表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

刺客。そして……

返事するのが怖かった。私は拳を握りしめ、どうにか言葉を絞り出す。


「イグ……蛇神イグ。『蛇達の父』。そして、蛇人間。」

私は日本に着いた時から今に至るまでの経緯を、全て話した。

「だよなぁ。どう考えても」

「はい。私の友人はもう……イグの子供を孕んでいると思います」

「……さっきの合言葉も知ってたんだな。奴ら、人間に化けはしても、あの言葉は発音できないと」

「はい」

「向うにも気付かれてるかもな。悪いがアンタの力を貸してくれないか?」

「はい、そのつもりです」


男性の前で……なんて言ってられない。時間がないかも知れない。私はデイパックから出したジャージに着替え、銃と予備弾倉へ弾を込め、壁へ向けて構えた。

「やはり手慣れてるな。2脚で撃ったりとか、匍匐前進とかはどうだい?」

披露してみせると、圭一さんは微笑んだ。

「何処で習った?」

「向うでは、友達の家に下宿していたのです。そのコのお父さんが軍人あがりで」

「ああ、それでプレッパーで、自分の子供ばかりか、アンタにまで銃の扱いやサバイバル叩き込んだってわけかい?」

一を聞いて十を知る。この人は、本当に100歳超えてるんだろうか。

「こんなに喋るのも何年ぶりだ。悪いが、ベッドまで手を貸してくれるかい?」

横になると、圭一さんは静かに眼を閉じた。


「皆、プラッパーを馬鹿にするけど、俺達みたいに真実に気付いちまって、ああなったのも多いんだろな」

返す言葉も無い。

「ああ、クローゼットに俺の革ジャンとバイカーズヘルメットがある。持って行きなさい」


何処から入ってきたのか。


私がベッドから半歩離れたのと同時に、天井からそれが飛びかかって来た。



******************************************



ここへ来るまでに見かけた大蛇だ。見た目はヤマカガシでも、3mはあり、胴が太く頭も大きい。

しかも、額に三日月型の模様がある。


「イグの聖なる蛇」。


口封じにやってくる、イグからの刺客だ。


全くの偶然で、私への不意打ちをし損ない。ベッドに落ちる。


「来やがった」

蛇が目標を変えて、圭一さんの方を向く。それより先に圭一さんは枕の中から銃を抜いていた。

短い金属パイプを並べて溶接しデリンジャーの形にした、密造銃。


蛇が大口開けて飛びかかる寸前、その口内へ弾を打ち込んだ。

けれど勢いは止まらず、喉に噛み付かれる。

「うぐ!」

「圭一さん!」

圭一さんは、蛇を突き放そうとせず、逆に頭を自分に押し付けさせた。

もう片手で腹巻をずらす。


圭一さんの腹巻には、時計とダイナマイトが仕込まれていた。

「よーし、地獄へ付き合ってもらうぜ」

愛おしげに蛇を撫でると、私に向かって叫んだ。

「嬢ちゃん、荷物持って両耳塞いで逃げろ!!」



******************************************



私が廊下へ飛び出すと、圭司くんが走って来た。ヘッドフォンを付け、大きなスコープの付いたライフルを持っている。

「じっちゃんは?!」

「耳塞いで逃げろって!!」

何が起きたか分かったんだろう。Uターンして私の後ろに回ると、一緒に走り出した。

やがて爆発音がした。家が崩れるほどの威力は無いけれど、熱波が押し寄せて来た。

「圭一さん!」

圭司くんは落ち着き払っていた。

「それよか、こっちだ! 後ろに誰もいないか見ててくれ。

「あと、テーブル倒して、遮蔽物作る!」


「うん。色鉛筆無いの?」


「あるけど、何に使うんだよ?」

「良いから早く!」

私は倒したテーブルの裏に、色鉛筆でファンシーなタッチにした、ドアの絵を書く。奴らが突入するまでに、少しでも準備を進めなくては。


「千秋ちゃん?! 魔法が使えるのか!」

圭司くんは、驚き、そして目を輝かせた。

「ええっ?! 知ってるの? これが何なのか?」

「俺だって、じっちゃっんからいろいろ聞かされた話、信じてなかったわけじゃ無い」


その作業も中断だ。私は百式を取り出して、銃剣を取り付けた。

それから、圭一さんから貰った薬品で、モロトフ・カクテルを2本作る。


圭司くんはライフルに付いた2脚を使い、伏せ撃ちの姿勢になる。

玄関のドアからは、斧やハンマーを叩き付ける音がする。


よく見ると、圭司くん、現金輸送車搭乗員ばりの、ケプラーベストとバイザー付きヘルメットを被り、腰にマシェトを着けていた。

「対人狙撃課程の主席を舐めるなよ」

「圭司くん、それって」

気を落ち着かせるために、お互い無駄口を叩く。

「言ったろ、神奈川の全寮制高校行ってたって」

「それって、つまり」


「陸自工科学校出なんだよ。俺は」



****************************************



やがて、ドアを叩き割って奴らが4人踏み込んで来た。

蛇に細長い手足を着け直立させた姿。まさしく「蛇人間」。それに紅いローブを着ていた。

真ん中に立ってるのが、呪文を詠唱し始める。


まずい。

そう思う前に、圭司くんの一弾がそいつの胸の真ん中に命中した。怯んだのを見て、私も百式を連射する。


恐怖心を紛らわせるために、叫びながら。


「わあああああああ!!」


弾倉内の20発が、即座に空になる。

圭司くんは立ち上がり、モロトフ・カクテルを投げ付けた。狙い違わず4人の足元に落ちたそれは、硝酸と硫酸が化合した熱で、メインの材料のガソリンを引火、爆発。奴らのローブに燃え広がった。


「わあああ〜あーああああ!!!」


腰のホルスターに付けた、南部14年式も、2丁拳銃で撃ち尽くした。

4人は息絶えた。拳銃も空になると全身の力が抜け、私はその場にへたり込む。

圭司くんの方を見ると、荒い気を吐き、床へ嘔吐していた。



*****************************************



「大丈夫? 圭司くん」

「う、うん」

終わったのかな? そうであることを期待しつつ、26年式も取り出し、圭司くんに差し出した。

「さっきの魔法、急いで続き書くから、見張ってて」

早く門の絵を描き上げて、ここから逃げ出さなきゃ。

「出来た! さ、早く」

そう言って圭司くんに手を差し出した時には遅かった。壁を突き破って、鱗に覆われた手が、彼の前腕を握り締めた。


「イグだ!」

更なる体当たりで、壁を壊して全身を晒した。ヒグマほどの体格。大きな両腕の生えた蛇。

「く、くそ」

圭司くんはリボルバーを片手に持ち替えると、イグの手の甲に全弾撃ち込んだ。


全く効き目は無く、逆に骨を握り潰される音が響いた。

「ぎゃあ!!」

「圭司くん!」

私は床へ放り出した百式へ駆け寄った。まだ銃剣を付けている。けれども、彼はそれを手で制した。

イグが噛み付こうとした寸前、銃を捨ててマシェトを抜き、潰された自分の腕を切り落としたのだ。


「こっちよ!」

腕を押さえながら駈け寄る彼を、絵の方へ誘導する。続けて私も飛び込んだ。


誘導したのは、彩芽の病室だ。

けれども彩芽は、服を血塗れにして、事切れていた。イグの子を身体に宿していたのだろう。

圭司くんも、両断した腕の止血が上手く行かなかった。

「彩芽……」

その一言だけを残し、彩芽に覆い被さると、息をしなくなってしまった。


私はもう一度、壁にドアの絵を描くと、足を踏み入れた。

その前にナースコールを押して。


獣医学部は辞めて、医師になる。そう決意した。



(了)





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ