指南役の息子、こっちはテキトーな護身術。勝てるわけないよな〜」
「なんでそんな無謀なことしてたのよ」
当然の疑問である。ちなみに俺にもよくわからない。
昔、俺は泣き虫だった。親父から格闘術を教わるのも嫌々だったんだが、半ば強引に親父の稽古に付き合わされていたんだ。
ある日、「あそこの看板もらってきたら稽古やめてもいいぞ」と親父に唆されて行ったところがヨセフさんの家だったのだ。
ヨセフさんの道場があったわけではないんだが、親父はヨセフさんが強い剣士ということを知っていたのだろう。要するに道場破りである。自分で行きゃいいのに。クソ親父。
当時のピュアピュアな俺はそれがなにを意味するのかも知らず、稽古をやめれるならと、意を決して「看板をください!」と言いに行ったのだ。
流石に今ではわかるが、王宮で剣術を教えていたような人に勝てるのなら、そりゃ稽古なんてしなくてよくなるだろう。
そんな、親父に騙された俺を哀れに思ったのか、ヨセフさんは自分の代わりに、自分の息子、つまり、マリの兄貴に勝てたら看板をあげるよ、と言ってくれたのだ。
が、剣士の息子が俺より弱いわけもなく。ついに一度も勝つことはなかった。というか攻撃を当てることすら出来なかった。
俺も、一日でも早く、稽古しなくてすむのならと、毎日毎日マリの家に通ったもんである。
ところが、親父が「旅に出る」と行ったっきり、帰って来なくなったのだ。
とつぜん稽古から解放された俺は、マリの家に行くこともなくなり、今に至る。
マリはいきなり来なくなった俺を、大怪我でもしたのではと、心配して、逆に俺の家に来るようになった。それからというもの、畑を手伝ってくれたり、野菜を売りに一緒に王都に行ったりしてくれている。
行ったり来たりが面倒、ということで俺の家で寝泊まりしている。ちょうど部屋も余ってたしな。
と、その辺りのことをかいつまんで簡単にアイとリンに話す。
「へえ〜。わたしは、わたしがお嬢様を守るんだって、はっきりとした目的があったから、稽古も嫌じゃなかったけどね〜。まあ辛い時もあったけど。他の同じ年代の子と同じように遊べなくて、イヤだ〜てね」
「俺にはそんな、目標とかなにもなかったからな。親父も、俺の泣き虫を治そうとしてくれたんだと思うよ」
そう思いたい。
「それにしても懐かしいねえ。わたしも家に帰るの久しぶりだしな〜、お兄ちゃんもお父さんも元気かな?あ、そろそろわたしのうちに着くよ!」
とマリ。昔話をしている間に、目的地に近づいてきた。特に道中、なんの危険もなく、ボディガードとしての出番もなかったが、安全に越したことはない。
「…アイさ…、ヨセフ…を貸して…でしょう…」
「…わかり…。しかし、わたしたち……そう多くは…。今は、……ことに手を……う。」
後ろでボソボソしゃべっている。車の音でよく聞こえない。
「おい、何か言ったか?」
「い、いえ!」
アイが首を横にブンブン振って否定する。
「…?…!おい!あれ!」
マリの家まであと少し、というところで異変に気づく。
マリの家から、もうもうと煙がたちのぼり、空気も焦げ臭い。顔が焼けるような熱気もここまで来ている。
ごうごうという音、そして全てを飲み込むような一面の赤。それは炎だった。