謎の強敵が狙うアレ(パン)
サイコパス主人公っていいよね……好きです。
僕はまだこの場から離れることができる。
屋敷の方面には黒服の人間たちが立ちふさがり後方には先ほど事情聴取をしてきた白服の男がいる。
一番まともな考えで言えば白服の男がいる方向には黒服の人間はいないのだからそちら側に逃げて違う道から帰ればいい。万が一背中を向けた瞬間、攻撃してきても結界を貼って防げばいい。
白服の男がどうなるかなど知ったことではない。そもそも僕は無関係だ。どう見ても白服と黒服の間には因縁がありそうだが彼らが何者で何が起こっているのかなど興味はない。これが小説かドラマで自分がテレビを通して見ている視聴者のように傍観者であれば是非、両方の関係を知っておきたいところだが、現実世界では知ると言うことには面倒な代償が伴うということを生きてきて学んだ。
見るからに悪人ですと言っているような黒尽くめや、見るからに面倒ごとの匂いがする白服の組織とは関わる必要は感じられない。あくまで僕は現場に居合わせた一般人で、被害者だ。
「帰ってもよろしいかな」
「ああ?!これが見えねぇのか!おっさんッ!!」
先ほど振り下ろした長剣を地面に再度叩きつける男。一応駄目もとで聞いてみたがやっぱり駄目か。
ここから姿を消して逃げるという方法もできなくない。したくないわけでも切り札というわけでもない。どうやら僕がこの場にいるのも口では面倒ごとに巻き込まれたとはいいつつも、内心ではこの後どうなるのか内心ワクワクしていたようだ。
「シケン!其奴を見張ってろ、アイツは俺たちがやる!」
試験……?私見?意味がわからないな。なんだろう……名前か名称か?いや、僕の前に剣を振り下ろした男に向かって今言っていたよな。ということは安直に考えて死剣か紫剣あたりだろう。こんな名前はないだろうし、黒服連中の服装を見るにコードネームとでも言うのだろうか。
「ああ、つうわけで動くんじゃねぇぞ。変な動きしたらぶっ殺すかんな」
"殺す"……ねぇ。確かに目の前の男は体格が良かった。ラグビーか格闘技でも嗜んでいるかのように全身を覆う黒服の上からでもわかる盛り上がった筋肉と頑丈な骨格、それに鋭い眼光と見るからに凶器とわかる長剣。だがそれだけだ。こいつからは嫌な感じはしなかった。確かに動いたら殺す気で攻撃してくるのだろう。だが近づいただけで鳥肌が立つような嫌な感じがするわけでもない。要は目の前のこの男からは死の香りがしないのだ。
何人も殺している人間や始めてだと言うのに食材にフォークを指すように人を殺せる人間からはその嫌な香りがする。
だから目の前の男は体格はいいが人は殺したこともまともに争ったことはないのだろうと簡単に察しがついた。
大人しく従いその場から動かず五人がかりで襲われる白服の男に目線を合わすと、飛行能力を"そこそこ"上手く使って僅かに浮かびながら地面を滑るように移動し攻撃をかわしているのが見えた。
だがそれ以上に何かがあるわけでもなく携帯していた棒状のスタンガンと拳銃をそれぞれ片手に持ち立ち回っていた。
弱い。立派な制服を着ているからと言って中身まで立派とは限らないか。いや、まあ人間性は立派かもしれないが戦闘において人間性は何一つ役に立たない。
今だってそうだ。五人からの攻撃をかわし適度に攻撃する程度で精一杯でそれ以上の工夫がない。
しかし襲撃側も期待外れだった。
少しは期待したのだ。素晴らしい登場の仕方だった。見るからに悪の組織ですと言うような見た目をして人質だの何だのと言っていたからどんなに悪いことをするのか期待していた。
五人もいながら全くと言って進展はない。互角というところだ。戦い方にセンスがない。僕には僕のやり方というものがあるが、能力の暴力性に身を任せた美しさのない戦いだった。
氷能力者が四方八方から氷の礫を打ち込み、炎能力者が火炎放射器のように焼き払う。念力能力者が瓦礫を吹き飛ばし、テレポート能力者と思わしき人物が背後を取り、結界能力者が飛んでくる弾丸を防いでいた。
僕だったら氷と炎で水蒸気を作って動きづらい環境にするだとかテレポート能力で相手を地下下水道に転移させてマンホールから炎を撃ち込んで焼き殺すな。 などと次々に彼らが敵を上手く倒せるだろう戦術が湧いてきた。だからこそなかなか倒せない彼らにも、五人がかりじゃないとまともに戦えない雑魚に手こずっている白服の男にもイライラした。
飛行能力者ならテレポーター以外は身体を掴んで上空に飛び手を離して落下死させればいいのだ。何故そんなことも出来ないのか、気づかないのか。理解に苦しむ。
「うがあああああぁぁぁっ!?ぁあ!!」
僕の目の前で発せられた叫び声に彼らの動きは止まった。白服の男は距離を取り、黒尽くめの五人組はその光景を見てさぞ驚いた様子だった。
「なにを、している!」
何とは見てわからないのだろうか。
僕は、目の前にいた"シケン"と呼ばれた大男を空中で締め上げていた。
見えない何かに拘束されたように地面から離れた場所でもがく男。磔にされているように両手を広げ足を揃え体は動かず、唯一自由になっている頭が必死に逃れようと叫び声を上げながら激しく振るわれていた。
「はぁ……正直いつでもこの場から立ち去れたが、君たちが面白そうなことをしようとしているではないか、だから期待を込めて観戦していたのだが全く期待外れだったよ」
「なんだと!」
そう言って僕は、やれやれと言わんばかりに態とらしく肩を竦めた。自分が雑魚だと認められず怒ったように言い返してきたので、無言で締め上げていた男の親指をへし折った。
「あ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!?!!!!!」
瞳孔が小さくなり充血した目は飛び出してしまわんばかりに見開いた。口からはヨダレが垂れて顔は汗でビッショリだった。何より押さえつけている体が僅かながらビクビクと震えている。
荒事をやっているのであればこれくらいの怪我はあると思ったが。
「やめて!」「シンジを離せ!」
ふぅん。親指一本で名前をバラしてしまうとはますます期待外れだ。お気に入りのパン屋を爆破してくれたものだからどんな悪人かと思えばなんだ、餓鬼か。
「君たちは先ほどの爆発を起こしたのかな?」
「だとしたらなんだってんだ!シンジを離せ!!」
「シンジ君とらやが誰だが知らないが質問をしているのはこちらだ」
それだけ告げると処刑するように空中に貼り付けいたぶる様に端から指を折って行く。
一本折る度に悲鳴を上げ、5本折る頃には失神し起こすために反対の手の指を一本折れば跳ね起きた。
「やめろ!やめろってんだ!!何の意味がある!どうしてこんなことをするんだっ!!!!」
まるで自分が被害者のように叫んだリーダー格の男に目を向けた。白服の男は何か言うわけでも無くこちらに目を向けている。
「やめろ……だって?君たちには私に命令できるほどの立場なのかよく考え給え。それから私は質問に正直に答えて欲しいだけさ。こんなことには何も意味がない」
「なら! 離しなさい」
「ユナ! 待つんだ……(今は抑えて取り戻そう、アイツをヤるかどうかはそのあとだ)」
「(でもっ! 許せない)」
「(これは許す許さないじゃない、相手は突然街中で拷問するような人間なんだぞ!! アイツを救うには従うしかない)」
「(そうだな、隙があれば合図をする流石に不意打ちとあれば攻撃に怯むだろう)」
「(わかったわ)」
「(俺があいつの質問に答える、もしも何かあったらお前たちは逃げろ。 俺はテレポートがあるからな、最悪孤立しても逃げられる自信がある)」
「(……わかった、お前たちもそれでいいか?)」
「(ああ)」「(ええ……)」「(しゃーない)」「(理解した)」
「(よし、なら行くぞ!)」
「作戦会議は終わりかな?」
当人たちはヒソヒソ話のようであったが僕の耳にはその会話の全部が届いていた。舞台役者にでもなった気分だ。
勇者を待ち構える魔王のように立ち向かう相手の隙を許しじっくり待ち構える。
後ろには姫ではないが、人質がいると言うのも良い。
僕はいつからこんなに嗜虐的な趣味を持っていたのだろうか。
きっと悪魔が囁いたのだろう。
「し、質問に答えたらそいつは解放してくれるのか……?」
「ふむ、まあそうだな。私にとってコレに価値はない。解放したあと君たちがこの図体ばかりの役立たずを痛めつけようと関与するつもりはないさ」
そういうとシンジと呼ばれた男は怯えたように五人を見た。
「(そんなことするわけないでしょっ!)」
「何、軽いジョークのつもりだったが君たちはよほど信用がないらしいな、シンジ君とやらは怯えてるぞ」
「お前がっ!」
「何かな?」
「(くそっ……!)」
「さて、質問したいのだが……ここまできたら無関係とは言わないだろうね。そこの白服は何者なのかな?」
「……答える必要は無いように思えるが?」
「君に拒否権はない」
雑魚のくせに口答えした白服を大男と同じように空中に磔にする。距離は関係ない。多少離れていてもこんな風に簡単に磔にすることが可能だ。なんも難しいことではない。白服の男にも後ろの人質と同じように結界で体を覆って空中に固定しただけだ。
白服の男はさぞ驚いているだろう。なんせ重力系と飛行能力は相性が悪い。
重力で押さえつけても飛行能力ならばその枷を無視して飛び上がれるのだから。今頃、飛行が出来ないほど強力な重力能力なのかとでも考えているのではないだろうか?
重力能力がじゃんけんのグーだとしたら飛行能力はパーに当たる。白服の男からしたらじゃんけんをしているつもりで相手が事前にグーを出すと申告してきた後、いきなりグーで顔面を殴ってきたようなものだろう。
「何ッ!どういうことだ!動けん……」
早くしないと先ほどの空を飛んでいた飛行能力者たちが援軍に来てしまいそうだがそうしたらそれでもいい。10人ほどはいたように見えたしそれだけいれば期待出来る相手もいるだろう。
「それで、骨を砕かれて軟体生物のようになりたくなければ君の所属を教えて貰えるかな?」
「…………」
「答える気はない?なら……」
「三柊だ。俺は三柊家の護衛隊に所属する平塚陽介だ」
「三柊……嘘だな」
全く知らない名前だが有名なのだろう。恐らく本当だが念には念を入れ嘘を混ぜたりおかしな行動をしないためにも一応、指を折っておくことにした。
「うぁぁぁぁぁぁああ!!ほ、ぁぁ!ほんとうだ!信じてくれ!嘘じゃない!」
「"あの"三柊がこんなところに用とは全く恐れ入るよ。全く、親衛隊ともあろう方がこんな素人に手こずるとは世も末とは思わないかな?」
「くっ……新人なんだ!しょうがないだろ。初任務でこんなやつに出くわすなんて思ってもなかったんだ。それにあんたこそ何者だ……明らかにフリーターというのは嘘だろう。俺が三柊だと最初から知っている様子、お前何者だ……!」
「何者かか……」
何者でもない。さっきまでは無関係の一般人だった。使いもしない結界能力をひたすらに鍛え、金持ちの屋敷に使用人として勤める36歳の男。ただそれだけだ。
僕にカリスマはない。火で敵を炙ることも出来ない。体を強化して圧倒的な身体能力を持てるわけでもない。あるのは結界を操る能力。それしかない。
ただ人より冷静で発想豊かで虚言に罪悪感を感じないのが取り柄とも言えよう。
「ふん……よく喋る口だ、まあいいだろう。私はあるものを回収しに来た。ただそれだけだ。まあ、あの爆発でうやむやになってしまったがな……ふふふ。その様子だと平塚君はアレについて知っているようだな」
「……っ!?まさか……」
「俺たちを無視して何の話をしている」
"あるもの"や"アレ"などと意味深で具体性のない話をし、さも自らが思う"アレ"と相手が思い浮かべる"それ"が同じかのようないい方をする。無意識に使えば知ったふりかした馬鹿止まりだが先を考えて使えば思いもよらない情報を相手がペラペラ話してくれることもある。相手を勘違いさせ誘導させるのだ。あるものとはパンのことだが、平塚という男はどうやらとんでもないものをイメージしているらしい。あの爆発に関係する何かだろうか、それとも三柊家だかに伝わる秘宝でも思い浮かべたのだろうか。
一人称は大切だ。僕といえば、弱そうだが私といえば大物感や胡散臭さは上がる。相手に能力を理解させず名前も分からせない。何者かわからない理解できないという状況が相手の余裕を削り自分の優位に立つことができる。
「さて、それを君達部外者が知る必要はない……知りたければ素直に質問に答えて生きて帰れてから考えることだな」
次回も続きます。