刺客。そして……
返事するのが怖かった。私は拳を握りしめ、どうにか言葉を絞り出す。
「イグ……蛇神イグ。『蛇達の父』。そして、蛇人間。」
私は日本に着いた時から今に至るまでの経緯を、全て話した。
「だよなぁ。どう考えても」
「はい。私の友人はもう……イグの子供を孕んでいると思います」
「……さっきの合言葉も知ってたんだな。奴ら、人間に化けはしても、あの言葉は発音できないと」
「はい」
「向うにも気付かれてるかもな。悪いがアンタの力を貸してくれないか?」
「はい、そのつもりです」
男性の前で……なんて言ってられない。時間がないかも知れない。私はデイパックから出したジャージに着替え、銃と予備弾倉へ弾を込め、壁へ向けて構えた。
「やはり手慣れてるな。2脚で撃ったりとか、匍匐前進とかはどうだい?」
披露してみせると、圭一さんは微笑んだ。
「何処で習った?」
「向うでは、友達の家に下宿していたのです。そのコのお父さんが軍人あがりで」
「ああ、それでプレッパーで、自分の子供ばかりか、アンタにまで銃の扱いやサバイバル叩き込んだってわけかい?」
一を聞いて十を知る。この人は、本当に100歳超えてるんだろうか。
「こんなに喋るのも何年ぶりだ。悪いが、ベッドまで手を貸してくれるかい?」
横になると、圭一さんは静かに眼を閉じた。
「皆、プラッパーを馬鹿にするけど、俺達みたいに真実に気付いちまって、ああなったのも多いんだろな」
返す言葉も無い。
「ああ、クローゼットに俺の革ジャンとバイカーズヘルメットがある。持って行きなさい」
何処から入ってきたのか。
私がベッドから半歩離れたのと同時に、天井からそれが飛びかかって来た。
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ここへ来るまでに見かけた大蛇だ。見た目はヤマカガシでも、3mはあり、胴が太く頭も大きい。
しかも、額に三日月型の模様がある。
「イグの聖なる蛇」。
口封じにやってくる、イグからの刺客だ。
全くの偶然で、私への不意打ちをし損ない。ベッドに落ちる。
「来やがった」
蛇が目標を変えて、圭一さんの方を向く。それより先に圭一さんは枕の中から銃を抜いていた。
短い金属パイプを並べて溶接しデリンジャーの形にした、密造銃。
蛇が大口開けて飛びかかる寸前、その口内へ弾を打ち込んだ。
けれど勢いは止まらず、喉に噛み付かれる。
「うぐ!」
「圭一さん!」
圭一さんは、蛇を突き放そうとせず、逆に頭を自分に押し付けさせた。
もう片手で腹巻をずらす。
圭一さんの腹巻には、時計とダイナマイトが仕込まれていた。
「よーし、地獄へ付き合ってもらうぜ」
愛おしげに蛇を撫でると、私に向かって叫んだ。
「嬢ちゃん、荷物持って両耳塞いで逃げろ!!」
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私が廊下へ飛び出すと、圭司くんが走って来た。ヘッドフォンを付け、大きなスコープの付いたライフルを持っている。
「じっちゃんは?!」
「耳塞いで逃げろって!!」
何が起きたか分かったんだろう。Uターンして私の後ろに回ると、一緒に走り出した。
やがて爆発音がした。家が崩れるほどの威力は無いけれど、熱波が押し寄せて来た。
「圭一さん!」
圭司くんは落ち着き払っていた。
「それよか、こっちだ! 後ろに誰もいないか見ててくれ。
「あと、テーブル倒して、遮蔽物作る!」
「うん。色鉛筆無いの?」
「あるけど、何に使うんだよ?」
「良いから早く!」
私は倒したテーブルの裏に、色鉛筆でファンシーなタッチにした、ドアの絵を書く。奴らが突入するまでに、少しでも準備を進めなくては。
「千秋ちゃん?! 魔法が使えるのか!」
圭司くんは、驚き、そして目を輝かせた。
「ええっ?! 知ってるの? これが何なのか?」
「俺だって、じっちゃっんからいろいろ聞かされた話、信じてなかったわけじゃ無い」
その作業も中断だ。私は百式を取り出して、銃剣を取り付けた。
それから、圭一さんから貰った薬品で、モロトフ・カクテルを2本作る。
圭司くんはライフルに付いた2脚を使い、伏せ撃ちの姿勢になる。
玄関のドアからは、斧やハンマーを叩き付ける音がする。
よく見ると、圭司くん、現金輸送車搭乗員ばりの、ケプラーベストとバイザー付きヘルメットを被り、腰にマシェトを着けていた。
「対人狙撃課程の主席を舐めるなよ」
「圭司くん、それって」
気を落ち着かせるために、お互い無駄口を叩く。
「言ったろ、神奈川の全寮制高校行ってたって」
「それって、つまり」
「陸自工科学校出なんだよ。俺は」
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やがて、ドアを叩き割って奴らが4人踏み込んで来た。
蛇に細長い手足を着け直立させた姿。まさしく「蛇人間」。それに紅いローブを着ていた。
真ん中に立ってるのが、呪文を詠唱し始める。
まずい。
そう思う前に、圭司くんの一弾がそいつの胸の真ん中に命中した。怯んだのを見て、私も百式を連射する。
恐怖心を紛らわせるために、叫びながら。
「わあああああああ!!」
弾倉内の20発が、即座に空になる。
圭司くんは立ち上がり、モロトフ・カクテルを投げ付けた。狙い違わず4人の足元に落ちたそれは、硝酸と硫酸が化合した熱で、メインの材料のガソリンを引火、爆発。奴らのローブに燃え広がった。
「わあああ〜あーああああ!!!」
腰のホルスターに付けた、南部14年式も、2丁拳銃で撃ち尽くした。
4人は息絶えた。拳銃も空になると全身の力が抜け、私はその場にへたり込む。
圭司くんの方を見ると、荒い気を吐き、床へ嘔吐していた。
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「大丈夫? 圭司くん」
「う、うん」
終わったのかな? そうであることを期待しつつ、26年式も取り出し、圭司くんに差し出した。
「さっきの魔法、急いで続き書くから、見張ってて」
早く門の絵を描き上げて、ここから逃げ出さなきゃ。
「出来た! さ、早く」
そう言って圭司くんに手を差し出した時には遅かった。壁を突き破って、鱗に覆われた手が、彼の前腕を握り締めた。
「イグだ!」
更なる体当たりで、壁を壊して全身を晒した。ヒグマほどの体格。大きな両腕の生えた蛇。
「く、くそ」
圭司くんはリボルバーを片手に持ち替えると、イグの手の甲に全弾撃ち込んだ。
全く効き目は無く、逆に骨を握り潰される音が響いた。
「ぎゃあ!!」
「圭司くん!」
私は床へ放り出した百式へ駆け寄った。まだ銃剣を付けている。けれども、彼はそれを手で制した。
イグが噛み付こうとした寸前、銃を捨ててマシェトを抜き、潰された自分の腕を切り落としたのだ。
「こっちよ!」
腕を押さえながら駈け寄る彼を、絵の方へ誘導する。続けて私も飛び込んだ。
誘導したのは、彩芽の病室だ。
けれども彩芽は、服を血塗れにして、事切れていた。イグの子を身体に宿していたのだろう。
圭司くんも、両断した腕の止血が上手く行かなかった。
「彩芽……」
その一言だけを残し、彩芽に覆い被さると、息をしなくなってしまった。
私はもう一度、壁にドアの絵を描くと、足を踏み入れた。
その前にナースコールを押して。
獣医学部は辞めて、医師になる。そう決意した。
(了)