刺繍! 1
泣き疲れ、お母様に抱きかかえられて部屋に帰った。
そのまま寝てしまったわりには、べちゃべちゃになっていたはずの顔もスッキリしている。
あれだけの寒さの中で、最後には半分シャーベットみたいになったというのに、なんと頑丈な体だろうか。七歳という年齢もあって、ぷりぷりのもちもち肌はいつもと変わりない。
ベストとスカートという格好に着替えてから、アッシュにサイドだけを編み上げてもらいふわふわの金髪を後ろにたらす。
そうすれば今日も絶好に可愛いエリーシャルの出来上がりだ。
私が大変満足するかたわらで、アッシュが寝ぐせでからまった毛先をブラシでゆっくりとほぐしていく。それを横目で見ながら私は、『うん』と心の中で頷いた。
昨日、お母様と話したアッシュの秘密と私の決意については、きっちりと心に刻みつけた。
けれど今はまだまだこれだけでいい。アッシュがもっともっと自分自身を取り戻していくのもアッシュのスピードに合わせたほうがいいし、私だってまだまだこの世界のことをほとんど知らないのだ。勉強するべきことはいっぱいある。
そうでなければアッシュのこともちゃんと大事にできないし、私の『乙女の夢』だって叶えられない。
いくら前世の記憶があろうとも、今の私はエリーシャル・コベリット、七歳。
毎日やるべきことをしっかりとこなしていくこと、それが大事なのだ。
だからこそ、気合を入れた。さー今日もやるぞ、考えていたら鼻息でふんふんふーん、と鼻歌まで出てしまっていた。
それが耳に入ったのか、アッシュがブラシを持つ手を止める。
「お風邪を召されなくてよろしかったです」
「あ……うん。昨日は結構がっつりとお母様から怒られちゃったから」
昨日はあまりにも泣きすぎたせいで顔がぐしゃぐしゃになっていたから、帰る前にお母様と二人でしめし合わせた。
きっと今朝のお母様は、お父様に「こまで怒らなくてもよかったのに」と叱られているだろうけれども、それも織り込み済み。
それもこれも全部私たちのためを思ってしてくれていることなので、ありがたくその気持ちに乗っかることにした。
「なにも、あそこまで……」
おっと、アッシュですらお母様に向かい言いたいことがありそうだ。
犠牲となったお母様に申し訳ない気持ちもあるので、話しをすり替えよう。
「あ、可愛くなった!ね、アッシュ?」
「あ、はい。もうよろしいですよ」
「えへへ。じゃあ、今日も午後はダンスのレッスン頑張るね」
昨日のことは引きずってないということを知ってもらうために、さりげなく自分から進んで話を出す。
すると、アッシュはブラシを片付けながら申し訳なさそうに答える。
「本日はキリアス様のレッスン予定が入っておりますので、ダンスルームは使用できません」
「そっかー。じゃあ、仕方がないね」
来年には成人するキリアスお兄様。新年に行われる大舞踏会が、新成人のデビューになるわけだからこそ、ダンスレッスンは最重要課題なのだ。
今でも貴族令息としての教養は完璧なキリアスお兄様だけれども、それに奢ることなく毎日頑張っている。
だから邪魔するようなことは絶対にしてはいけない……ただでさえ、ピアノのレッスンでは迷惑をかけたからなー、って……うん。ん、あれ……?
「あっ!」
「……お嬢様、何か?」
あー、あー、あー、キリアスお兄様が新成人ということは、同じ歳のアッシュも当然そうなわけで……はい。そこに気がつきました。
初めて突撃したピアノのレッスンにだって、キリアスお兄様たちとともにアッシュも参加していた。
ここは、全く知らないふりをして快くレッスンに送り出してあげよう。
「いやいや、ええと……それじゃあ、今日の午後は何をしようかなーって、うん。あ、庭へ行こうかな。久々に花もみたいし」
などと言いながら窓枠に手をあてると、外は猛吹雪だった……おうっ。
昨日よりもさらにヤバい雪の量に、これは遭難しかねないと諦める。
「いや、それよりもべ、勉強?しよう、かなー……あはは」
したくはないけれど、そう言っておけばアッシュも憂いなくレッスンに参加できるだろう。
私に教えるくらいには上手だったけれど、ちゃんとしたパートナーと踊ることを考えれば練習はいくらしてもいいくらいだ。
半分ひきつりながら伝えると、なぜだかアッシュの口元が軽く上がった気がした。見間違いかな?
「そうですか、お嬢様はそんなにお勉強がお好きになったのですね」
「そ、そうよー……ダイスキ」
「では、僕も少しお嬢様のスケジュールを見直さなければなりませんね」
「え、う、うん」
「せっかく、今日はお嬢様が常々してみたいとおっしゃっていた、『刺繍』の用意をさせていただいたのですが……残念で……」
「って、う……嘘ぉおおおっ!?」
あまりに驚きすぎてアッシュの声に思いっきり被せてしまった。
刺繍……ああ、憧れの刺繍。
初めてこの世界でやってみたいとお願いした私『乙女の夢』……しかも、アッシュがすすめてくれるだなんて!
こんなのやるに決まっている。やらないわけがないでしょう!
「やるっ……やります。やらせてください、お願いします!」
土下座するくらいの気持ちを込めて伝えると、今度こそアッシュの口角が上がる。
「それでは準備をしてお待ちしております。午前の勉強、お励み下さいませ」
「頑張る!頑張ってくるから、待っててね!」
アッシュの手を取りぶんぶんと振り回す。
そして涙と鼻水まみれの昨日とはうって変わり、スキップと鼻歌で跳びはねながら朝食へと向かった。




