アッシュ! 1
よほど私の嫌われっぷりが可哀想だったのか、後日王宮から山のようなチューリップの花が届いた。
あまりに大量すぎて、王宮のチューリップが一本もなくなり、またガイロス殿下の怒りを買うんじゃないかと心配する。
だから念のために、お礼の手紙とお菓子をセットにして送っておいた。
手紙には、ありがとうございます。でも、もうチューリップは結構です(なくなると困るからという意味)と書き、お菓子は皆さんでお食べくださいとカードを付けておいた。
うん、これぞ前世で培った完璧なマナー。
アッシュには「こちらで本当によろしいでしょうか」とチェックが入ったけど、いいよ、勿論。自信をもって送り出した。
結果、ガイロス殿下より「バカ!」の一言が返ってきてしまった。あれえ?
「ガイロス殿下のわがままは有名だよ。バカの一言で済んだのならいいじゃないか」
お兄様たちとのおやつタイム。スレイドお兄様が、ものすごくいい加減に慰めてくれる。殿下よりも二つ年上と歳も近いことから、その辺の噂話は色々と聞いたことがあるらしい。
「気に入らないことやものがあると、投げたり当たり散らしたりするって。とにかくヒステリックだって、評判だから」
ものを投げられなかっただけマシだと言いたいのだろう。なかなかひどい言い様だ。
私としては確かに扱いにくいとは思ったけど、そこまで悪い子だとは思わなかったけどね。
「スレイド、殿下のことをそんなふうに言ってはダメだよ」
それを、優雅にお茶を飲みながらキリアスお兄様がたしなめる。
スレイドお兄様も、キリアスお兄様の言うことはなんでも聞くので、そこは素直に「はい」と答えた。
「エリーシャルも、それでどうするの?」
「え?」
「王宮でのお披露目会にお呼ばれされているのだろう」
キリアスお兄様から唐突に質問された。すると私にお茶のおかわりをつごうとしていたアッシュの手が止まる。
一瞬、こぼれたの?と思ったけれど、すぐにお茶がつぎ足された。
「うーん、お披露目会ですか?」
そういえば、行進曲の正式なお披露目が来月あるらしい。
そこで、音楽家兼ピアノのおばあちゃん先生でもあるボジロ男爵から、一緒にそのお披露目会に参加しないかと誘われたのだ。
当然私は成人していないので、非公式な出席になる。
しかし沢山の貴族の面々、そして騎士たちとは少しでも顔を合わせることにもなるから、自分の将来を考えるとここはイエス一択なのだろう。
けど、行きたくなーい。
私の夢は、将来の地位や名誉ではない。乙女の夢をいかにして叶えるか、ただそれだけだ。
この男女逆転した世界で生きるからには、成長したあかつきにはお母様の跡を継ぐのは私になるのだろうけど、それまでは出来るだけ夢を追いかけたい。
というか、本音は勝手に生きたい。可愛いものにハアハアしながら生活したい。
つまりまだまだそんな夢の途中なので、出来れば目立ちたくはないのだ。
どう答えようかと考えていると、スレイドお兄様が肘で私の腕をツンツンした。
「王宮には、前からエリシャの見たがっていたドラゴンの飛竜部隊もあるよ」
「ドラゴン!?」
なにそれ超見たい。
魔法があると言われているものの、あまりはっきりした魔法にお目にかかることがなかったせいか、ちょっとファンタジー的なものに飢えていた。
スレイドお兄様も意外とドラゴンとかが好きなのかな?結構男の子らしいところがあるじゃない。
「騎士団のエリート部隊だから、お披露目会には必ず出席するんだ。だからねえ、エリシャ、出席ってことにして僕も連れて行ってもらえるようにお願いしてよ」
「えー……」
いや、やっぱり逆か。目当てが明らかにドラゴンじゃなくてエリート騎士だった。
スカートを履いた騎士たち……ドラゴンに乗る時にもスカートなのだろうか?そこは結構気になる。
「スレイド」
「うっ……だって、キリアスお兄様、エリシャばっかりズルいですよ。僕も王宮へ行ったことがないんですから、一度くらい」
「成人すれば舞踏会にも参加できる。エリーシャルをダシにつかわないように」
「はーい……」
うん。ここはきっぱりと断ろう。
ドラゴンは捨てがたいけど、子どもがやたらと王宮へ行くのはやっぱり悪目立ちするようだ。
「ええと、成人もしていない子どもが王宮へ何度も行くのはよくないと思います。ボジロ先生にも、そう伝えてください」
私の希望を当たり障りなく答えると、めずらしくキリアスお兄様は酸っぱいものでも口にしたような顔をした。
「そのお返事だけで、大丈夫かい?」
「はい!それだけでいいです!」
他に何があるというのだろうか?とにかく元気よくそう答えると、キリアスお兄様は「ふう」と小さくため息を吐いた。
「エリーシャルは色々と面白いことを考えつくようになったようだけれど、もう少し人の気持ちも考えられるようになるといいかな」
ええー。確かにコブラ・兵頭の時もよく、人の考えの裏の裏まで見抜いて、嫌がるところを攻めろと言われたものだが、そんなに鈍感だろうか、むむむ?
「ねえ、私ってそんなに人の気持ちがわからないと思う?」
お兄様たちとおやつタイムを終えて、従僕のアッシュに尋ねてみる。
正直アッシュには面倒ばかりかけているから、答えなど聞かなくてもわかるのだが、つい尋ねてしまった。
「そうですね」ずばりそんな言葉が返ってくるとばかり思っていたところに、何故かアッシュは小さな声でぽつりとこぼした。
「……そんなこと、ありません」
「え、今なんて言ったの?」
「お嬢様は、意外と人のことを考えられる方だと思っています」
意外とっていうのは余分なような気もしないでもないが、まあ褒められた……のよね?
ちょっと複雑な気分で口が歪む。
「それに比べて……僕の方こそ、よほど人の気持ちがわからない人間です」
「ひ、うんっ!?」
はあ?いきなりアッシュは何を言い出すの!?




