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毛糸! 2

 アッシュが注文をしてから一週間後に新しい毛糸が届いた。


 私はその間、コジーの毛糸を使用して何度も練習を重ね、なんとか真っすぐになるようにくさり編みが編めるようになった。

 ただし編んでいる内に編み目が、ガッチガチのコチコチになっていくため、未だ三段目は目が拾えない。……おう。


 正直言って、そんなレベルの私が新しい毛糸を使用するなんて、ちょっとおこがましいと思う。

 だからコジーに返す分とアッシュにあげる分を合わせてセーター二枚分くらいの毛糸を買おうかな、なんて考えていたのだけれども、なんとコベリット侯爵家が常時利用している商会の会頭が、色とりどりの、そして多種多様な毛糸を大きな木箱に詰め込み、張り切ってやって来てしまったのだった。


 その話を聞いた、新しいもの好きなお父様やスレイドお兄様から見てみたいと声がかかり、何故か一緒になってその新作という毛糸の山にかこまれることとなった。

 そうなると、あくまでもこれはアッシュの買い物であって、私は単なるおまけで見せてもらっているという体を取らざるを得ない。


 いや、そこまで大げさな買い物するつもりじゃなかったのに、どうしてこんなことになった?


 ***


「へえ、これが毛糸?随分とカラフルなものが出来たのものだねえ」


「ええ、今まではシンプルな生成りのものばかりでしたので、貴族の皆さま方には不評でございました。ですが北のローガル国の方で毛糸に染色したり、あえて色や違う質感の毛糸を混ぜ込んだりした新作毛糸が出回り始めましたのです。美しいでしょう?あちらの貴族ご令息方が挙って編み物を嗜むようになり、部屋着やひざ掛けなどをプレゼントにもされているようですよ」


「ふわふわだ。暖かいし、軽いよ、お父様」


「コベリット侯爵様のお屋敷のように、全てを魔法石で暖められていればそれほど必要はございませんでしょうが、こちらの毛糸で編んだ上掛けがございましたら、この冬の寒さも随分と和らぐでしょう。かく言う私も、中にベストを着こんでおります」


 コホン、と軽い咳払いとともに、会頭のおば様はジャケットの襟元をちらりと見せる。深い青色の毛糸のベストだ。

 お父様たちから、ああ、と感嘆の声が上がる。


「それは、なかなかいいね」


「そうでございましょう?こちらは襟巻きと揃いでして、随分と重宝しております」


「へー、襟巻きねえ」


「はい。夫が編んだものですから、少々つたないものですが……こちらがございますと冬の寒空の中でもとても暖こうございます」


 ポンポンとジャケット越しに胸元を叩いて自慢をすると、何故だかお父様たちに緊張感が走る。

 え、なに?なんで、いきなり、キャッキャウフフ状態から、こんな一気に静まっちゃうのよ?


 首を捻っていると、今日は一応注文主のため、私の後ろではなく隣に座っているアッシュが、こっそりと耳打ちをする。


「お嬢様、毛糸の買い占めがおこりそうですので、先にいくつかもらっておいたほうがよろしいか、と……」


「え?」


 聞き返そうとしたその瞬間、お父様が会頭静かに尋ねる。


「うん、会頭。図案もあるのかなあ?その、ベストや襟巻きなんかの」


「勿論でございます、御家内様。ローガル国より、毛糸、編み棒、図案など取り揃えてまいりました。ああ、やはりコベリット侯爵家の皆様方は見る目がお高い。御家内様やご令息が編み物を始められたのならば、きっとこのシュラーゲンでも貴族の嗜みとして流行りますでしょう」


 ニコニコと満面の笑みで、さらなる木箱から荷物を出していく。


 商売上手いなー、さすがはシュラーゲンでも一二を争うくらい大きな商会の会頭だ。

 きっと、家から毛糸の注文が入った時点でがっつり売りにかかるための算段をつけてきたのだろう。


 たくさんの編み物の道具が目の前に積まれていく。この世界、貴族が編むものといったら、レース編みが主だったので、目新しいものにお父様やお兄様は興味津々といった様子だ。

 特に、編んだものをお母様に身に着けてもらえるという言葉が気に入ったお父様は張り切った。


「それじゃあ、全部いただこうか。あと、毛糸はもう少し追加で持ってきて欲しいな」


「ありがとうございます、御家内様」


 大胆な買い物の仕方だな、お父様。会頭は、ほくほく顔で礼を言いった。


 まあ、お父様たちのことだから、きっと上手に編むだろう。なにせ、紳士の鏡、男の中の男という評判のお父様だから、そこは無駄になる心配はいらない。


 それよりも大事なのは、この二人から毛糸をゲットで出来るかの方だ。

 いくら注文主とはいえ、お父様たち相手ではアッシュも控えめに出るしかないので、ここは私が頑張ろう。


「あのー……お父様?私も毛糸、いくつかもらってっていいかな?」


 とはいえ、ちょっと下手にでてしまうのは仕方がないな、うん。それでも可愛らしくお願いをすると、お父様はにっこりと笑い「勿論」と言ってくれた。

 しかし、もう一人のハンターはそうはいかない。


「なんで、エリシャが毛糸を欲しがるんだよ」


 えー、スレイドお兄様、それを言うかな?そもそも、アッシュが私のために注文してくれた毛糸だよね。


「元々アッシュが頼んだんですよ。言わなきゃ、スレイドお兄様が全部持って行っちゃうじゃないですかあ」


「じゃあ、なおさらエリシャには関係ないよね。アッシュもさっさと選んでいきなよ」


 そう言って、そっぽを向いた。

 ほう、そういう態度で来るか。元々スレイドお兄様は私に対して扱いが雑な上に、アッシュに対してもそれとなく冷たいところがある。

 どうせ大好きなキリアスお兄様が私たちに優しいから嫉妬しているだけだろうけれども、腹立たしいものは腹立たしい。


「はっ、私だって編み物くらいできますよ」


 関係ないだろの売り言葉に、つい買い言葉を投げかけてしまった。

 その私の「できらあ」に、スレイドお兄様だけでなく、その場にいるお父様や、会頭、そしてアッシュが驚いた。


 おっと、いけない。編めるというレベルじゃなかったっけ。そう思ったのも束の間、失言を撤回する前にスレイドお兄様がすかさず言葉尻を捕らえる。


「ふーん。出来るの?エリシャが、編み物を?面白い冗談だけれど、あんまり大きな声で言わない方がいいよ。頭がおかしくなったと思われるからね」


「スレイド様!エリーシャルお嬢様に対して失礼です」


 んぐっ。……そうだ。アッシュが私のやりたい「おとこのするもの」に寛容になってきてくれたので忘れかけていたけれど、この世界は相変わらず女尊男卑で、女が男のようなことをするのを嫌う。

 またその反対も同じで、特に貴族はそれが淑女と紳士のあるべき姿だと思っているのだ。


 それは確かに当然の反応で、いくら私が幼いからと言っても反論しようがない。たった一人、アッシュ以外は。けど――


「あら。出来ますよ。簡単じゃないですか。それともスレイドお兄様は女の私よりも編み物に自信がないんですか?」


 売られたケンカは買わないとね。女がすたります。


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