読まなくてもいい前世のお話
俺はずっと負け組だった。
何をやっても、どんなに努力してもそこそこ止まり。必ず上がいた。
例えば勉強、スポーツ、好感度。上位ならば勝ち組じゃんと思うかもしれないが、俺はそうは思えなかった。そういうふうに教育されてきた。
だからだろうか、ある日ふと冷静になった時、常識を、教育を疑った時、緊張の糸が切れてしまった。
そこからはただ弛緩するばかりで怠惰を極めた。学校に行かない。塾に行かない。ジムに行かない。部屋も出ない。部屋では何をするでもなくただ寝ているだけの存在になった。あれ程畏怖していた両親の声も届かない。固執していた勝ち組に興味も湧かない。
俺は変わってしまったのだ。
と、思ったのだが十数年の価値観がそうそう抜けるわけもなく。
ある日暇な時間を利用してなんとなくプレイしていたソシャゲで一位をとってしまったのだ。
その時の感情は忘れられない。
今までの記憶が駆け巡り頭が、心が満たされてゆく。身体は熱くなり目がおかしくなったか手元の一位の文字は大きくなったり小さくなったり事実を主張している。全てはこの為にあったのだ。引きこもったのもこの為だったのだ。
と小一時間狂喜乱舞した後、虚無になった。深層で一位を求め、表層では無感情のゴミカスな人間モドキになった。
その後、メンタルクリニックに行って色々診断されたりする現実からは目を背け、世界一を防衛する日々が始まった。最初のひと月は良い。環境はそんなに変わらない。二ヶ月目、課金しないと厳しくなってきた。三ヶ月目、全財産がなくなり二位に転落した。
ああ無理か。俺の存在価値は無になった。死のう。最後にいい夢みさせてもらった。そう思った。
だが俺は生きている。死ねなかった。怖かった。どうしようもなく。そう。俺はゴミカスで、その上とってもメンタルが弱かったのだ。
それからはお医者さんに真剣に心配されながらゲームから離れた生活を送った。
だが丁度30日後、俺は自然と新しいゲームに目をつけた。それは掲示板のスレッドでもオワコンと言われている『神威列伝』というソシャゲ。何故『神威列伝』を選んだかは覚えてない……。それはどうでもいい。重要なのはそのゲームでもトップに立ったことだ。今回はサ終まで一度も転落することなくトップに君臨し続けた。
オワコンゲームでは無課金でも簡単に強くなれ、サ終が発表されれば課金自体が無くなる。あとは実力、時間のある者が勝つ。
俺は「これだ」と思った。
俺はそれから数年の間様々なオワコンゲームを渡り歩き作業のように一位になる生活を送ることとなる。
常に『月見草』の名前を使っていたことから同一人物説が流れ、少数ながらも熱狂的なファンがついた。その中には接触してくる者もいたが最後まで馴れ合うことは無かった。
何故か。俺は人間が怖かったのだ。数年の間に自我を殆ど失い、過集中に入った時以外思考力がだだ下がりであった為相手が何を考えているのか分からず、理解できない事から来る恐怖に怯えた。簡単にいうとコミュ障である。社会から逃げ死から逃げ好意的に接してくる人間という救いの手からも逃げ、どんどん孤高というよりは孤独になっていった。
そんな寿命まで続くと思われた孤独な日常は、ある日劇的に変化する。
何時ものように昼過ぎに起きスマホを付けると、胸のあたりが光っていた。それは包丁の刃がスマホの光を反射したのだと理解したと同時に、部屋の隅にいる母親を見とめた。
そうか。こういう終わり方もあるんだなぁと思ったのが最後の思考。
俺は眠るように、死んだ。