第15話 うるせえ!
「あんたさあ、どうにかならないの?」
昼食後、キャサリンが頭の上でボヤいている。
魔法の練習を始めて一週間が経ったが、全く成果が出ていない。
そもそも魔法とは何か、とか、あれは本当に魔法だったのかとか色々疑問な点も多い。家にあった魔法に関する本を読んでみたが、魔法の種類や威力とかに関することばかりが書いてあってどうやって繰り出すのかについては何も書かれていなかった。
「どうすればいいんだろうな」
今日はリディアは出掛けているので、キャサリンと二人で何時もの庭で特訓だ。
「ていうかさ、あんた、これまでの人生の中で一番怒ったことって何よ」
「急に言われてもなあ。何も思い浮かばないな」
「あんた学校でイジメに遭ってたんじゃないの」
「イジメられてねえよ」
自慢じゃないが俺はクラスの中で存在感が全くない。担任の先生ですら俺が不登校になってたのに気がついたのは一週間後のことだった。親が学校にウチの子が最近学校行ってなくてすいませんと電話して、ようやく気がつかれたくらいだ。
存在すら忘れられるような奴はイジメの対象にすらなれない。筋金入りのボッチだ。
「じゃあ、なんで学校行かないのよ」
「いや、行っても意味ないんじゃないかなと思って……」
思う存分シコりたいからなんて言えない。
「イジメられたこと、一回くらいあるでしょ。上履き捨てられたり、机の中にゴミ入れられたり、教科書に死ねって書かれたり、椅子に押しピン仕掛けられたり、リコーダーの穴に粘土詰められたり」
「ねえよ!ていうかそこまでされる奴なんておらんわ!」
「え?そうなの?」
キャサリンはキョトンとしている。
「お前されてたのかよ」
「ええ。毎日されてたわ」
「お前がイジメられてんじゃん」
「私はイジメられてたわけじゃないわ」
キャサリンは傲然と言い放つ。
「じゃあ、何だよ」
「私は嫉妬されてたのよ」
またよく分からないことを言い始めた。
「嫉妬って何だよ」
「私が余りにも可愛くて、何やっても上手く出来て、悔しいから嫉妬されてるだけ。しょうがないわ」
頭が痛くなってきた。こいつは本気で言ってるのだろうか。
「お前、おめでたいな」
「おめでたいのはあんたの方よ。じゃあ逆に嬉しかったこととかないの?」
「うーん、ないな……」
改めて言われると本当に何も思い浮かばない。
「あんたのこれまでの人生どうなってんの?空っぽじゃない」
言われてみれば確かにそうだ。
「なんかあるでしょうよ。思い出してみなさいよ。小学生の頃から今までのこととか」
小学生の頃から全ての教科の成績はずっと平均より少し上くらいだった。五段階評価でオール四だった。これが一つでも一とか五とかあれば目立つのかもしれないが、いい意味でも悪い意味でも全く目立てるものがなかった。
俺より成績が悪い奴は授業中に上手く答えられなくて皆に笑われたりしていた。しかし、俺は当てられて答えられなかったことはない。そしてそのおかげで存在感もない。
音楽会やら学芸会でも何故か不思議と目立つ役回りにならなかった。これやりたいと手を挙げるがいつの間にかジャンケンに負けて、結局後ろでみんなとピアニカ吹いたり、ダンボールで作った木の被り物を被った。
別に目立ちたくないわけではない。しかし目立とうとしても上手く存在感を発揮できない。というか誰も俺を見ていない。俺を見たところで何一つ面白いことが起こらないからだ。
失敗するわけでもないし、あっと驚くほどのことができるわけではない。平均、よりちょっとだけ上。全く盛り上がりに欠ける展開。これが俺だ。
「あんた、そんなことイキイキと喋らないでくれる。気分悪いわ」
キャサリンは呆れたように言った。
「でもしょうがないだろ。そういう奴なんだから、俺は。お前には分かんないだろうけどな」
「ええ、分からないわ。そういうこと言う奴はそう言いながら全然大した努力してないわ。目立ちたいとか何とか言ってる割にそのままでいいと心の中で思ってんのよ。ぬるま湯に浸かって気持ちいいでしょうね」
「お前に何が分かるって言うんだよ!小学生の六年間ずっと木の役で劇に出続ける奴の気持ちが分かるのかよ!」
「だから分からないって言ってるでしょ!分かりたくもないわ!六年間木の役でいいじゃない!何が不満なのよ!」
「ずっと日の当たる場所にいる奴が他人の努力が足りないとか軽々しく言うなってことだよ!」
「何よ!ほんとは日陰が好きなくせに!日陰で私のリコーダーに自分のチンチン擦り付けて遊んでなさいよ!気持ち悪い!」
プッチーン!何かがキレた!
「この野郎!舐めんなよ!」
俺はキャサリンの首根っこを掴んで思いっきり投げ飛ばした。
キャサリンはキャーっと叫びながら生垣の中に突っ込んでいった。
「何よ!ほんとの事言われて暴力を振るうなんて最低よ!あんたなんてもう知らない!」
キャサリンはバサっと生垣の中から首を突き出してそう言うと、大股でどこかへ行ってしまった。
キャサリンが去った後、俺は一人で庭の芝生に寝転がって空を眺めていた。しかし頭の中はさっきキャサリンに言われたことでいっぱいだった。
努力が足りない?そのままでいいと思ってる?気持ちが悪い?あいつに何が分かるって言うんだ。俺だって好きで存在感消してるわけじゃない……はずだ……。
しかしあいつにそう言われて、正直ハッとしてしまった。俺は本当はそうは思ってない?いや、そんなはずはない!でもそう言い切れるのか?
目の前の空は今日も気持ちよく晴れていて雲が一つ二つぽっかりと浮かんでいる。
「あー、もう!」
考えがまとまらず妙にイライラする。何か別のことを考えよう。そうだな、あの岩でも吹き飛ばすところを想像してみよう。
竜巻で岩を吹き飛ばすんだな。でもあんまり大きな竜巻はマズイから、つむじ風くらいのサイズでいいな。そういえば昔学校の校庭ですごい強烈なつむじ風が発生したことあったな。あれのもっと強力なものか。つむじ風でも結構凄い威力で砂とか吹き上げてたよな。あれをもっと強くすると……。
いつの間にか日が暮れてきた。
キャサリンとケンカしてからずっとこうして考え込んでいたようだ。
なんだか今ならあの岩をぶっ飛ばせそうな気がする。
俺は立ち上がって目を閉じる。岩に向けて手を伸ばす。そしてさっきまでの竜巻をイメージしてみた。大きさはどのくらい、音はどんな音がするのか、などなど、さっき考えたものをもう一度思い出す。
イメージが固まっていくにつれて、手にヒヤリとした感覚が強くなってくる。そしてその感覚で手がジーンと痺れてきた。
よし、これを一気に放出だ!
「出ろ!」
俺は目を開けて心の中の引き金を引いた。
ズオオオオオオ!
竜巻が発生して岩を飲み込んで空高く吹き飛ばした。
ズガン!
竜巻が消え去ると岩は地面に突き刺さった。
「よっしゃあ!できたぞ!」
思わずガッツポーズしてしまった。誰も見てないけど。早くキャサリンに言ってやろう。
俺はキャサリンを探したがなかなか見つからない。
「あいつどこに行ったんだ」
庭にはもういないようだ。家の中かもしれない。俺は家の中に入って各部屋を見て回った。
いた!キャサリンは倉庫の奥で本を読んでいた。
「キ、キャサリン」
俺は恐る恐る声をかけた。
「な、何よ。びっくりするじゃない」
キャサリンは振り返って言った。
「魔法、使えるようになったぜ」
「え?うそ?ほんとに?」
「ああ、本当だよ。やっぱりイメージが足らなかったんだよ。半日くらいかけて竜巻をイメージしたらできた」
「あ、そう。やっぱり」
「やっぱりって何だよ」
「この本にね、魔法繰り出す時の呪文が書いてあったんだけど。すっごい長いのよ。事細かに書いてあるから魔法のイメージをしやすくするためなんじゃないかなって」
なるほど。やっぱり怒りだけじゃダメだったんだな。
「キャサリン」
「何よ」
「さっきは乱暴して悪かった」
俺は頭を下げた。
「ま、まあ、分かればいいのよ」
キャサリンはあさっての方向を見ながら言った。
「わ、私も……ちょっと……アレよ」
「え?なんだって?」
「だから、ちょっと言い過ぎたって言ってるの!聞き返さないでよ!須知じゃないんだから」
こいつ、時々何を言ってるのかよく分からない。キャサリンは俺の頭の上に乗ってきた。
「さあ、明日からバンバン練習するわよ!覚悟してなさい!」
本当にこいつも素直じゃないな。
その夜、珍しく爺が部屋にやって来た。
「ちょっとよろしいですかな」
爺は深刻そうな顔をしている。
「どうしたんだよ?」
「旦那様と奥様がお帰りになられました。ご挨拶をお願いします。一階の客間にお越しください」
「分かった」
俺は一階に降りることにした。




