世界一
扉の外は洞窟だった。幸い一本道だ。迷うことなく進んで小一時間。俺はお腹が空いていた。
やはりなと思う。
この『月見草』は不老不死の設定はあるが人間だ。生物である以上食事をする。
そして多分食べなければ死ぬのだ。普通の生物のように。
HP残量を見る。全く減っていない。
HPが0になる以外にも『デス』、死はある。例えば未知の魔法や呪いなんかもあるかもしれない。
油断は禁物ということだ。
「少し急ぐか」
『seventh heaven』に食べ物系のアイテムはなかった。薬草やモンスターの素材が食べても大丈夫か不明な今、それらを食べる訳にはいかない。
走るスピードを上げる。感覚的に時速30キロくらい。
景色(一面岩だが)が流れてゆく。速く走るの、なんか癖になりそうだ。
俺の特技の一つに目を開けたまま寝るというものがある。目は閉じない。半目のまま脳を休めるのだ。これを応用し寝ながら走ることもできる。これのいい所は寝ている時は疲労を忘れられるということだ。学校の持久走ではこれを使い上位にくい込んでいた。
どうせ洞窟がまだまだ続くんじゃろと思ってこれを使用した。
それがいけなかった。
使用して数十秒後、俺はドォンと音を立てて何かにぶち当たった。というより貫通した。
急いで止まり、恐る恐る目を開ける。
そこには広大な岩の空間。その中にはチームと思しき五人と一人の少女がいた。戦闘中だったのだろうが全員手を止めこちらを見ている。目を見開いている。
うーん。どうしたらいいだろう。
「コ、コンニチハ」
俺が発することが出来たのはそれだけだった。
仕方ないじゃん!だって突然降って湧いた数年振りの人とのコミュニケーション、それもこんな恥ずかしい形で、だ!もうどうにでもなれ!
「……」
彼我の距離10メートルを沈黙が支配する。
初めに言葉を発したのは少女の方だった。
「あらこんにちは。貴方も私の敵かしら」
……。どうしたものか。というか、やはりこいつらは戦って、殺しあっているのか。
「いや、敵ではない。と思います。敵になる理由がない」
一応敬語で答える。
「あら珍しい。そんなこという人間もいるのね。じゃあさっさと消えなさい」
やり取りする間に全員のステータスを確認する。
こりゃあ……。なんというか。
「待ってください。その前に確認を。あなた方は殺しあっているのですか?」
「そうよ」
俺は五人組にも目を向ける。
「……その通りだ」
五人組の大剣使いがやっと反応してくれた。警戒されてるなー!
これから言うことはきっと受け入れて貰えないだろうなと思うも、一応言ってやらねば。
「なら言いますけど、五人組さん、ずらかった方が良いですよ。彼女に殺されますよ」
「はぁ!?私たちはあいつを絶対に殺さなきゃならない!今まさに追い詰めてた所なのよ!」
シーフの女が武器を振り上げ激高した。
だがそれはおかしい。
五人組のレベル五十前後。一方少女はレベル八十二。レベルはだいたい二十〜三十離れるとまともにダメージを与えられなくなる。一方が攻撃特化、一方が紙装甲なら話は別だが、ステータスをみるとそんなことは無い。
ということは、だ。
少女をみる。
ニィっと嗤った。
そうか。そうなのか。こいつ、遊んでやがったな。命を弄びやがったな。
「おいそこの少女……いや、お嬢さん。彼らを見逃してやってくれませんかね」
「は?貴様何は何を言っているんだ」
「却下よ」
五人組の誰かの声が聞こえたがそれは置いとく。
ダメだこゃ。双方共に会話にならない。いや、俺の方がおかしいのか?久しぶりの会話だから自信ないぞ。
自信ないながらも誠心誠意、俺は話を続ける。
「なぁ頼むよ。人が死ぬ所なんて俺は見たくないんだ。耐えられないんだ。だからどうか頼む。もう一度頼む。見逃してやってくれ」
俺はそういって頭を下げた。
「却下」
少女はこともなげにそう言った。
やっぱりかぁ。
「俺がお前の敵になると言ってもか?」
「なに、やっぱり敵になるの。それでもいいけど」
何故だ。五人組は少女と、少女は俺と戦えば死ぬ。それが分かっていて何故飄々としていられる?蘇生手段がある?もしや、死ぬと分かっていない?
「あ、あの、最後に皆さんに一応聞きたいんですけど、ステータスって見てます?」
「……」
またもや沈黙がおりた。
「すていたすという言葉の意味が分からない」
大剣使いが答えた。
少女は小首を傾げている。
そ、そうか。この世界もしくは彼らの所属していた国では、ステータスという概念がないのか。困ったな。いや、俺にとってはラッキーか?
「なるほど。分かった。よく分かった。それじゃあいくぞ。『逆行する廊下』『本棚の壁』『聖なる壁』」
俺は有無を言わせず『逆行する廊下』で距離を取らせ、物理、魔法の耐性のバランスの良い『本棚の壁』を創り、それを貫通する精霊、悪霊魔法を防ぐ『聖なる壁』も念の為張る。五人組が壁のあっち側で何か喚いているが無視した。
「これで二人きりで話せるな」
彼女の姿とステータスを改めて確認する。
銀髪のロングに紅い瞳。身長から察するに歳の頃は15歳ほど。豊かな胸元を惜しげも無く開いた黒のロングドレスを着ている。はっきりいって傾国の美少女だ。名前は『アヤフラッド』。レベルは八十二。ステータスは完全なる魔法攻撃特化。ジョブは『魔王』。
「あら、男性と二人きりだなんて初めて。襲われちゃうのかしら」
そういってしなをつくるアヤフラッド。
うーんえろい。
じゃあなくて。
こいつを倒すのはきっと簡単だ。ジョブ『魔王』の持つ魔法は全て覚えているしレベルも十八違う。『完全体』にならずとも倒せる。
だが、「倒す」。倒すとは殺すことだ。その覚悟が俺にはない。だから落とし所をみつけるしかない。
一番楽なパターンは半殺しにした後逃げて貰うことだ。ただ、こいつは殺人鬼。きっとこれからも何百人と殺すのだろう。これは却下。
うーん。何かいい案ないかなぁ。
「なぁ、どうしたら人殺しを止めれる?」
俺は会話しながら見つけていくことにした。
「ふふふ。そう聞かれて私はいつもこう答えてきたわ。誰かが私を殺してくれたら、ね」
ニコリと笑みを浮かべるアヤフラッド。その表情には一点の曇りもないように思えた。
「そうか。ところでお前はどのくらい強いんだ?」
「うーん。そうねぇ。ま、貴方に嘘ついても意味なさそうだし、どうせみんな知ってることだしねー。……私は最強よ。この世界で一番強いの。あの、私が殺しそびれた勇者ちゃん達が私の次に強いらしいわ」
真実か、はたまた。それを見分ける能力も魔法もない。
なるほど。ここは現実世界。圧倒的なまでの世界一なら何しても許されるだろう。それは天災と同じだ。仕方ないと諦めるしかない。
凄いな。考えつかなかった。
この世界の世界一は全てが許される。つまり全てを手に入れられる。まさしく勝ち組だ。
なんという、なんという魅力。
「は、ははは」
だが、お前が世界一だと?違う。それは、俺のものだ。
俺はここで覚悟を決めなければならないのか。
自分の欲求の為に人を殺す。それは人の道から外れた行為。ついさっき社会復帰の道を歩みはじめたばかりじゃないか。人間としては終わってるな。
言い訳はいくらでもできる。これ以上犠牲者を出さないためーとか。でもそれじゃあダメだろう。正直に言おう。
まぁ、なんというか。
人を殺してでも欲しい。世界一が。
お前は殺した結果世界一になった。俺は世界一になるために殺す。どちらの狂気が強いのか、決めようじゃないか。