避暑! 1
季節は廻り……いや、廻りというほどは回っていないものの、長く寒々しい冬が終わり、屋敷の花々を楽しんでいる内に、枯山水の苔も青々と茂る初夏の息吹を感じ始めた。
シュラーゲン王国の社交シーズンの終わりを告げる大舞踏会が華々しく賑やかに催されたのも先週のお話だ。
これから秋の狩猟祭がおこなわれるまでは社交界のオフシーズンとなる。
だいたいこの期間中、大半の貴族は自分たちの領地へ足を運び、そこで領地の仕事をしたり、英気を養ったり、あるいは自領へお客様を招き社交シーズンの為の社交をするということだ。
なんとも勤勉なことだと思う。
我がコベリット侯爵家も例には漏れず、自領地でのバカンスと洒落こむそうだ。
王国の軍事顧問という立場のお母様は、そうそう王都から離れることは難しいが、名門の侯爵家にふさわしく、王都からさほど離れていない場所が領地となっているらしいので、この間何度も往復するという。
その辺の大人の事情はさておき、私は前世の記憶を思い出してから初めてのバカンスということで、少々浮かれていた。
アッシュに準備をしてもらいながら、領地には何があるのかを聞いて、あれもしようこれもしようと考えていた。だから、ついつい油断をしてしまったのだ。
いざ馬車に乗って出発しようというところで捕まった。
私たちが移動するために用意された馬車は三台。一つはお母様とお父様が乗り、二台目はキリアスお兄様、そして三台目には私とスレイドお兄様が乗り込んだ。
そうして今、私はスレイドお兄様に脅迫されている。
「おい。言っておくけど、僕は正当な報酬を受け取ろうとしているだけだよ」
少しブスくれながら、スレイドお兄様が付け足した。おっと、心を読まれてしまった。
「だいたいねえ、編み物勝負は僕とアッシュが同点であって、負けはエリシャ一人だからね。勝った方が負けた方から言うことを聞いてもらえるという賭けから逃げていたのはエリシャの方だ」
ぐ……いい加減時効だと思っていたのに覚えていられた。
冬の最中の編み物勝負は確かに私の一人負けだった。
アッシュとスレイドお兄様は本当に素敵な編み物を作り上げたというのに、私は勿体ない使い方をしてお父様にがっつりと怒られ、二度と編み物をしないようにとまで言われた。
ああ、思い出すだけで悔しい。
正直言って、もう十分すぎるほど罰を受けてない?だって、私が編み物を始めようとしたのにさあ。
だから、出来る限りスレイドお兄様とは顔を合わせないように今まで過ごしていた。
どうせお父様やキリアスお兄様と一緒にいる時には、スレイドお兄様は私に向かって横柄な態度はとってこない。スレイドお兄様と二人にならなければ、そのうち忘れてしまうと思ったのだ。
「まあー、スレイドお兄様。エリシャ、そんな風に言われてしまうと悲しいですぅ」
「女が可愛い子ぶっても気持ちが悪いだけだよ。それで、ちゃんと勝負の報酬はもらえるんだろうね?」
なんというか執念深いな。くそ。
しかも、今日一緒に馬車に乗っている従僕は、お兄様専属の従僕だけだ。
四人乗りの馬車だけれど、二台目のキリアスお兄様と従僕の二人だけだったので、アッシュもそちらへと連れられて行ってしまった。
つまりそれは私の味方がいないということで、さらに逃げ場のない馬車の中。
ぐう。これは完全に敗北だ。
仕方がない、元々賭けたのも自分だし、負けたのも自分なのだ。嫌々ながらも私には、スレイドお兄様の言葉に頷くしかなかった。
「申し訳ございません、エリーシャルお嬢様。僕がちゃんとお嬢様についているべきでした」
「いやいや、キリアスお兄様に言われたのだから仕方がないでしょう?それに、負けたのは事実だしねえ」
編み物勝負から、なぜかスレイドお兄様はアッシュを避け気味になっていた。だからアッシュが私の側にいる時はあまり近づいてこないのも、ちょうどいいだなんて考えていたのだ。
まあどうせ今回もスルーしたところで、次の機会を狙い定めてくるだろうし、さっさと済ませてしまおう。
「それで、スレイドお坊ちゃまは、なんとおっしゃられたのでしょうか?」
「それほどたいした要求でもなかったよ。ちょっと拍子抜けしちゃったかな」
「それならば、よろしいのですが」
実際、もっととんでもないことを言われるかと思っていたのだ。
ご飯を三食抜けとか、お父様に見つからないように、花壇の一番綺麗な薔薇を持ってこいだの。
けれどもスレイドお兄様が私に言ってきたことは罰ゲームでもなんでもなかった。
「ええとね、避暑地にいる間、私に来た招待は全部受けて、その際は必ずスレイドお兄様を連れて参加すること、だって」
そもそも社交デビューもしていない、とくに親しい友人と言えるような人もいない。たかだか七歳の私に向かって招待する人なんているわけがないと思う。
スレイドお兄様は何を考えてこんな話を持ち掛けたのだろうか?
「近くに知り合いもいないから、どうせ関係ないもんね」
私がそう言ってアッシュの方を振り向けば、アッシュは首を傾けて何かを考えている。
「あの、近くに全くお知り合いがいないというわけでは、ないかと……」
「は?誰?」
本気でわからなくて声をあげた。するとアッシュはいつものように真顔で答える。
「侯爵家の領地は王家の直轄地と隣り合っておりますし、夏には王家の方々が一週間ほどそちらへ避暑にお見えになられることは恒例の行事です」
と、いうことは?ええと、あれか。知り合いというか、私が何回かお誘いを断っている人がいたような……
「当然ながらガイロス殿下もいらっしゃいますから、おそらくは招待があるのではないかと」
それかあ。スレイドお兄様の狙いは王宮のエリート騎士様だったっけ?めっちゃブレていなくてちょっと慄いたわ。




