毛糸! 4
「くっ……ころ、せ……」
「…………エリーシャルお嬢様、一体なにをおっしゃられました?」
私の小さな独り言を、しっかりと聞き取ってくれたアッシュだが、これはできればスルーして欲しかったかな、うん。
明日には編み物勝負の締め切りがくると言う時点でありながら、未だに十センチ四方のコースターサイズしか編めていない自分に絶望しつつ、自虐的にボケたセリフだっただけに、突っこまれるとものすごく恥ずかしくていたたまれない。
「おかしい……こんなはずじゃあなかったのに……」
スレイドお兄様との勝負を決めた時、まさかここまで編み物が出来ないなどとは思わなかった。死ぬ気で努力をすれば叶わないことなどはないと……
使える時間は全て編み物の練習にあてたし、アッシュも私がかぎ編み棒を持つ時間は、ほとんどと言っていいほど側について教えてくれた。決して怠けていたわけではない。
それでも……それでも、結局まともに編めたと思えるものは、コースター。いや、レース編みならともかく、毛糸でコースターはないだろう。しかも飾り気もなにもない四角形。
「何がダメなんだろうね」
「そうですね、やはり力が入りすぎてしまうのが一番の難点でしょうか」
「まあね。それしかないんだけれど」
この二週間で、編み方だけはマスターしたのだ。少なくともくさり編みとこま編みの編み方はアッシュについてもらわなくても編めるようになった。
けれどもいかんせん、続いていかない。必死に目を追っていくうちに、ガチガチの固まりになってしまうのだ。
「っはー……仕方がない。これを提出するしかないか」
一番まともに編めた、四角の物体を手に取った。どうせ明日までの期限では、よくて同じサイズのものしか作れない。
「ところで、アッシュの作品はもう出来たの?」
「あ、はい。僕の方はもう出来上がっています」
ずっと私の練習に付き合ってもらっていたせいで、アッシュに編み物をする時間を取ってあげられなかったのが気がかりだったけれど、いつの間にかきっちりと仕上がっていたようだ。
さすがはアッシュと、ぱちぱちと拍手を送る。
「お嬢様、よろしければ僕の編んだものを……」
感心していたのも束の間、アッシュが残念な提案を口にする。
まあ、この出来栄えを見てしまえば、そう言いたくなるのもわかるけれど、それは違う。そんなことをして欲しくてアッシュを勝負に引き入れたわけじゃない。
「あー、ダメダメ。アッシュが編んだものは、アッシュのものよ。まあ、一応策がないわけじゃないから見ててちょうだい」
私の言葉に、怪訝そうな顔をする。しかし私だってただで負けるつもりはない。編み物として勝算はないに等しいけれども、違う方向性で感心させようじゃないかと考えているのだ。
そうして約束の期日。意気揚々とお父様に見せるスレイドお兄様の作品は、悔しいながらも素晴らしいと思った。
商会の会頭から買い取った図案の中でもそれなりに見栄えのする襟巻きを丁寧に編み上げている。
この短い期間の間で、ちゃんと編み棒までマスターしたのか、これぞ肉食系男子の本領発揮だ。お父様もその出来栄えに感心している。
そうして一通り褒められ終わると、スレイドお兄様は私の方へ顔を向け、ふふんっと鼻で笑う仕草をみせた。
「さあ、エリシャの番だよ。どう、簡単だった?」
くそう。さり気なく聞いてるふうを装っているけれど、あれは私の編み物の出来栄えを知っている様子だな。
しかし、こっちには秘策もあるのだ。ふふふ、馬鹿にされたままではないぞ。
私は黙ってお父様の前まで出る。そうして、あの編み上げた十センチ四方の作品を差し出した。
「えっと……エリシャ、これは?」
「これは、タワシです」
「た、タワシ?え、それは……?」
「とっても役に立つものです!」
とまどうお父様に、胸を張って答える。
そう、アクリル毛糸で編んだタワシは汚れ落ち抜群という記事を前世で呼んだことがある私は、逆転の望みをそこに賭けたのだった。
そして、この一枚以外にも作ってあったタワシ(失敗作)を台所まで持っていき、食器の洗浄に使ってもらった。その上で、アンケートを取ってもらい、この場で従僕長に発表してもらえるようにお願いもしておいたのだ。
評判が良ければ編み物自体の出来は負けても、作品の価値は高まる。上手くいけば、商品化だって出来るかもしれない。
そんな捕らぬ狸の皮算用を期待して、従僕長を部屋に招き入れた。
しかし、コホンと、咳払いをした従僕長が申し訳なさそうにこう言った。
「その、食器等の洗浄用ということでしたが、汚れ落ちがあまりよくございません。水切れも悪く、乾きにくいとのことでした」
「へ?」
「エリーシャルお嬢様からのお願いでございましたので使用いたしましたが、これならば魔石を使用した洗浄機の方が短時間、かつ汚れが落ちるということで……その、申し訳ございませんが、台所では、少々使用は難しいかと……」
「うぇえええ!?」
洗浄機って、そんなのあるの?魔石使った?さすが、魔法のある世界。
なんか思ってるよりも随分と生活水準が高かった……
「……エリシャ」
「う、はぃい!お父様!」
「後で、ね。まずはアッシュの作品を見てみようか」
何を言われるんだろうか、ちょっとドキドキする。しかし、アッシュの作品はもっと気になる。
私を教えている時は編み物をしていなかったので、アッシュがどんなものを編んでいるのか知らなかった。
アッシュ、と再度お父様の呼ぶ声で、しずしずと目の前に差し出したその作品は――
「ベスト?」
「はい。その……エリーシャルお嬢様に、と」
明るいオレンジと黄色のベストは裾に白い花模様が散らされた、とても可愛らしいもので、会頭が持ってきた図案にはなかったものだった。
「これは……素敵だね」
お父様のお褒めの言葉に、アッシュの頬が少し緩んだ。私は感動のあまり、そのままアッシュに抱きついてしまった。
「可愛い!アッシュ、ありがとう!」
「エ、エリーシャルお嬢様……」
「大事に着る!だから、これからも毎年作ってね」
こんなに素敵な手編みのベストを作ってくれるのなら、自分が無理してまで編み物をしなくてもいいと思ってしまうほどの出来だった。
だから素直にそう言葉にすると、なぜかアッシュの瞳が少しだけ濁った。
「うん、これだけ上手に編めるとなると、甲乙つけがたいな。スレイドは、どう思う?」
「……同点だと思います」
軽く口を尖らしつつも、スレイドお兄様はお父様の問いに答えた。
私としてはアッシュに軍配を挙げたいところだけれど、確かにスレイドお兄様のものと同じくらい良くできていると思う。
「そうだね。じゃあ、この勝負は引き分けだ。スレイドもアッシュも良く編めた」
やったね!まるで自分が誉められたみたいに、頬がにやけてくる。
自分の編んだ作品のことをすっかりと忘れて、アッシュに向かってもう一度抱きつこうとすると、お父様からやたら低い声で名前を呼ばれた。
「エリシャ」
「あ、はいっ」
「エリシャ……」
「ええ、と……その、」
あ、これはヤバい。ちょっと怒ってるな、アレか?タワシか。
「流石にせっかくの毛糸をあんなふうに使われると、これ以上は許してあげられないかな」
「はあ、仰る通りです……」
新作の毛糸という触れ込み通り、あの毛糸はそこそこいい値段がした覚えがある。
本当に必要なものならばけち臭いことは言わないお父様だけれども、あの出来栄えに、あの使い方は許容範囲外だったらしい。
うん、あれは私が悪い。
そういえばと思い出したが、あの前世での毛糸のタワシって確かアクリルの毛糸だった気がする。この毛糸は当然羊毛だろうし、素材が違うのだから使い勝手が違うのは当たり前だ。
その上、こちらには魔法石で使える洗浄機があるのだから、そりゃあ意味もない。
「エリシャには今後、編み物に手を出そうだなんて考えないように。わかったね」
「はいー……」
言葉は優しいが、完全にダメ出しをくらってしまった。これはもう、隠れてでも編み物はできないということと同じだ。バレたら、ただでは済まない。
諦めたつもりはないものの、私は試合終了を知らせるゴングが頭の中でカーンと鳴り響く音を聞いた。




