公女! 1
「来た!」
その声に弾かれるようにスレイドお兄様の視線の先へと目を送れば、そこに見えるのは真っ白のジャケットに、濃紺のスカートとブーツ姿のシャープな顔立ちの少女だった。
ざっと見たところ私よりも十センチほど背の高い彼女は、満面の笑みをたたえながらゆっくりとこちらへ近づいてくる。
それに従って、ひそひそ声で話合っていたお茶会参加者の少年たちの声が徐々にヒートアップしてきた。
多分年の頃なら私の一つか二つ上というところだろうか。スレイドお兄様も含め、ちょうどこのお茶会に参加している少年たちと良い年回りに思える少女に、目を輝かせていた。
ああ、これか。こっちが本命なんだなー……
誰だかわからない男の花園におけるメイン攻略キャラクターの登場に若干鼻白んだけれども、よく考えれば話題は変わるし、一人アウェイの状況からは逃げられるし、私にとってはいいことしかない。
ここは揉み手に擦り手で歓迎しよう。
多分スレイドお兄様も、彼女に会いたいがため私を引っ張り出してきたのだろうから、罰ゲームの約束も守られたことになる。
にっこりと笑顔を向けて、その少女の挨拶を待つ、と――
「やあ、遅れてすまなかったね、BOYS。出がけに馬車が壊れていたのに気がついたものだから、馬で来てしまったよ」
ん、んー……?あっれー、なんか違う?
「いえ、全然。さあ、どうぞお席にお座りください」
「馬車が……大変でしたね、ロゼンダ様」
「乗馬はお好きですか?僕も少しは乗ることができるんですよ」
矢継ぎ早に皆が声をかけていくけれども、あれ、おかしいと思うのは私だけなのだろうか?
苛立つガイロス殿下が声をかけるが、その少女は何ら気にした様子もなく笑顔を振りまく。
「いいから早く座れ、ソーネリカ。皆待っているだろう」
「ああ、ガイロス、悪かった。相変わらず君の気位の高さは魅力的だ」
などというクッソ気障な台詞からのー、指を二本唇に添えて投げキッスをしてみせた。「うわぁ……!」とどよめく男の花園。やっぱりおかしい。
そもそもこの世界、男女逆転とは言っても見た目や言葉遣い、そしてファッションなどは逆転していない。つまり私がここへ生まれ変わってから感じたことを総まとめすると、ここはいわゆる『男女の役割』が逆転している世界だと思われるのだ。
だがしかし、何故だか今この目の前に現れた少女の存在が、それらの仮説をぶち壊してくれた。
スカートだけははいているものの、艶やかな紺色の髪の毛は耳もとでざっくりと刈られていて、後ろ髪だけが梳いてあるように首にかかっている。そして、この言葉遣いだ。
気障なのは百歩譲ってもいいが、この男言葉はどうなのだろう?
いや、こっちの感覚ならオネエ言葉なのか?いやしかし、ガイロス殿下は気に入らない様子だけれども、スレイドお兄様を始め、お茶会参加者からは大いに受けている。
いったいこれはなんなんだろう?
意味が分からないといったふうに首を捻っていると、私の後ろに静かに立ったままのアッシュが、今日初めて口を開いた。
「ロゼンダ公爵家の総領、ソーネリカ・ロゼンダ様でございます。……ガイロス殿下とは、お従姉弟のご関係にあらせられます」
「あ……なるほどね。うん、そっかそっか」
じゃあ仕方がない。見た目は極上、そして爵位は最上。
これなら十歳くらいの少年がオネエ言葉……この場合はオニイ言葉か?ま、いいか。それくらいは些細なことだ。その内治ればいいもんね。どうせ私には関係ないことだし。
うんうん、と一人で頷いていると、いつの間にか隣の椅子が引かれ、トスンと誰かが座った音がした。
「初めまして、エリーシャル嬢。君にぜひ会いたかった。ソーネリカ・ロゼンダだ」
うえっえっえ、えー、関係ないって思ったのにぃい。
「は、はじめてお目にかかります。コベリット侯爵家のエリーシャルと申します。ソーネリカ公女」
「公女だなんて堅苦しい。女同士、ソーネリカと呼んでくれ。いや、ソーでもいいが……」
「んがっ、いえいえ。愛称だなんてもったいなく……」
「では、ソーネリカと。私も君をエリーシャルと呼ばせてもらおう」
「はは……は、はひぃ」
お茶会参加者からの痛い視線を受けながら、なんとかお断りしようとしたのに、どうしてこうなった?
スレイドお兄様はともかく、最初はあんなに友好的だったのに……しかも何故かガイロス殿下までもが私を睨んでるぅう。
おかしい。絶対におかしい。
ソーネリカ様のお茶が用意され、少しはこの気まずさも落ち着くかと思われたお茶会なのに、どうして私はこんなガマの油のような心境にならなければならないのか?
隣で私をじーーーーっと見つめ続けるソーネリカ様をどうにかしてくれ!
なーんか、ソーネリカ様って苦手なんだよなあ。チャラチャラしたところも苛つくし、気障な台詞を吐くところもムカつくし。
なんとなく前世の誰かを思い出す。あいつなー……
しかし私の願い空しくも助け船は一向に来ない。
あ、胃が痛くなってきた。
きゅっきゅっとドレスの切り返し部分をさすると、アッシュがようやく声をかけてくれた。
「エリーシャルお嬢様、御気分が優れませんか?」
「……そうね。ちょっと、胃が痛いかな?」
帰りたい、帰りたい、帰りたい。もう、誰でもいいから帰っていいよといってくれと念を送る。すると、隣のソーネリカ様がすくっと立ち上がった。
「では、私と一緒にお暇しよう。これ以上男の花園を荒しては、かえって嫌われてしまいそうだからね」
「まあ、そんな……」
「ふふ。いいんだよ、BOYS。ここからは我々の悪口を、その花の蜜を吸うような唇で交換し合いたまえ」
え、何言ってんだこいつ?
そんな突っ込みは、男子たちの黄色い声にかき消された。
その上、腕をつかまえられてずるずるとお茶会の席から連れ出されてしまった。
お茶会から離れられたことは嬉しいが、あんたと一緒に帰りたいとは思っていないよー!




