常識
天よ、我にモチベを授けたまへ……
高級宿ことドラゴンの雫亭。その一室に俺達はいた。
「うー。スースーするのです……」
フニはベッドの上で身体をくねくねさせている。
それで暖かくなるのか?謎だ。
「諦めろ。替えも買ってある。お前はホットパンツを履く運命にあるのだ」
「仕方ないのです。変態ご主人様に買われたのが運の尽きなのです」
こいつ結構言うよね。
それはそうと当初の目的、常識をご教示願おうじゃあないか。
何から聞こうか。よし。
「お前って元貴族?」
「なぁ!?な、な、な……」
なのです?
と思ったらそれっきり下を向いて黙ってしまった。
やっぱりそうなのか。テンプレだなぁ。
「悪かったよ。もう聞かない」
「そうして欲しいのです。お互いのためにも」
こころなしかしょんぼりフニ。
「うーんじゃあ……。この世界の名前は?」
「この世界?意味がわからないのです」
「あー。じゃあこの星の名前は?」
「ピアと言うのです。昼登る星ははエン、夜登るのはシンなのです。」
昼登る……太陽のことか。
「なるほど。それはどの程度知られている?」
「どの程度?余程の僻地の農民でなければ誰でも知ってるのです」
「そうか。だが信じられないかもしれないが、俺達はそれさえ知らなかった。常識というものがないんだ。だからこれからは当たり前のことを質問し続けることになると思う。当たり前だからって適当にせず、詳しく、説明するように答えろ。いいな?」
「分かったのです。事情も聞かないのです」
「有難い。じゃあ次は……」
それから数時間、あらゆる物事を聞きまくった。
地理。この大陸にはビフロム王国、マヤマヤタージ帝国、アリエラ連合国、マーヴェ聖王国、他小国が存在していて、戦争をしたりしなかったりだそうな。ここアクターンがあるのはビフロム王国の中心部。王都も近いらしい。
神話。マーヴェ神話では、十二柱の神(エン、マユ、ジン、ノル、メギ、アト、ラム、べマ、ガズ、イヴ、ロエ、シン)が時間作った。その後エンとシンは星になった。残った十柱の神々は不毛の地であったピアに生命を産み落とした。全ての種族を創り終わったとき、神々は地の底へお隠れになり眠りについたという。
魔法。その十二柱の神が魔法の位階にされており、その位階の神話を読み理解を深め、魔法の泉にリンクしなければ使えないらしい。魔法使いは皆敬虔なる信徒だそう。
職業。職業に応じたアイテムや素材をマーヴェ教会へ奉納することで獲得が可能。
貨幣。遥か昔に統一されており、どの国でも一銅貨でパンが一、二個買える。
言語。訛りはあるがこれも統一されていて、亜人族も同じ言葉を話す。但し、精霊と魔族は固有の言語があるらしい。
傭兵。モンスター退治を生業としている。対象はゴブリンやシビレトカゲなどの雑魚モンスターが一般的で、ドラゴンなどを倒せるのは極一部の最高位傭兵に限られている。
などなど。『seventh heaven』には無かった知識ばかりだ。
こりゃ奴隷を買って正解だったな。
「……成程な。非常にためになった。感謝する」
「い、いえ。また気になったことがあったら聞いて欲しいのです」
「ああそうしよう。さて、俺はこれから傭兵ギルドに行ってくる。お縄の可能性もあるから暫く戻れないかもしれん。ここに五金貨置いとくからそれで生活しろ」
「はいなのです。……お縄!?」
フニが何か言ってるがそれを無視してドラゴンの雫亭を出る。
あー。憂鬱だなぁ。
俺はクソ強い。だから捕らえようとしてくるやつを蹴散らして堂々と居座ることも出来る。違う街に逃げることも出来る。
でもそれじゃあダメだ。法律を守れという訳じゃない。自分の中にある倫理観に従えと、俺の中の何かが主張する。
と、いつの間にかギルドの前についてしまった。
一瞬、立ち止まって息を吸う。
扉を開けた。
失礼しまーす。
「あ、ソウ様!お待ちしておりました!どうぞこちらへ!」
ギルドの中にいる全員の注目を集めながら、受付嬢の前へ向かう。
これから沙汰が伝えられるのだ。真剣な顔をつくる。
「はぁ〜かっこいい……じゃなくて。ソウ様!昨日の件ですが」
その話によると、予想とは裏腹に俺は捕まらないらしい。逆に四人組が全員傷害の罪で逮捕。なんでも、その場にいた全員が先に暴行を加えたのはシルバーウルフだと証言したそうな。晴れて俺は無罪放免。傭兵ギルドの契約も継続って訳だ。
自分達でそういう一歩を踏み出したのね。
ふーん。お前ら、やるじゃん。