毛糸! 3
「はあ?そんなことある訳ないだろう。こんなのレース編みと変わらないよ」
「ほほほ。やったこともないくせに、凄い自信ですことー。まあー、初めてなら毛糸はいくらあっても足りないでしょうし。たくさん持っていってもかまいませんよ。私は十もあれば十分ですから」
腕を組んでそう挑発してやると、スレイドお兄様がソファーから勢よく立ち上がる。
「もしかしなくても、エリシャは僕に対してケンカをうっているのかな?」
「まっさかー、本気でケンカするのなら私の方が強いと思いますよ」
男女の差はあれど、幼年期の三歳差はちょっと大きい。けれども私には、前世でつちかったプロレス技の数々がある。本気でやりあったら負けるわけがない。
煽るようにあごをクイッと上げると、高位貴族のご令息様らしく、スレイドお兄様は後ずさってお父様の陰に隠れた。
勝ったな、と心の中で勝利宣言をしてから毛糸を取りにかかると、それでもしつこく声が投げられた。
「じゃあ、こうしようよ。編み物の勝負だ。僕が勝ったら、エリシャは僕の言うことをなんでも一つ聞くこと」
「はあ?」
お父様の後ろでいきがるお兄様。さすがにそのポジションでは、お父様が怖くて睨みはきかせられない。
「編み物なんて簡単に出来るんだろう?だったら、毛糸を使ってどっちが上手に編めるか勝負をしようってことだよ」
へー、ほー、肉食系だけあって、スレイドお兄様は思っていたよりもなかなか根性がある。
たとえそれが私やアッシュに対しての対抗意識だとしても、個人的にこういうのは嫌いじゃない。
「いいですよ。お受けいたします」
「エリシャ、スレイドが言っているのは編み物だよ。毛糸を使って遊ぶとか、そういう話じゃないんだ。さすがにそれはちょっと無理じゃないかい?」
私の了解の声に、お父様が驚き声をかける。
ふふふ。出来はアレだけれども、一応アッシュに習っているから基礎は理解しているんですよ。
そもそも私は、どんなことであれ勝負がかかったほうがやる気がでる。これは前世からの性分だ。
「大丈夫です。出来ますよ。ただ……」
「ただ?」
「編み物勝負は、私とスレイドお兄様、そしてアッシュの三人で行います。それでよければ受けてあげます」
「……エリーシャルお嬢様!?」
私の隣で静かに控えていたアッシュが声を上げる。
まあまあ、ここはアッシュもその腕前をスレイドお兄様に見せつけてやってちょうだい。そうすれば、お兄様もこっちを侮ることはないでしょう。
「ふうん、アッシュか……いいよ。アッシュも参加となれば、エリシャの代わりに作品を出されることもないだろうし」
「そんな姑息な真似はするつもりもありませんよ。じゃあ、これで成立ですね、スレイドお兄様」
「わかった。じゃあ、期限は……二週間で。判定は、お父様につけてもらう。これでいいよね」
「にしゅ……」
短っ!……本当に間に合うか?やっぱり、アッシュも参加させずに手伝ってもらうべきだったか?
いや、それは違う。勝負という者は自力でやらなければ意味がない。
「コホン、いいでしょう。ではお兄様、勝負です!」
頭の中で、戦いのゴングが鳴った。
うーん、この感覚は久しぶりで懐かしい。ここ最近は私の乙女に夢である「男のするもの」にかかりっきりで、こういったことは全く遠ざかっていたけれども、別に勝負事が嫌になったということではないのだ。
無理矢理アッシュも参加させてしまったけど、それもご愛敬だ。それにちょっと二週間は早すぎる締め切り期限だけれど、まあなんとかなる、かな?
無表情を通り越したアッシュが低い声で「お嬢様……」と声を絞り出すまで、ものすごく楽観的に考えていた。
***
「エリーシャルお嬢様……やはり、少々無謀だったかと思われます」
明るい暖色系の毛糸をゲットして、コジーに分けてあげると、こんなに綺麗な毛糸は初めて見たと言って、ものすごく感謝された。
喜んでもらえてこっちも嬉しくなり、いい気分で編み物に取り掛かれると、新しい毛糸を手に取ったところで、アッシュの静かな声が響く。
「ええ……そうかなあ?」
「はい。僕はこの編み棒というものは初めてですので、慣れるまで少々時間が必要かと」
「かぎ針でもいいんじゃない?慣れているなら、そっちで」
「毛糸と一緒にいただいてきた図案には、編み棒でとかかれていますが」
確かにもらってきた図案通りに作るのならば編み棒で編むのが正解なのだろう。けれども編み物であるのなら、かぎ針で作ろうが全く問題はないはずだ。
「図案はあくまでも図案でしょ。サイズだって人によっては違うんだから、大事なのは編み目をきちっと測って作っていくことじゃないかなあ?」
「編み目を測る、ですか?」
「そうそう。編み目の数と段を測って、実際着てもらう人の寸法に合わせちゃえばいいじゃん。図案も大事だけれど、もっと自由にやっていこうよ。アッシュなら、出来るよ。だって、編み物上手だもん」
そもそもアッシュが作るレース編みは本当に丁寧で綺麗なものだ。その腕を活かせば、絶対に毛糸で作る編み物だって上手に出来る。もっと自分に自信をもってやって欲しい。
「よろしいのでしょうか……そんな、自由に、と?」
目をぱちぱちと瞬かせながら、アッシュの表情がほんの少し動いた。ブルーグレーの瞳が、部屋の明かりに反射してキラキラと輝いているように見えた。
「勿論!型にはまる必要なんかないよ。一緒に楽しもう!」
にかっと笑ってアッシュの手を取ると、軽く頭を下げて小さな声で言う。
「そういう考えは、今まで持ったことはありませんでした」
「今持てばいいじゃん。きっと、そのほうが楽しいよ」
取った手をぎゅっと握りしめると、アッシュの頭が上がる。
「そう、ですね……はい。そう考えると、なんだか楽しくなってきました」
そう言って、アッシュは私に向かい柔らかい笑顔を向けた。
……っ、美少年の笑顔!!アッシュ、出来るじゃん!笑えるじゃん!か、わ、い、い!
なに、なに?こんなふうに笑えるの?皆知ってた?
初めて見るアッシュの笑顔に、急に胸がドギマギしてしまう。
そのとんでもない爆発的笑顔に、しばらくの間魅せられてしまった私だった。




