第1話 俺は無罪だ!
今日も俺はベッドの上で布団をかぶりながら自分の息子と格闘していた。
「ふー、スッキリしたぜ」
俺は時計を見た。午前11時。いい時間だ。昼前中に起きられたことに満足して布団を蹴り上げる。
今頃普通の高校生は学校で勉強してるんだろうな。ところで俺様は何してるんだろう。まあ、ナニしてるんだけどな。
俺が学校に行かなくなって半年が過ぎた。別に何か理由があったわけではない。
ある日風邪引いて学校休んだとき、やることないので一日中シコっていると、あまりの快感だったので、このまま学校行かずにイキ続けたいと思ってそれ以降ずっと部屋に籠っている。
両親は心配して俺を病院に連れて行ったりしたが、効果はなかった。そりゃそうだ。単に一日中シコりたいから家にいるだけだし。
しかし俺の性欲ははっきり言ってすごいと思う。ほぼ一日中絶えることなくすることができる。引きこもった当初は一日最高何回までできるか数えていたが20回を超えたあたりで面倒くさくなって数えるのをやめた。
ひょっとしたら俺は性欲強すぎる病気なのかもしれない。そう思って勇気を出して医者に聞いてみたがひどく憐れみのこもった声で、正常です、と言われてしまった。もうお嫁に行けないぜ。
「さて、そろそろ腹が減ったけど……」
何となくもう一回くらいやれるような気がしていた。
「まっ、飯はいつでも食えるからとりあえずシコっとくか」
そして俺はもう一度布団をかぶってティッシュの箱を用意した。
いつの間にか寝てしまっていたようだ。
時計を見た。4時。ちょっと寝過ぎたな。
飯でも食おうかとのっそりと起きて部屋を出た。
リビングでパンを食べていると家のインターホンが鳴った。部屋の窓からのぞいて見るとうちのマンションのエントランスにクラスメートの壇浦夕花が立っているのが見えた。
「今日は壇浦か」
連絡帳かなんかを届けに来てくれたんだろう。だいたい家が近いやつが三人くらいで当番を決めて届けに来てくれているようだ。なんか申し訳ない気もするが、かと言って学校に行く気にもならない。気持ちだけはすまねえなあ、と思いながら俺は部屋の中に引っ込んだ。
パンを食べ終わりテレビをつけた。夕方のテレビは本当につまらなかった。
「さて、連絡帳でも取ってくるか」
連絡帳は自分で回収することにしている。親に回収されると中身を読まれてややこしいことになるかもしれないからだ。親にはなぜ俺が引きこもっているのかについて分からないままでいてもらいたい。
インターホンが鳴ってから30分ほど経っている。さすがに俺が出てくるのを待ってたりはしないだろう。
俺が不登校になった当初は担任の先生やクラスメートが結構頻繁に訪問してきて、俺が出てくるのを一時間くらい待ってたりしてた。ただ最近はピンポンが鳴って10秒後にはもう誰もいなくなっている。みんな薄情なもんだ。
俺はマンションの一階に降りて郵便受けのほうに向かった。郵便受けにはいつもの紙袋が入っていた。俺がそれを取り出そうとすると何か引っかかっているようで取り出せない。
「あれ?おかしいな。なんだ?」
俺が郵便受けの奥を覗いて見ると郵便受けの入れ口のほうから誰かが覗いているのが見えた。
「ひ、ひえっ!」
俺は腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「ちょっと!あんた出てきなさいよ!」
だ、誰だ。女の声だ。
俺が恐る恐るエントランスのほうに回ると、そこにいたのは腰に手を当てポニーテールを振りかざした憤怒の形相の美少女だった。
「関原!何の用だよ」
彼女は関原環。うちのクラスで最も可愛い女子。というか多分学校一の美少女。その上、巨乳、スポーツ万能、成績優秀、部活の吹奏楽部では1年のくせにコンクールでソロ演奏とまるで非の打ち所がない。ただ、性格がきつすぎるのが玉に瑕だ。
ちなみにうちの高校の偏差値は地元では二番手。なぜ彼女が一番手の学校に行かなかったかというと、中学時代の先生と折り合いが悪く内申点が低かったからというのがもっぱらの噂だ。
そんな関原には不思議なことに彼氏がいないらしい。どうも男に全く興味が無くてエロい話も大嫌いらしい。そんな女が俺に何の用だろう。
「返しなさいよ!」
ん?返す?何を?
「な、何のことだよ?」
「とぼけないで!私、分かってるんだから!」
何のことだかよく分からない。
「たまちゃん……」
関原の背後にいる壇浦が小声で何か言っている。なぜか関原と壇浦は仲がいい。性格は真逆なんだけどな。
「夕花はいいの!さあ、返してちょうだい!」
しかしこの美少女が言ってることがよく分からない。
「何の話をしてるんだよ。俺はお前に返すものなんてねえよ」
「あくまでもとぼける気ね!あんたみたいな性欲の塊みたいなの本当に気持ち悪い!」
俺はフル回転で学校にいたときのことを思い出していた。
俺は密かに関原に惚れていた。まあ、告白する勇気もないし関原は俺のことなど眼中にないから俺と関原に全く接点はなかった。
一つ気になるとしたら壇浦だ。壇浦は俺と小学生の時から高校に入るまでずっと同じクラスだった。母親同士が仲が良いのでなんやかんやで壇浦とは色々と話ができる。壇浦が関原と仲が良いことを利用して俺は色々と関原情報を入手していた。ただ俺は何か物をもらったりした覚えはない。
「いや、俺は何もお前に返すものはない!」
言い切ってやった。
「フン、分かったわ。次来るときは証拠を揃えてやるから!覚悟してなさい!行こう、夕花!」
「う、うん……。ごめんね、尚くん」
申し遅れました、私、阿根川尚輝。ごく普通の高校一年生です。学校行ってないけど。
俺は呆然として二人が去っていくのを見ていた。
「何だったんだ、あいつら」
俺はマンションの自分の部屋に戻ってベッドに寝っ転がった。俺が何かパクったとでも言うのか。
ふと部屋の隅にゴミ袋が置いてあるのに気がついた。そういえば一学期の終わりに俺があんまり学校に来ないので俺の私物を担任が持って来たんだっけ。しかしゴミ袋に入れなくてもいいよな。なんか開ける気にならなくてそのまま放置してたな。
「開けてみるか」
俺はゴミ袋に入った学校に置きっ放しにしてたものの片付けをすることにした。
教科書とか体育館シューズに混ざってどう考えてもゴミのようなものまで入っていた。
「絶対普通のゴミ袋と間違えて入れてるよな」
ぶつくさ文句を言いながら仕分けていると布製のケースに入ったリコーダーが出てきた。
「ん?こんなのあったっけ?」
ふとケースの名前を見た。
「……関原環……」
これのことか!いや、これはさすがに俺のせいではない。クラスメートの誰かが間違えて入れたんだ。もしくはわざと入れたのかもしれない。しかしいずれにしても濡れ衣だ。俺がパクったわけではない。
「すぐに壇浦に言ってやろう」
そして誤解を解くのだ。
……。
……。
……。
俺は部屋の真ん中でケースに入った学校一の美少女のリコーダーと対峙していた。
俺は関原の携帯など知らないので連絡のしようがない。しかし壇浦に連絡して関原に伝えといてくれと言うことはできる。
しかしだ。
すぐに言うと逆に俺が犯人扱いされるのではないか。こういうのは一旦寝かせておいて然るべきタイミングで見つかったという方が自然ではないか。
ここは落ち着いて行動すべきだ。すぐに動いてはいけない。拙速は巧遅に勝ると言うではないか。いや、あれ意味違ったっけ?逆か?まあ、いいや。
「一回ケースから出してみるか」
これは中身を確かめるために必要な作業だ。何もやましいことはない。うん、そうだ。
俺は震える手でケースからリコーダーを取り出した。