商人
俺は酒に強いのかもしれない。有り金ギリギリまで飲んでも潰れなかった。
火照った身体に夜の風が心地いい。
アヤがひたひたと俺のあとを着いてくるのが気配で分かる。
なんというか、なんだろうな。この感情を、俺はまだ知らない。
ツキアカリの下、酔いが覚めるまでこのまま歩き続けるのも悪くない。
五つ目。いや六つ目か?民家の角に差し掛かった時、ぬぅっとランプを持ったおっさんが現れた。
ランプの明かりで顔がぼうっと浮かび上がる。はっきりいってブサイクだ。
「こんばんは。ソウ様」
知らんおっさんに声をかけられた。何時もなら無視してやるところだが、何故だか自然と目が惹き付けられた。恐らく視線を誘導する技術を持っているのだろう。
興味が湧いた。
スっと酔いが覚める。
「なんか用か?」
「ええ。これをご覧ください」
おっさんが白い包みから取り出したのは、なんてことない。『極彩龍の逆鱗』だった。
これ、確か……。
「この見事な形、強度、艶、そして色彩!どれをとっても素晴らしいの一言です。私、これを目の前にした時すぐにひざまづきたくなりましたぞ。商人としてのプライドでなんとか持ちこたえましたが、もう、家では神棚に飾って……ごほん。とにかく私めはこの鱗に心が奪われてしまいました」
そこで一息ついて、俺の目を見据える。
「これの元持ち主であるソウ様に、詳しいお話をお聞きしとう御座います。何卒」
平身低頭という言葉がピッタリな程、彼は頭を下げた。
「一つ聞きたい。それ次第だ」
「は。なんでもお答え致します」
「なに簡単な質問だ。お前はここに商人として立っているのか、一人の人間として立っているのか」
一瞬、ビクリと彼のでっぷり太った身体が揺れた気がした。
「それは勿論一人の人間として、で御座います」
「よきよき。話のできる場所に向かおう。案内してくれるな?」
「は。こちらに」
俺たち三人は五分程無言で歩き続ける。
そして案内されたのは大通りに面した一軒の店。その貴賓室であった。
『大理石』でできたテーブルを挟んで、豪華なソファが二つ。比べてより豪華だなぁと思った方に勧められた。俺の右隣にはアヤが、対面にはおっさんが。
「では改めまして。私ブルート商会会長アルミン・ブルートと申します」
そう言って握手を求めてきた。
アルミン・ブルートね。覚えた。しかし、この世界に名刺というものは無いのだろうか。
「俺の名前はソウだ。あんたは知ってたようだがな。どうやって知った?」
「それについては意外と簡単でしたぞ。これを買い取ったお方から手に入れた情報、胸にポケットがついたちょっとお高そうな服を着た男女。これで聞き込みしていましたところ傭兵ギルドでの一件を耳にしまして。受付孃に聞いたら名前を教えてくれました」
うわぁ。プライバシー保護という概念ないのかよ。ないんだろうなぁ。
苦い顔しているとブルートが言った。
「しかしお二人は目立ちますからなぁ。仕方ない部分もあるでしょう」
目立つだと?どこら辺が?
首を傾げているとブルートは少し驚いたように言った。
「おや、自覚がないので御座いますか。これはまたなんとも」
「どういうことだ。ハッキリ言え」
「では。……まずはお顔立ちですな。絶世の美男美女が並んで歩いているのです、誰もが目を引かますなぁ」
あーそういえば。俺って超絶イケメソだったわ。テヘヘ忘れてた。
「それからそのお召し物。一般的なデザインですが質が良いのが丸わかりです。胸にポケットが着いているのも私は初めてみましたぞ」
材質にポケットね。うん考えてなかった。
「それから、なんと言いますか。オーラが溢れております」
オーラ?魔力の事だろうか。漏れてはいないはずだが。
「そうだったか。参考になった。礼を言う」
「いえいえ。お役に立てたのなら何よりで御座います。……して、本題に入っても?」
待ちきれないのか手をわきわきさせている。商人としてどうなんだ……とは思うが、一人の人間として相対しているのだった。思えば出会った時から商人らしからぬ言動をとっていたな。
おれはゆっくりと頷く。
「では……あれは『極彩龍の逆鱗』で合っておりますか?」
「その通りだ。しかし『鑑定』で見れば明らかではないのか?」
「ハハハハハ。私は『鑑定』は使えませんよ。使えるのはほんのひと握りの商人だけ。羨ましい限りです」
そうか。『鑑定』は基礎の基礎だと思うんだがな。そういえばこの世界ではどうやって魔法を覚えるのだろう。
「ではどうやってこれを『極彩龍の逆鱗』だと?」
「商人としての勘、と言いましょうか。これを見た瞬間に昔小耳に挟んだ『極彩龍』が頭に浮かびまして」
ふーん。商人としてのセンスはあるんだな。
「その話によりますと『極彩龍』は伝説ともいえるモンスター。どうやってこれを手にいれなさったので?そしてどうして道を教えて貰っただけの人に手渡したので?」
鈍い俺でもようやく分かってきた。異世界人から見れば『極彩龍』はクソ強いモンスターで、その逆鱗はめっちゃ希少価値が高いのだろう。
うーん。困ったなぁ。良い返答が思い浮かばない。ま、適当に話して口止めすりゃいっか。
「これからする話は他言無用だ。いいか?」
「は。分かりました。墓まで持っていく所存です」
「よし……。実はこいつ、アヤと俺はドラゴンスレイが得意でな。『極彩龍』の倒し方を知っているんだ。そしてこの街に来たのはとあるアイテムを探すため。見る目のある商人を引っ張り出してやろうと餌を撒いたってわけだ。俺にとっても逆鱗は貴重なアイテム。賭けではあったが、それに勝ったと思っている」
嘘八百とはこのこと。……どうだ?
「……成程。私はこれまでソウ様の掌の上だったというわけですか。これは気が付きませんでした。感服致します。そんなソウ様がそこまでして手に入れたいアイテムとは?」
成功!わーい。
嘘は続く。
「ああ。碧玉……『アルドナシアの碧玉』というアイテムだ。『アルドナシア』はネームドの『エンシェント・ドラゴン』の事。聞いたことは?」
「申し訳ない。『エンシェント・ドラゴン』すら聞き覚えがありませぬ」
そうか……。いや、寧ろ良かった。
『アルドナシアの碧玉』は俺を世界一たらしめていたアイテムである。本体の効果はゴミなのだが、これを七つ集めると隠し職業『求道者』に転職できるのだ。
クソ排出率な癖にゴミアイテムの『アルドナシアの碧玉』を七つ集めようなどという者は俺ただ一人だけであった。
「隠し職業の条件を何故知っていた!」と言われたこともあったが、俺から言わせれば「レアアイテムがゴミな訳ないだろう。どうみても怪しいです本当にry」である。
『求道者』解放のお知らせが運営から流れた後、『求道者』を獲得せんと『アルドナシア』に挑む者が続出したが、周回しまくる奴はとうとう現れなかった。それ程までに厄介なモンスターなのだ。
しかしこの世界ではどうだろう。ネームドエネミーを周回など出来るのだろうか。ゲームのように時間が経てば復活するのか?何となくだが、それはない気がする。俺(『求道者』)が存在している以上、この世界の住民にも『求道者』になれるよう修正が働くのではないか?つまり、この世界の『アルドナシア』を倒せば一気に七つ落ちるのではないか?
『求道者』は最強ジョブだ。敵に回ったら、死ぬかもしれない。
まずい。本気で情報を集めないとな……。
「そうか。では『エンシェント・ドラゴン』の情報を集めてくれないか?報酬は払う」
「ええ。勿論良いですとも。承りました」
やべ報酬っつったって俺金持ってないよ。
「しかし残念ながら今は持ち合わせがない。後払いで良いだろうか」
「それでも宜しいですが、私としましてはソウ様がお持ちでありましょう他の素材をお売り頂いて、その代金の中から差し引き……」
……。
あ。そっか。素材売ればお金になるじゃん。何故気が付かなかった……。まぁ素材売るなんてこと『seventh heaven』では滅多になかったからなぁ。
「わ、分かった。それでいこう。何を売ればいい?」
「私が今一番欲しいのは『極彩龍』の素材で御座います。次に欲しいのは『コカトリスの翼』ですかな」
「じゃあ『極彩龍』の素材一通りと『コカトリスの翼』売るわ。取り出すからもう少し広い場所に移動しよう」
「は?」
ブルートが間抜けな声をだしてポッカーンと口を大きく開いた。
「どうした。何を驚いている」
「い、いやまさか『コカトリスの翼』を持ってらっしゃるとは……。それにもしやアイテムボックスの異能持ちで?」
ほーん。この世界ではアイテムボックスを異能と呼ぶのね。異能は他にも種類がありそうだ。要チェック。
「その通りだ」
「これは、またしても驚かされました。天は二物を与えずとは全くの嘘であると、今はっきりと分かりましたぞ」
「おべっかはいい。行くぞ」
俺達はその後、ブルートに先導され倉庫のような場所に連れていかれ、そこで取引をした。
今俺の手には九十枚の金貨が入った袋が握られている。
お互いにホクホク顔である。
「いやあこんなに気持ちのいい取引は初めてです。心から感謝を」
「お互いの利益が一致したまで。気にするな」
「そう言って頂けると有難いです」
貴賓室に戻ってから、俺達は雑談に興じた。
その間アヤは一言も喋っていない。ブルートも何かを察して話しかけようとはしなかった。
「そうなのか。それは災難だったなぁ。その時に『鑑定』があれば避けられたかもしれんのに」
「『鑑定』は商人ならば喉から手が出るほど欲しい魔法ですな。金で買えたらどんなにいいことか。しかし魔法は才能で御座いますからなぁ」
きっと頑張って覚えようとした経験があるのだろう。未練はないのか、カラカラと笑う。
「なら『鑑定』を使える人間を雇うのではダメなのか?」
「『鑑定』を使える程の魔法使いや鍛冶師が雇われてくれることはまず無いでしょう。しかし『鑑定』が使える奴隷が売りに出されることは極たまにありますから、その時に破産する覚悟で臨めばあるいは」
ほう。奴隷制度があるのか。そういえばメインストーリー二章で『奴隷を解放せよ!』みたいなクエストがあったな。
「奴隷とは合法か?」
「私が言っているのは勿論合法の方で御座います。違法の方にも伝手はありますから、ご興味があるならば私に言って頂ければ紹介します」
興味はある。凄くある。
「常識」が欲しいと思っていた所なのだ。俺とアヤには常識というものが無いらしいことはようやく理解した。人に聞くにも、常識を学ぶというのは凄く時間がかかる。長時間付き合ってくれるほどの友人をつくれるとは思えないし、つくれたとて常識を聞くとか怪しすぎる。長くは続かないだろう。
その点奴隷ならどうか。ほぼ無制限に時間を使え、主人が怪しかろうと解放されるまで付き合わなければならない。
メリットしかないのだが、人の命を背負うことに俺のメンタルが耐えられるか疑問だ。
取り敢えず見るだけ見とくか。
「合法の方で良い。紹介してくれないか?」
「畏まりました。いつ行かれますか?」
「早い方がいい。明日にでも行きたい」
「では紹介状を用意してきます。少々お待ちください」
一礼してから、ブルートが脂肪を揺らしながら部屋から出ていった。
「……」
沈黙。
沈黙は嫌いではない。だが話しかけたいのに話しかけられない時の沈黙は大嫌いだ。
俺は隣に座るアヤに話しかけたい。が、何を話せば良いのか分からない。
俺がこいつをぶちのめすまで、こいつは楽しそうにしていた。ぶちのめしても楽しそうにしていた。そして殺されないと分かった時、心を閉ざした。それから楽しそうな表情を一切見たことがない。
きっと俺とこいつは会わない方が良かった。俺がこいつを不幸にした。
何を話せば良いだろう?
沈黙以外の答えが見つからない。
ほどなくして一通の封筒を手にブルートが戻ってきた。
「お待たせして申し訳ない。こちらが紹介状です」
「感謝する。それでその奴隷商店へはどうやって行けばいい?」
「明日、またこちらにいらしてください。案内人を手配いたしますのでそれに従って頂ければ」
「分かった。明日の昼に来る。それでは今日はこれで」
「ええ。本日はありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」