転生! 3
あまりの衝撃のため、私はそのままもう一度ぶっ倒れてしまう。
そしてさらにそこから熱を出して二日寝込むことになってしまった。
どうも、あの大きな木から落ちて頭をぶつけたことよりも、生まれ変わったことで、この世界のエリーシャル記憶を思い出すことが脳に負担をかけたらしい。
つまりは知恵熱。まあ、体は子供だしね。バカみたいに頑丈だけど。
その間、お父様とお兄様二人で二日間交代しながら看病してくれたらしい。本当に優しいなー、男三人組。
あ、ちなみにお父様は二十九歳だった。そして、上のお兄様は十二歳。
計算するとー……お父様……若い……若い過ぎない?ん?ん。
そして、あのきりりとした美人のお母様はといえば、毎日きっちりと仕事に行っていた。そう聞いた。
なぜならば、この家における家長はお母様である。
すなわちコベリット侯爵とは、まぎれもなくビラネルお母様のことをさすのだ。
しかもコベリット侯爵家とは、このシュラーゲン王国の軍事顧問、つまりは武のトップだという。日々鍛錬を欠かさず、有事の際はいの一番に飛び出していく、シュラーゲンの鬼神ビラネル、それが私のお母様だった。
どうりで威圧感バリバリだと思った。
たとえ今は幼い体とはいえ、一睨みで元女子プロレスラーの私を言い聞かせるなんて、経験値が違い過ぎる。
そして私にとっての大問題は、お母様がとんでもなく強くて逆らえないなどという単純なものだけではなかった。
「アッシュ、お願いだから、針と糸をちょうだいっ!」
「いいえ、いけません」
「いやほら、刺繍じゃなくってえー、ここ、ここの袖がほつれちゃったから直したいの、ね」
「それはお嬢様の仕事ではございません」
「え、これくらいはやれるよ。大丈夫」
「ご自分で破られたようですが、そこは不問にいたします。今すぐ着替えを用意いたしますので、お待ちください」
とびきりの笑顔でお願いしたものの、今日もアッシュは無表情にさらりとかわす。
ぐぬぬ。また失敗した。
私が刺繍をしたいといったあの日から、何度もチャレンジしているというのに、アッシュは一度も針と糸を持ってきてはくれなかった。
その上で言うのだ「それは男のすることです」と。
せっかく、せっかくこんなに可愛く生まれて、前世では指をくわえてみていただけの乙女の夢を、存分に味わえる立場になったというのにも関わらず、世界が許してくれないなんてっ!?
そう、私が生まれ変わったこの世界――いわゆる中世ヨーロッパに似通った世界観でありながら、全くの女尊男卑というおかしな世界が、だ!
まずシュラーゲン国王からして女性であり、その配偶者は王配と呼ばれる。
そして貴族の家名も女性が跡を継ぎ、男が入り婿となる。商家や一般家庭などでもそれは変わらない。
まあそこは別にいい。なにせ、女性ならば自分の産んだ子が跡を継ぐのだから、子どもが出来ないなど不測の事態でない限りは、血は繋がっていく。
しかし、おかしいのはここからだ!
まず男女の見た目は前世と同じような体型なのにも関わらず、圧倒的に女性の力が強い。権力とかではなく、物理的に。
いや本当におかしいでしょう?そもそも体のつくりが違う、筋肉量が違うのに、女性の方が力が強いとかって。
中には生まれつき体が弱いだとか気が弱いだとかで力が出しにくい体質の者もいるけれども、大抵の女性は男性よりも力が強いということだ。
しかもかなり頑丈。私が推定二十メートル強の杉の木から落ちても無事だったのはそのおかげでもあるという。
アンビリーバボー!これはこの世界の「魔法」の存在が関係しているらしいが、六歳の私はきっちりと理解できていないようなので、その内ちゃんと確認することの一つ。
そもそも私の前世、結構性差は無くなってきてはいたけれど、歴史的にはそれもごく最近のことだと思う。
だから中世っぽいこの世界において、力があるものが社会を牛耳るのは当然の流れで、女尊男卑が出来上がってしまったのもわからないではない。
だが、理解できても納得はしたくない。
だって、男女の役割が逆転していようが、その見た目は全く変わらないのだ。
大体、この世界でも女性はスカートだし、男性はズボンという格好!
盛り上がったドレスのようなスカートではなく、膝下くらいの丈の長さに、編み上げブーツというスタイルが主流らしいけれど、ちゃんとスカートを履いている。
これも私が不思議に感じていることのうちの一つに数えられる。
けれどもこれに関しては、あまり気にしていない。なぜならば、誰にも気がねなくスカートを履けると言う、私の長年の夢がかなえられているからだ。
その昔、忘年会の出し物でスカートを履いてダンスをした写真を同僚レスラーがSNSでアップした時、ゴリラの腰布とコメントされてからは一度も履いていなかったスカート。
ゴリラじゃねえよー、コブラだよと笑って言い返しはしたものの……あ、思い出したらちょっと泣ける。
ともかくそのスカートを履く権利は捨てがたいと思っている。
だからという理由ではないが、私は男になりたいという訳じゃない。
この世界ではいくらか弱い存在で、守ってもらうのが男だとしても違う。
私は前世では出来なかった、女として『可愛い世界』を堪能したいのだ!
と、まあここまで力説したものの、相変わらずその足掛かりも一歩も踏み出せていないのが現状だった。
六歳というまだ幼女といっていい年齢でも出来そうな刺繍、というか裁縫?それをしてみたいと画策しても、私の従僕であるアッシュに阻まれる。
こっそりと下働きの人たちの部屋へ行って、針と糸をゲットしようとすれば、首根っこを掴まれて回れ右だ。
いくら魔法オプションがつく女の方が強いとはいえ、さすがに十二歳のアッシュにはまだ六歳の私の身長と力では敵わなかった。
そして二言目には諭すように言う「それは男のするものです」だ。
だったら?だったら意地でもやってやろうじゃないの!その「男のするもの」を!
せっかく新しい私に生まれ変わったのだ。これまではずっと人の目に振り回されて諦めていたけれど、それだって今は後悔している。
レスラーを引退した暁には、思う存分好きな『可愛い』を堪能する?
いいえ、そんな日は来ることはなかった。
レスラーとして生き、死んでしまったことには今さら悔やむことはないけれど、似合わないと馬鹿にされるのが嫌で自分の好きなことを隠して生きてきたことには後悔している。
いや恥じているといったほうが正しいかもしれない。
つまり何が言いたいかと言えば、私は決めたのだ。
この世界で、女として、男のすることをやり倒してやろう、と。
そして、絶対に、私が夢見た乙女の幸せを掴んでやる!




