毛糸! 1
努力は必ず報われる。それを信条としてずっとここまでやってきた。
女子プロレスの団体の門をくぐった時にはミジンコのような体力も、人の倍食べ、動いてつけた。体だけ大きくても動きが遅いウドの大木だと言われればスピードにも磨きをかけ、寝る間も惜しんで覚えた技の数もベビーフェイス八草奏にだって負けはしないとの自負があった。
とにかく努力。そうしてヒールながらも団体のダブルスターとしての地位を確立した。
だからこそ、思う。……ここまで私の努力が通じない世界があるなんてっ!
「エリーシャルお嬢様、あの、力をもう少し抜いて、ほら、輪っかが外れました」
「わ、わかってる。ちょ……うん。あれよね、っとお……」
「あ、そこは……」
「だー……あ、ああ」
そしてまた、私の手によってごつごつの塊がついたよれよれになった紐状の何かが生産された。
オウ、ノー!と天を仰ぐ。これで何十回目だろうか?
とりあえず新しい刺繍枠が出来るまでは刺繍はお休みしてレース編みを練習していこうと、アッシュと一緒に始め一週間が経ったのだけれども……ダメだ。
これはもう努力という枠にはめられないものなのかもしれないと思い始めた。
確かに練習初日のアッシュも手元がぎこちなかった。私とレース編みを練習するにあたって、キリアスお兄様に基本の編み方をレクチャーしてもらったということだったけれども、かぎ針の扱いは私と同じように初心者のものだった、はずだ。
はずなのに、アッシュはあっという間に上達してしまった。
練習がてら作ったコースターサイズのレース編みも、とっくに売り物レベルになっている。
そりゃそうだ。元々刺繍は上手だし、なんでもさらりとこなす器用さもある。土台が違うのだよと、どこか上の方から声が聞こえてくる気さえした。
「努力……根性……努力……」
座右の銘のこの言葉、「男のするもの」に対していまいち相性が悪いかもなあ。などと考えていると、テーブルにぽんっと丸い固まりが置かれた。
「え、これ……毛糸?」
レース編み用の糸とは違い、太く弾力がある毛糸。今なぜこれが?と、アッシュに向けて首を捻る。
「御家内様にレース編みのコツをお尋ねしたところ、初心者は出来るだけ太めでかかりのいい糸を使用した方がいいとのことです」
「お父様に?わざわざ聞きに行ったの?」
「はい。ですからコジーに頼んで毛糸を一巻き譲り受けてきました。エリーシャルお嬢様、こちらで練習してみませんか?」
おお、コジーってこの間話に出ていた、家政従僕の子か。そういえば、その子の家では防寒着にセーターを毛糸で編むって言っていたよね。
だからアッシュは、わざわざ毛糸をもらいにいってくれたの?
私のために……私が上手に編めないからって……
「アッシュぅう……ありがとうぉお」
「握りつぶさないようにお気を付けくださいね。それから、糸が変わったとはいえ、基本は同じですから手順通り、丁寧に練習いたしましょう」
うう、そりゃそうだ。道具や材料が変わったところで、やっぱり大事なのは使用する側の問題だ。
結局センスの無さは努力と根性でカバーしていくしかない。この場合は練習あるのみ。
「そうね、まだ始めて一週間だもん。焦らないで頑張る」
「ええ。ゆっくり上達していきましょう」
手持ちのかぎ針で一番大きなものと、糸端を引っ張り出した毛糸の固まりを、アッシュが私に手渡してくれた。
毛糸を人差し指にひっかけ、指でつまむ。かぎ針を差し込んで毛糸をかけると、確かに今までの糸と違って滑りにくく扱いやすい。
そうして横からかかるアッシュの言葉通りにゆっくりとくさり編みを作っていく。
今回は指にかかる感覚がしっかりとしているおかげで、今まで以上に上手く出来ている気がする。
とはいえもちろん、当社比というべき出来栄えなのだけれども。
それでも、なんとか鎖っぽい感じにはなってきている。いい気分で次の糸を送るのに指を動かすと、ふと気がついた。
この毛糸は実際に一本ずつ手に取ってみると、それほどふわふわとはしなかった。むしろ、ところどころ厚みが不均等でなんともいえない使用感がある。
毛糸にしては固いし、なにかの汚れなのかシミっぽいものがついているところもある。
んん?これ……もしかして、サイズアウトしたものの巻き直し?
ああ、コジーのように一般的な家では、毛糸だって一度使って着られなくなったら捨ててしまうわけではないのだろう。
きっと何度も編んではほどいて使っている。その一巻きをアッシュは譲ってもらったのだ。
私が考えていることに気がついたアッシュが、おそるおそるといった様子で声をかけてきた。
「やはり新しい毛糸が手に入ってからのほうがよろしかったでしょうか?手配はしましたが、その……少しでも早くと思いまして」
その言葉を聞いて、またグッと心を鷲づかみにされてしまう。
なんなのー、アッシュ。本当に可愛いよー。
私の『乙女の夢』であるレース編みや刺繍のために、こんなに親身になってくれるだなんて……「男のするものです」とぶち切れていた頃と全く違う。
それに表情だって相変わらず動きは少ないけれど、徐々に感情が漏れだしてきているように見える。今だって、ほら……なんか、ちょっとしゅんとしているように見えて仕方がない。
「ううん、これがいい。新品よりくたくたしているから使いやすい」
実際、毛糸がけば立っている分かぎ針が引っかかりやすい気がする。
「そうですか」
ほら、ホッとした。もっとその顔が見てみたいなあ、と思わせる。
「うん。アッシュも使ってみて!まだコジーが持っているようだったら二、三個もらってきてくれる?その代わりに、新しい毛糸が届いたらコジーのところにも持っていってくれていいから」
「あ……はい」
ふわん、と空気が舞い上がる。ほんの少しの言葉でも、アッシュが喜んでいるのがわかった。
それだけで私も、とても幸せな気分になる。
『乙女の夢』と、それを一緒に楽しめる友人。正確には友人ではないけれど、前世ではありえなかったシチュエーションに、ものすごく心が浮きたっている。




