秘密 1
さて、それからどういうわけか私は今、お父様にがっつりと叱られている最中だ。
ドカンと雷を落とされた後、「何が悪かったのか反省するように」と言われ、直立不動のままかれこれ三十分ほど経ったところである。
ん、んーっ!?そりゃあアッシュにぶつかったことも、腰痛に気が付かずにダンスのレッスンの相手をさせてしまったことも悪いとは思っている。
だけど、すぐ人を呼んでフォローしたはずだ。どうしてここまで叱られているのか、よく考えろと言われても正直さっぱり意味が分からない。
首を捻りつつうなる私を、角を生やしたお父様の後ろで、お母様がソファーに座りながら眺めている。にやつくお母様、本当にウザイな。
答えがわかっているなら、そんなところで見ていないでさっさと教えて欲しい。ギブ・ミー・アンサー!
そんな私の頭の中がわかるのか、お父様は目を細めて静かにため息をついた。
「エリシャ……本当にわからないのかい?」
「ええと……あの、あれです。その……」
あわあわと両手を振って時間を稼ぎながら、なんとかしようと考えを巡らす。もしかしたらこの世界特有の考え方かも?そこに至った時、ようやくピンときたものがあった。
ここは私の元いた世界とは違い、男女逆転の世界だ。魔法のおかげか女性の方が力も強くて社会的地位も高い。
その反面男性はか弱く、どちらかといえば守られる存在。その男性であるアッシュに対して、私はさっき何をしただろうか?
そう、女の私が男のアッシュの、服の上からとはいえ、お腹を撫でまわしたのだ……っ、つまりは、
セクハラだーっ!!
これは完全にセクシャルハラスメントだ。しかもアッシュは私の専属従僕という立場。重ねて言うならば、パワハラも追加で。
うわぁあ、やっちゃいました。どうしよう、今度こそアッシュに愛想をつかれてしまう。
私がしたがっている「男のするもの」に、ようやく理解をしめし始めてくれだしたところだというのに、なんていうことをしてしまったのだろう。
大きく肩を落としていると、お父様が私の肩に手を置いた。
「ようやくわかったんだね、エリシャ」
「はい……アッシュのお腹、コルセットをベタベタと触ってしまいました」
大人しく自分の思いついたことをお父様へ話すと、うんうんと大きく頷く。
「エリシャには……まだわからないと思うけれども、男性のコルセットパンツはむやみやたらに触ってはいけないよ」
「はい……」
あれはコルセットパンツというのか。初めて聞いた。
けれどもそういえば、肖像画に描かれている男性は、あんなズボンを履いているものが多かったような気がする。
「特に、アッシュは……」
「え?お父様、アッシュが、なにか?」
「あ、ああ……いや。なんでもないよ。とにかく、あれは男性の正装なのだから、今後は気をつけるようにね」
「はい。約束します」
お腹部分を紐でぎゅうぎゅうに締め付けていたあのズボンが正装だとすると、ファスナーもついていないし、ちょっとトイレが大変そうなズボンだなと思う。
逆に、女性がスカートに紐パンっていうのもあれだ。解放感満載だね。……って、ん、ん?
そこまできて、ふと頭に浮かんだことが口からぽろっと零れ出てしまった。
「あ、紐パンにスカートって、エッチがしやすいようになってんの?」
そうか、それだ!
女性上位、というか女性が家名を継ぎ、男性が婿に入るこの世界、当然エッチだって女性からしかける方が多いに決まっている。
そういえば、ズボンを履いて仕事をしていた庭師のお姉さんたちも「スカートでも仕事はできるけれどねえ」と、含んだような笑い顔で言っていた。ある意味下ネタだったわけだ。
おおー、なんかようやく合点がいった。そうかそうか、だからお父様はこんなにも怒っていたのだ。
これはアッシュにも本気で謝らないといけない。そう心に決めて顔を上げた。
上げたら、本当に鬼がいた。
「エリーシャル……君にそんな言葉を教えたのは、どこのどいつだい?」
違う、激高したお父様だった。
「うえっ、え、え?……いや、その……」
前世の知識です。
とは言えず、お父様の勢いに押されてずりずりと後ずさる。
そんな私の姿を見ながら、お父様の肩越しの向こうにいるお母様は、お腹を抱えて声を殺して大笑い中だ。
ぐぬぬ。人の失敗を見世物のように楽しむとは……よし、ここはお母様にも犠牲になってもらおう。
震える指を上げて、お父様の後ろを指さす。すると、一瞬でお父様の体がお母様へと向いた。
「やっぱり。ビラネル、君の仕業かい」
「は?いえ、違う……ファイ、待って」
「そうでなければ、エリシャがあんなことを言い出すはずがないだろう?ねえ、ビラネル」
ペキペキと指を鳴らしながらお母様に近づいて行く。慌てたお母様がまあまあとなだめに入った。
よし、今だな。後はお母様に任せておこう。見世物の観覧代……には高いので、ファイトマネー分も含めてどうぞ。
私はこの隙に抜け出させていただこう。まず、今から何を置いても、今日のことをアッシュへと謝りに行かなければならない。
お母様に『頑張れ』と心のこもっていないガッツポーズを向けてから、さっさと部屋から抜け出してアッシュを探しに走り出した。




