ニート、島を目指す
俺は蒼空寅吉。今、水上飛行機に乗って海を航ってる。“島”を目指して。
ーー今から21年前、9歳の時に放課後の図書室でノートにザク2の落書きをしていた。すると、幼馴染みでクラスメートの辰夫が「寅! この世界地図スゲーよ」とやって来た。
「世界地図なんて見たって面白くも何ともないな。それより、ヒートホークが上手く描けない」
「いいから見てみろよ。スゲーから」
「ごり押しかよ。仕方ないな〜、何がスゴいんだよ? 辰」
辰が地図帳を机の上に広げる。
「ここのバヌアツって所を見てみろ」
「どれどれ…………」
俺は地図をざっと見ていたら“エロマンガ島”とあった。ゴクリと息を飲む。
「どうだ、スゴいだろ」
「…………なんだコレ!? エロマンガ島!? エッチなマンガがたくさんある…………?」
「なっ? スゴいだろ」
「ここに行こうよ! あ、でも日本から遠いな」
「飛行機で行けば良いじゃん」
「飛行機に乗るのに100万円くらいかかるんじゃないの?」
「バカだな〜、そんなにするわけないじゃん。50万円くらいだよ。大人になったら行こうぜ」
ーーそれから21年後。俺は高卒でエアコンの部品メーカーに勤めたが5年で辞めてしまった。正直“作業”にうんざり。俺にはもっと自分に合う仕事があるはずだ!
ある日の昼下がり、母さんが俺の部屋に来た。
「ハローワークに行かないの? 30にもなって定職に就かないなんて。寅吉、何を考えてるの?」
「専業主婦に言われたくない」
「それでも、アルバイトくらいは…………」
「専業主婦に言われたくない。ド田舎県にろくな仕事はないよ」
「寅吉が仕事を選んでるからよ」
「働いた事のない専業主婦に言われたくない」
「そればっかりね。全く」
「俺も主夫になりたい。父さんが定年退職して家に毎日居たら熟年離婚まっしぐらだね」
「余計なお世話! お父さんは大変な仕事をしてるのよ?」
「ただの中学校の先生じゃん」
「寅吉と違って未来ある子供たちを指導してるの」
「そっちこそ余計なお世話だよ。年金が出るようになったら俺にも分けてもらうからな」
「馬鹿!」
すると「ただいまー」と、父さんの声だ。
「え!? お父さんが帰ってきた。まだ3時なのに」
「クビにでもなったかな、アハハ」
2人で玄関に行く。
「あなた、どうしたの?」
「いや〜、ちょっとトラブルがあってね」
父さんは頑なに理由を言わず、はぐらかしたり、誤魔化してるようだった。なんか怪しい。
ーーその日の夜に2人の中学生とその親が自宅に来た。玄関で何やらもめてるようだ。
「蒼空先生! どういうつもりですか!? うちの子の首に傷痕が残るかもしれないのよ?」
「うちの子なんて腕に鉛筆の芯が痕になってるのよ!? 生徒の腕に鉛筆を刺すなんて何を考えてるんですか!」
父さんは俺と母さんに手を振り、下がれと合図するが、それが逆に保護者を刺激したようだ。
「家族の前では頭も下げる事が出来ないんですか!?」
「何を考えてるんですか! 教育委員会に報告させてもらいます!」
「……すみません! すみません!」
ーー父さんは3ヶ月の自宅謹慎となった。間抜けな理由で体罰をしたんだから当然だ。授業中に2人の生徒が1人に対し、鉛筆でじゃれあってただけで、父さんはそれをイジメと勘違いした。1人の生徒の腕に鉛筆をブッ刺して、もう1人にはヘッドロックをしたつもりが胸ポケットに入ってたボールペンが首に刺さり血が流れたという。ニートの親はやはりクズだな。
朝っぱらから酒を飲み、家族に当たる父親。クズは所詮クズだ。
俺は元カノのノゾミに携帯電話で連絡する。
「今月ピンチなんだよ〜。お金貸してくれない?」
「馬鹿じゃない? 返すあてがないでしょ。次にお金の催促したら着信拒否するから」
親は毎日、喧嘩をしてる。とてもじゃないが無心は出来ない……。やっぱ祖母に頼るか。
俺は母さんの軽自動車を運転して祖母の家に行く。
玄関のチャイムを鳴らすと「はーい、どちら様〜?」と、80歳にしては元気な声が聞こえた。
「よっ」
「寅吉じゃない、どうしたの? 急に」
「ちょっと入り用で」
「年金は無限に湧いてくるわけじゃないのよ?」
「ばあさんなら長生きするよ」
「で、いくら欲しいの? 奇数月だから、多くはあげれないけど」
「3万でいいよ」
「そんなに!? 何に遣うの?」
「ほら〜、俺は精神を病んでるじゃん? 精神安定剤が必要なのよ」
「病院に行ってる?」
「そこまで酷くないよ」
「……はあ〜」祖母はため息を吐く。そして「ちょっと待ってて。持ってくるから」
グヘへ、宝くじを買って増やそう。
10分くらいして祖母が戻ってきた。
「はい」と札三枚を手渡される。
「毎度あり〜」
「何が毎度だ」
「お墓参りの時は俺が車で連れていってやるからさ。いつでも呼んで」
俺は帰りに宝くじ売り場に寄る。
どれにするかな〜? ジャンボ系、ロト系、トト系。迷うな〜。確実に当てないと。スクラッチも良いな〜。
よし、ロト6にしよう。今日が抽選日だ。
俺は申込用紙のクイックピックに印を付ける。1万5千円分買う。
ーー自宅に帰ると母さんが鬼の形相で待ち構えていた。
「おばあさんから3万円も貰ったでしょ!? 全部出しなさい!」
「ババア、電話しやがったな!? もう遣っちゃったよ」
「えっ!? 3万よ? 3万。何に遣ったの!?」
「精神安定剤に」
「違法な物じゃないでしょうね?」
「俺がクスリに手を出すと思う? てめえのガキを信じろよ」
「そっ……それはともかく、先月、また課金したでしょ。携帯料金がいつもより5千円も高かったわ。もうゲームは止めて」
「精神安定剤だよ。大丈夫だから」
俺は自分の部屋へ行く。ククク、残りの1万5千円で酒とタバコを買おう。
ーー3ヶ月後、両親は離婚した。父親は更に荒れてた。当然だ。
俺と母さんは祖母の家に厄介になる。
生活保護は受けられないから、祖母の年金で慎ましく生きていく。俺はそれでも働く気にならなかった。
母さんはやる気を出したのか、近所のスーパーでパートを始めた。初めての社会学習だ。
ーーある日の朝、母さんが血相を変えて俺の仮部屋に入ってきた。新聞を持って。
あっ! ロト6の結果をまだ見てない。
「死亡欄を見て!」
「え、知り合い?…………父さん!?」
俺は新聞の死亡欄を片っ端から見る。
「父さんの名前は出てないじゃん」
「よく見て。辰夫君よ。幼馴染みだった…………まだ30歳よ。悲しいわね」
えっ!?…………そんな…………辰が死んだ…………?
「死因は何!?」
「心臓マヒみたい」
俺と辰は別々の中学校、高校に進学し、辰は大学を出て大手家電量販店に勤めてたはず。
「母さん、小学生の時の文集ない?」
「待ってて。探してくる」
一所懸命に働いてた奴が死に、遊んで暮らしてる奴がのうのうと生きてる。理不尽だよな、辰。
ーー数日後、俺は辰の葬式に出て、焼香をする。
しばらく遺影を眺めていると、辰のおばさんが話し掛けてきた。
「寅吉君。辰夫と仲良くしてくれてありがとうね」
「いえ、こちらこそ。小学校を卒業してからは疎遠で。でももう一度会いたかったな〜」
「文集、面白いわね。2人の思い出がたくさん遺されてるわ」
そうだ、文集を見なくちゃ。
「おばさん、帰って文集を読み返してみますね」
ーー俺は祖母の家に帰って、文集を読む。母さんが台の上に置いといてくれた。
そして、9歳の時、語り合った“エロマンガ島”の事が書かれていた。
『寅! いつか2人で上陸しようぜ!』
もう30歳だぜ? 今更そんな所に……辰も忘れてたろうな。
俺は携帯電話でエロマンガ島を調べる。正しい発音は“エロマンゴ島”か。日本の地理学者の“サービス”だったのか、マジで曲解してたのか。いや、こっちの方が何となくやらしい。
しかし、この島は負の歴史があるみたいだな。行かなくて良かった。
しかし…………。辰、1つ賭けをしようぜ。前に買ったロト6が当たってたら、エロマンガ島に遺骨を撒いてやる。
俺は宝くじ売り場へ行き、券が当たってるか調べてもらう。入り口の登り旗に〝6億円出ました〟とあった。
俺は窓口の店員にくじ券を渡す。
「当たってるか調べてください」
「お預かりします」
さあ、どっちかな?
ピー、カタン。ピー、カタン。1枚外れ、2枚外れ、3枚外れ、4、5――。負けたよ、辰。
小遣いの3千円でトトビッグでも買うか。
ビービービー。
「あの、お客様」
「何か?」
「3等が当たってますよ」
「えっ!? いくらですか? モニターには0円て」
「120万円です」
「これは夢か幻か」
「いえ、現実ですよ」
勝ったね…………、辰。
ーー銀行で換金するには身分証明書が要るが運転免許証で十分。あとは印鑑やら口座開設やら。
振込前に辰の実家へ行く。辰のおばさんがちょうど玄関から出てくるところだった。
「あら、寅吉君、どうしたの?」
「おばさん、辰の遺骨を少し分けて貰えませんか? 散骨したい所が」
「え……ええ、良いけど。まさか、バヌアツの島に撒くつもり?」
「約束を果たせてないままですから、せめて」
「本気なの!? 寅吉君」
「本気です! 行かせて下さい!」
「そう、それなら、辰夫も喜ぶわ。お願いするわね」
1人で行くのは怖いので、ノゾミを誘う事にした。俺とノゾミは勤めていた会社で出会い、会社の慰安旅行でグアムに行った事がある。ノゾミは日常会話程度の英語が話せるから便利だ。
高速バスとタクシーを乗り継ぎ成田空港へ。そこからシドニー、ポートビラを経由し、そして“エロマンガ島”に着く。
「何もない所ね、リゾート地じゃないじゃない」
「騙した訳じゃないぞ? 俺も知らなかった」
う〜そ〜笑。
「ところで、そのカプセルは何?」
「散骨だよ。幼馴染みの。税関をパスできたのは奇跡だな」
「ふ〜ん、それがここに来た理由?」
「まあね」
「後、1時間で帰りの飛行機が出るよ」
俺は鬱蒼とした森の中に入る。
「辰、やっと来れたね。約束は果たしたぞ」
「こんな所まで来なくても、海に散骨でいいじゃん」
「21年だ! 21年越しの約束だ!」
俺はカプセルを開け島に撒く。
「辰、お前なら天国へ行けるよ」