4 学生の意味
『学生らしい生活を送らしてやりたかった。』
声が甦る。
レコーダーは、楽しそうな学生を見るたびにいつもそう言っていた。2000年以上、前世までの記憶を持って何度も転生しているが、地球のために仲間を集めるのは心が痛むらしい。そんな、レコーダーは俺を見つけてくれた。独りで何もできない自分をこんなにも育ててくれたんだ。恨みはなく、感謝しかないといつも返していた。
「これも、レコーダーとしての役目なんだ」
と言って悲しい顔をしていた。真意は聞く必要はないと思った。レコーダーがいなければ、独りだったのだから。自分に意味をくれたから。
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本格的な授業が始まった。50分も座っているのは苦痛だ。そもそも授業をしっかり受けるのは久しぶりかもしれなかった。
鍛えてばかりだった自分に学力はなく、出だしの授業から全然理解できない。基礎中の基礎もさっぱりだった。英語なんて勉強するのは初めてかもしれない。部活も入らずに中学校の勉強から始めているが追いつくのには、まだまだ先だ。
この大宮中央高校は、県内でも5本の指に入るほどの有名校で正規の入試では入学出来なかった。そもそも進学を考えて来なかたのに、レコーダーと政府の融通があり、この高校に入学できた。なぜこの高校を選んだかは分からないが。
高校生として何をすればいいのだろうか。
((学生らしいとはどんな感じなんだ?))
レコーダーに聞いておけば良かった。
『想介と友達になった佐々木 王雅だ!!
藤原 結衣さんだったよな、よろしく!』
手を出して握手しようとする。普通の挨拶のつもりだったのだろう。ここから変える必要がありそうだ。
王雅に非はない。まあ、ため息が漏れたが、忠告しておくことにした。
「悪手だな、結衣のペースに合わせてやってくれ。解凍まで時間がかかりそうなんだ。」
いきなり、大声で自己紹介されたんだ。思考が追いついていないため、固まっている結衣は大丈夫なんだろうか?
「ピクリとも動かない、、、とりあえず結衣ちゃんの反応を待つとしよう。」
5分くらい経って、やっと話し出す。
「も、も、申し遅れました藤原 結衣です!
ふ、ふ、ふつつか者ですがよろしくお願いします!!」
だが遅かった。5分も経てば、授業が始まっていた。クラスメイトからの笑い声が聞こえてくる。
「俺の名前は王雅!!
いづれ全ての頂点に立つ人間だ!よろしく!」
二人とも授業中とは考えてないのだろう。
どっかで聞いた自己紹介で教室の空気が凍りついていた。
休み時間ならば、何をするのが普通なのだろうか。やはり、次の授業の予習や束の間の気分転換なのだろう。自分は、慣れない授業で疲れていたので、休みたかった。10分の休みでも睡眠を取ることはできるはずなのに。
休みたいのに自分の席の近くで声が重なる。自分が反応しなくても会話が続くようになっていた。自分の席の近くで会話するのは、さすがにやめてもらいたい。次々と話しかける王雅に圧倒され、受け答えを戸惑う場面も多々ある。まだ緊張が残っているが、素のテンションの高さが同じなので、すぐに仲良くなれるだろう。結衣に友達ができてよかったと思う反面、王雅がうるさくかまってくる。やっぱり、勝負を受けるんじゃなかった。
それに、まだ自分の生き方について考えていた。とりあえずは、結衣のために走ったが、これからはどうすれば、、、
もう、離れた方が結衣のためになるかもしれないな。じゃあ、自分はどうなるのだろう??
「クラスの女子も結衣と話したいと言っていたぞ!昼休みに紹介しよう!」
「ありがとうございます!!で、でもいきなり、相手に喜こんで頂けるような会話はできませんよ!会話の内容を考えたいので少し待ってください!」
「大丈夫だ!会って話すのが会話だ!当たって砕けろ!」
「砕けたくないですよ!
第一印象が大事って書いてあります!!ここは慎重に会話を考えてみます!!」
『 友達ができる!!初級編 』を読みながら、悩んでいる。
「こんな本買うやつ、初めてみた!!」
王雅も同じような反応していた。自分が見た前の本と似ているが、二つも買う必要はあったのだろうか。
王雅は他の生徒に呼ばれて、席を離れる。うるさいのが一人いなくなったか。
「王雅さんの気迫に圧されてしまいました。果たして、しっかり会話ができたのでしょか。」
「まあ、奴の言葉の半分くらいは無視して聞ばいいよ。」
「無視されるのは、とても辛いんですよ!」
「話を戻したいのですが、、、
想介はどんな内容の会話をした方がいいと思いますか??」
会話を考えても意味がないだろう。相手の反応次第で変わるからな。面白い話くらいなら、用意があってもいいかもしれないが。
そんなことよりも、結衣が克服しなければいけないことはある。
「結衣が頑張らなきゃいけないことは、そっちではないと思うよ。」
「会話中に固まったら、会話は続かないよ。」
「はっ!!そうですよね。そうなんです。
どうしましょ〜〜。また、振り出しに戻るのでしょうか。」
「頭が真っ白になって、考えていたことも真っ白に。中学生の頃はそんなことがなかったはずなんですが。」
高校生になると、住んでいる地域の高校ではなくて、自身の学力にあった高校や、行きたい高校へ進学する。住んでいる場所が同じで小さい頃から一緒にいた友達はいない。それでも、結衣にも中学生時代の友達がいたなら、「会話の感覚」が残っているはずだ。その感覚を思い戻すことから始めた方がいいのかもしれない。
「まずは、中学校の友達との会話を思い出すことから始めるべきだな。」
結衣の表情が曇っていく。
もしかして、友達はいなかったのか?悪いことを言ってしまったのかもしれない。
「そうですよね。で、でも、私、中学生の時、どうやって会話していたか思い出せなくて。確かに、友達がいましたよ!名前だって覚えています。」
「えっとですね、、、、あれ。」
「たくさん友達がいたんです。でも、会話の内容が思い出せないんです。」
「いつも、一緒に遊んでくれて、、、あれれ。」頭が痛くなっていきます。思考がブレーキをかけているような感じです。
「私が、、、私は、友達とどんな会話をしてたかを忘れるなんて。」
「私は、友達を名乗れるのでしょうか?」
すぅーと、涙が流れる。いつものとは違う、
悲しくなるような。そんな涙はもう、みたくないのに。
自分の方こそ、結衣の友達になれる資格なんてないのに。
『聖戦の死者は、普通の人間の記憶から消える。』
声が甦る。聖戦後、神様を拝謁した。「力」は失ったが、普通の人間として幸せになれと言っていた。死者の存在は、いなかったことにしてほしいと。人間ではなかったのだからと。
地球ために、人間を守るために戦った英雄だというのに、、、。
((結衣の友達は覚醒者か革命者だった可能性が高い。))
戦った仲間は残らず、死んでしまったのだから。
ならば、自分の責任のだろう。
結衣が友達を作れないのは、記憶の損失によるかもしれないから。
友達の記憶を失うのは、あまりにも悲しい。もし、自分だったなら、死んでもおかしくない。一人一人への感情と受け取った感情を失なうのだから。自分を造ってくれた感情だから。
いや、その感情もなく、失ったことにも気付けないなら、自分はーーー。
ーーー何もない人間になったのだろうか。
中学校の友達を思う、結衣の表情が曇って笑顔は消えていた。
だから、ああーーー
「会えば、すぐに思い出せるよ。」
「今は、どうやって新しい友達を作るかだろ??」
「あっ!そうですよね!まずは挨拶の練習からでしょうか?それとも、声のかけ方でしょうか。」
ーーーああ、人間とは思えない言葉を言ってしまった。
(会えば、)と。もうその人は、死んでいるのに。何を思って言ったのだろう。自分をまた、嫌いになった。大嫌いだ。
「あ、、、あの、私のことなんてどうでもよかったですよね。すいません!すいません!」
「何か違う話題をーー。」
しばらくの間、固まっていたのは自分だったか。
『自分の思いを言葉にし、相手の思いに答えるのが会話だよ。』
声が甦る。悠花が教えてくれた会話のコツだった。自分も最初は、知らない相手と会話することは難しかった。でもいつからか気軽に話せる友達ができていた。自分の力ではなかった。レコーダーと悠花に助けられて生きてきた。もし、二人がいなければ、、、
独りだったのかもしれない。
「自分の思いを言葉にし、相手の思いに答えるのが会話だと思うよ。」
そのまま、結衣に伝える。悠花が間違っていたことなんて、ないのだから。
「いい言葉ですね!会話の理解が深まります。ぜひ、参考にさせてもらいます!」
少しでも力になれたのなら、よかった。
王雅が戻ってくる。どうやら、自分のことを男子生徒に話していたらしい。王雅がいたグループの生徒は、こちらを見ていた。なんて説明していたかは、知らないが。
「想介のことも紹介するか?」
「いや、賑やかなのは嫌いでな。俺は独りで充分だ。」
これ以上、友達を作るつもりはない。結衣との関係も解消していくつもりだ。
「まあ、想介は人気者だ。じきに友達が増えるだろう!」
「目立つのは一瞬だろ。」
「入学して1週間で友達が二人もできるなんて嬉しくて泣いちゃいますー。」
否定しようしたが、嬉しくて涙を流している結衣を見ると、言葉が出なかった。結衣のためになれるのなら、少しくらいなら。うっとおしい王雅との勝負も意味があったのか。
やっとの思いで4限目の授業も終えて、独りの食事となった。結衣は、王雅と一緒に女子生徒のグループに混じっていた。不安で固まっていた結衣がクラスの女子と笑ってるのが見えた。自分みたいなやつの相手よりも、よっぽど楽しそうでよかった。
だから、こう思えてしまうのだろう。
レコーダーのように、
「学生らしい生活を送ってほしい。」
と心からそう思った。
静かに弁当を開き、独りでいることを知った。