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転生! 2

 パパと呼ばれて嬉しがっているお父様は、ベッドの端に座ると、私の髪を優しく撫で始めた。

 その手のひらからじんわりとした温かさを感じて、固くなっていた体が徐々にほぐれていく。


「あ、あの……私、いったい、どうしたの?」


 しばらくその手を堪能していたけれど、ずっとそうしていられることに照れが出始めてきたので、そろそろ自分の様子を確認してみる。

 すると、「覚えていないの?」と質問を質問で返された。


「ええと、はい。なんだか頭がぽやぽやしています」


「そうみたいだね。こんなに大人しいんだもの」


 あらら、私ってもしかして見た目に反して、ちょっとお転婆さんだった?


「エリシャ、君は木から落ちた時に頭をぶつけて、丸一日ずっと寝ていたんだよ」


 そうお父様は窓の外に指さして言った。そこには枝ぶりのいい大きな木が立っている。


 あ、これは私ってば結構なじゃじゃ馬だよね。その木の高さからいって、二階であろう私の部屋から飛び移ったんだろうな。

 この体に、あの高さでよく大ケガをしなかったものだと思う。少しほっとしたように息をはくと、お父様はぎゅっと私の手を握り締めた。


「丘の上の一本杉は滑りやすいから、もう二度と登らないとパパと約束しようね」


 え、嘘?

 目を凝らして窓の外、大きな木の向こう側に見える小さな丘の上に、さらに大きな杉の木が一本ドーンと鎮座していた。


 あれえええ?もしかして、落ちたのってあっちの木?うそーん!


 あれから落ちて頭打ったのにほぼ怪我なしって、化け物か!?

 多分、コブラ・兵頭でも足を骨折する自信があるんだけど。


 これはいったいどういうことだろうと考える。よし、記憶を少しまとめよう。


 私の名前は、エリーシャル・コベリット。

 ええと、シュラーゲン王国のコベリット侯爵家の長女で、お母様、お父様、そしてお兄様二人の五人家族だ。

 うん、侯爵家といえば貴族でもかなり上の方だったと思う。裕福そうだと感じたのは間違っていない。お父様の衣裳もお金かかっていそうだし。


 そして……あれ?何か今もの凄い違和感があった。

 何だろう、私の価値観とは違うものがさらっと頭の中に浮かんだような気がした。


「ううん、困ったな?」


 思わずぽろりとこぼした声を、お父様は聞き逃さなかった。


「……もしかして、お母様に何か言われたの?」


「え?」


 どうしてそこでお母様が出てくるのだろう。黙って首を傾げると、お父様は軽く口を尖らせた。


「もうっ、お母様に無茶なことを言われたら、すぐにパパのところへおいで。パパが、めっ!って言って怒ってあげるから」


 怖くないな、うん。

 それどころかめちゃくちゃ可愛いんですけれど?萌える、二回目。


 理由は知らないけれど、私があの巨大杉の木に登ったのが、そのお母様のせいにされているみたいだ。

 わけがわからないまま、はははと苦笑いを返していると、よく通る大きな声がそれを吹き飛ばす。


「ファイラー、いくら私が七歳の時にあの杉木を制覇したからといって、同じことをわが娘に強要などはさせませんよ」


 膝下丈のスカートをひるがえしながら、ブーツのヒールを鳴らしてベッドに近づいてくるその人は、赤みのある真っすぐな髪に、きりりとした目つきの正統派美人だった。


「エリーシャル、そうでしょう?」


「はい、お母様!」


 あまりの威圧感に、考える間も無く条件反射で答えていた。


 想像と違うけど、つまりこの美人さんが私のお母様というわけだ。なんとなく、所属団体の鬼コーチっぽいのが気にかかる。


 そのお母様に向かって若干の疑わしい視線を向けるお父様。

 ちょっと度胸あるな、さすが優男に見えても男だなと感心していると、なんとなくあやしい雲行きになって来た。


「ビラネル……本当に?」


「もちろん。私が今までにファイに嘘をついたことがあって?」


「うん、まあ……なかったけど」


「ふふ。でしょう?結婚式で誓ったもの、愛している貴方に真実を捧げると」


 甘い甘い言葉をはきながら、お母様がお父様の左手を取る。そうして指輪をはめた指を食むようにちゅっと音を立ててキスをした。


「ビラネル、エリシャが見ているから……」


 頬を染めて押し戻そうとするも、お母様の右手はしっかりとお父様の腰を掴んで離さない。「照れるファイも可愛いわ」と、さらに手の甲、腕と、場所を上げていく。


 私のベッドに座って、二人とも何をしているのかなー?


 じっと見ていたら、お母様に顎でくいっと促された。「はい、お母様!」と返事する代わりに布団をかぶって無に徹する。


 しばらく、ちゅっ、ちゅ、という音が続いた後、静かになったなと布団をそっと上げると……もうそこには誰もいなかった。


「早っ!」


 うん。お父様めちゃくちゃ可愛いし、そういう愛の形もあるかなと納得して、ベッドから降りる。

 するとすかさずガウンが肩にかかった。


「お嬢様、お着替えなさるのでしたら、お手伝いいたします」


 最初に見かけたあの銀髪の男の子が私の後ろに立っていたのだ。


 うお、やっぱりすごい美少年、まつ毛長い!無表情だけど、それがまた似合っている。


「え?君が、手伝うの?」


「……?アッシュです、お嬢様。はい、私はお嬢様専属の従僕でございますので」


「あ……と、今日はもういいや……です」


 なんか気も削がれたし、第一いくら私がまだ小さいからといって、男の子に着替えを手伝ってもらうのは違うと思う。

 もうパンツは見られた仲だけどさ。


「さようでございますか。それでは、何かありましたらお言いつけ下さい」


 それだけ伝えてくると、アッシュという名の少年は表情を変えることなく、目立たない、けど私から離れすぎず近すぎない場所に移り、姿勢を正して立って待つことにしたようだ。


 正直、居づらい……


 ただでさえやることもないのに、その私からの命令待ちをしているお手伝いさんに側にいられるとか、苦痛でしかない。まだエリーシャルとしての記憶が定かじゃないからか、本当に慣れないよね。


 何か、何かやってもらえることはないかと、考えている内に、ふと閃いた。


 そうだ、初志貫徹をしようじゃないか!


「ねえ、君!」


「アッシュです、お嬢様」


「あ、うん。アッシュ。あのね、持ってきて欲しいものがあるの」


「仰せのままに、お嬢様」


 そう言って、私が座ったソファーの横に膝をついた。さっきから全く表情が変わらないけれど、美形は何をしても様になると思う。

 これはこれで従僕もいいものだと、うきうきしながら必要なものを数えた。


「ええと、針と、糸と、布?まずはそれだけね」


 とりあえず刺繍ならそれで出来るかなと考えて伝えたのだけど、アッシュは表情は変えずに「え?」と小さく声をあげた。


「あれ?ダメ?」


「いえ、一体何にお使いになられるの、かと」


 そうか、まだ六歳だもんね。刺繍は早いのかなー、針危ないし。


 でも、私は大丈夫。前世では家庭科の授業で針も糸も扱ったことがある。あるにはある。

 だから大丈夫と、笑顔で言ってみた。


「あのね、刺繍がしてみたいの!だから、針と糸をお願いね」


 その言葉にアッシュのポーカーフェイスが剥がれ落ちた。


「今、なんと……おっしゃられました、か?」


「え、ああ。私、刺繍がしたいわ」


 もう一度希望を伝えるとアッシュは「は?」と声を上げ、あんぐりど口を開ける。

 おや?と思ったその時、アッシュはぐっと息を大きく飲み込んでから、待ったをかけてきた。


「お嬢様!刺繍は、女性がなさるものではありません。

 ――あれは、男のするものです!」


 え……ええーーーーえっ!?どーゆーことーーっ!?


 え、男のするもの?え、え、え?

 私の夢が、男のもの?せっかく生まれ変わったのに意味ないの!?


 その言葉が頭の中にしみこむと、とある事実を思い出した。

 信じたくはないが、私が生まれ変わったこの世界の常識と前世の常識を比べれば一目瞭然。


 ――そうだ、ここは、男女の常識が完全に逆転している世界だっ!


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